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「子どもの83%に新型栄養失調のリスク」を信じるな!

不安にさせて買わせる広告には注意を

ハウス食品(株)が10月29日から展開している「満点を、摂ろう。」キャンペーンで、「子どもの83%に新型栄養失調のリスク。クリームシチューがオススメ」とPRしているのをご存知ですか?

「我が子も新型栄養失調か?」と震え上がる人も多いでしょう。なにせ、83%という高率なのですから。

でも、広告やプレスリリースをよくよく読むと、信ぴょう性のあるデータとはとても言えません。

「新型栄養失調」という言葉、どうもこれから流行りそうな気配です。でも、もっともらしい数字や言葉にはだまされないで。このキャンペーンのなにが問題なのか、解説しましょう。

根拠の調査がずさんすぎる

ハウス食品は10月29日付プレスリリースで、こううたっています。

8割の子どもに「新型栄養失調」のリスクあり。3食しっかり摂取しているにも関わらず特定の栄養素をあまり摂取できていないことが判明。

新型栄養失調には、煮汁ごと栄養を摂取できるクリームシチューがおすすめ。(ハウス食品プレスリリース)

新型栄養失調という言葉、学術的なものではありません。栄養疫学者によれば、これに相当する英語名も聞いたことがないそうです。ハウス食品広報・IR部によれば、独自に定義したもので、キャンペーンサイトでは「食事によるカロリーは足りているのに、ビタミン・ミネラル・食物繊維など必要な栄養素が不足している状態」と説明しています。

調査はハウス食品調べとなっており、2018年9月の3連休明けの日に、6~8歳の子を持つ女性100人にインターネットで聞きました。

朝昼晩、子どもが母親の作った料理を食べているというのが条件で、3日間に食べた食材と分量を母親に選択してもらい、鉄、カルシウム、ビタミンA・B1・B2・C、食物繊維の摂取量を算出しました。

そして「日本人の食事摂取基準」と比較、「3日間どの日も満たしていない」「3日のうち1日しか満たしていない」という場合を「新型栄養失調のリスクありとしています。その割合が83%だ、というのです。

うーん、もっともらしい。でも、83%という数字、問題がいろいろあります。

(1)3日間の食事調査では、短すぎる

人の食事は日によって食べる量にかなり大きな変動があります。たとえば、成人男性で、その人の鉄や食物繊維の習慣的な摂取量をある程度正しく把握するのには、10日程度はかかる、とされています。

ビタミンCは、1カ月近く程度の調査が必要です(日本人の食事摂取基準2015年版より)。子どもは、大人ほどのぶれがあってはよくないのですが、それにしても3日間の調査では足りません。

(2)9月の3連休の食事には、学校給食が含まれていない

加えて、祝日を含む3連休に朝昼晩、母親の作ったものを食べている、というのは、日本の子どもの一般的な状況と異なります。

学校がある日は、学校給食も含め栄養をしっかり考えて食事管理。子どもの嫌いなピーマンや人参も食卓に上る。でも、お父さんがお休みの日は、牛乳も飲まず、おいしいご馳走をいっぱい食べるぞ、となりがちではありませんか? 

「栄養失調」という言葉は、習慣的、長期的な栄養不足を意味すると思いますが、こんな調査では、日常における栄養摂取の状況など把握できないのです。

日本の子どもの食生活のポイントは、学校給食です。メニューが決まっておりかなり強制的に提供され残食も少ない、というのが他国の学校給食にはない特徴です。

強制は昨今、批判の的ですが、栄養摂取の面では学校給食が大きな利点を持っていることが、東京大学率いる研究チームの調査で明らかとなり、2017年に論文発表されています。日本語解説もあります。

学校給食のない日は、不足、摂り過ぎが激しい

研究チームは日本の12県の14公立小学校の児童629人(小学3年309人、5年、320人)と13中学校の生徒281人(中学2年)を対象に、学校給食のある日2日とない日(土日)1日の計3日間、食事調査を実施しました。

学校給食については、管理栄養士が材料の重量、配膳量、残食量をすべてはかり、そこから栄養素の摂取量を算出。学校外の自宅などで摂った飲食物については、保護者が重量か目安量を記録し、提出しています。

そのうえで、学校給食のある日とない日を比較しました。すると、学年、性別を問わず60%以上の栄養素摂取量に、統計学的に有意な差がありました。

どの栄養素も、学校給食のない日のほうが、摂取が不適切な子どもの割合が高かったのです。栄養素の種類により不足するものと摂り過ぎのものがあり、不適切は両方を含んでいます。

ハウス食品の調査は学校給食をまったく含んでいないのですから、子どもたちの栄養摂取がよろしくないのはまあ当たり前。でも、栄養素は、必要量を毎日定量、摂らなければならないわけではありません。

ビタミンDのように、数ヶ月、半年ぐらい体に溜まるので、成人であれば1カ月に1回くらい食べればよい、という栄養素もあります。したがって、子どもの食生活はウイークデーの学校給食で、問題をある程度はカバーできるのです。

学校給食って、ありがたいものですね。

(3)もっと精緻な調査、統計学的手法を駆使しないと、判断できない

実は、東大の研究チームも3日間の調査結果から、習慣的なエネルギーや栄養素の摂取量を推定しています。

ただし、ハウス食品調査と同じ3日間といっても、こちらは学校給食のある日、ない日を両方含み、調査法はかなり厳密で客観性があり、対象者数も多いので、より真実に近い調査結果が出ているはずです。

そのうえで、統計学的手法を駆使して代表値と分布を推定し、不適切な者の割合を算出しています。

ハウス食品の調査は6〜8歳の子どもが対象なので、東大調査の小学3年生309人の結果を見てみましょう。食事摂取基準にある栄養素をすべて調べてあるのですが、ハウス食品が問題にした鉄、カルシウム、ビタミンA・B1・B2・C、食物繊維の数値を抜き出してみました。

この不適切は、不足と過剰摂取の両方を含みます。詳しい内容は論文を読んでいただきたいのですが、ビタミンAやビタミンB1チアミン)、ビタミンCは、摂りすぎて不適切になっている子どもも相当数いる、という結果でした。

食物繊維・カルシウム・鉄は不足

もちろん、ハウス食品の調査と同じように、東大の調査でも不足の懸念が大きく示された栄養素があります。食物繊維とカルシウム、鉄です。

ただし、東大の論文は慎重に「3日間の調査では、精度の高い習慣的な食事摂取量を推定するには短すぎるかもしれない。だが、厳密な調査は参加者の負担が大きく、3日間を超える日数の調査は実行不可能だった」と説明し、研究の限界を明確にしています。

クリームシチューは食塩過剰摂取につながらないか?

さらに深刻なのは、「だから、クリームシチューを」という提案が、足りない栄養素を補うだけにとどまらず、一部の栄養素の摂りすぎになるかもしれない、という事実です。

東大の調査では、過剰摂取の懸念のある栄養素が明確になっています。

脂質と食塩です。

脂質は不適切な割合が、小3年男児で30.5%、女児で47.7%いて、多くは過剰摂取です。食塩は、男児の100%、女児の97.4%が不適切。ほぼすべての子どもが摂りすぎています。

ハウス食品のおすすめレシピは、クリームシチュールーと鶏肉、サラダ油、牛乳、野菜などを用いており、同社広報・IR部によれば1食で食塩1.9~2.2g、脂質を8.7~11.9gをとるとのこと。食塩が気になります。

日本人の食事摂取基準2015年版では、食塩摂取の目標量は、6〜7歳男児で5.0g未満、女児で5.5g未満。8〜9歳でそれぞれ5.5g未満と6.0g未満です。シチュー1皿で2.2g摂るのは好ましいのでしょうか?

食品は多様な栄養素を含み、なにかを補給したいと思って積極的に食べれば当然、ほかの栄養素の過剰摂取のリスクが生じます。不足解決にこの料理、という世間によくあるパターンは、大きな問題を抱えています。

「満点栄養教室」と銘打たれた今回のキャンペーンは、ハウス食品広報・IR部によれば「『食』や『栄養』について考えて頂くきっかけになればという意図で企画した」とのこと。

でも、クリームシチューを推したいあまり、学術研究では不足している子どもが少ない栄養素まで不足だ、栄養失調だ、とうたい、食塩の過剰摂取などにはまったく触れない。それはやっぱり企業倫理の点で、相当に問題があるのではないでしょうか。

脅迫プロモーションはやめてほしい

以上、細かく分析してみました。

ハウス食品、実は食品メーカーの中では品質保証に定評があり、とくに食品表示は誠実、見やすいとして評価の非常に高い企業なのです。

それだけに、今回の広告には個人的にがっかりしました。

読者の中には、「なにを細かいことをぐだぐだと。クリームシチューはおいしいし、野菜を摂れるのも事実だしまあ、許される範囲の広告では」と思われる方もいるかも。

でもね。ハウス食品のような大企業がこんなことをすれば、他の企業も「なんだ、OKなのね」とこの手法をまねて広告し始めますよ。

「子どもにきちんと食べさせられているかな?」と不安を抱えるお母さん、保護者を脅して売り込む? 恐ろしいことではありませんか?

「こんな脅迫プロモーションは、やってはいけないと思います」とハウス食品の品質保証部の方には伝えました。皆さんはどう考えますか?

「新型栄養失調」、信じてよいの? 

それにしても、「新型栄養失調」という言葉、ハウス食品の宣伝に限らず、目につくようになってきました。

日本大百科全書(ニッポニカ)は、「本人は十分に食べていると思っていても陥る、おもにタンパク質不足による栄養欠乏症状」と説明しています。

しかし、ハウス食品は「ビタミン・ミネラル・食物繊維など必要な栄養素が不足している」と定義しています。学術的にまとまった見解がないまま、多くの人が自分に都合の良いように新型栄養失調という言葉を使っています。

国立国会図書館の検索システムで調べると、新型栄養失調について最初に出された書籍は、2010年発行の『食事でかかる新型栄養失調』(小若順一、国光美佳、食品と暮らしの安全基金、三五館)です。

コンビニ弁当ばかり食べていると栄養素が不足する、とし、「何千万人もの人がミネラル不足で、新型栄養失調にかかって心身を損ねている」と主張します。そして、食事でミネラルを補給すると症状がよくなるものとしてアスペルガー症候群、高機能自閉症、広汎性発達障害、言葉の遅れ、うつ病等を挙げています。

執筆した小若氏らの団体「食品と暮らしの安全基金」は、月刊誌でも『調査情報 ミネラル不足食品ばかりでは病気に罹る 食事の改善で「発達障害」「うつ病」「総合失調症」が治った!』とし、大量の記事を出しています。解決策として提案されているのは“無添加天然だし”です。

驚くべき内容。私には、科学的根拠があるとは思えません。

しかし、こうした人たちが、「新型栄養失調」という言葉を使っているのです。

企業がそんな手法を使っていいのか?

この成分が足りないから補給しましょう、という宣伝文句、健康食品でよく見ます。こんな背景があるので、私は新型栄養失調という言葉に敏感にならざるを得ませんし、子どもにまで同じ手法を繰り出す企業に怒りを感じます。

最近でも、オムロンヘルスケア(株)がコラムで紹介したり、『体調不良の原因は「新型栄養失調」!? 忍び寄る栄養の落とし穴とは』という記事が出ていたりします。

これからも、食品企業などが“新型栄養失調にはこれ”と食品やら健康食品やらを売り込み、医師や管理栄養士が“新型栄養失調を防ぐ”食べ方、健康法を指南するのでしょうか。

新しい言葉に飛びつくメディアがあり、食品企業も利用し宣伝につなげます。どうぞ惑わされないで。

前述の東大研究で、栄養状態が良好な子どもは豆、野菜や果物、きのこ、海藻類を積極的に摂っていることがわかりました。

栄養素が欠乏している子どもたちは精白米の摂取量が多く、過剰摂取が目立つ子どもたちは、魚や肉、卵、乳類の摂りすぎ。そして、摂るべき栄養素を摂れず量を抑えなければならない栄養素を摂りすぎている「摂取不適切」な子どもたちは、加工食品やソフトドリンクをよく飲食している、という特徴があります。

まずは野菜、果物などをたっぷり、それに食塩控えめで。クリームシチューも天然だしもなにかに効くマジックフードではありません。でも、おいしい食事です。学校給食も含め、子どもも大人も食事に関心を持つことからスタート、なのかもしれません。

【松永和紀(まつなが・わき)】 科学ジャーナリスト

京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008を受賞。新刊は「効かない健康食品 危ない天然・自然」(同)