日本に一時帰国してから半月ほどたち、すでに猛暑日が続いているが、いまだに屋外を歩いている人の多くがマスクを着けているのに驚く。
特に、子供たちのマスクの影響が心配だ。
デンマークではコロナ禍で子供たちがどう扱われてきたのかお伝えしつつ、日本で感じることを書いてみたい。
マスク「外していい」場面でもなぜ外さない?
6月半ばから日本に一時帰国している。
デンマークでは今年2月に新型コロナウイルスが「社会的に重大な病気ではない」という位置づけに変わり、欧州でも先陣を切ってマスク着用を含むコロナ規制を撤廃したので、マスク生活は4ヶ月ぶり。
タイムスリップした感覚である。
すでに猛暑だし、マスクに慣れない私にはかなり息苦しい。外を一人で歩いているような時にはマスクは不要になった、というニュースを見たので、帰国してから、私はその通りにマスクを外していた。
が、外している人が少なすぎて、ちょっとくじけそうである。
あれ、屋外では外していいってなってたよね?と何度もネットで確認。やっぱり外していい、はずだけど、なぜか多くの人が外さない。
最初の頃は、多くの人がワクチン接種を終え、相当数が一度は感染したデンマークの人々とは違って、日本ではコロナへの警戒感がまだ強く、感染対策を徹底しているのだと思っていた。
しかしそれにしては、スーパーやコンビニの列に並んでいても、後ろの人がけっこう間を詰めてくる。デンマークではソーシャルディスタンスを取る習慣が残っているので、これほど距離を詰められると、ちょっと居心地が悪い。
さらに言えば、消毒液を使っている人がほとんどいない。
店に入る時に消毒液を使っているのが、私とデンマーク人の夫くらい。しかも、夕食の時間帯になると、居酒屋などではコロナ前のように、普通にマスクなしで盛り上がったりしている。
じゃあやっぱり、コロナ感染をすごく警戒しているというわけじゃないのか。
そうなると、マスクを外さないのは、よく言われる”同調圧力”なのかなと思ったのだが、周りの人の話を聞いていると、どうも好んで着けている人も一定程度いるとわかってきた。
マスクをしていればメークをしなくて済むとか、長くマスク生活を続けたので、素顔を見せるのがなんとなく恥ずかしいとか、建物を出たり入ったりなのでずっとつけている、とか。
好んでマスクを続けたいならば、別にそのまま着けてもいいとは思うけれど、それだと「マスク社会」がいつまでたっても変わらない。その時に心配なのは、子供たちへの影響である。
コロナ対策、子供への長期的な悪影響は
猛暑のなか、小さな子供までマスクをしている光景は、海外から来た人からは異様に見えるだろう。マスク売り場に小さなキャラクターのマスクがずらりと並んでいるのを見ると、切ない気持ちになってしまう。
子供たちは従順だ。黄色い帽子を被った小学生たちが、マスクを外していいはずの登下校中でも律儀にマスクを着けているのは、周りのマスク姿の大人に配慮してなのか、マスクなしは良くないと言われ続けたからなのだろうか。
子供に限らず大人でも、屋外のマスク着用は熱中症のリスクが大きく危険だということは、政府も繰り返し伝えているようだが、いまいち効果がないようだ。
そもそも、コロナ対策の子供たちへの影響は、日本ではどれほど検討されてきたのだろうか。
前を向いて給食を黙食で食べるというルールは、最近になって緩んだそうだが、小学生の子供を持つある母親は、何年も黙食を続けた子供たちが、今さら何を話せばいいかわからず戸惑っている、と嘆いていた。
行事の中止が続き、自由に校庭で遊ぶこともままならず、学校が楽しくないと子供が行き渋る、という話も耳にした。マスクをし続けて数年を過ごし、友達の顔もよくわからないまま学校を卒業することになりそうだ、等々。
私が少し聞いた範囲だけでもこんな具合なので、きっと影響はもっと根深いのだろう。ここ数年の日本の子供たちは、私がコロナ禍を過ごしたデンマークの子供たちとは、あまりにも違う時間を過ごしてきたようだ。
大人もマスクをしていなかったデンマークの保育園
デンマークでは、コロナ禍でも12歳以下の子供はマスクは不要だったのだが、大人も、保育園と幼稚園のスタッフは例外的にマスクをしていなかった。
保育園や幼稚園に通う時期の子供たちの発達にとって、大人の表情を読み取ることは、感情面や言葉の面での発達に非常に大事だから、という理由だった。
私の2歳の息子がデンマークで保育園に通い始めたのは2020年の冬。新型コロナウイルスによるパンデミックの渦中だったわけだが、発達への影響を配慮して、スタッフがマスクなしで保育をしてくれたことは、親としてはとてもありがたかった。
子供は感染してもほとんど軽症であることを考えると、スタッフの方が感染リスクを背負いつつ、子供と接してくれていたわけだ。
後に、息子の保育園の園長に、スタッフの間でマスクを外すことへの反発はなかったのか聞いたことがある。
園長の説明によると、マスクを着けるのも外すのも自由意志、という扱いだったそうで、最初のころは透明のバイザーをつける職員もいたらしい。ただ、小さい子相手にバイザーを着用していると、子供にぶつかったりして難しく、結局、全員がマスクなしで保育にあたる状態に落ち着いた、ということだった。
こうした対応は息子の保育園に限ったことではなく、デンマークの多くの保育園、幼稚園では同じように、職員がマスクなしで保育をしていたそうだ。
「子供ヘルプライン」のパンクも社会問題化
コロナ対策による子供への影響が議論されたのは、保育園に限ったことではない。
デンマークでは、オミクロンによる感染が急拡大した昨年末、冬休み明けに再びロックダウンをして学校を休校措置とするかが議論されたのだが、当時しばしば指摘されたのが、休校が子供たちに与える悪影響だった。
友達と会えないことで深まる孤独、学校行事ができない寂しさ、オンラインの勉強ではいまいち進捗がわからない、といった問題が、深刻にとらえていた。
「BørneTelefonen」という、子供が匿名で相談できるヘルプラインへの相談件数が、コロナ禍の2021年に急増してパンク状態になったことも社会問題化した。
休校措置を取るかどうかを決める政党間の議論では、「感染が広がったのは大人の責任で、子供たちがその犠牲となるのはおかしい」として、「子供の健康とメンタルヘルスを守るために、休暇明けに予定どおり学校を再開するのは政治の責任」という論調だったのである。
「より良く生きる」も大事
ワクチン接種が進んだことで、コロナ規制が撤廃となったデンマークでも、病院やハイリスクの高齢者がいる施設では、マスク着用のルールは続いている。
こうした脆弱な層への配慮は続ける一方で、さまざまな年齢層で構成する社会全体として、「生きる」だけではなく「より良く生きる」ことも大事、という考え方が、規制撤廃の背景にあったように私は理解している。特に子供たちへの目配せがしっかりしていた。
ワクチン接種が進んだいま、日本では「コロナ感染のリスク」と「コロナ対策による悪影響」が逆転している状況が出ているのではないだろうか。特に、子供への悪影響が心配だ。
専門家で作る厚生労働省のコロナ対策アドバイザリーボードは、「過度な感染予防策によって子どもたちの遊びと学びを奪うのではなく、周囲の大人達が適切に感染対策を実施することなどで対応すべき」と指摘している。
しかし、こうした意見が現場に浸透しているようには見えない。
コロナ禍に入ってからここ数年、日本の子供たちが強いられてきたしんどさと、長期的な発達への悪影響を、大人がもう少し深刻に捉えてもいい時期ではないだろうか。
【井上 陽子(いのうえ・ようこ)】デンマーク在住ジャーナリスト
デンマーク在住のジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー。筑波大学国際関係学類卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。読売新聞で国土交通省、環境省などを担当したのち、ワシントン支局特派員。2015年、米国からコペンハーゲンに移住。デンマーク人の夫と子供2人の4人暮らし。
noteでも発信している。ウェブサイトはこちら。Twitterは @yokoinoue2019