雇用は増えたのか。女性は活躍できているのか。そしてIR汚職はー安倍首相の演説の裏側は

安倍首相が施政方針演説を行った。その内容を検証する。

首相が1年の計を語る「施政方針演説」を行った。

時事通信

施政方針演説とは、新年最初の国会で、首相がその年の政策の方針を語る演説だ。1890（明治23）年の第1回国会から続いてきた伝統行事だ。

日本での議会開設130周年にあたる2020年最初の国会で安倍首相がまず語ったのは、今夏の東京オリンピック・パラリンピックだった。

そこから、雇用や女性の活躍拡大、外交、環境問題などについて約45分にわたり演説した。

最後に、持論の憲法改正に触れ「国のかたちを語るものは憲法です。未来に向かってどのような国を目指すのか。その案を示すのは、私たち国会議員の責任ではないでしょうか」と締めくくった。

この演説で、首相が語ったこと、そして語らなかったことを検証する。

雇用の拡大の実態は？

時事通信

安倍首相は「この6年で生産年齢人口は500万人減る一方で、雇用は380万人増えました。最低賃金も過去最高の上げ幅となり、全国平均で900円を超えた」「雇用環境が好転している今、就職氷河期世代の就職を3年集中で拡大する」と語った。

総務省の労働力調査によると、2018年の雇用者数は5605万人。2013年よりも383万人増えた。

問題は、雇用の内実だ。

2013年の調査では、全体で5222万人だった雇用者のうち、正規雇用は3311万人で、1911万人は非正規雇用。非正規雇用が全体に占める割合は37％だった。

一方、2018年は非正規雇用の割合が38％に上昇した。この間に増えた雇用者総数のうち209万人は、非正規雇用の増加で賄われている。

非正規雇用の場合、収入や社会保障、将来的な展望の面で、正規雇用とは大きな差が存在する。

首相は「この国から非正規という言葉を一掃する」と繰り返し発言している。

それが言葉通りになるかどうかは、2020年4月に導入される「同一労働同一賃金」制度を、企業側がどう受け止め、自社の待遇を変えていくかに掛かっている。

しかし、多くの企業で収益という「パイ」が増えていない現状では、理想通りに「賃上げ」につながらない可能性がある。

公務員の世界でも、各自治体で異なる非正規職員の位置づけを明確にした「会計年度任用職員」という制度が4月から始まる。

これで非正規職員へのボーナスの支給が可能になる。しかし、人件費全体が増えるわけではないため、毎月の給与を減らしてボーナスに回すという案を出す自治体が相次いでいる。

高松市では2019年3月末、月給を減らすという市側の提案に反発した保育士52人が、一斉に退職した。

人件費というパイを大きくしないまま、その切り方を変えようとしたことが、大きな反発を招いた。

女性の活躍拡大はどうなっているのか

内閣府 / Via gender.go.jp

首相は「すべての女性に活躍のチャンスをつくり開花すれば、日本の状況は一変する」としたうえで、「女性の就業者は290万人増加した。M字カーブは確実に解消に向かっている」と語った。

M字カーブとは、女性の年齢別労働力率が、結婚と出産、子育てのために30−40歳台で大きく落ちこみ、グラフが「M」のようなかたちになる現象だ。

首相の演説通り、M字カーブは確かに年とともに緩和している。

一方、首相がここで語らなかった問題は、給与の男女差だ。

国税庁の民間給与実態統計調査によると、2018年の給与所得者の年間の平均給与は441万円。うち男性は545万円、女性は293万円と、252万円もの格差があった。

第2次安倍政権発足直後の2013年の調査では平均給与は男性514万円、女性272万円で、差は242万円。就業する女性が増えたとしても、平均給与の男女差は、金額面ではむしろ広がっているという現状がある。

給与の男女差は調査に盛り込まれた最初の年だった1978年、男性の平均給与は308万円、女性は159万円で、女性の平均給与は男性の52％だった。

それから40年経った2018年も、女性の平均給与は男性の54％に留まっている。格差は依然として大きいままだ。

環境問題で「化石賞」を返上できるか

時事通信

「我が国は5年連続で温室効果ガスの削減を実現しました。2013年度比で11.8％の削減は、Ｇ7の中で英国に次ぐ削減量。長期戦略に掲げた脱炭素社会を早期に達成するため、ゼロエミッション国際共同研究拠点を立ち上げる。G20の研究機関の叡智を結集し、産業革命以来増加を続けてきた二酸化炭素を、減少へと転じさせることをを目指し、人工光合成をはじめ革新的イノベーションを牽引します」

首相はこう語り、環境問題に注力する姿勢を見せた。

豪雨や台風による水害の増加は気候変動によって引き起こされたと気象庁も見ており、環境対策は国民の命を救うためにも急務だ。

一方、国際社会では、日本は二酸化炭素を増加させる政策を続けていると批判されている。気温上昇のメカニズムは全地球的なもので、日本国内だけの対策では解決しない。

各国の環境団体でつくる「気候行動ネットワーク」は2019年12月、地球温暖化対策に消極的な国に贈る「化石賞」に日本とブラジルを選んだと発表した。

その理由は、日本が石炭火力発電への依存を続け、東南アジアなどを中心に、公的融資などをつけた石炭火力発電所のインフラ輸出を続けていることにある。スペインで12月に開かれた気候変動枠組み条約第25回締約国会議（COP25）で小泉進次郎環境相（写真）は、こうした指摘に具体的な対策を示せず、批判を受けた。

東京新聞によると、欧州復興開発銀行や世界銀行、フランスなどは石炭火力発電所建設への対外支援中止を打ち出している。

北方領土問題は？

AFP=時事

首相は北方領土返還を巡るロシアとの交渉について、以下のように語った。

「プーチン大統領と長門で合意した、元島民の方々の航空機によるお墓参り、そして四島での共同経済活動は、着実に前進しています」

「1956年宣言を基礎として交渉を加速させ、領土問題を解決して、平和条約を締結する。この方針に、全く揺らぎはありません。私と大統領の手で、成し遂げる決意です」と語った。

首相はこれまでの政府方針だった歯舞、色丹、国後、択捉の4島返還論から、歯舞・色丹の2島優先論に足場を変えている。

1956年に結ばれた日ソ宣言の条文は、以下のように規定している。

「ソ連（現ロシア）は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する」

ここに、北方領土の全面積の9割を占める国後・択捉両島は含まれていない。大枠で言えば、日本側も「2島優先」という妥協と経済協力案を示すことで、ロシア側の返還に向けた妥協を求めるという方針だ。

しかし、これまで日ロ首脳会談が近づくたびに日本側から楽観論が出てきたが、プーチン大統領は態度を変えておらず、現状では日本側の作戦は空振りを続けている。

桜を見る会問題、IR汚職事件...首相が語らなかったこと

時事通信

国民の関心を集めている問題で、首相が施政方針演説で触れなかった点もいくつかある。

その代表格は、「公的行事の私物化」および「公文書の管理」が焦点となっている「桜を見る会」問題だ。

カジノを含む統合リゾート（IR）整備については「高い独立性を持った管理委員会の下、厳正かつ公平・公正な審査を行いながら、複合観光施設（IR）の整備に取り組みます」と述べた。

しかし、IR担当の副大臣だった秋元司衆院議員が東京地検特捜部に収賄容疑で逮捕され、この問題でほかの議員への不透明なカネの流れが浮上していることについては、触れなかった。