あの国で国連に反旗を翻した元帥は「アメリカ人」だった

    世界有数の石油資源を誇る国で、「戦国時代」のような勢力争いが続いている。国連主導の暫定政府に対し戦闘を仕掛ける「元帥」を、トランプ大統領が支持した。

    長く内戦が続いているリビアで、激しい戦闘が再燃している。その主役は、首都トリポリを攻略しようとする、アメリカ国籍を持ちながらリビアで武装勢力を率いる「元帥」だ。

    戦端を開いた元カダフィ側近の「アメリカ人」

    リビア東部を本拠とする武装組織「リビア国民軍(LNA)」を率いる75歳のハリーファ・ハフタル総司令官が4月4日、西部にある首都トリポリに向けた進軍を自分の部隊に命じた。

    トリポリには、LNAと対立する暫定政府「リビア国民合意政府(GNA)」がある。トリポリを侵攻してGNAを倒し、政権を統一するのが、ハフタル氏の狙いとみられる。

    ハフタル氏はリビア東部の出身で、元リビア国軍幹部。若い頃は、リビアの独裁を続けたカダフィ氏の側近だった。しかし、80年代後半にカダフィ氏と決裂。米国に渡り、反カダフィ派として米中央情報局(CIA)に協力し、米国の市民権も獲得した。つまり「アメリカ人」でもあるのだ。

    ハフタル司令官の動きに慌てたのは、国際連合のグテレス事務総長だ。

    というのも、対立するリビアの各派を仲介して暫定政府を成立させたのは、国際連合だからだ。今も国際社会では、シラージュ暫定首相が率いる暫定政府こそがリビアを代表する政府だ。

    4月14日からは国連の呼びかけでリビア各派による和平協議も開かれる予定だった。

    とはいえ、暫定政府は一枚岩とはほど遠く、軍事部門は民兵組織の寄せ集めで、中には拉致や人身売買に関わったと疑われる組織もある。また、イスラム過激派に近い勢力もいる。実効支配する地域も西部の一部に留まる。リビアの南部や東部は、ハフタル司令官ら別の勢力が支配している。

    グテレス事務総長はリビアを訪問して仲介に乗り出したが成果はなく、戦闘が続いている。国連が調停する和平協議は、戦闘で延期された。

    AFP通信が伝えた国連機関の報告では、5万人以上が家を失い、400人近くが死亡したという。国連はハフタル司令官とリビア国民軍を強く批判している。

    「反乱」を支えるサウジとエジプト

    ハフタル司令官は首都への進軍を始めた背景には、リビアで自らのの息のかかった政権をつくりたいという関係各国の思惑が見え隠れする。

    ハフタル氏とリビア国民軍を支援してきたのは、サウジアラビアやエジプト、ロシア、そしてフランスだ。

    一方、トリポリのGNAは、サウジと対立するカタールが支援している。

    カタールとサウジは長く、中東で対立し、勢力争いを続けてきた。リビアで2011年にカダフィ政権が崩壊すると、それぞれが別の勢力を支援。リビアは「代理戦争」の場となってきた。

    国連が支援する暫定政府は力不足

    国際社会がリビア情勢を憂慮する理由の一つは、リビアで秩序が崩れて国境管理も緩くなった結果、各国のイスラム過激派がリビアに流入したほか、アフリカや中東から多くの難民・移民もリビアに集まり、そこから船で地中海を渡って欧州各国を目指す拠点となっていることだ。

    多くの難民や移民がブローカーに現金を支払って小舟で荒波を超えようとして命を落としているだけでなく、人身売買も横行している。それだけに国連はリビアの安定化を重視し、暫定政府作りを主導してきたが、暫定政府内部での対立も収まらず、リビアの再統一に向けた大きな成果は上がっていない。

    では、その国連が支える暫定政府への反乱を起こした「米国人」を、米国のトランプ政権は、どう捉えているのか。

    ハフタル氏支持に動くトランプ政権

    米国はこれまで、ハフタル氏とは距離を置いてきた。

    ハフタル氏がトリポリへの侵攻を始めると、米国のポンペオ国務長官は4月7日、「我々はハフタル氏の部隊による軍事攻撃に明確に反対してきた。戦闘を憂慮し、即時停止を求める」という声明を出し、強く批判した。

    一方でホワイトハウスは4月19日、トランプ大統領がハフタル氏と電話で会談し、「ハフタル元帥の対テロ作戦とリビアの石油資源の安全確保への貢献を認識し、リビアの民主化に向けたビジョンをシェアした」とハフタル氏を「元帥」と表現して発表した

    米政府高官は通信社ブルームバーグに「電話会談でハフタル氏のトリポリ進軍を支持した」と述べた。

    なぜトランプ氏は、ここで姿勢を変えたのか。

    ワシントン・ポスト紙が伝えた東京国際大国際戦略研究所のクリストファー・ラモント准教授らの分析は「イランやベネズエラへの経済制裁により産油国の確保が必要となった米国にとって、リビアが石油生産を続ける重要性が増した。そのうえハフタル氏がトリポリ侵攻に先立ってリビア南部の油田地帯を掌握したことが、トランプ氏のUターンの背景にある」としている。

    リビアの石油確認埋蔵量はアフリカ大陸で最大。世界でも第9位だ。

    トランプ氏が関係を重視するサウジアラビアやエジプトは、いずれもハフタル氏を支持している。4月9日に訪米したエジプトのシーシ大統領は、トランプ大統領との会談でハフタル氏の支援を依頼したという。

    ただ、ハフタル氏の率いるリビア国民軍も、現時点ではリビア西部を「征服」できるほどの軍事力を持っていないとみられている。トリポリではハフタル氏の侵攻を批判するデモが起きており、市民の反発は強い。

    国連主導の安定策を、サウジなどの列強に支えられた勢力が切り崩そうとし、米国も切り崩す側を支援する、という不条理が続いているのだ。

    なぜリビアは不安定なのか

    リビアは歴史的に、トリポリを中心とするトリポリタニア、東部ベンガジを中心とするキレナイカ、南部のフェザンの3つの地方に分かれてきた。トリポリタニアやキレナイカでは、ギリシャ・ローマ時代から植民が行われてきた。

    それらをまとめて植民地としたのが、イタリアだ。第二次大戦中、枢軸国として手を組んだナチス・ドイツは「砂漠の狐」の異名を取るロンメル将軍率いる陸軍部隊を北アフリカ戦線に送り、イタリア軍を支援した。

    第二次大戦後、旧イタリア領リビアは3地域からなる連邦制の「リビア連合王国」として独立した。それでも地域対立は収まらなかった。

    イドリス国王は連邦制を廃止して中央集権化を進めたが、1969年に、当時27歳だったムアンマル・カダフィ大尉率いるリビア軍の若手将校グループ「自由将校団」がクーデターを起こし、王政は廃止された。

    いまリビアの支配権をうかがうハフタル氏は、この自由将校団の一員だった。

    個人崇拝と富の分配でまとめようとしたカダフィ

    全権を握ったカダフィ氏はリビアを「直接民主主義の国」と位置付け、議会も政党も置かなかった。

    とはいえ、本当に国民の声が国政に直接、反映したわけではない。というのも、カダフィ氏は自らを国家元首ではなく、「革命のリーダーにして兄貴分」と位置づけ、国民の要請を受けて国家運営に「助言」を与えるという、あいまいなかたちで全権を握り続けたのだ。

    そして、「我々はリビア人である」という国民意識よりも、部族や地域への帰属意識の方が強いリビアをまとめるために執った手段が、カダフィ氏への個人崇拝と強権支配、そして石油資源から得られる富の分配だ。

    国中のあちこちにカダフィ氏のポスターが貼られ、隅々まで網を張り巡らせた諜報機関が、国民の言動を監視した。カダフィ体制に逆らわない限り、国民には職と住居が与えられた。そして、カダフィ氏の子どもたちや親族が政治と経済の実権を独占した。

    カダフィ排除後に起きた勢力争い

    だがリビアでも2011年2月、西隣のチュニジアと東隣のエジプトで起きた「アラブの春」の影響を受けた反カダフィ運動が、東部で始まった。

    欧米諸国は国際社会の「問題児」だったカダフィ政権を倒す好機とみて反カダフィ勢力を支援し、北大西洋条約機構(NATO)軍も介入。42年に渡って独裁を続けたカダフィ氏は、この年秋に殺害された。

    しかし、カダフィ一族の排除は、平和や民主主義をもたらさなかった。強権支配のタガが外れたリビアで代わりに起きたのは、反カダフィに立ち上がった各地の民兵組織が「軍閥」化して争う、内戦だ。

    リビアには、議会政治と選挙の伝統はなかった。王政とカダフィ体制が、こういった近代的な民主政治の基盤作りを阻んできたのだ。

    暫定政府をつくって統一につなげようという国連主導の政治プロセスがうまく進まないなか、ハフタル派の進軍で、リビアでは戦国時代のような勢力争いが再燃している。

    ロイター通信によると、暫定政府はリビアに進出している各国の石油関連企業の操業を止めると圧力を掛け、国際社会にハフタル派の進軍を止めるよう介入を求めている。