先日、開催されたAppleの開発者イベント(WWDC)では落胆の声が上がった。目に見える革新が感じられなかったからだ。
この発表を見て、日本から参加していたプログラマー清水亮さんはこう評した。
ここ数年のAppleの不調を象徴するかのような、インパクトに欠けたキーノートでした。
新ハードを期待していた人々には拍子抜けだったかもしれませんが、遅くとも毎年秋頃に突然新製品が発表されるのがAppleの常なので、今回は小休止といったところでしょうか。
私たちは1人のユーザーとして、目新しい製品こそが革新的だと思いがちだ。しかし、どうやらAppleは単なる電子機器メーカーから脱却したいようだ。
Appleの発表が地味に見えた理由
もともとAppleにとってハードウェアを作ることは“手段”にすぎない。故・スティーブ・ジョブズは「コンピューターを作るのを目的とは思っていない。手段になるから作っているだけだ」とコメントしている。

ではその目的とは何か? ヒントとなったのは、幼少期に読んだ「動物の移動効率を比較する記事」だという。そこにはクマや魚などが載っており、1位を獲得したのはコンドル。ヒトは全生物の下から数えて3分の1程度の効率性だった。
しかし、「自転車に乗った人間」となると、コンドルなど蹴散らすほどの移動効率を発揮した。そのときジョブズは「人間は道具を作ることによって生まれ持った能力を劇的に増幅できる」と確信し、この精神はAppleに今なお受け継いがれている。
WWDCに出席した開発者の三沢徳章さんは、「Appleは、"見えないもの"へ注力していく。そんな意志を感じた」と語る。つまり、新製品だとか機能向上というよりも、「コンピューターによって人の力が拡張していく」方向へ本格的に動き出したのだという。
基調講演のデモが、30年前にAppleが描いた未来だった
WWDCは、開発者に向けたイベントのためエンドユーザーには「何がどう変わるのか」理解しづらい。その中で三沢さんは「コンピューターが“見えない存在”になってきた」と感じたそうだ。
Appleが発表した、Siriの外部デベロッパー向けの開放はいい例だろう。下の動画は1988年、当時のCEOジョン・スカリーが21世紀のコンピューティングのあり方を示したコンセプト「Knowledge Navigator(ナレッジナビゲーター)」だ。
三沢さんは、今回のWWDCの発表に約30年前のコンセプトの実現を見ていた。
「Siriをはじめ、いろんな機能が外部開発者に開放されました。これによって、Apple以外の企業が、さまざまな応用の効くシステムを作っていけるようになります」
「同社は基本的に製品(ハード)とソフトを自社で完結させるイメージがありますよね。でも、実は開発を外部に開放することで前進してきた歴史があります。かつて“脱獄”して使っていたiPhoneの裏ワザは、どんどん普通に使えるようになってきました。それと同じです」
今、あなたはSiriをどれくらい使っているだろうか? おそらくiPhoneを顔に近づけて、「明日の天気を教えて」「○○に電話をかけて」と言うだろう。自然な会話とは程遠い。それがこれから劇的な進化を遂げ、より自然な操作ができるようになる。まるで本物の人と会話をしているかのように。
「昔のAppleは、正直言って夢を語っている状態でした。でもようやく、夢が実現性を帯びてきたんです」
Knowledge Navigatorは、外部開放されたSiriが行き着く先なのだ。今後数年のうちの未来に。
夢物語でしかなかったIoT、いよいよ実現する準備ができた
三沢さんが発表で注目したのはHomeだという。2年前にAppleが発表したHome kit用のアプリ。家の中のさまざまな設備がインターネットに接続し、手元のスマートフォンや、「声」で操作ができるようになるもの。
「例えば、iPhoneで冷蔵庫の管理ができるようになれば、水や牛乳といった必需品がなくなったときにプッシュ通知が来て、そのまま『注文』とすると届くとか。そういうことが可能になるかもしれません」
数年前に流行った「モノのインターネット(IoT)」と同じコンセプトだ。この単語を聞いて久しいが、まだほとんどのモノはインターネットにつながっていない。しかし、AppleはそれをiPhoneで、そしてSiriで操作するところまで近づけてきている。
ドラえもんのいる22世紀では、何もない部屋で「イス、テーブル」と言うだけで、壁や床から家具が出てくるシーンがあった。まさにそれらが手の届く未来になりつつある。
人々の生活を変えるためには、爆発的な「数」が必要だ。初代iPhoneの発売から9年が経った。長い年月をかけて、新しいテクノロジーの種まきを終え、Appleはようやく生活を変えるハブを手に入れた。
コンピューターというと、PCやiPhoneなど製品を想像しがちだ。だからこそ新しいプロダクトを期待してしまう。でも、おそらくこれからはそうではない。未来はいきなり「やってくる」ものではなく、案外地味に「なっている」ものなのだ。
冒頭でコメントを述べた清水さんも、今回の発表を「少し不安も覚える」としながらもこう締めくくった。
「これは嵐の前の静けさ、きっと次回は凄いサプライズを起こしてくれるに違いありません」