戦争の萌芽を、子供たちに見た。簡単には否定できない一滴の現実

    ロックミュージシャン、MIYAVI。サムライギタリストとして世界中を回りながら、3年ぶりのソロアルバム『NO SLEEP TILL TOKYO』をリリースした。2014年にはアンジェリーナ・ジョリーがメガホンをとった映画『不屈の男 アンブロークン』に出演した、ここで大きな転機を迎えた。

    「ビジネスとして成功するためなら、ただ、甘いチョコレートを振りまいて、”中毒患者”を作ればいい。でも、それではだめなんですよね」

    ロックミュージシャン、MIYAVIは言う。サムライギタリストとして世界中を回り、テレビでその腕を披露すればたちまちトレンドに上がる彼が、だ。

    誰もが大好きな甘くて美味しいチョコレートのような楽曲を作れば、売れる。自分の世界観ばかりにこだわると、独りよがりになる。でも、自分の心に嘘をついて人の心は動かせるわけがない。

    求められることと、やりたいこと。トップアーティストでさえこのジレンマに悩む。3年ぶりにリリースしたソロアルバム『NO SLEEP TILL TOKYO』も難産だったと語る。

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    ジャケットは石田スイ氏(「東京喰種トーキョーグール」作者)が描き下ろした。 / Via youtube.com

    MIYAVIは音楽の中にほうれん草のような苦味をいれたものが、自身の作品だと喩える。

    口あたりのいいポップスの中に、一滴の現実を。
    激しいギターロックのなかに、現実に向き合う強さを。

      ――MIYAVI著『何者かになるのは決してむずかしいことじゃない』(宝島社)

    それが、エンターテインメントだから果たせるものだと信じている。水や食料のように生命維持に必要不可欠ではないそれに、どんな力があるのか? 現実とは何なのか? MIYAVIはいつも問いかける。

    当たり前の道徳は簡単に崩れる

    2014年、大きな転機があった。アンジェリーナ・ジョリーがメガホンをとった映画『不屈の男 アンブロークン』で旧日本軍の捕虜となった主人公を痛めつける日本兵役、渡邊睦裕伍長を演じた。アンジーがYouTubeでライブパフォーマンスを見てオファーをしてきたのだという。

    光栄だと思いつつ、戸惑いを感じざるを得なかった。日本で生まれ、何不自由なく生きてきた。自分の生まれた国のネガティブな側面を演じたくはない。

    アンジーからは「この作品は、アメリカと日本のどちらが正しいかを描きたいわけではない。一人の主人公が抗えない大きな運命に翻弄されながらも、最終的に人を赦す。その境地にたどり着いた彼の強さが一番大きなメッセージなの」と丁寧に説得され、オファーを受けた。

    MIYAVIが演じる渡邊睦裕伍長は、実在する人物だった。彼に関する資料を読み漁り、日本軍の心境をインストールした。撮影中は竹刀を常に携え、靖国神社に何度も参拝し、英霊に祈りを捧げた。

    罵倒、殴打、恫喝。これらは人を傷つける行為として悪だとされる。だからこそ、渡邊は恐れられる。

    一方で、彼は当時の環境に適応しただけのようにも見える。「君たちは、我々日本の敵だ。それ相応の扱いをする」との宣言からは、伍長としての責務が垣間見える。敵を従えなければ明日はない。

    日常の道徳は、簡単に奪われる。

    MIYAVIはそれをよく知っている。撮影終盤、現代を生きる自分では理解できないほどの感情に飲み込まれ、涙が枯れ果てるほど泣き尽くした。

    映画製作にあたって、MIYAVIは捕虜収容所にいた人々にも面会した。日本人と結婚している人もおり、憎しみは感じなかったという。

    渡邊に虐待を受けた物語の主人公、ルイスに至っては長野オリンピック時に聖火ランナーまで務めた。倫理的な過ち、抗えない大きな力、そして赦せることの強さ。価値観が大きく揺らいだ。

    殴り合う子供たちを簡単に否定できない理由

    戦争の萌芽を、子供たちに見た。

    MIYAVIは映画出演を機に、2015年からアンジーと共に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)として活動するようになり、レバノンやバングラデシュなど難民キャンプを訪問するようになった。当初は世界地図を眺めてもレバノンの場所すらわからなかった。

    「先進国で好き勝手に生きてきた自分にできることなんてあるのだろうか」

    こんな不安を抱えながらレバノンを車で移動していると、武装した兵隊に「窓を開けないように」と言われた。銃弾が飛んでくる可能性があるからだ。

    昨年訪れたバングラデシュは、泥の上を70万もの人が逃げてきた。モンスーンの季節になれば洪水が起きるかもしれない。突然増えた人口に、秩序は崩壊しかけていた。ゴミが溢れ、劣悪な衛生状況で疫病が蔓延している。それだけではない、犯罪も横行する明日が約束されない場所なのだ。

    絶望的な環境であっても、そこには日常がある。

    「難しい民と書いて、難民。この言葉に持つイメージとは違う子供たちの姿があったんです。学校にも行けず働いているけれど、ときにガラクタから遊びを見つけて、たくましく生きている。どんな環境においても子供たちは前を向いて生きている。強いな、と」

    エンターテインメントは、平和があってはじめて成り立つものだ。明日もままならない状況下で生きる子供たちに、自分のギターは何かできるのか不安に駆られた。それでも、ミュージシャンである自分にできることは音楽を奏でること。腹を括って弦を叩くと、10秒もしないうちに空気が変わった。子供たちは目をキラキラ輝かせ、リズムに身を委ねる。

    「音楽にできること、もっとあるんじゃないか」

    音楽は、腹を満たせないし、喉の渇きも癒せない。でも、心は潤せる。それを実感した。はじめてギターを聴いた子供たちが「ロックスターになりたい」と言っていたと現地のスタッフからの連絡を受ける。思わず目頭が熱くなった。

    過酷な状況でまっすぐに生きる子供たちにギターを弾かせてあげたかった。「弾いてみるかい?」という素振りを見せた時、子供たちが順番を争い、小競り合いが起きた。中には血を流す子供もおり、日本で見るような喧嘩とは少し違う。迷いなく奪い合うその様には無邪気とは言い切れない何かがあった。

    「もし、この子たちがちゃんとした教育を受けなければ、それこそ彼らを苦しめている戦争を起してしまうんじゃないか?」

    さっきまで音に揺られていた子供たちの、制御できない欲のぶつかり合いを見て思った。

    「一番感じたのは……モラル。例えば譲るとか、ゴミを捨てないとか、嘘をつかないとか。そういったレベルの道徳観ですら何か欠如しているように見えたんです」

    「何が正しいか何が悪か、彼らにとっては生き延びるための方法が全部正解なんですよね。道徳や倫理を知る機会を奪われたら、何を基準に生きればいいのか? 生まれついて攻撃的だったり、悪いわけではない。ただ、学んだことがない。それは彼ら彼女ら子供たちの罪ではないと思うんです」

    「実際、何かを奪ってはいけないとか、譲るっていうのは、ある程度の平穏さに基づいた理性があってはじめて保たれる秩序じゃないですか。教育って、人が助け合うための行為なんだと気が付きました」

    戦時下で捕虜を痛めつけた日本兵を演じ切ったMIYAVIは、難民キャンプで争う子どもたちの姿から、戦争の萌芽を見た。

    無力感と自分の役割

    ニュースですら受け手が欲しがるゴシップばかりが溢れる中、自分が見聞きしたことをどうやって届ければいいだろう?

    アルバム『NO SLEEP TILL TOKYO』は、躍動感のあるギターの中にハッとするメッセージを込めた。3曲目に挿入されている『Tears On Fire』だ。

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    『Tears On Fire』 / Via youtube.com

    当初、タイトルチューンにしたいと思ってもいたが、レーベルとの相談のもと、よりキャッチーな楽曲を表題曲に持ってくることにした。それが冒頭のチョコレートとほうれん草のバランスだ。

    「『Tears On Fire』は自分の中でも思い入れの強い楽曲。自分の無力感……から生まれました」

    「はじめて難民キャンプに行ってから4年が経ちました。どれだけ自分がギターを弾こうと、平和を歌おうと、今すぐに何も変えられてない現状がある」

    「難民支援という活動行為自体が、血が溢れ出てくる傷口にバンドエイドを貼っているようなもの。終わりの見えない止血行為なんです。根本的な紛争や迫害を止めることではないので、あくまでも応急処置であるべきなんですが、根本原因はまだ全然解決されていない」

    過酷な状況を目の前に、個人の力はあまりに無力だ。社会はすぐにはよくならない。だからと言って、目先の利潤だけを貪っていていいのだろうか?

    「まず、ロックやダンス……誰もが振り向くような刺激的な楽曲を作る。その中に、こういったメッセージを乗せて届けることこそが意味のあると思うんです」

    真面目な演説を正面から訴えたところで、人の心を打つことは難しい。自分には関係ないと感じてしまう人もいる。でもそこに、痺れるような音楽があったらどうだろう。きっと再生ボタンを押してくれるんじゃないか。

    「難民問題だけじゃなく環境問題も含めて、いろんな問題を見てしまった以上、目を背けられないし、そこからダイレクトに感じることがある。そんな問題意識を、人の胸を震わせるエンターテインメントに落とし込むのが、この仕事の醍醐味なんじゃないかなと思います」

    「難民支援をしていると、各々の役割を全うすることを知ります。あまり知られてないですが、現地に行くと日本の国旗を至る所で見ます。僕たちの税金がこうやって役に立っている。先進国としての責務を果たしている。これはもっと日本の人たちにも知ってもらいたいです」

    「僕たちアーティストは、音に乗せてメッセージを発信することができる。そのために、英語も日本語も使う」

    「ちょうど令和になって、日本も風向きが変わったのかなと思うんです。表題曲にTokyoの曲を持ってきた理由はそこでもあって。これは外部から見た視点なのかもしれないけれど、現状をボヤくよりも、期待できることがたくさんある」

    「音楽で、今すぐ世界を変えることはできないかもしれない。でも、聞いてくれる人たちの心や考え方を変えることはできるかもしれない。そして、それが広がっていけば、世界は変わると思う」