トランプの発表に日本が背を向けたわけ 中東と北方領土の意外な関係

    トランプ大統領が、中東のゴラン高原をイスラエル領と認める、と発表した。普段は米国を支持する日本政府は首を縦に振らなかった。日本にも大きな影響が出かねないからだ。

    アメリカのトランプ大統領が、1967年の第三次中東戦争でイスラエルがシリアから奪って占領を続けるゴラン高原を、「イスラエル領」と認めるという決定を下した。3月25日、この内容の文書に署名した。

    日本政府は一般的に、米国の政策を支持することが多い。しかし、この問題では背を向けた。菅義偉官房長官は3月26日「わが国はイスラエルによるゴラン高原の併合を認めない立場であり、変更もない」という認識を示した

    なぜか。

    これを認めれば、中東だけでなく、日本にも大きな影響が出かねないからだ。

    “Proclamation on Recognizing the Golan Heights as Part of the State of Israel” https://t.co/yAAyR2Hxe4

    イスラエルのネタニヤフ首相と会談し、イスラエルのゴラン高原領有を認める声明をともに掲げるトランプ氏のツイート

    ゴラン高原とは

    ゴラン高原は、シリア、イスラエル、ヨルダン、レバノンの国境が接する高原地帯。軍事的な要衝でもある。

    google

    ゴラン高原の地図

    面積は約1800平方キロで、おおむね香川県と同じ広さだ。もともとはシリア・クネイトラ県の所属で、農業に適しているうえ降雨が比較的多く、中東では貴重な水源地帯でもある。住民の多くは、イスラム教でも少数派のドルーズ派という宗派の信者だ。

    しかし、1967年の第三次中東戦争で、イスラエルがシリアからその大部分を奪い、占領した。イスラエルは1981年まで軍政による占領統治を続け、1981年に民政下に置いた。「併合した」ということだ。

    国連はイスラエルとシリアの兵力引きはがしのためPKO部隊を派遣している。日本も1996年からシリア内戦が悪化する2013年まで自衛隊を派遣し、延べ1500人が現地で勤務した。

    いまはワインの名産地

    ゴラン高原ではユダヤ人の入植が進み、特にブドウの栽培が盛んになった。日本でも近年、注目されるようになったイスラエルのワインの多くは、ゴラン高原でつくられたものだ。

    だが、欧州や日本、そして米国などの各国や国連はこれまで、イスラエルのゴラン高原併合を一貫して認めてこなかった。

    国連安全保障理事会は1967年にゴラン高原からの撤退を求める決議を、1981年には「併合は無効」とする決議を、それぞれ採択している。

    国際社会が強い姿勢を取ってきた背景には、他国から武力で土地を奪い「領土」とすることを認めると国際秩序が乱れかねない、という考え方がある。

    「力による現状変更」を認めればどうなるか

    日本も外交政策の基本として「力による現状変更」を認めないという立場を取る。

    日本も近隣諸国と領土を巡る対立を抱えている。最大の懸案である北方領土は、ロシア(旧ソ連)に占領されてから、すでに70年を超えた。

    日本海の竹島でも、韓国の実効支配が続く。さらに、中国が艦船を繰り返し侵入させて尖閣諸島に手を伸ばそうとしている。

    こんな状況で「長期間占領すれば、一方的に領土にしてもいい」という考え方を認めてしまえば、大変なことになるというのが、日本政府の考え方だ。それだけに、この問題ではトランプ政権の意向を認めることはできなかった。

    トランプ政権が歴史的経緯やシリアなどの意向を無視してイスラエルのゴラン高原併合を認めたことは、日本に置き換えれば「北方領土はロシアのもの」と、ある日アメリカが一方的に宣言するようなものだ。

    2018年にトランプ政権がエルサレムをイスラエルの「首都」に認定し、大使館を地中海岸のテルアビブから移した時も、日本政府は追従しなかった。

    エルサレムの東半分はゴラン高原と同様、1967年にイスラエルが占領し、実効支配を続けているからだ。駐イスラエル日本大使館は、今もテルアビブにある。そしてパレスチナ自治政府は「将来の独立時の首都はエルサレム」という姿勢を維持している。

    現状維持のための「現状変更」

    トランプ大統領がイスラエルのゴラン高原併合を認めた背景は、2つある。

    1つめは、4月に投票されるイスラエルの総選挙で、現首相ネタニヤフ氏らに対する「援護射撃」だ。

    イランやパレスチナに対して強硬路線を採るネタニヤフ首相は、トランプ政権と強固な関係を築く一方、国内では支持を落としている。

    イスラエルの総選挙も本来は11月の予定だったが、求心力を落とすなかで首相が4月に前倒しすることを決めた。それでもイスラエルの検察当局が収賄や詐欺などの容疑で起訴する方針を示すなど苦境が続いてきた。

    ネタニヤフ氏はトランプ氏が方針変更を決めると、すぐに歓迎のツイートをした。

    At a time when Iran seeks to use Syria as a platform to destroy Israel, President Trump boldly recognizes Israeli sovereignty over the Golan Heights. Thank you President Trump! @realDonaldTrump

    「イランがシリアをイスラエルを破壊する舞台にしようとするなか、トランプ大統領がゴラン高原でのイスラエルの主権を大胆に認めてくれた。ありがとう、トランプ大統領!」

    イスラエルで右派の支持を集めてきたネタニヤフ氏にとって、これは選挙に向けた援護射撃となる。

    2つめは、トランプ氏も2020年に大統領選を抱えていることだ。

    ここでイスラエルに有利な決定を下すことは①イスラエル支援を「宗教的義務」と考えるキリスト教保守派、②米国内のユダヤ教徒という、自らの支持基盤の強化につながる。トランプ氏の娘婿で大統領上級顧問のジャレド・クシュナー氏も、ユダヤ教徒だ。

    ネタニヤフ、トランプ両氏はいずれも、政権基盤の維持という「現状の固定化」を目指し、ゴラン高原で「現状の変更」を行ったのだ。

    ロシアがウクライナの戦略的要衝クリミアを一方的に編入したことを、これまで米国政府は批判してきた。トランプ大統領は、クリミアとゴラン高原では違う原則を適用したことになる。そして、その理由をきちんと説明していない。

    欧州や国連も併合認めず

    この決定に対し、日本だけでなく欧州主要国も「イスラエルのゴラン高原併合は認められない」という立場を維持している。

    国連事務総長付の報道官も3月26日の会見で、「ゴラン高原の地位は変わらない」と述べ、米国に追従せずイスラエルによる併合を認めないという考えを示した。

    国連安保理は27日に緊急会合を開いた。各国は米国の政策変更を異口同音に批判したが、決議は出さなかった。米国が安保理常任理事国であり、「拒否権」を発動するのは確実だったからだ。