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「誰かの目」を気にしてしまうあなたに。詩人・銀色夏生の人生を

通算の発行部数は1150万部数をこす詩人・銀色夏生。「男なの? 女なの?」「実在するの?」と声があがる謎の人でもある。そんな彼女の素顔に迫った――。


「かんちゃん……。また名字が変わるんだけど、いい?」
「えっ、……リコン?」
「うん」
「おとうさん、いなくなるの?」
「ううん。今までと同じ」
「ふーん」
「なんでも好きなものを買ってあげる」
「えっ?ホント?じゃあ、いいよ。わーい」
「ゲームボーイじゃなくて、テレビのゲーム買ってあげようか」
「わーい」
「ソフトも、3つ、ううん、5つ」
「うっわーい」

どんぐり いちご くり 夕焼け――つれづれノート

「リコン」とは、もちろん離婚だ。この2日後、「彼女」は書面を役所に提出し、本当に夫と別れた。その直後、「元」夫と子どもたちとでゲームを買いに行き、ひととおり楽しんで一日を終える。そして翌日の心境をこう綴る。

この心の平安さかげんはどうだろう。

私は自分に返ったみたい。とっても自由で、窓から見える木の葉がキラキラと美しく輝いている。

どんぐり いちご くり 夕焼け――つれづれノート

離婚のイメージとはかけ離れた、会話・行動・心境だ。それをあっけらかんと、書籍で綴ってしまうなんて、大胆にもほどがある。「彼女」とは、詩人の銀色夏生さんだ。

1983年に作詞家としてデビューし、『君のそばで会おう』などの詩集やエッセイを数多く発表。通算の発行部数は1150万部を超える。多くの人を魅了しながらも、メディアの前に姿を現さないため、「男性なのでは」「実在するの?」と声もあがる。

そんな謎多き彼女だが、25歳の娘と18歳の息子の母であり、シングルマザーだ。

子どもを育てるのも、一段落。若い頃から旅が大好きな彼女は久しぶりに、世界各地を周った。

新著『こういう旅はもう二度としないだろう』は、参加したツアー旅行について綴ったフォトエッセイだ。ベトナム、ニュージーランド、スリランカ、インド、イタリアの5カ国を回った後「人生も長いひとつの旅なのだ」と結論を出す。

「もう二度としない」なんて言葉を聞くと、「不快な思いでもしたのだろうか?」と勘ぐってしまう。どういうことなのだろう? 旅と人生は同じだと言うのに。

占い師に聞くことなんてない。友だちもいなくていい

銀色夏生という人をひとことで表すなら「淡々」だろう。どこか遠くを見つめてるように、静かに話す。それも、少しヒヤッとする言葉を。

例えば、旅行ツアーで組み込まれていた伝統的な「占い」を目の前に「聞くことなんてない」と思う。

結婚も悩みも、子育ての悩みも、仕事の悩みも、進学の悩みももう、ほぼないと言っていい。その対象自体がどんどんなくなるんだから、はあ? って感じ。(略)

今はもう、夢見てることと本当にしたいこととは違うってことがわかったので無謀な夢は見ない。

こういう旅はもう二度としないだろう

年齢や経験を重ねていても、生きていれば不安は尽きない。病気や老化。生きる上で直面する悩みはたくさんある。けれども彼女は「対処するもの」でしかない、と考える。

彼女に「本当に悩みってないんですか?」と聞くと、自虐的な雰囲気なしに「1人も友だちがいないから暇で退屈」と答えた。

かつて他ジャンルの知人と共著まで出した銀色さんだが、「引っ越したり習慣が変わると会わなくなっちゃって。気軽にご飯を食べに行く友だちは、もう何年もいない」と言う。

普通、この後に続く言葉は寂しさを匂わせるものだろう。しかし、彼女は違う。

「そういう風にしたかったと思う、私が」

中途半端な気持ちで誰かに会っても楽しくない。後悔することもあるし、嫌な気分になることもある。本当に会いたい人にだけ会うようにしたら、他者と面会する機会は「ほぼゼロ」になった。それだけのことだ。

短期間で仕事を集中してこなし、終われば旅に出る。他者のペースに合わせることなく人生を歩んできた。結婚もそうだった。

「結婚も集中して3年間。それぞれ別の人と」

彼女は2回結婚し、離婚している。こんなセンシティブな問題を、ぱっと差し出す。インタビューの場においても、エッセイという書籍の中でも。

「一回目の離婚はすごくショックだったのだけれど……なんかもう忘れちゃった」

最初に結婚したのは、32歳のときだった。長女を出産し、3年が経とうとしたときに、夫「むーちゃん」が「好きな人ができた」と残し、突然家を出ていった。

彼女は、日記のように書き続けているエッセイ『つれづれノート』の中でこう記した。

私は、今、落ち込んで暗いので、これから先に楽しいことがあるような気がしない。くったくなく笑ったり、晴れ晴れとした気持ちになったりするような気がしない。いったいいつまでこんな気持ちが続くのだろう。永遠かもとさえ思う。

バラ色の雲―つれづれノート』

今でこそ、泰然自若としている銀色さんだが、「結婚すると、極度に自分を低く見てしまう」と当時を振り返る。

私は今、落ち込んでいて暗いので、夕食はたまごかけごはんにした。

料理なんか、する気にならない。でも、たまごかけごはんはおいしかった。2ハイ食べた。

バラ色の雲―つれづれノート

銀色さんは、離婚の原因を「お互いそこまで好きじゃなかったから」と分析する。彼女は旅行で家をあけることが多く、夫は寂しさを覚えたのかもしれない。

それでもショックをうけたのは「惰性の関係になっていたけれど、心の中でこんな感じでずっと続いていくんだろうと思っていた」からだ。

青天の霹靂を見た彼女は、事のすべてをエッセイに書き落とす。そうしているうちに自分のことが客観視できたり、感情がおさまったりする。「失敗」を次に活かすために銀色さんは記録する。

書いているうちに、悲しみも癒えていった。実際彼女は「当時すごく思うことがあったんだけど……忘れちゃった」と言うくらいだ。

「次は、私のことを好きになってくれる人と結婚しよう」と心に決めた。

その後に結ばれたのが2人目の夫「イカちん」だった。イカちんとの間に息子をもうけたものの、また3年で離婚を選ぶ。今度は自分の方から、夫に「籍を抜きたいです」と、メールを送った。

価値観の相違が大きかった。例えば、自分のふるまいに対して「そんなことすると、ファンが悲しむよ」とイカちんが助言をした時に「理解不可能」だと思った。本人は、きっと良かれと思って放った言葉だろうが、イカちんの価値観をおしつけているにすぎなかった。

今回は長女にも相談した。それが冒頭のやりとりだ。一回目の離婚とは異なり、かなり淡々としているのが伺える。

「好きじゃないのに一緒にいても、悲しい結末になるだけ。だから、今回は悲しんだり傷つく前に、離れることにしました 。別れた後にも普通に会ってました」

銀色さんは、作家という仕事柄、自宅で仕事ができたので苦労はなかったと話す。時折、宮崎の実家にサポートしてもらいながら、子ども2人を育てた。

「子育ての一番大変なときだけ、結婚は必要だったのよ」

我が子に対して「殴ってやりたい」と思うこともあった

親子で手を取り合って生活を送ってきた……わけではない。長女とは相性が悪く、かなり手を焼いたそうだ。

「子どもなのに、まるで大人のように私に向かってくる子で。私の言うことを全然聞かなくて、『今こうなってるのは、ママが悪いから』と食ってかかるからハラハラした」

娘に対して怒りを覚え、エッセイの挿絵に「娘を殴る」イラストを描いたこともあった。

「子供を心の中で殴るなんて、普通に考えたらひどいですよね」と言うほどに本人も自覚があった。実際、批判の声もあがったという。

しかし、嬉しい出来事も起きた。高校生の読者から「あのイラストを見て心が救われました」と手紙がきたのだ。

彼女は本気で娘を殴りたかったのではない。単純に目の前のことに腹が立ったのだ。怒りの気持ちを持つのは普通のこと。お母さんだからといって我慢する必要などない。

「救われたと思う人がいてよかったと思います。ちゃんと伝わってると実感できたので」

暴力をふるったり、誰かを傷つけたりすることは「いけないこと」だ。しかし、たとえ子どもに対してであっても怒りの感情は芽生えるし、「殴ってやりたい」とも思う。

それなのに、誰かに対して攻撃的な気持ちを抱いた途端、罪悪感に包まれる。私たちは「誰かの目」に囚われすぎているのかもしれない。

人の中には、ワクを作ってそれを守ることで安心していくタイプの人もいれば、ワクがあると逃げだしたくなるタイプの人もいる。私は後者のタイプ。逃げられるワクからは最初から逃げ、逃げられないワクがある場合、そのワクの中から自由を夢見る。そしてわずかな時間でも活用して気分をかえる。

どんぐり いちご くり 夕焼け―—つれづれノート

銀色さんは「世間体」や「普通はこうだよね」というワクから逃げるために、旅に出るのだろう。

旅をきっかけに人間関係が少しずつ変わる。もしかすると、「世間体」とは、ある意味凝り固まったコミュニティー内の視線に過ぎないかもしれない。いつも同じワクの中にいるから、周りの目が気になるのだ。

「友だちがいなくて退屈」と言う彼女は、森の奥から出てきたような落ち着きを感じる。

それでも綴ってきた文章を見ると、少なからず心が動いてきたことがわかる。しかし、大きな経験を重ねながらも、都度、反省を記し、旅に出かけ、戻ってくる。そんな人生を「渡り鳥みたい」と評する。

そろそろ単身で宮崎に戻ろうとも考える。何か理由があるわけではない。なんとなくそうしたいのだ。

私たちは周りの目に揺るがされずに、いつでも素直に過ごしてもいいのだ。ブツブツと文句を言ってもいい。ため息をついてもいい。途中で切り上げてもいい。旅行も人生も「楽しまなくてはいけない」なんて、誰が決めたのだろう?

新著では、旅を終えて、最後をこう締めくくる。

こういう旅はもう二度としないだろう。したくてもできないだろう。

どの旅も一度きりで、どの旅も振り返れば懐かしい。どの旅にもそれぞれに他にはないよさがある。

「二度とできない」というのは、人生と同じだ。誰もが等しく、今しか生きられない。きっと、だから彼女は人の目なんて気にしない。するのがもったいのだ。

銀色夏生は今日もどこかで、退屈そうに生きている。「私がそうしたいだけなのだから」と言わんばかりに。


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