インターネットで夢が叶うなんて話は聞き飽きた。
確かにネットの登場によって、特権的だった「創作」と「発信」のハードルが下がった。クリエイターに、そしてスターになれる可能性がゴロゴロ転がっている。
一方で、ネット上の世界は人気が一目瞭然。コンテンツの多さに埋もれていく可能性もある。時にはネガティブな言葉も投げかけられる。
2008年、当時大学生だったまらしぃは、1本の動画を投稿してピアニストになった。ゲーム、ボーカロイド、アニメソングを人間業とは思えない速さで演奏する姿は「質量を持った残像」と称賛されるほど、圧倒的な迫力がある。
活動は10年を超え、 6月8日には幕張メッセでライブも控えている。もともとピアノを生業にすることは考えていなかった彼の人生は、インターネットの世界でどう変わり、続いてきたのだろうか。
まらしぃさん、魑魅魍魎蔓延るネット上で生き残る術ってありますか?
結果、人気、アンチの声…すべてが可視化されるネットの世界
――気を病んだりすることはないのでしょうか? アンチのコメントがついたり。
もちろん否定的なコメントもありますね。僕が「まらしぃ」として活動を始めた2008年ぐらいは、ニコ動は2ちゃんねるっぽいアングラ感があったので、特に。
罵声が挨拶みたいな……(笑)。それに、わざわざ書いてくれてるわけですから。嫌と言いつつ、何かしら気になったところがあるのかなって。あと、僕の場合は独学に近いので、音楽理論を学ばれた方からすると「違う」というようなコメントもつきます。その場合は「すみません」としか言いようがない。
――もともと割り切っていた……?
そうですね。ネット自体はゲームの攻略から入ったので、現実を見ていたというか。大学生当時は『ぷよぷよフィーバーオンライン』をやりこんでおり……。オンラインゲームは、同級生とかリアルな友人よりも強い人が多くて、全然勝てないんですよ(笑)。
なので、上手い人の動画や攻略チャットを見ていたので「ここはそういう文化である」と思っていたんです。アンチコメントで悩む気持ちもわかるけれど、僕は最初の心構えが良い位置にあったかもしれません。顔出しは住所が特定されそうで抵抗感がありますし。
もともと、有名になりたいとかピアノで食べていきたいとかではなく、ゲーム仲間に「ちょっと見てよ」という軽い感じで動画を投稿したのがはじまりだったぐらいで
――2008年ってニコニコ動画(ββ)あたりで、まだ無法地帯のような時代でした。
そうですね(笑)。まだ不安定な時代だったので、当時からニコニコ動画とYouTubeの両方に動画をあげてました。
ちょうど、攻略チャット上でちょっと有名な強いプレイヤーさんがいいて、その人から『東方Project』の『ネイティブフェイス』を弾いて欲しいっていうリクエストが軽く来たので、耳コピで弾いてみたんです。当時は東方自体を知らなかったんですけど、彼と仲良くなりたい……下心ですね(笑)。
当時は東方自体知らなかったんですけれど、好きな曲が弾けたらチャット内で他の人より目立てるじゃないですか。かといって、その録音音源をDMとかで送るのは、ちょっと…重いというか(笑)。
――URLを教える方がライトですもんね。当時は、一般大学に通われていたそうですが、その技術はどこで?
僕はもともと4歳から中学生くらいまではピアノを習っていたんですけれど、高校受験の前にやめてしまってたんです。3年間、音楽すらほとんど聴いてなくて、チャット上で『ネイティブフェイス』を知って久しぶりに好きだなと感じた。
同時に「弾けるかもしれない」と思って耳コピしてみたんですけど、ブランクがあったから、全然弾けない。そもそもこの曲自体、ピアノで弾くことを想定して作られていないので、音数は多いし激しい。でもムキになって練習してなんとか形にして。「ノリで弾いてみたんで聴いてください」みたいな。
クオリティが高ければ、心血注げば、必ず再生数が増えるわけではない
――ノリでピアノを再開した。
ニコニコには、ノリで面白いことをやろうとする独自の文化があるんですよね。僕の場合は音楽で、絵が描ける人、作曲する人、おしゃべりが上手な人。みんな各々の得意なものを集めて面白いものを作って、殿堂入りさせたりする。今日のニコニコ動画で一番再生されたとか、新しい流行が生まれたとか、みんなで純粋に喜んでいたような気はするんです。
――自分の得意なものを突き詰めて、コラボして。
そうですね。それに対して見返りも求めない。無法地帯の熱量があった。身内感というか、部室に近かった。
――殿堂入りすると嬉しい一方、常に再生回数が出ること。目の前に結果を出されるとキリキリしませんか?
自分の中のハードルがあがりますからね。プレッシャーに感じてしまう人もいる。でも、僕はドライに捉えています。
――ドライ?
再生数っていろんな事情に左右されるので。クオリティが高いから見てもらえたのかもしれないし、流行りの形だったから見てもらえたかもしれない。
――自信作の再生数が伸びなかったり?
ありますね。思ってたほど伸びなくて、残念な気持ちになることもある。そういうときは、頑張りどころを間違えたと思うようにしてます。
逆に軽い気持ちでサクッと投稿してみたものが高評価だったり。一方で、うまく動画が撮れなくて、失敗したって思ったら、逆にひらめきが生まれることもあるんですよ。
――失敗作が?
演奏中にお風呂が沸いた音が鳴りまして(笑)。少しイラッとしていたんですけど、せっかくだからその音アレンジをしてみたらそれが話題になって、結果的にCMに楽曲を使ってもらえることになったり。
「次はこれを弾いて」とリクエストが来て、自分が好きなことをやって、またコメントが来て、時にはコラボしたり……それが楽しくて10年続いています。
――ピアノを一度やめてしまったのに、ネットだとピアノが続く。何が違うのでしょうか?
中学生の時は専門の先生に見てもらったり、コンクールに出させてもらっていたんですけど……基本的に一人で練習してたまに先生に聴いてもらっても怒られる。
コンクールに出場したり、9歳のときからピアノでライブ活動をしていたまらしぃさん。ピアノ漬けの幼少期ではあった。
「お前にショパンの何がわかるんだ!」とか「音楽の基礎がわかってない」と怒鳴られたりしたので、反抗期と重なって高校受験を言い訳にやめちゃったんですけどね。
でも、ネット……特にニコ動だとコメントがついたり、再生数が上がったり。自分が弾いたものへの反応が目に見えてわかるのは、一人で盤に向かっていたときには味わえない経験だった。それこそ、みんなでコラボしたり。
――例えば、同業の方には劣等感を感じることはありますか? ネットは一見、自分と同じことをやっている人たちが良くも悪くも見つかってしまうので。
いつも……そればっかりです。やっぱり皆さんすごく素晴らしい技術を持っている方が本当にたくさんいるので。弾き方を分析して真似して……やっぱり凹みますよ。上手な人を見ると。
――H ZETT Mさんとか……?
ZETTさんには2011年ぐらいに初めてお会いしたんですけれど、すごいですよあの人。超えられない。
彼から何か……学んで持って帰ろうと、一生懸命かぶりついていたんですけれど、結局の真似をしても、意味がないような気がして。
――二番煎じみたいな?
そうですね。だから、上手い人のかっこいい部分を拝借して自分のものにするという。劣等感もあるんですけれど、一部を学ばせてもらおうと切り替えられるようになりました。上手い下手にこだわりすぎず、ちまちま動画をあげていると、思わぬことが起きたりしますし。
そうですね。地元感覚もあり、すごく嬉しかったです。担当の方が僕の動画を見てくださっていたようで……。
——今も愛知に住まれているんですか?
はい。大学受験の頃に東京の大学も受けてみようかなと思ったんですけれど、結局地元に進学しました。今はそれで良かったと思っています。
——なぜ?
東京に出ていったらピアノ弾いてなかったと思います。スタジオに行かないといけなかったり、防音対策とか……。騒音を気にせず、自由に大きな音で弾ける環境の方が手離せないというか。
YouTubeとニコ生。ふたつの居場所の違い
――YouTubeのチャンネル登録は100万を超えていますが、今もニコニコ生放送なメインの主戦場ですよね。なぜですか?
YouTubeとニコニコ動画って性格がちょっと違う気がしてて。
ニコニコ動画は、部室みたいな同じ趣味を持った人たちで内輪的にワイワイ楽しむ感じ。YouTubeは最近スマートフォン持ち始めた若い子達から、僕の親世代の人とか、もちろん海外の方とか。色々な方がいらっしゃるんで自分のことを知ってもらう広い場所だなと思っていて。
YouTube の方が再生数自体は多いので、僕のことを知ってもらう間口というか。「ピアノを聴く!」というモチベーションで来てくれる人が多いので、演奏をしっかりやる気持ちでいますね。
一方でニコニコは、ゲームとかアニメ、ボーカロイドが好きな人とワイワイやる場所。僕のことを知った人たちが来ているので、お互い顔は知らないでしょうけど、みんなでワイワイ盛り上がる。
場所が2つあると選べる。ピュアに演奏を聴いてもらえると、弾ている身としてもモチベーションすごく上がる。でも、そればっかりだと硬くなってしまう。息抜きも必要。仲間と遊ぶように弾く場所も欲しい。
――ニコ生でコメントしてくれる人同士が結婚したり、友だちがいる感じですよね。
そうなんですよ。結婚もですし、最近は「明日出産なんです」っていうコメントがつく。生配信中に生まれた子も何人か見てるんです。「今、産まれました」みたいな。
その子がスマートフォンとかパソコンとか持って、自分でネットを自由に使えるようになった時まで僕は続けてようかなって思うんですよね。
君が生まれたとき僕は演奏していたんだぞ、みたいな(笑)。
ネットで繋がって顔も素性も知らないけれど、10年以上も関係が続いている。小学校の時によく遊んでいた同級生で連絡をとれない人も多い。不思議な感じというか、素敵だなと思いますね。
由緒正しい権威とネット発のフェイクっぽさ
——10年ネットを中心に活動を続けてきて、6月には幕張メッセでライブもありますね。
日本を代表するような方たちが立つ舞台ですから、その場にピアノで立たせてもらえるなんて、本当に恵まれてるとは思います。大きなステージで演奏するのは気持ちがいいので。
——配信とはやっぱり違いますか?
配信はわかりやすくコメント。人前で弾くと拍手だったり、お客さんがちょっとした挙動 。基本的に自分のギアが上がってきたら、コメントたくさん流れてくる。そこは変わらないですね。画面ごしか、直接見られているか。これぐらいかも。
——クラシックの「正統派」な世界から離れたことに、コンプレックスを感じますか?
あー(笑)。昔はありました。一度ピアノをやめていなければ、音楽の大学とかに行ってそういう道もあったのかもしれないって。でも、今は一回辞めて正解だったんじゃないかって思ってます。
——今のまらしぃさんのスタイルとは少し違うから?
そうかもしれないです。僕は基本的に遊びから入ったので。クラシックな世界は、やっぱり楽譜が前提ですし、作曲家が何を想い、自分でどう解釈し、再現していくか……脈々と引き継がれる伝統がありますからね。昔は「なんで好きに弾かせてくれないんだろう」って思いましたけど、今はその素晴らしさもわかるようになりました。
——昨年リリースしたアルバム『marasy piano world』に『ちょっとつよいエリーゼのために』が入っていたのは、自分の中で踏ん切りがついたからですか?
そうですね……これはコンクールで酷評された苦い思い出がある曲でして(笑)。「一からピアノを勉強し直してください」っていう評価だったんですけれど、おかげさまで毎日ピアノを弾いて暮らせるようになりました。
僕の中で、その過去も受け入れられたので、「当時の審査員さん、元気かな?」と思ってアルバムに挿入したんです。その時ぐらいから、過去のコンプレックスは消えていった。
由緒正しく師弟関係を結んでコンクールで実績を積む伝統的なルートも素晴らしいと思います。僕は音楽理論もわからないので、正しくないと指摘されたら「すみません」と言うしかない。
ただ、今ってYouTuberという職業ができたり、若い人なりの嗅覚で新しい業界が盛り上がったりしてる。10年やってきても僕らは「所詮ネット」とか「浮ついてる」と言われることもある。
でも、あと10年やり続けたら、あんまり言われなくなる気がするんです。
そんな感じしません? だって今、小さいころからスマホ持っている子たちが就職する時代。彼らに「幼少期に憧れた人は誰ですか?」って聞いたら、僕らになっている可能性がある。
「YouTubeで演奏見ました」とか「ネットで記事読んでました」とか。そういう人たちが増えてきたらレッテルを貼られなくなるような気がします。