取材をすっぽかして申し訳ございませんでした…ダメ記者のやらかしに人気芸人が神対応

    人気芸人としてテレビにラジオに引っ張りだこで、2019年に上梓したエッセイ『僕の人生には事件が起きない』は10万部を超えるヒット作となったハライチの岩井勇気さん。このときの取材で、小さな事件が起きていた。

    神楽坂駅を降りて、新潮社へ向かう足取りが重かった。これまでいろいろな人の取材をしてきたけれど、精神状態がよろしくなかった。

    これからインタビューするのは、ハライチの岩井勇気さん。人気芸人としてテレビにラジオに引っ張りだこで、2019年に上梓したエッセイ『僕の人生には事件が起きない』は10万部を超えるヒット作となった。

    この日は、第2作目となるエッセイ『どうやら僕の日常生活はまちがっている』について話を伺う予定だった。

    なぜ、こんなにも足が重いのか。それは2年前、当時私の上司だった記者が岩井さんの取材をすっぽかしたからだ。

    一体どういうことなのか。

    2年前、岩井さんのエッセイ本が発売される際に、さまざまなメディアの取材が組まれていた。だいたい1日に5〜7件ほどのインタビューが行われる「取材日」が数日間あり、その中の1コマをBuzzFeedがもらうことになっていた。

    ところが、この記者は完全に記憶が飛んでいて、本来なら取材が始まっているはずの時間に、オフィスでのうのうと原稿を書いていたという。

    出版社の担当者はとっさのフォローで「道が混んでいて遅れるようです」とかばってくれたが、準備不足のまま慌てて取材してもかえって失礼の上塗りになると考え、取材を翌日に変更してもらったそうだ。

    あくる日、現場に現れた記者は「昨日は大変、申し訳ありませんでしたでした…!」と開口一番謝罪。さらに岩井さんの好物であるチョコボールを50箱手渡し、重ね重ね謝ったらしい。そして自ら「実は昨日、忘れていました」と告白したそうだ。

    取材のドタキャンは記者失格のやらかし行為だ。出禁にされても仕方がない。同じことを自分もしでかしたら……と思うと、額にじっとりとした汗が湧き出る。

    しかし、岩井さんは、そんなダメ記者にも怒ることなく丁寧に取材に応えた。さらに、取材後に収録されたラジオ「ハライチのターン!」で、岩井さんは本件についてユーモアたっぷりに紹介する神対応を見せた。緊急事態をも笑いに変えてしまう。豊かな才能と懐の深さに頭が上がらない。

    取材をすっぽかした上、お詫びに持参した大量のチョコボールがひとつとして当たらないという狼藉を働いたクソ記者は私です。岩井さん、その節は本当に本当に申し訳ありませんでした! ※詳細は下記をご参照ください。 ハライチ岩井 エッセイ本の取材日を語る https://t.co/9TIfs6bHKR

    Twitter: @kamba_ryosuke

    そしてこの度、第2作目のエッセイ集『どうやら僕の日常生活はまちがっている』の取材日が決まり、私が担当することになったのだ。

    取材現場には20分前についた。新潮社のロビーで時間が来るのを待っていると、インタビュー用の会議室前のソファに通された。遠くの方から、岩井さんと思しき男性の談笑する声が聞こえてくる。

    「これを聞いて、あれを聞いて……エッセイにはああいうことが書いてあったし、これまで岩井さんはこういう発言をしてたから……」とイメージトレーニングしていると、会議室に呼ばれた。先ほどのソファ前とは打って変わって、今度ははっきりと言葉が耳に飛び込んできた。

    「バズフィード?」

    怖い! 絶対怒られる!

    ありとあらゆるネガティブな想像が脳内を駆け巡る。ドアが開いた瞬間、私の顔はかなりひきつっていたに違いない。まずは謝罪しよう、と瞬時に思った。

    透明のパーテーション越しに座る岩井さんに向かって、「本日はよろしくお願いします……あの……2年前は大変失礼いたしました」と謝った。岩井さんはきょとんとしている。

    自意識過剰だった。恥ずかしい。てっきり岩井さんの記憶の中にBuzzFeedの一件がどっしり居座っているものだと思っていた自分が憎い。

    しかもドタキャンをやらかしたのは別の記者なわけで、岩井さんからしたらまったく意味不明だろう。無意味な謝罪に、無意味なネガティブシンキング……最悪だ。頭が沸騰しかけたが「チョコボールの……」と言うと「あー! あそこかー!」と岩井さんは笑い「言わなきゃ良いのに〜」と続けた。

    「あの日はどうだったんですか……?」と、おそるおそる質問してみると、岩井さんは淡々と話してくれた。

    「あのときは、突然『申し訳ございませんでした!』って入ってきたから、正直『なんのことですか』って感じだったんですよ。何も事情を知らなかったし、どうせ次の日も取材で1日埋まってたから、僕としては何も変わらない感じだったし。その1件の取材のためにわざわざ時間を空けるんだったら、めんどくせえなって思うけど、そうじゃなかったし。怒ってないですよ」

    声のトーンから、本当に怒っていないのが伝わってきた。が、次の瞬間、岩井さんは「あの人は来ないんですか?」と逆に質問してきた。

    「そうだよね! 私もそう思う!(自分の失敗の尻拭いを押し付けやがって……)」と心の中で叫びながら「今日は私が伺うことになりました」と、何の答えにもなっていない言葉を口走っていた。私が狼狽しているのが伝わったのか、岩井さんは再び話し始めた。

    「許せるというか……やったものはしょうがない。時間は巻き戻せないし。僕もスピーチを頼まれていた友だちの披露宴をすっぽかしたことあるし」

    そうなのだ。『どうやら僕の日常生活はまちがっている』には「脚立に気をとられ 披露宴をすっぽかす」というエッセイが収録されている。ちなみに前作の『僕の人生には事件が起きない』にも、歯医者の予約をすっぽかすエピソードが綴られている。

    《僕には、あらゆるものを忘れてしまう欠点がある。携帯電話や身の回りの物の場所、 歯医者などの予約、それが大事なものかどうかに関係なく、うっかり忘れてしまうの だ。その欠点が、ついにはとてつもない失敗を引き起こした》

    この「とてつもない失敗」というのが、スピーチを頼まれていた披露宴のすっぽかしだ。休日にホームセンターで買い物をしているときに、友だちから「披露宴来ないの?」というメールが来て、ようやく重大な失態に気がついたという。額から汗が勢いよく噴出し「どうしよう」と考えを巡らせたそうだ。

    《『どうする?』というのは、その極限状態において『どうやって早いこと会場にたどり着くか』や『どう謝罪するか』の意味ではなく『どういう噓をついて行けなかったことにするか』という意味だ》

    《こんな切羽詰まった状況で結婚披露宴になど、もはや行きたくない。悪い考え方だということはわかっているのだが、どうしてもそう考えてしまう気持ちは、誰にでもあるはずだ。とにかくこの状況から逃げ出したい》

    多分、2年前の取材のとき、記者の胸の内は岩井さんにすっかり見透かされていたのだと思う。エッセイには「約束をすっぽかしてしまった人」の気持ちが、克明に書かれているのだから。

    こんなエピソードを本に詰め込んだ岩井さんは、話を続ける。

    「すっぽかして申し訳ないと思ってたら……ねぇ。もういいじゃないですか。遅刻した側って超焦るけど、やられた側はそんなに怒らないと思うんですよね。迷惑を被る場合は違うと思うんですけど、すっぽかした側が思っているほど、そんなに気にしなくてもいいんじゃないかな……って思っちゃうな。俺もそう思いながら、遅刻しちゃうし」

    「自分自身が悪いってわかっているのに、そんなに怒らなくていいじゃんって思っちゃいますね」

    優しい。闇を抱えた「腐り芸人」としてテレビで紹介されることもあるけれど、目の前の岩井さんは淡々とした優しい人だ。

    私は、このときチョコボールを箱買いしてこなかったことを悔やんだ。取材現場へ向かう途中、数件ほどコンビニを探したものの、まとまった量の箱入りチョコボールを見つけられなかったのだ。

    ここでまたチョコボールを50個ほど買って、当たりが出るまで封を開けたら楽しかったんじゃないだろうか。自らのツメの甘さにがっかりした。

    岩井さんの等身大の優しさに胸を打たれたのか、私は取材中、普通「はい」とか「なるほど」と言うべきところで、無意識に「ありがとうございます」と言っていた。お礼は言いすぎると胡散臭くなるというのに、相槌が「ありがとう」になっていたのだ。

    さすがに取材をすっぽかしたことはないが、かく言う私も遅刻魔で、よく人を待たせてしまう。だからこそ、岩井さんの「やられた側はそこまで怒っていない」という言葉に妙な安心感を覚えた。もちろん、遅刻はしないほうがいい。約束はすっぽかしてはいけない。これまでの人生で「お待たせしすぎてしまった人たち」のことを思い出しながら、この原稿を書いている。

    盛大な遅刻をしたことがある人は『どうやら僕の日常生活はまちがっている』を読んだほうがいい。人気芸人とは思えないほど身近な失敗談を読んでいると、襟を正されたような気持ちになる。

    「岩井さんに合わせる顔がなくて……」と言い訳しながら私に取材を依頼してきた元上司には、請求書とともに着払いで本書を送りつけるつもりだ。