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母乳不足と乳腺炎 困ったらどうしたらいいの?

民間療法ではなく、根拠のある方法は?

先日、母乳マッサージは必要かどうか、乳腺炎にキャベツ湿布はどうなのかという記事が話題となりました。

その反響で、特に母乳が出ない場合や乳腺炎になった場合はどうしたらいいのかという疑問の声が多く寄せられました。

少しでもお役にたてたらと思い、『産婦人科医ママと小児科医ママのらくちん授乳BOOK』(内外出版社)の一部を許可を得て転載します。

母乳が不足していないか心配です

(以下、転載開始)

母乳の場合、赤ちゃんが飲んだ量を目で確認できないので、多くのお母さんが「足りていないのでは」と不安になるようです。これを「母乳不足感」と言います。

まずは、本当に母乳が不足しているのか、それとも不足しているような気がするだけなのか見分けましょう。

赤ちゃんのおしっこの回数が1日に7~8回以上あれば足りています。そして体重が順調に増えていれば大丈夫。体重計を持っていない場合は、デパートやショッピングモールなどの赤ちゃん休憩室で計ってみてください。産院や母乳外来で計らせてもらえることもあります。

さらに、その体重を母子手帳の成長曲線に当てはめてみると安心できるかもしれません。そこまでしなくても、1週間おきに以前の写真と比べて、顔がふっくらしてきていればOKです(離乳食を食べている子は、食事にも水分が多く腹持ちがいいので、母乳や粉ミルクの量が減ることがあります)。

反対に、赤ちゃんのおしっこの回数と量が少ない、母乳を飲みながら怒る、吸い疲れて眠ってしまう、いつも機嫌が悪い、あまり動かない、皮膚がカサカサしているときは足りていない可能性があり、体重が増えなかったり減ったりしているときは足りていません。

そういう場合は、母乳の分泌量を減らさないよう頻繁に乳房を吸わせたあとで粉ミルクを足したり、小児科医や保健師に相談したりしましょう。

ただし、中には少し体重の増えが悪いだけでも「粉ミルクを足しましょう」と言う医療従事者もいれば、逆に明らかに足りないのに「母乳だけでがんばって」と言う医療従事者もいるので、極端なことを言われていないかどうか、自分で判断できたほうがいいと思います。

母乳を増やすには、頻繁に授乳するのが一番。可能なら、母乳の分泌をよくするプロラクチンの分泌が高まる夜間も一度は授乳するようにしてください(※1)。

また、赤ちゃんが片方の乳房を吸っているとき、もう一方から搾乳すると分泌量を増やせる可能性があります。助産師による母乳マッサージは、特に必要ありません。

また、口コミやインターネット、雑誌や書籍によって、根拠のない「母乳を増やす方法」が広まっていますから要注意。

例えば、おもちや根菜が母乳を増やすというのは単なる迷信です。たんぽぽ茶やたんぽぽコーヒー、ごぼう茶、ハーブティーを飲むと母乳が増えるという広告も多く見かけますが、根拠は確かめられていないということを知っておいてくださいね。

乳腺炎になったら、どうしたらいいの?

突然、乳房がカチカチに腫れて赤くなり、痛くて熱を持った状態になるのが『乳腺炎』です。ときには、発熱や寒気などをともなうことも。

乳腺炎には、なんらかの原因で乳管が詰まって乳房で炎症が起こる「非感染性」、細菌感染を起こして炎症が起こる「感染性」の2タイプがあります。後者の原因は細菌感染ですが、前者の場合の原因はなんでしょうか。

乳腺炎の原因は、助産師などの医療関係者から「乳製品や脂肪分の多い食事」にあると言われることが多いのですが、これは間違いです。

ですから、あっさりした和食だけを食べて一切の乳製品やお菓子を避けていても、逆にこってりしたフレンチに加えて乳製品やお菓子を食べていても、常識の範囲内の摂取であれば、乳腺炎のリスクは変わらないと言えるでしょう。

では、何がリスクになるかというと、以下のようなことが挙げられます。

  1. 「赤ちゃんの飲む量<母乳の分泌量」になって、乳房内に大量の母乳がとどまる(赤ちゃんが飲みきれない)こと。
  2. 下着や抱っこひもなどによる締め付けや圧迫
  3. 授乳姿勢が不適切であること
  4. お母さんの疲れや肩こり


このうち最も大きいのが、1の乳房内に母乳がとどまること。来客やお宮参りなどの行事があって、いつもの授乳リズムが狂って間隔があいてしまったり、外出先でケープをかけて授乳するなどして普段と姿勢が違ってしまったために起こることが多いのです。

だから、乳腺炎の予防にも治療にも、正しい姿勢で頻繁に授乳するのが効果的。

乳腺炎になってしまったら、赤ちゃんは先に飲む乳房をしっかり飲むので、乳腺炎が起こっている側から飲ませてください。乳腺炎のときの母乳は、少ししょっぱくなると言われていますから、赤ちゃんが飲むのを嫌がる場合もあるかもしれません(※2)。

でも、口コミで言われているほどドロっとしたマズイ母乳というわけでもないと思います。お腹がすいてから飲ませる、うとうとしているときに飲ませるなどの工夫をして、それでもダメなら搾乳しましょう。たとえ細菌性の乳腺炎でも、赤ちゃんが感染することはないので安心してくださいね。

よく生のキャベツ、すりおろしたジャガイモや里芋などを乳房に貼る「民間療法の湿布」をすすめる助産師や保健師がいるようですが、どれも乳腺炎に効くという科学的な根拠はありません。

むしろ、生の野菜類には細菌類が多く付着しているため、赤ちゃんがリステリア中毒などを起こす危険性があります。そうでなくても、母子ともに皮膚がかぶれたりするなどのアレルギー症状が起こることもありえますから、「なんとなく自然でよさそう」と実践しないようにしてください。

頻繁に母乳を飲ませてもよくならなかったり、悪化したり、熱や痛みが続く場合は、産婦人科を受診しましょう。細菌性の乳腺炎の場合は、抗菌薬を服用する必要があります。通常、母乳を続けられる抗菌薬を処方されると思いますが、念のため授乳しても大丈夫かどうかを医師に確認してください。処方された薬は飲みきるようにしましょう。

※1堀内勁『周産期医学』2012 vol.42 増刊号 P432-435

※2水野克己、水野紀子『母乳育児支援講座』南山堂P179

(以上で転載終わり)

乳房を冷やしてもいいですか?

乳腺炎によって、乳房が炎症を起こして赤く熱を持っていたり痛かったりするときは冷やしてもかまいません。キャベツではなく、冷たい水で絞ったタオル、タオルで包んだ保冷剤などがいいでしょう。

反対に乳房が張っているのに母乳が出ないときは、乳管というおっぱいを運ぶ管が詰まっているかもしれませんから、乳房を温めてもいいでしょう。やけどをしない程度の温かいタオルなどをあてるなどしてください。

ただし、複数の研究結果をもとにデータを解析した「メタアナリシス」によると、その効果は特になく温めも冷やしもしなかった場合と差がなかったということです。

気持ちがよければ行い、痛みがあるときには抗炎症薬を飲みます。抗炎症薬はメタアナリシスでも効果が確かめられています。

キャベツ湿布でも母乳マッサージでもなんでも、「自分にはよかった」というのは体験談で、科学的根拠のあることとは言えません。

もちろん、リスクがあるものは避けていただきたいですが、科学的根拠が明確ではないという事実を踏まえたうえで個人的に民間療法等を選択することは悪いことではありません。

でも、医療の資格を持った人が根拠のないことを「指導」するのは不適切でしょう。専門家が指導すれば、科学的根拠のあることだという誤解を与えかねません。

さらに、根拠のない手間のかかるケア方法や育児法、反対に無意味な生活上の制限は、ただでさえ育児に忙しい保護者の助けになるどころか、苦労を増やしてしまいます。

医療者は、民間療法や自分の意見・価値観なのか、医学的に根拠のある指導なのかという違いがわかるように説明しなくてはならないと思います。

【森戸やすみ(もりと・やすみ)】 小児科専門医

1971年、東京生まれ。1996年、私立大学医学部卒。一般小児科、NICU(新生児集中治療室)などを経て、どうかん山こどもクリニックを開業。主な著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(内外出版)、『小児科医ママが今伝えたいこと! 子育てはだいたいで大丈夫』(同)、共著に『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』(同)など。ツイッターはこちら

【宋美玄(そん・みひょん)】 産婦人科医、医学博士

1976年、神戸市生まれ。2001年、大阪大学医学部卒業。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。2017年9月に「丸の内の森レディースクリニック」を開業した。