シリアで2015年に拉致されたジャーナリスト、安田純平さんとみられる新たな映像が、インターネット上で公開された。
日本政府や安田さんと交友がある報道関係者は、この映像を安田さん本人とみている。
安田さんとみられる男性は映像で、「私の名前はウマルです。韓国人です」「とても酷い環境にいます。今すぐ助けてください」と日本語で語り、「今日は2018年7月25日」と述べた。
安田さんはイラクなどで紛争地取材を重ねてきたジャーナリストだ。2015年6月、トルコ経由でシリア北部に取材のため入ったのち、消息を絶った。
以前と異なる情報ルート
安田さんとみられる映像は、これまでも何度か報じられてきたが、今回は以前とは異なるルートで情報が流れたところに特徴がある。
以前は、シリアの反体制派組織や過激派などと接点を持つ現地の人物経由でSNSにアップされたり、日本メディアに画像や映像がもたらされたりしていた。だが今回はこうしたルートではなく、動画投稿サイトに直接アップされた。
動画サイトでは同時に、2016年にトルコ南部で拉致されシリアに移送されたとみられるイタリア人アレッサンドロ・サンドリーニさんが、イタリア語で救出を求める映像も出た。
二人の映像は元のサイトからはすでに削除されているが、7月31日にBuzzFeed Newsが確認した段階では同じアカウントからアップされており、作りもよく似ていた。同じ組織が二人を拘束し、映像を作成した可能性がある。
これまでに出た安田さんの映像は、屋内に一人で座り、救出を求めるコメントを言うといった内容のものだった。今回の映像は、銃を持った二人の男の前に跪き、オレンジ色の服を着ている。
オレンジの服は、イラクなどから無実の人を含む大勢の人々がテロ容疑で拘束された米軍グアンタナモ基地の収容所で用いられた、オレンジ色の囚人服をまねたものとみられる。
武装した黒装束の男たちの前に跪かせるというやり方も、ジャーナリスト後藤健二さんらを拉致・殺害したイスラム過激派「イスラム国(IS)」が以前出した映像に似ている。
だが、二人の服は生地が異なり、組織としての具体的な要求内容も出していない。かつてのISのように、同じ服を準備するほどの組織力を持っていない可能性もある。2つの映像の後ろに立つ男たちも、背格好や、持っている銃などが異なる。
状況に変化が?
なぜ、この時期に映像が出たのか。
中東に在住し、シリア情勢の取材を続けてきた中東ジャーナリストの川上泰徳さんは「背景を精査しなければはっきりとしたことは言えないが、これまでとは状況が変わった可能性がある」と語る。
実行犯らが安田さんを3年にわたり拘束している狙いは、身代金を奪うことにあるとみられる。また、シリアやイラクには身代金狙いの過激派や犯罪組織がいくつもあり、こうした組織間で人質をやりとりしたり、場合によっては売買されたりすることもある。
例えば身柄を拘束している組織が変わったり、何らかの事情で日本側にアピールし、早く身代金を奪おうとしたりしているということも考えられる。
なぜ「韓国人ウマル」なのか
なぜ安田さんは、映像で「韓国人のウマル」と名乗ったのか。
安田さんと親交があり、自らもアフガニスタンで2010年、5ヶ月にわたり拘束された経験があるジャーナリストの常岡浩介さんは、その真意をはかりかねている。
なお、「ウマル」あるいは「オマル」は、スンニ派のイスラム教徒男性に多い名だ。
「彼は、イラクにはこだわりがあるが、韓国に特に興味がある人ではない。だから最初は、何者かがいたずらでつくった映像かと思った」という。
ただ、実行犯グループに日本語が分かる人間がいないのを見越し、安田さんが意図的にでたらめを言ったという推測も成り立つ。「私がアフガンで拘束された時、実行犯らが日本語が分からないのを見て、ビデオを撮られた時に『犯人の要求に従うな』と言った」。
「この映像が加工されているかどうか。なぜイタリア人の映像と同じアカウントから出たのか。こうしたことを詳しく調べる必要がある」という。
解放への道のりは
菅義偉官房長官は8月1日の会見で、映像は安田さん本人のものという認識を示した。一方で安否情報や今後の対応については「事案の性質上控える」「政府として邦人の安全確保は最大の責務だとの認識の下、様々な情報網を駆使をして全力で対応に努めている」と述べた。
中東の現場を知る複数のジャーナリストは、政府の対応を疑問視している。
川上さんが世話人の一人を務める「危険地報道を考えるジャーナリストの会」は、現場などで情報を集めた結果、「日本政府が救出や解放交渉に動いているという情報が得られない」として、日本政府に救出努力を強めるよう求めるアピール文を、2018年5月に発表した。
危険地報道を考えるジャーナリストの会のアピール
この会とは別のスタンスを取る常岡さんは、安田さんが拘束されて以降、現地入りして自身が持つ独自のコネクションをたどり、解放につなげようとした。しかし、シリア北部への入り口となるトルコへの入国を2度に渡り拒否され、果たせなかった。
イスタンブール空港では常岡さん以外にも、シリア情勢に詳しい複数の日本人ジャーナリストが入国を拒否されており、常岡さんは日本政府がトルコ当局に情報を提供して入国を妨害しているのではないかとみている。
「日本政府が現場で動いている形跡はない。(外交ルートなどを通じ)政治的に動いているのだろうが、いまのところうまくいっていないということだろう」という。