「バンドで食べていきたい」
そう思いながら、その夢を叶えられる人はどれくらいいるのだろうか。10代の時からの仲間と切磋琢磨してようやくメジャーから声がかかる……なんとなくこんなイメージがある。
「バンドを組んだのは、社会人になってからですね」
耳を疑った。笑いながら話す彼女は、ポルカドットスティングレイのボーカル、雫さん。ライブチケットは即日完売。YouTubeでMVを公開するとたちまち数百万回も再生される人気バンド。結成してわずか2年でメジャーデビューを果たした。学生時代から音楽漬けの毎日を送ってるように見えたからだ。

こう続ける。
「私は、内から溢れでるスター気質もなくて、アーティスト性も少ないと思うんですよね」
キャリアもスター気質もない。では、どうしてメジャーデビューを勝ち取れたのか? 大人になってから、夢って叶えられるのだろうか? それも「バンドで食べていく」という難儀な夢を。
社会人になってから「人生はじまった」

雫さんは現在25歳。大学を卒業してからデビュー直前まで、ゲームクリエイターとして活躍する「会社員」だった。実は、これこそが彼女の「夢」だ。
「幼稚園生の時からゲームクリエイターになりたかったんです。プレステのMOONとか、ポケモンが大好きで、大人になったらゲームを作る人になりたいって親に言ってました」

卒業後、迷うことなくゲームの制作会社に入った。大学でバンドサークルに所属していたものの、ギターも弾いたことがなかった。
内定後、卒業するまでの間に何かやろうと考えた雫さんは、「バンドやりたいな」と軽い気持ちでTwitterに投稿した。そのTweetをきっかけに集まったメンバーがポルカドットスティングレイだ。
「ゲーム会社に就職することは、趣味が仕事になるってことでもあって。趣味がなくなるんだなぁ。2番目に趣味と呼べるものはなんだろう、と考えたものがバンドでした」
就職で学んだことがめちゃくちゃ活きている
「自分が成長したと感じる経験はなんですか?」と尋ねる。すると「就職です」と即答するほどに、雫さんにとって社会人経験は大きかった。
「ゲームのプランナーは、自分が書いた仕様をプログラマーやデザイナーに100%理解してもらわないといけない。企画書とか仕様書って絵で書いた方が伝わりやすいので、フォトショもマスターしました」
もともと暗い性格で、上手に話せないタイプだったが、社会人として仕事をする中で、他者とのコミュニケーションを学んだ。現在、彼女はアルバムのアートワークも手がけるが、そのスキルもこの時に身につけた。

さらに、結成後2年足らずでメジャーデビューを勝ち取れた"秘策"も、社会人経験の中で見出した。マーケティングだ。
入社当初は、ゲームクリエイターとして「自分の作りたい作品」を作っていた。「ゲームの才能はあるって思ってたんですよ。上司たちからもこの業界で大物になるねって言ってもらってたし」と笑う。
しかし、売れ行きなどの数字を見ているうちに、制作物に対する意識に変化が起きた。
「"自分の作りたいもの"を作るのではなく、"お客さんが欲しいもの"を提供し続けないと。だってこれは仕事なのだから。ユーザーが求めるものをリサーチしてから手を動かす。ローンチ後もユーザーの声を入念に調べて、次のバージョンアップに反映する。音楽も同じ方法で作っています」

雫さんは、作詞・作曲のほとんどを手がけるが、その時も「リスナーのニーズ把握」を何よりも大事にしているそうだ。「内から溢れ出る想いや、自分の体験を曲にのせることはない。みんなが欲しいものを作っているだけ」と言い切る。
「私は、マーケティングして曲を書いているので、曲によって主人公も違えば言っていることも全然違うんです。だから情緒不安定に見えるかもしれないですね(笑)」
「誰を想ってあの曲を作ったんですか? あんな恋愛してみたい、みたいな声も頂くのですが、していない。みんながTwitterに書いたことを曲にしているだけなんです。ポルカのことを呟いてくれる人のTweetをめちゃめちゃ見ます。性別、年齢、恋人の有無。最近何に苛立ちを感じているのか? 何時にこの曲を聞いているのか? とか」
メンバーにはずっと「バンドをやめる」と言っていた
ゲームクリエイターとして順風満帆だった彼女は、なぜバンドを選んだのか? こんなにも喜々としてゲームについて語るのに。
実際、バンドメンバーには「会社でディレクターになったらやめる」、「結成して2年経った時に、箸にも棒にもかからなかったらやめる」と言ってきた。その度に、メンバーから「絶対音楽をやるべきだ」と説得され続けてきたそうだ。
「自分でもこんな選択するなんて思ってませんでした」
雫さんのTwitterはゲームで溢れている。今でもゲームのトレンドを追い続けているそうだ。「いつかまた作りたいですね。ポルカでゲーム作れたら最高です」。
タイアップは「クリエイティブとしてめちゃくちゃ参考になる」。
「マーケティングは本当に大事」と熱弁する雫さんの考えは、バンドの戦略にも大いに影響する。例えば、数百万回再生もされるYouTubeチャンネルを「広告媒体っぽくしてみたい」と語る。
「うちのMVは再生数が多い方なので、それを価値として見てくれる企業さんがいたら嬉しいです。もちろん毎回、コラボするっていうわけにはいきませんけど」
そのひとつが、ヨーグリーナ&サントリー天然水とのタイアップだ。デビュー前からライブで歌い続けてきた『レム』のMVにヨーグリーナが登場している。
タイアップということは、スポンサー企業から金額の支援をうけることを意味する。そのとき、クリエイティブに関して出資者から「口出し」されることはないのだろうか? 「この飲料水は、おいしい」と言ってもらった方が訴求力は強そうだ。
「サントリーさんからは、『ヨーグリーナで伝えたいのは、朝を気持ちよくスタートさせること』ってことだけを聞きました。それを聞いた時に、『レム』がぴったりだと思ったんですよ。ヨーグリーナは普通にめちゃめちゃ好きだったので『歌詞も変えます!』ぐらいのノリでした」
「自分の体験をもとに曲を作っている場合は、歌詞を変えるってことは嘘をつく感じになると思うのですが、私はそうではないので(笑)」
こういう場においても、ゲームクリエイター時代の経験が活きた。ユーザーを楽しませるクリエイティブを保ちつつ、クライアントの要望にも寄り添う。「交渉力」も会社員時代に身に着けていた。「私たちはこのスタイルなので口出さないでください」と突っぱねることは、絶対にしない。
「サントリーさんみたいな企業って、たくさんの人を相手にモノを売ってる。広い市場を見ている人の意見を聞きたかったんです。自分の専門分野外。音楽以外の観点って参考になるので」
なぜここまで、マーケティングにこだわるのか?
社会人になってからバンドを始動させたポルカドットスティングレイが「勝てた」理由だからだ。
「夢があるなら、趣味から始めてみてもいい。でも、実になる活動をしたいと思うなら、がむしゃらに技術を磨いたり、引き出しを増やしたりするだけじゃなくて、お客さんが何を求めてるのか知ることが大事。近道はそれなんじゃないかなって」
まるでゲームのように人気バンドとしての駒を進めていく。彼女は自身のキャリアをこうまとめた。
「信長の野望やってるみたいですよ」