この空爆は平和をもたらさない。シリアを逃れた「戦場のピアニスト」の思い

    戦場となったシリアの街頭でピアノを弾き続けた男性が、トランプの空爆に思いを語った。

    トランプ大統領が呼びかけて行われた米・英・仏軍によるシリア空爆。戦場となり荒廃したシリア・ダマスカスの街頭でピアノを弾き続け、シリアの「戦場のピアニスト」と呼ばれたエイハム・アハマドさん(29)が4月15日、東京都内でBuzzFeed Newsに「空爆はシリアに平和をもたらさない」と、思いを語った。

    エイハムさんは2015年にシリアからドイツに逃れた。欧州各地で演奏活動を続け、シリアの市民が置かれた窮状を訴えている。

    今回は、大学院生の山田一竹さんらがつくる団体「スタンド・ウイズ・シリア・ジャパン」の招きで来日した。14日に、東京大学で開かれたシリア問題を考えるシンポジウムに出席。15日にはコンサートを開いた。

    この来日に重なったのが、米英仏によるシリア空爆だった。

    A perfectly executed strike last night. Thank you to France and the United Kingdom for their wisdom and the power of their fine Military. Could not have had a better result. Mission Accomplished!

    空爆後、「任務終了」とするトランプ氏のツイート

    エイハムさんに意見を尋ねると「これは、トランプ大統領が米国人の目を国内の問題からそらし、『ほら、何かやっているぞ』と言うための政治ショーにすぎない」と、厳しい目を向けた。

    「政治ショー」

    エイハムさんが4月7日にダマスカス近郊東グータで起きた化学兵器攻撃のことを知ったのは、パリでコンサートをした時だった。コンサート後に「こんなことが起きた」と、口から泡を吹いた子どもの写真を見せられ、絶句したという。それ以降、トランプ政権が空爆に傾くのを苦々しい思いで見ていた。

    米軍の空爆は以前から続いている

    そもそも、米軍がシリアを空爆するのは、これが初めてではない。2017年4月にもトランプ大統領が、アサド政権が化学兵器を使ったとして攻撃を命じたが、ほとんど効き目はなかった。

    さらにシリア東部ラッカなどでは、過激派「イスラム国(IS)」の掃討作戦として米軍を中心とする多国籍軍による空爆が日常的に続き、多数の市民が犠牲となっている。だが、あまりにも現場が危険すぎてジャーナリストも取材できないため、その実態はあまり伝わっていない。

    ラッカでは1年に2000人以上が米軍空爆の犠牲に

    Violations Statistics, Against civilians in #Raqqa province in the year 2017, Full number of victims 3259 by #ISIS #SDF #YPG #Assad #Turkey #Russia #USA #Coalition #RBSS #Syria . https://t.co/bgwLgRrc53

    Via Twitter

    米軍などによる空爆で2017年、ラッカで2064人の市民が犠牲になったと伝える地元市民グループのツイート。

    なお、このアカウントを運営するラッカの市民グループに関するドキュメンタリー映画「ラッカは静かに虐殺されている」が、4月14日から東京都内で公開されている。

    4月14日のシリア空爆がニュースとなったのは「化学兵器攻撃があったから、報復の空爆を行う」とトランプ大統領が予告して注目が集まったからだ。それ以前から、空爆は静かに続いてきた。

    エイハムさんは一方で、米軍の空爆を激しく批判するアサド政権や、その後ろ盾となっているロシアが正しいとも思わないという。

    エイハムさんはダマスカスのパレスチナ難民キャンプ、ヤルムークで生まれ育った。祖父が1948年、イスラエル建国に伴ってパレスチナのサファド(ヘブライ語ではツファット)を追われ、シリアに逃れて難民となったのだ。

    イスラエルはパレスチナ難民がもといた土地に戻ることを認めず、シリアは「パレスチナ人はやがて解放闘争に成功して全員が帰国する」と言う建前を掲げる。このため、シリアのパレスチナ人は国際法上、「無国籍」だ。

    砲撃で動かなくなった指

    シリアで民主化要求デモが始まった2011年、アサド政権がデモを弾圧するため実弾発砲をしたことなどから、シリアは内戦に転落していった。ヤルムークでも反体制派の勢力が強まったことから、アサド政権軍が2012年から周囲を封鎖。内戦前は20万人いた市民は、砲撃などの恐怖だけでなく、飢えにも苦しみ、餓死者すら出た。

    幼い頃から音楽が好きで、大学で音楽学を専攻したエイハムさんは、父親と楽器工房を経営し、子どもたちに音楽を教えていた。政権軍による封鎖が始まると、生活の糧を稼ぐため、路上の屋台でファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)を売るようになった。それも半年もすると、材料が手に入らなくなった。

    さらに、ファラフェル屋台の近くに爆弾が落ち、周囲にいた3人が死亡した。エイハムさんも、飛び散ったコンクリート片などで顔や右手を負傷した。

    「僕は元々、ラフマニノフやショパンを弾いていたピアニストだ。演奏技術には自信があった。ただでさえ音楽家としてのプライドを脇に置き、生き延びるためだけに屋台の売り子をしていたのに、けがで指が二本、動かなくなり、自分が賭けてきたものが失われてしまった」

    リハビリで右手の人差し指と中指は徐々に動くようにはなったが、動きはいまも以前の1、2割程度にとどまるという。

    それでも、飢えや攻撃に落ち込む周囲を励ますため、ピアノを弾こうと思った。荷台に載せて路上に運び、子どもたちや若者とともに歌った。

    その映像がSNSなどで世界中で注目を集め、シリアの「戦場のピアニスト」と呼ばれるようになった。山田さんもこの映像を見て衝撃を受け、エイハムさんを日本に招こうと考えた。

    荒廃したヤルムークの街頭でピアノを弾くエイハムさん

    YouTubeでこの動画を見る

    Via YouTube

    ヤルムークでは2015年4月、今度はISの戦闘員らが侵入。ISは音楽を禁じる独自のイスラム解釈を振りかざし、エイハムさんのピアノも燃やされた。

    最後の一撃はIS

    「これが、最後の一撃だった。シリアを出ることにした。ISに恐れをなしたというわけではないし、ISに抗議して離脱というロマンチックな話でもない。それまでヤルムークにとどまって、あらゆることに耐えてきたけど、もう、これ以上は無理だと思った」

    長い旅を経てドイツに渡り、難民認定を受け、妻子を呼び寄せた。だが、両親を呼び寄せるのは制度上難しく、今もダマスカスに残っている。4歳下の弟はアサド政権に捕まり、今も刑務所で拘束されている。

    アサド政権はヤルムークを封鎖し、砲撃でエイハムさんからピアニストとして一番大切な、細かい技巧を奪った。自作の歌は、不自由な指でも弾けるように工夫してつくっている。今も弟が拘束され、その自由を奪われている。政権に睨まれればシリアに残る家族に危険が及ぶ可能性は否定できない。

    「ドイツで僕は、いろんな人からシリアの話を聞かれるようになった。父に電話して相談した。父は『お前は言うべきことを言え。私たちのことは、神が守ってくださる』と言ってくれた。父は勇気ある人だ。だから真実を伝えたい。ただ僕は、政治家ではなく音楽家だ。一人の市民、一人の音楽家として語りたい」と、エイハムさんは言う。

    今回の空爆では、ロシアが米国を激しく批判している。

    空爆に猛反発する駐日ロシア大使館のツイート

    駐日ロシア大使:#米国 や同盟国が改めて破廉恥な行動に踏み切っている! #国連安保理 の決議やシリアにおける化学兵器の使用に関する #化学兵器禁止機関 の判断を得ず、勝手にミサイルを撃つというのは武力侵略、国際法の不埒な違反、国連の無視である。#テロ #イスラム国 #ヌスラ戦線 https://t.co/EhjMW2NMN4

    Via Twitter

    ロシアの言い分には、一理ある。

    というのも、アサド政権軍に対して攻撃を行うためには、国連の安全保障理事会決議などが必要だが、米英仏はそうした手続き抜きに空爆を行った。よって、これが国際法を無視した行動だったことは間違いない。

    一方、アサド政権軍がこれまでも化学兵器を使ってきたことは、国連も指摘している。さらに、使われたのは旧ソ連(ロシア)製のものだった可能性が高いと、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは指摘している。化学兵器の使用も、国際法に違反する。

    当事者全てが国際法違反の戦争

    つまり当事者全てが国際法違反をおかしているのだ。

    米軍、アサド政権軍とロシア軍のいずれも、シリアで空爆する名目に「テロとの戦い」を掲げている。

    米軍にとって、「テロリスト」とは、ISをはじめとするイスラム過激派。その支配地域を空爆すれば、ラッカで起きているように、周囲の住民も巻き込まれる。

    そしてアサド政権軍とロシア軍にとって、アサド政権に反対する者全ては「テロリスト」であり、攻撃の対象となる。ロシア軍がアサド政権軍とともに各地で行ってきた空爆は多くの市民の命を奪い、膨大な難民を生み出した。

    「テロとの戦い」を名目に殺害される市民

    エイハムさんが暮らすヤルムーク難民キャンプも「テロとの戦い」を名目に2年にわたりアサド政権軍に封鎖され、多くの市民が激しい飢えに苦しんた。そのあげく、ISが侵入してきた。

    どの勢力も自らに「正義」があると主張するが、いずれも市民の命を奪っていることに変わりはないのだ。

    「アサドへの命令はモスクワやイランから飛んでくる。一方で反体制派への命令はワシントンやトルコから飛んでくる。シリア人が、シリアのことを自分たちで決められない状態になっている」とエイハムさんはみる。

    「人間同士のつながりを」

    一方でエイハムさんは「アサド政権軍の兵士も、その多くは徴兵された若者たちだ。自分の意思に反して、自国民に銃を向けることになった人も少なくない。このような人たちの血を流させることが、果たして平和につながるのか」と語る。

    シリアでは内戦転落後、宗教や民族、政治的立場などによる国民の分断が激しくなっている。「もともとなかった分裂が生まれてしまった」という。

    「必要なのは、そこに市民が生きている、と考えること。ある国を、その国の政府や指導者と同一視することは止めよう。僕らは市民だ。市民同士でつながろう」

    エイハムさんは今回の来日で、本人の希望で4月19日に広島でもコンサートを開く。なぜか。

    「僕たちは、東京のことよりも、広島と長崎のことの方をよく知っている。原爆投下の悲劇はシリアでよく知られている。広島の人々が原爆で街を破壊されてから、どんな努力をして街を復興したのかを知りたい。平和をどう達成したのかを学び、それを持ち帰りたい」という。

    「広島で起きたことを、遠い場所で起きた無関係なことと考えるシリア人はいない。日本の人たちも、シリアで起きていることを、どこか遠くで起きている無関係なことを考えないでほしい。みんな同じ市民だ」

    4月14日のシンポでは参加者に質問があればフェースブックで寄せるよう呼びかけた。60を超える質問が集まった。「深夜2時まで質問への答えを書いていたよ。一人ひとりと個人としてつながりたいから、そうしている」。

    今はドイツに暮らすエイハムさんは、シリアに言論の自由が戻れば、戻りたいという。「市民が語り合い、自分たちのことを考える自由が必要だ。シリアにはそれがない」。

    軍事的に優位に立つアサド政権がいずれ、国土をすべて「再平定」したとしても、中東でも最も厳しい独裁を続けてきたアサド政権下で暮らすことに抵抗感を抱えるシリア人は少なくない。

    シリアでは街の至る所に秘密警察の網が張られ、国民の言動を監視してきた。国外に逃れていた人がうかつに戻れば、その言動が理由で拘束されてもおかしくない。シリアではエイハムさんの弟を含む多くの市民が「政治犯」として拘束されており、さらに拷問で命を落とした人も少なくない。

    エイハムさんは、もともとパレスチナ難民だ。ということは、仮にシリアで言論の自由が確立されてダマスカスに戻ったとしても、それだけではエイハムさんの「帰郷の旅」は終わらない。パレスチナこそが、先祖代々の故郷だからだ。

    しかしイスラエルはパレスチナ難民が帰還する権利を認めず、イスラエルとパレスチナ自治政府の和平交渉も崩壊寸前の状況にあるなか、シリアに暮らすパレスチナ人がパレスチナに戻れる可能性は、現時点ではほとんどない。

    あらゆる矛盾を背負いながら、エイハムさんはピアノを弾き続ける。


    BuzzFeed Newsではさまざまな角度からシリア内戦を伝えています。

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