「この世の地獄」と呼ばれるシリア。戦争はなぜ止まらないのか

    国連事務総長が「この世の地獄」と呼ぶシリア。国連安全保障理事会が停戦を求める決議を全会一致で採択しても、戦闘と流血がいまも続く。なぜなのか。

    シリアで激しい攻撃が続いている。首都ダマスカス近郊の東グータ地区では、ここ数週間で1000人を超える死者が出た。北部のトルコとの国境地帯では、トルコ軍が侵攻し、クルド人が多くを占める都市アフリンを包囲している。

    反体制派が支配し、アサド政権軍が包囲する東グータ地区では、国連の推計で40万人の市民が暮らしているが、そこに政権軍やロシア軍などによる激しい空爆や砲撃が加えられてきた。国連のグテレス事務総長はシリアで市民が置かれた状況を「この世の地獄」と呼び、停戦を呼びかけた。アフリンにも数万単位の市民がいる。

    More than 580 people killed, including 130 children in the bombardment of Syria's eastern Ghouta since start of February: SOHR @AFP https://t.co/zmFfWMOM45 https://t.co/Sm2v6NxLCI

    東グータ地区での2月の攻撃の状況を示す地図。

    濃い灰色が東グータ地区で、色がかかっているのが反体制派支配地域。右のグラフは日ごとの死者数。「Old City」と書いてあるのがダマスカスの中心部にあたる旧市街。

    極限状態の市民ら

    住民らは長い間、極限の状況に置かれてきた。住民に食料を届けようとしてきた国連機関、世界食糧計画(WFP)は、こんな証言を伝えている。

    東グータのドゥーマーで暮らすことは、アブ・サレーにとって悪夢です。 彼は生後10カ月の息子は、成長に必要な栄養価の高い食べ物や清潔な水を手に入れることができないために、栄養不良に陥っていると訴えます。

    5.5kgを僅かに上回る体重は同年齢の乳児の半分ほどしかなく、重度の急性栄養不良に苦しんでいます。牛乳は市場に出回ったとしても高価なため、水っぽい野菜スープしか食べられていません。

    「私は息子にどうしてやることもできません」

    画家を生業とするアブ・サレーは、紛争でほとんどの家が破壊されているドゥーマーで仕事を見つけることはできません。なんとか雑用仕事をしても一日1,500シリアポンド(3.25米ドル)ほどしか得られません。その日暮らしの生活で、小さな家庭すら養えていません。

    (中略)「息子を助けるために何もできないんです。私にできることといえば、なんとか息子を医者に連れていっても、この子がゆっくりと弱っていく姿を見続けることだけです。」

    WFP「シリア・東グータの人々が直面する極限状態とは」から抜粋

    停戦決議で全会一致

    そして2月24日、中立国スウェーデンと国連安全保障理事会の議長国クウェートが提出した、シリアで人道支援などのため30日間の停戦を求める安保理決議2401号が、全会一致で採択された。

    シリア内戦に深く関与している米英仏露を始めとする国連安保理の理事国が全会一致で合意すれば、シリアで、少なくとも一時的な停戦は可能だろう。そう期待した人々は少なくなかった。

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    United Nations / Via youtube

    シリアの停戦決議を採択する国連安保理の審議

    だが、そうはならなかった。採択から何日過ぎても、シリアから伝えられるニュースは破壊と殺戮ばかりだ。

    東グータ地区で医療活動を支援している医療NGO、国境なき医師団(MSF)によると、MSFが支援する同地区内の医療施設で把握できただけで、2月18日から3月3日までの間に1005人が死亡し、4000人以上が負傷したという。死傷者はその後も増えているとみられる。

    東グータからは、今もTwitterなどを通じて惨状が伝えられている。

    Nowadays, we realize that Earth failed to stop the #holocaust of the 21 century, this time not in Poland, it’s in #Syria, certainly in #EasternGhouta Thank you... 2018 https://t.co/t8QGJnAXnK

    東グータの中心都市ドゥーマの破壊された自宅前から状況を報告するジャーナリスト、フィラス・アブドッラー氏のツイート

    The situation in #EastGhouta is escalating and deteriorating on a daily basis. In #Douma alone 20 civilians were killed today including 4 children and 3 women after the shelling by more than 75 airstrikes from war planes and helicopters and over 200 rocket launchers in the city. https://t.co/62bNsU1bu4

    シリア反体制派の民間救助隊「ホワイト・ヘルメット」の3月10日の報告。ドゥーマ市だけで75回以上の空爆があり、4人の子どもたちを含む市民20人が死亡したとしている。

    国境なき医師団は、2018年2月に攻撃を受けて破壊された、東グータ地区の産科病院の惨状の映像をYouTubeで公開している。

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    Médecins Sans Frontières / Via YouTube

    なぜ攻撃が続くのか

    安保理決議が採択されたはずなのに、なぜ戦闘が続いているのか。これは決議違反ではないのか。

    結論から言うと、違反と言い切ることはできない。この決議には、いくつもの抜け穴が作られているからだ。その裏には各国の思惑が見え隠れする。

    そもそも今年に入り東グータ地区を巡る戦闘が激化したのは、アサド政権軍が地区の奪還作戦を強化したことが背景にある。

    東グータ地区は、住宅街と農村が入り交じる首都近郊部で、多くの人がダマスカス中心部に通勤するベッドタウンでもあった。だが2011年3月にシリアで反アサド政権デモが始まり、それに対する政権側の弾圧が強まると、反体制派が武装して地域の掌握を行い、次第に支配地域を広げていった。

    この東グータを奪還できればアサド政権の威信は高まるし、反体制派によるダマスカスの政権掌握地域に対する攻撃を減らすことができる。

    見当たらない「アサドの代わり」

    米英仏などは2011年からアサド大統領に退陣を要求し、シリアの反体制派を支援してきた。だが、反体制派はバラバラで、軍事的にも政治的にもアサド政権を倒す力はない。アサドの代わりとなる存在も見当たらない。

    むしろ内戦の激化からシリアで無政府地域が広がり、そこがイスラム国(IS)などの「国際テロの震源地」となってアメリカやフランスなどでテロが相次ぐ状況となった。米国などはシリアでISやアルカイダに対する掃討作戦を最優先し、「アサド政権打倒」は霞み、うやむやとなった。オバマ大統領に変わったトランプ氏のアサド政権に対する態度は、あいまいだ。

    その間に、一時は窮地に追いやられていたアサド政権がロシアやイランなどの加勢を得て再び支配地域を広げた。激しい戦闘が続いてきたシリア第二の都市アレッポも、ほぼ掌握し直した。自国民を殺しながら。

    米英仏は、奪還作戦を続けるアサド政権とロシアを「血塗られている」と非難したいし、アサド政権の復調をすんなりとは認めたくない。一方でロシアとアサド政権は「テロとの戦い」を強調し、「テロ勢力」の背後に英米仏や周辺諸国がいると訴えたい。こうした思惑が奇妙に一致した結果が、今回の決議なのだ。

    「停戦をいつ始めるか」規定なし

    決議はまず、市民の保護と人道支援が急務だとしたうえで、シリアで戦闘を続けるすべての勢力に対し「遅延ない即時の停戦」を求めた。さらに停戦を少なくとも30日連続で維持し、人道支援や医療の必要な人々の避難などを行う、としている。

    一見、何の問題もない条文のように読める。だが子細に検討すると、まず前提条件として「即時の停戦」がなければ、それから30日の連続停戦も始まらないことがわかる。一方でいつ「即時の停戦」を始めるかは「遅延なく」としか定めていない。つまり、停戦期間はまだ始まっていない。

    「テロとの戦い」が最大の抜け穴

    さらに決議は、ISやアルカイダ、ヌスラ戦線などのイスラム過激派および「その他のテロリスト組織」に対する軍事作戦は、停戦の対象外としている。

    東グータ地区やダマスカス南部には、ISなどの勢力が存在している。これらに対する攻撃は「30日間の停戦期間」が始まったとしても、停戦の対象外だ。もしISではない勢力や市民が犠牲になっても「ISを狙った結果の不幸な出来事」と主張することができる。

    #UPDATE Heavy Syrian regime bombardment of rebel-held Eastern Ghouta killed at least 18 civilians, a monitor says, as government forces appeared to prepare for a ground assault https://t.co/tfJnwf5tYB https://t.co/Xc3rftod9F

    東グータ地区周辺でのイスラム過激派の分布を示すAFP通信の地図

    停戦を巡る国連決議は、まずスウェーデンなどが原案を示し、それが各国の折衝で見直された。まず「テロとの戦いは対象外」と付け加えられた。アサド政権軍とともに「テロ対策」の名目で反体制派の攻撃を続けるロシアにも、IS掃討作戦を続ける米国にも、悪い案ではなかった。

    さらに原案にあった「採択から72時間後の停戦開始」が「遅延なく停戦を開始する」に変わり、停戦の発効時期の規定が事実上、削除された。こうしてとげが抜かれたことにより、これまで何度もシリアを巡る決議案を拒否権の発動で葬ってきたロシアが、賛成票を投じることとなった。

    八方美人の決議

    米英仏露それぞれの顔は立った。提案国のスウェーデンや、停戦を呼びかけたグテレス国連事務総長も「外交努力は果たした」という得点を稼げることになった。八方美人な一方で効き目もない「外交成果」が積み上げられることとなった。

    シリア情勢に詳しい中東調査会の高岡豊・上席研究員は「結局のところ、国際政治のプレーヤーたちの誰も、シリア人民の苦しみを本当に考えてはいない」と語る。

    政権軍は、ロシア軍の空爆などの支援を得ながら、すでに東グータ地区の半分を掌握したと伝えられている。

    シリアのどこを、だれが支配しているのか

    Who controls what in Syria after years of fighting? https://t.co/bSIwSdvIDE

    2018年2月段階の勢力分布を示す地図。赤=アサド政権軍、黒=イスラム国、黄色=クルド人勢力、緑=ISを除く、自由シリア軍など反体制各派、オレンジ=戦闘の焦点となっている地域。白く残る地域の大部分は無人の砂漠地帯。クルド人勢力の主眼は、政権の打倒よりも、シリアで少数民族として差別されてきたクルドの自治確立にあり、シリア反体制派との関係は必ずしも良好ではない。

    犠牲となり続ける市民

    シリア内戦では、東グータなど各地の状況を巡り様々な情報が飛び交い、何が事実なのかを見極めることは難しい。報道機関が現場に入り検証することも、戦闘の激しさなどから極めて困難だ。プロパガンダも飛び交う。

    この7年間繰り返されてきた各種の停戦交渉や決議は、どれも機能しなかった。今回の決議もその一つに加わることになる。各国は表面上「和平に取り組んでいる」という姿勢を見せつつ、水面下では自国の利益が最大化するようシリアでの直接軍事行動や間接支援を続けている。

    そして犠牲となり続けているのは、戦乱に翻弄され、自宅や故郷、さらには命まで奪われているシリアの人々だ。


    BuzzFeed JapanNews