とある映画の予告が奇妙な話題に!? 「日本語版が観たい」「日本語話せないのに全部わかる!」海外から熱望の声が殺到の謎

    アカデミー賞長編アニメーション賞を受賞した『スパイダーマン: スパイダーバース』の日本語版予告。小野賢章、宮野真守といった声優陣とTK from 凛として時雨の楽曲を起用した動画に海外から絶賛の声が集まっている。


    ある映画の予告が話題になっている。

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    『スパイダーマン: スパイダーバース』日本版予告 / Via youtube.com

    YouTubeで公開された『スパイダーマン: スパイダーバース』の日本版予告に外国語のコメントが殺到しているのだ。オリジナル版とは異なる映像構成に、日本語の楽曲が流れる。

    そんな日本向けに作られた予告編動画に「最高にクール」、「日本語版が見たい」と英語をはじめとする言語で賞賛が集まっているのだ。その勢いに配給元のソニー・ピクチャーズ・エンタテイメントも驚く。

    同社のエグゼクティブディレクター堀内啓さん、日本語吹替版主題歌『P.S. RED I』を担当したTK from 凛として時雨に話を聞いた。

    『東京喰種』のオープニングに衝撃を受けた

    アメコミの実写映画として定着していた『スパイダーマン』のアニメ化企画持ち上がったのは、数年前のことだった。

    フルCGの中にコミックブックの手描き要素をブレンドする新技術を開発し、2秒仕上げるのに1週間を要したとも言われる本作。製作途中の2017年に日本のマーケティング・ストラテジーを構築するため、ロサンゼルス本社主導でリサーチを実施した。

    「主人公マイルス・モラレスは13歳。ハリウッドはアニメーションといえばファミリー向けの傾向がありますが、スパイダーマンの客層は若い人や大人。その“ねじれ”を解消するため、若い層へアプローチする必要性を感じていました。」(堀内)

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    US版予告 / Via youtube.com

    2017年のリサーチ結果『スパイダーマン: スパイダーバース』に興味を示したのは、小学生以下に偏った。

    「しかし日本市場は『スパイダーマン: スパイダーバース』に求めていることが、いわゆるハリウッドのファミリー・ピクチャーとは違う気がしたんです。少しずつ出来上がってきた映像を見ると、ロイ・リキテンスタインを思わせる、アートのような画になっていた」(堀内)

    「ファミリーというより、もっと上の層にもアプローチできる作品になるのでは……。日本市場は世界でも特殊で、日本人に合わせたマーケティングのチューニングも必要です。とりわけ日本は、大人も唸るアニメが多いですから」(堀内)

    そこで日本では、独自で疾走感のある予告編を制作することにした。また、吹き替えキャストの小野賢章さん演じるマイルス・モラレス、宮野真守さん演じるピーター・パーカーの関係性にフォーカスをあて、日本のアニメファンも納得するようなアプローチを試みたという。

    小野は『ジョジョの奇妙な冒険』、宮野の声は『STEINS;GATE』、『DEATH NOTE』など、海外のアニメファンにも馴染みがあり「私の好きなキャラクターの声!」とのコメントが寄せられる。これらの作品は、海外においてはキッズ向けのイメージが強かったアニメの固定観念を崩したものとされ、広い層から支持されているのだ。

    音楽面で白羽の矢が立ったのが、TK from 凛として時雨だった。彼が歌ったアニメ『東京喰種』のOP『unravel』は海外からも人気が高く、リリースから5年が経つ今でも「Spotify上で「海外で聞かれる日本の楽曲 TOP3」にランクインし、YouTubeでは累計5000万回以上再生される。

    「アニメ『東京喰種』のOPを見まして、カッコ良さもあり、情感に訴えてくるドラマティックな感じが、我々の考える『スパイダーマン: スパイダーバース』にぴったり。そこでTKさんにオファーをさせてもらいました」

    「会議室で制作途中の映像を見ながらTKさんと朝から打ち合わせを重ねさせて頂き……」(堀内)

    高音ボイスが言語の壁を超えた?

    秋頃にデモ音源が完成し、予告編にも曲を使用することを決めた。ソニー・ピクチャーズの過去作品を見ても、予告映像に日本のオリジナル楽曲が使用されるのは異例だ。

    「曲を聴いたときに、日本版予告の構成を頭の中ですぐに構築することができた。シリアスでドラマチックでエモさがあるものに」(堀内)

    そう語らせる音はどうやって作ったのか? バンドマンとして作曲してきたTKは、今回初めてシンセサイザーを強めに入れたEDM的な手法を取りいれたと明かす。

    「これまで生音にこだわってきたのですが、今回はメインに強力なシンセの音を使いました。映画館で流れるので、音の幅を広めに取りました。具体的には生楽器では出しづらい超低域をベースシンセで鳴らしてコード感と体感するような音圧を出せるかトライしました。最終的にどう響くかまでは想定できないので難しかったですが、新しい音像にはなったと思います」

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    『スパイダーマン: スパイダーバース』日本版予告 / Via youtube.com

    YouTubeで海外ファンの心を捉えたのは、ピアノの部分だ。ずっしりとした低音の上に、ピアノとヴァイオリンの繊細な生音が浮遊するように仕掛けてある。

    「スパイダーマンは光と影や強さと弱さが常に共存しているヒーローなので、打ち込みの無機質な音と生楽器の有機的な音と混ぜました。ピアノの部分は、ふいに我に返って、強い部分が抜け落ちた瞬間のような、人間の弱さを音で表現してみました。クールで疾走感がある音から突然変わることで、心境を表せる」(TK)

    バンドマンとして長い間培った叙情的な音と、新しく取り入れたEDM的な要素が、シリアスな面もあるスパイダーバースにハマった。

    また、オファーのきっかけとなった『unravel』にしかり、国境を超えて愛聴される理由を、TKは自身の「楽器のような高い声」だと分析する。

    「なんとなく、日本語の歌詞は違う国の人が日常で聴くには壁が高い気がしています。僕達が洋楽を聴く分にはオープンに聴けるけれど、その逆はまだまだ言語的なところでも難しい部分があると思う」

    「多分僕は声のレンジが高いので、意図してないんですけれど……声を楽器として認識しやすい。日本語感が少なくて、元々何を言っているのかわからない(笑)。もちろんアニメのコラボレーションがあってからこそ聴いてもらえていると思うんですけれど、高い声がヒステリックな楽器と共存して、言葉の壁を越えやすくなっていたのかもしれません」(TK)

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    TK from 凛として時雨 - Studio Live Session & Documentary at LANDMARK STUDIO / Digest Trailer / Via youtube.com

    楽器のように聴こえるハイトーンに行き着いたきっかけは何なのだろうか? 「初めてスタジオで歌った時に自分の声が体に当たる感覚がなかったから」という軽い気持ちで試したのが最初だと話す。

    「当時はイヤモニもなかったですし、そもそも歌い方もカラオケ程度しか知らなかったので(笑)……キーを少し高くすればよかったんですけれど、オクターブ上で試してみたら自分がほしい圧力があったんです。鳴らない楽器を鳴らしている感覚……自分の体にあたるような感触があまりなかったんですよね。1オクターブあげると音としての声が体にあたっているように感じる。そのための一番簡単な方法が1オクターブ上げることだった。何も変えなくていいですからね(笑)」(TK)

    『スパイダーマン:スパイダーバース』が世界に見せたアニメの可能性

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    『P.S. RED I』Teaser Movie / 映画「スパイダーマン:スパイダーバース」日本語吹替版主題歌 / Via youtube.com

    『スパイダーマン:スパイダーバース』は、長らくディズニーの牙城とされてきたアカデミー賞長編アニメーション賞を受賞した。

    これまでアメコミが作品全体を評価される賞を得ることはなく、オスカーの受賞は快挙だと話題になった。その大きな理由が(アメリカではユーモアさを全面に出したPRにはなっているが)、シリアスで大人も楽しめる側面だろう。

    日本では主流になったシリアスでクールなアニメを、疾走感ある映像、実力派声優、叙情的な音楽と組み合わせることで、作品の新たな魅力的を打ち出すことになった。これが、インターネットを介して広がっていた潜在的なアニメファンを掴み、YouTubeで想定外の反響を呼ぶ形になった。

    余談だが、取材の終わりにTKからこんなことを教えてもらった。

    「実は、文字上ではそのまま入ってる訳ではないんですけど、シナリオに添える形で登場人物の名前を歌わせてもらっています(笑)」