離婚相手とも「友達以上」の関係。大女優が語る、荒波をこえて築く人との関わり方

    女優・大竹しのぶ。ドラマに舞台に映画と、華々しい活動をしている彼女には、育児に奔走し、介護にあけくれた素顔がある。

    浮き沈みの激しい芸能界で、半世紀近くトップを走り続けている人がいる。大竹しのぶだ。16歳でテレビドラマデビューしてから今年で48年になる。

    ドラマに舞台、ラジオに声優……両手に抱える仕事は常にあふれそうだ。最近では東京オリンピックの閉会式に登場し、話題になった。8月27日公開のアニメ映画「岬のマヨイガ」では、謎のおばあちゃんキワさん役を演じる。華々しい活動の裏には、育児に奔走し、介護にあけくれた素顔がある──。

    メイク台の前で冷蔵庫に思いを馳せる

    初めて結婚したのは25歳の時だった。長男・二千翔をもうけるも、大竹が30歳のときに夫とは死別。その後、明石家さんまと再婚し、長女・IMALUをもうけたが離婚。人気女優ながら、実の母と二人三脚で2人の子どもを育てた。

    「若いころは焦っていました。子どもとずっと一緒にいたいし、学校行事も参加したい。でも、仕事に行かないといけないし、セリフも覚えなきゃいけない。睡眠不足になれば仕事に支障がでてしまう」

    「仕事は生きてくうえでしなくちゃいけないこと。でも、良き母になりたいという気持ちも強かったんです。女はそうあるべきという固定観念があった」

    女優業で多忙を極めるなか、食事を作り、幼稚園の時はお弁当もこしらえた。でも、舞台に出演すれば、全国をまわることもある。映画撮影となれば、地方で長期間のロケもある。子育てをしながらも、続々と来るオファーに応え続けた。

    頭の中には「これでいいのか? 母親としてちゃんとやれているのか?」と問う自分が常にいた。一方で、舞台に立って役に入り込むと、身体中にエネルギーがみなぎる自分もいる。

    大きな鏡の前で、粉をはたき、マスカラを塗ってもらっている最中でも「明日も朝7時には起きてお弁当を準備しないと。台所には何があったっけ? 何をつくろう」と頭を抱える日々。華やかな仕事現場にいながら、家の冷蔵庫に思いを馳せていた。仕事と家庭。この葛藤から解放されたのは、40代に入ってからだったという。

    印象に残っているのは、メイク中にスタッフから言われた一言だ。

    「舞台では自由に動き回っているのに、お芝居を離れるといつも『何々しなきゃ』って追われてない? たまには手を抜けばいいじゃない」

    そう言われたのだという。長いこと自分を失っていた。そのとき、ようやく自覚したという。

    「ずっと『しなきゃいけない』と思いつめていたんですね。でも、この一言で、子育ても自由にやっていいんだって思えました。たまには朝ゆっくり起きて、お弁当をサボってみる日があってもいいって。結局、次の日も早起きしちゃったんですけど」

    へへっと笑う姿は、大女優というより、親戚のような存在に思える。

    「子どもに対して、仕事をしているうしろめたさがあったんです。一緒にいられる時間が短いからこそ、できることは完璧にやりきることで、やましさをごまかそうとしていたのかもしれません。でも、少しずつ肩の力が抜けていきました」

    子どもは私の所有物じゃないんだ

    毎日一緒にいられなくても、愛情はしっかり伝わり、子どもたちはすくすく育つ。何かあったら「子どもを一番に選ぶ」というほど愛を注ぐが、子どもたちの人生をコントロールしたいとは思わない。

    子どもは自分の所有物ではない。これは「良い母親であらねば」とがんじがらめになっていた最中でも自分に言い聞かせていたことだ。

    「まだ子どもたちが小さいときに、アメリカのディズニーワールドへ3人で行ったんです。娘を抱っこして息子を隣において花火を見ているときに『私たちはたまたま家族になっただけ。この子たちにはこの子たちの人生がある。決して、私のものじゃないんだ』って思った」

    「子どもには幸せにはなってほしいし、そのために力は貸してあげたい。でも、私が思う幸せが、子どもたちの幸せではない。これはずっと意識して付き合ってきました」

    一人の独立した人間として子どもに接する。もしかすると、仕事で多くの人と関わるなかで気づいたのかもしれない。個人として接してきたからか、子どもたちとは、政治の話をすることもあれば、死生観について語ることもある。

    「この前は、娘のIMALUが『お兄ちゃんはなんでいつも怒らないの?』と息子の二千翔に聞いていたんですけれど、息子が『小さい頃から死ぬことが怖くて、死についてずっと考えている。本も読んで自分なりの死生観を持った。人はいつか死ぬ。その覚悟をしているから、一日一日を楽しく大事にと思うんだ』と返していて驚きました。おっかさんが死ぬ覚悟もしてるよって。娘と二人で『エー!』って反応しちゃいました」

    つらい時間も長かったけれど、煌めく瞬間もあった母の自宅介護

    大竹は3年前に最愛の母親を亡くした。女優として多忙を極めるなか、子育てを含め、長い間甘えることのできた存在だ。そんな母を自宅で介護し、看取った。

    「母もずっと家にいたいと思っていたので、自宅で介護するのは自然なことでした。老いていく姿……人が人生を終えていく姿を見るのは悲しいことでもあるけれど、大きなプレゼントでした」

    「きっと母なりに私たちに伝えたいことがあったんじゃないかな。生きるのも大変だけど、人が死んでいくのはこんなにも大変なのかと実感しましたね」

    徐々に弱っていく身体、減っていく会話。気が滅入る時間も増えていく。それでも、煌めく瞬間はあったと話す。

    「母がぼんやりしながら『明日、高島屋に行って、二千翔ちゃんとIMALUちゃんと新しい下着を買いに行かなくちゃ、みんなで行こうね』と夢を見ながら話すんです」。それを妹と私が見ていて『私も下着を買って欲しいな』と相づちを打つと『しのぶさんはお金があるからだめよ』と返されて、『ひどい!』って笑いました」

    「夜中の3時ぐらいに、そういう幸せな時間がポンっと現れる。冗談を言ってましたけど、その時間があまりに幸せで涙があふれましたね」

    「私、おばあちゃん役をやるの?」

    育児も終わり、介護生活も幕を閉じた。長い間、家族と仕事の狭間で必死に生きてきた大竹も今年で64歳になる。「あんまり、年齢というのを考えていない」と笑う。

    アニメーション映画「岬のマヨイガ」では、二人の少女を引き取り、家族となる謎のお婆ちゃん「キヨ」を演じる。その声は、目の前でキャッキャと笑う大竹のものだとは思えない。

    「私、おばあちゃん役をやるの?」

    大竹自身、このオファーが来たときには驚いたという。

    「映画とかテレビみたいな自然体の演技を求められる場所だったら、ちょっと難しいかもしれない。でも、アニメーションは絵が芝居をしてくれるから、普段演じられない役になれるのがいいですね。声優をやらせてもらうときは、なるべく私の顔が浮かばないようにできればと思ってます」

    母として子育てに奔走し、娘として自分の母親を看取る。そんな私生活が想像できないほど、役を生きてきた。彼女の中には、これまで演じてきたいろんな役が生きている。

    仕事が彼女を支えてきたのかもしれない。

    かつて、明石家さんまとの離婚を考えたのも、「家庭にいるよりも仕事をしたい」という気持ちからだろうと分析する。離婚後は、舞台で出会った野田秀樹とも親密な関係となった。それも、仕事の姿勢に心奪われたからだった。

    現在は、決まったパートナーはいない。それでも毎日楽しく生きている。かつてのパートナーとも、定期的に連絡を取り、仕事の相談をし、互いに励まし合う。離婚したからこそ、胸を開いて話ができるようになったのだという。2017年に大竹が還暦を迎えた際に開かれたパーティーでは、明石家さんまも野田秀樹も壇上でスピーチをした。

    荒波をこえて、関係を維持する秘訣はなんなのだろうか。

    「お互いの才能を認めあい、尊敬することが大事なんだって今は思います。さんまさんも、野田さんも、つくったものが素晴らしい。彼の作品に対して、私は正直に感想を言えるし、その逆も然り。私の舞台もよく見にきてくれます」

    「さんまさんは、結婚当初は全然仕事の話ができなかったんです。もっと『私の仕事を見てほしい』といえばよかった。外で違う顔をしていることも含めて、家族なんだから」

    良き母であり、良き妻であり、よき女でいたい──。この思いが、かつては自分も相手も傷つけた。心のなかでは、ずっと舞台に立っていたかったのだ。

    休む間もなく働いてきて、疲れを感じることはないのだろうか。

    「辛いことがあるほど頑張ろうと思えるタイプ……なんだと思います。疲れたなと思うこともあるけど、だいたいこんな感じで生きてきてしまったから……。ゆったり過ごしたいなとは思うんですけどね。きっと、そういうのは無理なんだと思う」

    もしかすると、還暦をこえてからが、大竹にとって女優としてますます充実できる時期なのかもしれない。

    40代で上梓したエッセイ「私一人」にはこんな一節がある。

    自分を傷つけず、大げさかもしれないが、自分の魂に嘘をつかず、自分のやるべきことをやり、自分の中に喜びを見つけ、生きてゆきたいと強く思う。

    そして、それは、やはり舞台に立つことであり、映画やテレビで演技をすることであり、お客様の前で歌を歌い、お話ししたりすることであることは言うまでもない。

    ──大竹しのぶ「私一人」(幻冬舎 2006)

    取材を終えると、急いで楽屋に戻る。「明日は、朝から京都で舞台なの!」。スニーカーを弾ませて階段を登っていった。