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薬物依存に陥らせるのは、薬の作用というより「孤立」

なぜ「ダメ。ゼッタイ。」ではダメなのか? 薬物依存者に過剰に厳しい日本の課題について考える2回連載、後編です。

薬物依存症に関する根本的な誤解

薬物乱用防止教室では、「薬物の怖さ」を子どもたちに伝えるために次のような残酷な実験が紹介されることがあります。

それは、ネズミを檻のなかに閉じ込め、檻のなかのレバーを押すとネズミの血管に直接薬物が注入される仕掛けをセットし好きなだけ薬物を使える環境に置くと、日がな一日レバーを押し続けるようになり、連日大量の薬物を摂取した結果、ついには死んでしまう、というものです。

Dra_schwartz / Getty Images

薬物依存の仕組みを解明するために、様々なネズミの実験が行われた

その際、次のような解説のナレーションが入ります。

「1回でも薬物を経験すると、薬物の快感が脳に刻印付けられ、脳がハイジャックされてしまいます。その結果、自分の健康や命を守る本能が働かなくなるのです……」

この実験は、薬物依存症の怖さを説明するものとして頻用されてきましたが、いささか奇妙なところがあります。

というのも、レバーを押すと体内に注入される薬物を、覚せい剤やヘロインといった強力な依存性薬物から、依存性が比較的弱いアルコール(エチルアルコールは中枢神経抑制作用を持つ、立派な依存性薬物です)に切り替えても、やはり同じな現象が再現されるからです。

これはさすがにおかしいと思いませんか? 

人が薬物を使う状況を反映していない環境

だって、人間に置き換えて考えてみてください。

長い休暇をとって家族や恋人、あるいは気の置けない仲間たちと南の島――仕事を忘れて好きなだけアルコールが飲むことができる環境です――に出かけた人は、誰もがみんな死ぬまで飲酒し続けるでしょうか?

Haveseen / Getty Images

こんな環境で死ぬまでアルコールを飲み続ける人がいるだろうか?

まさか。そんなことはめったにありません。

いくら休暇といっても、日がな1日飲む人はむしろ少数派です。むしろ、日中はしらふか、アルコールを飲むとしてもごく少量にとどめ、仲間とビーチで泳いだり、日光浴しながら読書をしたり、あるいは、景勝地を観光したりする人の方が多いのではないでしょうか? 

もろちん、夜ともなればお酒を飲むでしょうが、それでも、大抵の人は、恋人や家族とディナーを味わったり、パーティで友人や知人との会話を楽しんだりすることを妨げない程度の量にとどめるのではないでしょうか?

要するに、あの実験の設定は、人が薬物を用いる状況を正確に反映していない可能性があります。

ネズミが死ぬまで薬物を使い続けたのは、薬物自体が持つ毒性・依存性によるものではなく、むしろ檻のなかという、孤独で、窮屈で、自分の裁量がまったく効かない不自由な環境のせいではないでしょうか?

「ネズミの楽園」 実験

まさにそうした疑問を抱いて新たな実験に挑戦した研究者がいました。サイモン・フレーザー大学のブルース・アレクサンダー博士です。

1970年代の終わり、彼の研究チームは、その疑問に対する答えを求めて、「ラットパーク(ネズミの楽園)」と呼ばれる有名な実験をおこなったのです。

この実験では、同数オス・メス合計32匹のネズミが、ランダムに16匹ずつ、居住環境の異なる二つのグループに分けられました。

一方のネズミは、一匹ずつ金網の檻のなかに(「植民地ネズミ」)、そして他方のネズミは、広々とした場所に雌雄一緒に入れられました(「楽園ネズミ」)。

ちなみに、楽園ネズミに提供された広場は、まさに「ネズミの楽園」でした。床には、巣を作りやすい常緑樹のウッドチップが敷き詰められ、ぬくぬくと暖かくなっていました。

Vizland / Getty Images

仲間と交流でき、のびのびとした環境に置かれた「楽園ネズミ」と、孤立させストレスフルな環境に置かれた「植民地ネズミ」では、依存状態に大きな差が出た

また、いつでも好きなときに好きなだけ食べられるように十分なエサも用意され、さらには、所々にネズミが隠れたり遊んだりできる箱や空き缶が置かれ、ネズミ同士の接触や交流を妨げない環境になっていました。

アレクサンダー博士らは、この両方のネズミに対し、普通の水とモルヒネ入りの水を用意して与え、57日間観察しました。

いうまでもなく、モルヒネはヘロインの同じ麻薬であり、覚せい剤などよりもはるかに強い依存性を持つ薬物です。ただ、普通の水にモルヒネを溶かすと非常に苦くなってしまい、とても飲めた代物ではなくなってしまいます。

そこでこの実験では、甘い砂糖シロップをモルヒネ水に溶かし、ネズミたちにとって飲みやすいものにしました。

はっきり分かれた「植民地ネズミ」と「楽園ネズミ」の結果

その結果は非常に興味深いものでした。

植民地ネズミの多くが、孤独な檻のなかで頻繁かつ大量のモルヒネ水を摂取しては、日がな1日酩酊していました。

途中で、植民地ネズミのモルヒネ水を、砂糖水ではなく、普通の水に溶かし、苦くてまずいモルヒネ水に切りかえましたが、それでも檻の中のネズミは普通の水ではなく、モルヒネ水を飲み続けたのです。

一方、楽園ネズミの多くは、他のネズミと遊んだり、じゃれ合ったり、交尾したりして、なかなかモルヒネ水を飲もうとしなかったのです。

もちろん、少数のネズミはモルヒネ水に飲みましたが、その量は植民地ネズミのわずか20分の1と少量でした。どうやらネズミにとって仲間との相互交流は麻薬などよりもはるかに魅力的な楽しみだったようです。

そしておそらく楽園ネズミたちは、モルヒネを摂取すると、心身の活動性が鈍ってしまい、仲間との相互交流の妨げになることを嫌ったのでしょう。

薬の作用よりも「孤立」が問題

「ラットパーク」実験からわかるのは、次のようなことです。

つまり、ネズミをモルヒネに耽溺させるのは、モルヒネという依存性薬物の存在ではなく、孤独で、自由のきかない窮屈な環境――すなわち「孤立」――である、ということです。

私は、このことはそのまま人間にも当てはまると考えています。薬物を使ったことがある人が必ず薬物依存症になるのかといえば、実は必ずしもそうではありません。

Kaipong / Getty Images

孤立が薬物への依存を深めさせていく

実際、ある覚せい剤依存症患者はこんな話をしてくれました。

「覚せい剤を使いはじめたときにはたくさんのクスリ仲間がいた。俺にとっては大事な仲間だった。家にも学校にも居場所のない俺を、唯一受け入れてくれた仲間だった」

「だから、クスリをやりたく仲間の溜まり場に行っていたわけじゃない。あいつらと一緒にいたくてたまり場に行っていた。クスリは単なるおまけだった」

「しかし、そうした仲間も大半は早々にクスリから足を洗って、社会人としてまっとうに生きている。有名な会社で偉くなって部下をたくさん従える立場になった奴もいるし、職人になって自分の腕一つで家族や従業員を養っている奴もいる」

「俺だけがいまだにクスリをやめられず、刑務所に出たり入ったりしている。一体、あいつらと俺とでは何が違うのか」

この発言は、同じ薬物を使いはじめても、薬物依存症になる人とならない人がいるという事実を示しています。

これは、中学校や高校の薬物乱用防止教室で子どもたちが教わる情報とはものの見事に食い違う内容です。学校では、「薬物を1回でも使うと、依存症になってしまう。なぜなら、薬物の快感が脳に刻印されてしまい、2回、3回と薬物がほしくなる。だから最初の1回『ダメ。ゼッタイ。』」と教えられるからです。

本当に、依存性薬物に1回でも手を出したら依存症になってしまうのでしょうか? 

同じ薬を使っても依存する人としない人がいる事実

少し考えてみてください。

すでに述べたように、アルコール(エチルアルコール)という中枢神経抑制薬は立派な依存性薬物です。動物実験のデータを見るかぎり、その依存性は少なくともベンゾジアゼピン系薬剤よりははるかに強力です。

しかし、多くの人たちがこの薬物を日常的にたしなみ、ときには体調を崩すほど摂取する人もいますが、それでも、依存症の状態に陥る人はごく一部です。

それから、たとえば重い身体の病気で総合病院に入院し、外科手術を受けた患者は、術後の鎮痛のために麻薬性鎮痛薬を投与されます。これは、ヘロインやモルヒネよりもさらに強力なものです。

そのようにして術後の痛みを麻薬で抑え、元気になって退院した人たちは、その後、「あの快感が忘れられない。また注射してくれ」と医者に懇願したり、クスリを不法に入手すべく病院に忍び込んだりするでしょうか? 

まさか。そんなことはめったに起こりません。

なぜ一部の人だけが薬物依存症になってしまうのか。この問いかけに答えることなしに、薬物依存症を理解することはできません。そして、『ラットパーク』実験は、その問いかけの答えとなる、重要なヒントを与えてくれます。

それは、依存症になりやすい人は「孤立」しているということです。

依存症から回復しやすい社会とは

「ラットパーク」実験には続きがあります。

アレクサンダー博士たちは、今度は、檻のなかで大量のモルヒネ水だけを飲んでいた、薬物依存症状態の植民地ネズミを、1匹だけ楽園ネズミのいる広場へと移したのです。

すると、彼らは、広場の中で楽園ネズミたちとじゃれ合い、遊び、交流するようになりました。それだけではありません。驚いたことに、檻のなかですっかりモルヒネ漬けになっていた彼らが、けいれんなど、激しいモルヒネの離脱症状を呈しながらも、なんと普通の水を飲むようになったのです。

この実験結果が暗示しているものは、一体何なのでしょうか?

私が思うに、それは、薬物依存症からの回復は、檻(=刑務所)に閉じ込めて孤立させておくよりも、コミュニティのなか、仲間のなかの方が促進されるのではないか、ということです。

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地域の中、仲間の中でこそ、回復は促進されるはず

だとすれば、薬物依存症から回復する人を増やすためには、専門病院をたくさん作ったり、何か特定の治療法を開発したりといったこと以上に大切なことがあるのではないかでしょうか?

そう、それは、薬物依存症から回復しやすい社会の存在です。

日本はどうでしょうか? 甲子園の閉会式に訪れた清原さんに対する、ほとんど理不尽とも思える批判的な意見、そしてそれから、国内各地で時々起こる、地域住民によるダルク反対運動……。気持ちが暗くなります。

自治体は何をしているのか? 問題を抱える人を孤立させていないか?

実は、あのダルク反対運動に関して気になっていることが二つあります。

一つは、それぞれの地域の自治体は何をしているのか、ということです。再犯防止推進法の基本理念にも、やはり自治体の責務として、「(刑務所出所者が)社会において孤立することなく……(中略)……社会を構成する一員となることを支援する」と謳われています。

つまり、住民を啓発し、理解を求めることは、自治体の重要や役割なのです。

それから、障害者差別解消法の付帯決議にも、自治体の責務として、障害者施設認可にあたっては、「地域住民の理解を得るために積極的な啓発活動を行うこと」と明記されています。

薬物依存症者は、違法薬物を使用した犯罪者であるだけでなく、薬物依存症という病気を抱えた障害者でもあることを忘れてはなりません。

もう一つは、反対運動をやっている地域では、薬物問題に悩む当事者や家族が助けを求められないまま孤立しているのではないか、ということです。

「わが街には薬物に手を出す人などいない、絶対あり得ない」という決めつけとコインの表裏をなすのが、問題を抱える人が支援から孤立し、「なかったこと」にされてしまう事態です。

Lovethewind / Getty Images

問題を抱えている人を孤立させない社会を

「俺は依存症じゃない」「俺は自分でコントロールしてクスリを使っている。その気になればいつでもやめられるのだ」と、脳が薬物やアルコールにハイジャックされているのを認めたがらないのが、依存症という病気の特徴です。

だからこそ、依存症は「否認の病」などと呼ばれることもあるのです。

しかし実は、この否認という現象は決して依存症者本人だけのものではありません。「わが家(あるいは、わが街、わが国)には、薬物問題など存在しない」といった具合に、社会もまた問題を否認する傾向があるのです。

そして、あの「ダメ。ゼッタイ。」というキャッチコピーこそが、「薬物問題なんてあり得ない、あってはならないし、あるはずがない」という社会の否認を象徴する言葉だといえるでしょう。

そうした社会では、万一、その「あってはならないもの」を見つけたら、全力で自分の視界から排除し、「わが家(あるいは、わが街、わが国)には、薬物問題など存在しない」という妄想を堅持し続けようとするでしょう。

「ダメ。ゼッタイ。」ではなぜダメなのか?

最後に、わが国の薬物乱用防止教育で連呼されている「ダメ。ゼッタイ。」というキャッチコピーに関する秘話を紹介しておきたいと思います。

実はこのキャッチコピー、もともとは国連が提唱した「Yes To Life, No To Drugs」に由来しています。したがって、直訳すれば「人生にイエスといおう、薬物にはノーといおう」であり、本来、超訳するにしても、せめて「自分を大切に、でも薬物はダメ。ゼッタイ。」くらいの忠実さはあってしかるべきでした。

ところが、なぜか「Yes To Life」に相当する意味が省略され、誤訳レベルの日本語――「ダメ。ゼッタイ。」――として普及啓発に頻用されることとなってしまったのです。

いま思えば、ボタンの掛け違いはそこから始まりました。この誤訳の影響で、わが国の薬物対策は、自分の「人生にイエス」といえない人、生きづらさや痛みを抱えて孤立する「人」たちへの視点を失ってしまったからです。

その結果、薬物依存症の予防でも回復支援でも、痛みを抱え孤立している「人」をどう支援するかという課題が忘れられ、薬物という「物」とともに、それに手を出した人も一緒に排除するような価値観が広がってしまったように思われるのです。

私は、「ダメ。ゼッタイ。」という誤訳的なキャッチコピーによってミスリードされたわが国の薬物対策を仕切り直す必要があると考えています。

それには、まずは一般の人々の誤解や偏見を解消し、「脱洗脳」するところからはじめる必要があると思っています。

そのような思いから、最近、私は一冊の新書『薬物依存症』(ちくま新書)を上梓しました。ぜひ多くの人に読んでいただき、薬物依存症の真実を知っていただきたいと願っています。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

一般の人もこの病気について理解してもらえるように書いた『薬物依存症』(ちくま新書)


【松本俊彦(まつもと・としひこ)】

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)など著書多数。

9月6日に『薬物依存症』(ちくま新書)を出版した。

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国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長

Contact Toshihiko Matsumoto at naoko.iwanaga+tm@buzzfeed.com.

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