日本では今年秋から、子供が生後2ヶ月までに4週間まで取得可能な「産後パパ育休制度」が新設されるなど、父親の育休を取得を促進するため制度が変わる。
世界でも最も子育てがしやすいと言われる北欧の各国でも、1年間の育休のうち約半分を父親に割り当てるという育休制度を昨年導入したアイスランドを筆頭に、父親の育休期間を伸ばす新たな育休制度が次々と導入されている。
父親に割り当てられた育休期間が2週間と最も短いデンマークでも、今年8月からは11週間まで延長されることになった。
北欧の父親が取る長い育児休暇は、子育てのしやすさにどうつながっているのか。専門家への取材とともに、デンマークで2児を出産し、子育て中の私自身の経験も踏まえて考えてみた。

北欧の育児休暇制度 実際どう使われているのか
まずは北欧の育休制度と、実際にどう使われているの、という話から。

ここに示されている期間は、各国の政府から育児休暇の給付金を受け取ることができる。支給元は企業ではなく国なので、フリーランスでも学生でも条件を満たせば育休手当を受け取れる。
給付の基準額は育休に入る前の収入額で、デンマークやノルウェーの100%などかなり充実している。
ただし、金額には上限があり、デンマークの場合、フルタイムで働いている人だと今年の基準で週に4,465DKK(8万円強)、月額にすると約32.5万円。育休取得前の収入がこれよりも低い場合は全額を国から受け取り、高い場合は勤務先が差額を補償する形で全額を支給することが多い。
典型的なケースとして、母親が9ヶ月間、父親が2ヶ月間の育休を取得したデンマーク人の友人カップルの例をお伝えすると、まず出産直後から母親が育休を取り、勤務する保険会社の育休制度で、6ヶ月間は国の支給額に上乗せする形で給料全額を受け取った。
残りの3ヶ月間は国から育休手当を受け取ったが、金額に上限があるため、この間の収入は約3割減に。そして、計9ヶ月間の育休後に職場に復帰し、今度は父親にバトンタッチ。
父親は、生後9ヶ月になった赤ちゃんを2ヶ月間お世話して、赤ちゃんが生後11ヶ月になったところで保育園に入園させた。そして、両親ともフルタイムで仕事をしながら、一人が園に送り、もう一人がお迎えをする生活がスタート。これが、デンマークでよくあるパターンである。
なお、父親が育休中の2ヶ月間は、父親の勤め先の育休制度によって給与を全額受け取っていたので、母親の収入が3割減った3ヶ月間を除けば、2人の合計収入は育休期間中も変わらなかった計算である。友人カップルのように、父親の育児休暇の長さは、勤め先がどれくらいの期間、給与の全額を支給してくれるかで決めているケースが多い。
我が家の場合はやや特殊で、2019年に息子を出産した時、夫は出産直後から3ヶ月間、育児休暇を取った。これは私が、産後まもない時期に、夫に家事育児を助けてもらいたいと思ったから。
3ヶ月に決めたのは、勤務先が父親に対して12週間の給与を全額支給してくれたからで、これは恵まれている方である。
ちなみにデンマークの育児休暇は「9歳になるまで分割して取得できる」というのもポイントだ。実際、多くの人が、育休を一気に取らずに残しておいて、子供が9歳になるまでのいいタイミングで、残りの育休を使って家族旅行に出かけたりしている。期間中は育休手当を受け取れるので、権利を取っておくというわけだ。
父親育休 全く取らない男性は1割もいない北欧
日本の父親の育休制度は、世界的にもトップクラスの内容と評価されている。問題は、実際に制度を使って育休を取る父親が1割程度しかいない、ということなのだが、デンマークでは私が観察する限り、全く育休を取っていない父親はほとんどいない。
実は「北欧では実際、どれくらいの父親が育休を取っているのか」というデータをかなり探したものの、「そういう視点でデータを取ったことがない」と言われて苦労した。取るのが当たり前なので、データを取ろうという動機にならないらしい…。
最もこれに近いデータは、北欧5カ国で構成する「北欧閣僚理事会」が、北欧の男性育休の現状についてまとめたレポートの中のグラフ。これを見ると、育休を全く取らなかった父親は1割に満たないことがわかる。

ただ、北欧でも、男性の育休がずっと当たり前だったわけではない。
父親が育児休暇を取れる制度自体は、スウェーデン政府が1974年に世界で初めて導入して以来、北欧でも70〜80年代にかけて広がったものの、実際に育休を取る父親は90年代半ばまで1割以下だったという。
育児に積極的な男性は、デンマークでは「Blødmænd」(soft man=軟弱な男)」と呼ばれたりしていたらしい。
父親育休を劇的に増やしたアイスランドの制度改革
では、いかに9割近い男性が育休を取るまで増えたのか。
北欧閣僚理事会のレポートをまとめたリネ・クリスマス・モラー氏は、育児休暇の期間のうち、父親と母親の間で分け合うことができない、父親専用の育休期間を割り当てる効果が大きかった、と分析する。

モラー氏は「育休を取る『権利』があるだけでは十分ではない。父親にしか取れない育休が2ヶ月以上など長期間設定されること、その間は給与が全額支給されること、そして、父親育休への理解がある職場や社会といった側面も大きい」と説明する。
この傾向がはっきり現れたのが、2000年にアイスランド政府が取り入れた「3-3-3」方式だった。育児休暇を9ヶ月間とし、父親3ヶ月、母親3ヶ月、二人で分けられる期間が3ヶ月と分けることで、3ヶ月間の育休は父親が取らないと消滅する制度に変更したのである。

アイスランド大学のインゴルファ・ギスラソン教授(社会学)は、この制度変更を境に、育児休暇を取る父親が顕著に増えたと指摘する。

アイスランド政府はさらに踏み込み、昨年からは、12ヶ月の育休期間を父親と母親で半々に分け、このうち6週間だけが互いに譲渡可能、というルールに変更した。
ギスラソン教授は、「譲渡不可能(non-transferable)」の育児休暇を父親に長期間割り当てることで、父親の育休取得率を85〜90%まで上げることに成功したと説明する。
また、「北欧を含めた多くの国で、父親は経済的な保障がある期間しか育児休暇を取らない傾向がある」として、経済面での十分な保障を育休制度に盛り込む重要性を指摘する。
北欧でも問題視されてきた育休期間の「男女比」
さて、北欧では育休を取る父親が9割といっても、母親と比べた場合の父親の育休の期間はどれくらいなのか。両親に与えられた育休期間のうち、父親が実際どれくらいの期間取っているかというと、北欧5カ国で比較した数字がこちら。

デンマークはフィンランドと並んで11%と低く、父親が取得しないと消滅する育休期間が長く設定されてきたスウェーデン、アイスランド、ノルウェーは、より割合が高いのが読み取れる。
ちなみに、デンマークはなぜこれまで父親への「クオータ制」を取らなかったかというと、自由を重んじるお国柄によるところが大きい。
両親の間で分けられる育休はたっぷり与えるものの、どう分けるかは各家庭の事情で決めるべき、という考え方である。同じ理屈で、議員や企業役員の一定割合を女性に割り当てるクオータ制も、デンマークは採用していない。
しかし、事情が変わったのは2019年、EUが加盟各国に対し、最低でも9週間の父親専用の育児休暇を導入すべきという「EU指令」を出したことだった。
EU指令は、加盟国の政府に対して法的拘束力を持つ。デンマークの制度改正はこの内容に沿った形で、導入期限である今年8月から、父親専用の育児休暇が11週間まで伸びることになったわけだ。
こちらが、制度変更によるイメージ図。

現在は母親の割り当てが14週、父親が2週、二人で分けられるのが32週となっているが、8月からは母親11週、父親11週、二人で分けられるのが26週となる。両親のトータルでは、制度変更前も後も計48週で変わらない。
ちなみにデンマークでは、新制度に「クオータ(割当)」という呼び方を使っていない。
北欧閣僚理事会のモラー氏は、「クオータという言い方は、育休とは基本的に母親のもので、そのうちの一定期間を父親に割り当てるという考え方に基づいているが、今は同性カップルも多く、家族の形はさまざま。2人の親が同じだけの育休を取り、子供の人生に関わる権利を同等に持つべき、という考え方に変わってきている」と説明する。
子育てしやすい社会 私の実感
さて、これまで制度について説明してきたわけだが、そもそも論として父親が長い育児休暇を取ると、どんないいことがあるのか。
私が取材した北欧閣僚理事会のモラー氏とアイスランド大のギスラソン教授は、これに対してほぼ同じ答えを伝えてくれた。
ひとつは、二人の親が密接に育児に関わることが、子供の発達にプラスの影響を与えるという点。
もう一つが、父親自身へのプラスの影響だ。
父親が長期の育休を取った家庭では、子供と父親の関係がより密接になり、問題を抱えた子供が父親を頼る傾向がより強くなるという。父親は育児により自信を持ち、それが父親自身の幸福感にプラスの影響を与えているそうだ。

そして、モラー氏が加えたのは「父親と母親の関係性が良くなり、より幸せになるから」という説明だった。
夫に日々の子育てを任せられることが、子育てのしやすさや、子育ての喜びを味わう余裕に直結しているというのは、私の実感でもある。
実を言えば、私はデンマーク行きにはかなり消極的だった。新聞記者として米国赴任中に長女を妊娠したので、出産場所を米国、日本、デンマークの間で迷いに迷っていた。当時、デンマーク人の夫の生活基盤は日本にあり、デンマークには住む場所も仕事もなく、私にとっては言葉も文化も知らない場所。日本で出産するのが一番自然だと思っていた。
だが夫は、日本の「里帰り出産」のやり方では、赤ちゃんを育てるのが私や私の母親中心になってしまい、自分が出遅れることを危惧していた。
夫が指摘したのは、日本の病院で出産した場合、夫はあくまで「お見舞い」の立場になってしまうこと。たしかに、日本では母親が病院で赤ちゃんのオムツの替え方や沐浴指導を受けるのが一般的だし、そこから自宅か実家で母親と赤ちゃんのお世話を始めるとなると、スタートから父親と差がつくのは当然かもしれない。
結局、私たちはデンマークで出産することに決め、私が帝王切開で入院中の2泊3日の間、夫は同室の簡易ベッドに寝泊まりしながら、せっせと娘のお世話を始めた。翌朝、私がぐっすり寝ている間に、太陽が昇るところを娘に初めて見せてあげたそうだ。
おむつを最初に替えたのも、お風呂に最初に入れたのも、結局みんな夫だったし、むしろ私よりも育児のできる人になった。何よりも、育休期間は娘とのつながりを育む大切な時間だったように思う。
子育てのしやすさは父親育休だけでは語れない
今、子供たちは2歳と6歳になったが、これまでの経験から言って、育児休暇は長い子育てのほんの始まりに過ぎないと感じる。
やってみるまでわからなかったが、子育てには、本当に時間も手間もかかる。しかも、それが長い期間続く。だから、日々の、特に平日の育児を父親がどれくらい「無理なく」やれるか、というのが大事な要素だと痛感する。
無理なく、というのは、父親が子供の迎えに行けるような柔軟な働き方や職場の理解、ということも含めてである。私の夫は、会社で大型のプロジェクトを任されていた時も、午後3時半に娘を幼稚園に迎えに行っていたが、それは社内向けの予定表に「お迎え」と堂々と書けたからである。
夫に限らず、午後3時半にお迎えに来る父親の中には、中央官庁の役人や大企業の管理職など、責任のある仕事をしている人も多かった。そして、子供が寝た後に、日中できなかった分の仕事を自宅でやって取り戻していた。
だから、北欧の子育てのしやすさの背景には、父親の育児休暇だけでは語れない部分が大きいとは思うものの、私たち家族が今の育児パターンに落ち着いたのは、夫がデンマークでの育休期間で培った子育ての”基礎力”があってこそ、とも思う。
パンデミックさなかの2021年の出生数は、日本では過去最少を更新したそうだが、これとは対照的に、デンマークの出生数は過去13年で最多を記録するなど、北欧諸国ではベビーブームに沸いた。
北欧の人たちがコロナ禍でも出産をためらわなかったのは、子育てのしやすい社会環境に自信が持てるからだろう。父親が長い育休を取る文化も、そのひとつの要素であることは間違いない。
【井上 陽子(いのうえ・ようこ)】デンマーク在住ジャーナリスト
デンマーク在住のジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー。筑波大学国際関係学類卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。読売新聞で国土交通省、環境省などを担当したのち、ワシントン支局特派員。2015年、米国からコペンハーゲンに移住。デンマーク人の夫と子供2人の4人暮らし。
noteでも発信している。ウェブサイトはこちら。Twitterは @yokoinoue2019