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「認知症予防」の真実

サプリ、脳トレ、ココナツオイルーー。「認知症予防」をうたう様々なメニューがありますが......

「認知症になりたくない」「進行を遅らせたい」に隠れているもの

この記事を読むと、最初は暗い気持ちになるかもしれません。読まない、という選択もあり。読みたくない方はぜひそうしてください。

認知症と暮らす方々と接し、苦悩を垣間見、そののちの光のために書いています。

「認知症になりたくない」「少しでも進行を遅らせたい」

テレビや新聞などを通じ、安易な「認知症予防のために〇〇をしましょう」という情報が喧伝されます。「認知症に効く」のでしょうか。〇〇に入るのはサプリや脳トレ、料理などなどのこと。

結論は、うすうすご存知のこととは思いますが、Noですね。

専門家の意見を詳しく知りたい方は、日本神経学会監修(協力学会 日本精神神経学会 日本認知症学会 日本老年精神医学会 日本老年医学会 日本神経治療学会)の認知症疾患診療ガイドラインをご覧ください。

日本の認知症医療の英知を集め、その総意によって編まれたものです。認知症医療のいまの到達点と言えます。認知症の危険因子・防御因子にはどのようなものがあるか、現段階で予防の可能性はあるのか。

以下は、そのくだりです。

推奨

(1)略

(2)現在のところAD(アルツハイマー型認知症)を予防(一次予防)ないしは進行を遅らせる(二次予防)方法は確立していない。(中略)しかしながら、健康なライフスタイル(運動、栄養)、積極的な社会参加、生涯にわたる脳の活性化等複数の領域を総合した介入が有効であろうと推定され、具体的な方法が模索されている(グレードC1).

この内容、しかも「グレードC1」です。このグレード(推奨グレード、と呼ばれています)は、医学的な証拠に基づいて分類しています。

A,B,Cとあり、Aは「強い科学的根拠があり」、Cは「科学的根拠がない」となっています。平たく言えば医学的に証明されたものではない、ということです。

文章の中ほどにも、こうあります。

しかしながら、現在までのところ薬物・非薬物を問わず、介入研究で確実な予防効果を証明されたものはない。

まあ、これは日本の話です。では、よその国は?

アメリカの強大な組織、アメリカアルツハイマー協会のホームページを見てみます。日本語は私の訳です。

Myth 8: There are treatments available to stop the progression of Alzheimer’s disease.

Reality: At this time, there is no treatment to cure, delay or stop the progression of Alzheimer’s disease. (後略)

8番目の神話(作り話):アルツハイマー病の進行を止める治療法がある。

本当の話:現時点では、アルツハイマー病の進行を治療する、遅らせるもしくは止める方法はない。(後略)

日本の英知の意見と同じでした。

なので、どうもこの話、日本だけではなさそう。世界中、誰もがそう思い願う。でも、そんなもの、ない。

もう少し、正確に言います。

「認知症に効く」という表現はくせもの。フワっとして、つかみどころのない表現です。皆さんが願うような「認知症にならない」あるいは「認知機能低下の進行を止め回復させる」ものはあるのでしょうか。

結論として、それが証明されたものはない、ということです。

そして医師の処方する認知症の薬を除けば、「認知機能低下の進行を遅くする」と証明されたものすらない。

ただ、脳トレやサプリや怪しげな漢方薬のようなものを売るほうも必死です。心揺らぐ甘言で誘われることでしょう。大企業ですら「認知症予防に〇〇」という看板を掲げ、売り込みにかかります。

「なったらおしまい」という「目」の強化

なぜ、それができるのか。

認知症になってはおしまい。認知症にあればああなる。お世話の対象。撲滅の対象。そんな「そういう目」を利用します。

「そういう目」を強化すれば売れるはず。もっと売りたい。このステレオタイプをどんどん強化すればよい。売る側は思うはず。

ひところ、電車の中で「うっ」と胸を抑えるようなコマーシャルがありました。心筋梗塞になったのを想像させます。そうならないために薬を。恐怖を植え付ける。「そうなる前に」という売り込み方。

すでに認知症になっている人々にとっては針の筵(むしろ)です。自身に認知症があることが否定されているのですから。認知症は悪いもの。そういう価値観を自分自身の中にまで宿してしまう。

雑誌、テレビ、新聞をみる。そんな雰囲気の文化が岩盤のごとく築かれています。「なったらおしまい」と思いこませる。予防できる方法がある、と思い込ませる。

それさえあれば、その恐怖から脱却できる。そう信じ込ませる。誰でも大枚をはたいてでも、それを買い求めに走るでしょう。

買うことで安心できれば、「これはいいよ」と友達、近所に触れ回る。恐怖の循環によって作られた「そういう目」に、認知症の人自身もはまってしまう。

認知症の場合、お金を投じてその恐怖の循環をせっかく高めても、ゴールにしたい商品にそれほど効果があるわけでもない。

がん、でも同じような話があります。藁にもすがる気持ちに光を見るがごとく、あやしげな治療に走ってしまう。大金を支払う以上に、そのために堅実な治療法から遠ざかってしまう不幸もあるかもしれません。

がん、とは悲劇の内容が違うかもしれませんが、認知症でも深刻な状態になります。もう少し詳しく見ましょう。

自分自身を苦しめる「そういう目」

認知症の人は、軽度認知障害(MCIと言われます)という認知症ハイリスクグループに属する人々も含めれば、なんといまや日本に1000万人以上になると厚労省の研究でも報告されています。

大勢の人々は、近い将来そうなります。

ご自身がそうなってから、あろうことか自分自身のことを「そういう目」で見始めます。こんなメール(特定できないように改変しました)がありました。

Aさん、76歳、男性
財布がない、通帳がない、鍵がないと毎日探しまわっております。
そのうち何も出来なくなるのでは?
怖いです。
苦しいです。
どうしたらよいでしょうか。

認知症になれば、たしかに不自由さが増します。しかしそれに伴う苦悩は、その不自由なるが故だけではなく、自分の中の「そういう目」で培われ、肥大化します。

しかも、「私は関係ない」と思っている人にとって、当の本人の不安が何によってもたらされているのかを理解するのは難しい。「認知症になったらおしまい」という「予防」の声の強まりがみんなの不安を膨らませているのにも関わらず、「安易な『予防』がいい」。皮肉なことに、そう思ってしまいがちです。

根拠のある「認知症予防」とは?

ところで、予防話で十把一絡げにされやすい話があります。

認知症は脳の血管の障害、たとえば脳梗塞や脳出血などでも場合によっては生じることが知られています。認知症ではない人にとっては、脳の血管に良いことは長い目でみて、認知症のリスクを下げることは知られています。

「Remember, what’s good for your heart is good for your head.(Be Heart Smartより)」

「わすれるな!心臓に良いことは脳に良い」です。先のアメリカアルツハイマー協会のホームページにあります。

糖尿病、高血圧、肥満などは認知症のリスクにもなるし、それらを改善させればリスクを軽減することにもつながる、かもしれません。

みなさん、運動はしましょう。暴飲暴食はやめましょう。私自身、耳の痛い話です。認知症にならないためだけが目的ではなく、体と脳のために。

その「対策」、本人のためですか?

でも、いま述べている「認知症予防のために〇〇」と喧伝される内容とは、そういうものではなく、サプリや脳トレやあやしげな漢方薬の話です。

ある日の診察室での話。

北原玲子さん(仮名、71歳)とご主人の北原信二さん(仮名、75歳)が並んでいます。玲子さんの診察が今日で5、6回目。前医から引き継いだ診断名はうつ。そして私のところで認知症という診断。二人静かに座っています。

私は「こんにちは」とあいさつし、だまって様子を見ていました。いつものように玲子さんからはなにも話そうとしません。

ご主人が悲痛な面持ちで口火を切ります。

信二さん「どうにか、(妻の認知機能の低下がこれ以上)進まないようにできませんか。そのためならなんでもしようと思っています。あの薬(抗認知症薬)。飲もうと思うんです」

私「はあ、なるほど」

いまの認知症予防の問題点とこれからの課題が、ご主人のこのフレーズに集約されています。

糖尿病の診療や高血圧、がんなどの診療とは際立って異なる表現がまずは目につきますね。自分が飲むわけでもないのに、「飲もうかと思います」という言葉。

優しいご主人なのでしょう。奥さんのことはもう我がことのように思っている気持ちの表れかもしれません。

でも苦しんでいるのは、ご主人だけではありません。実はこの話、後日談があります。ご主人に内緒で、玲子さんだけが受診にこられました。


玲子さん「実は、主人のことで相談なんです」



私「はあ、どうしましたか」



玲子さん「主人はいつも私のことを考えてくれてありがたいんです......」



私「はあ」



玲子さん「何をしても指摘されるんです。ああしなさい、こうしなさい、と」



私「なるほどぉ」



玲子さん「もう、つらくて」

テレビ、新聞、雑誌での「認知症に効く」と言われるものを片端から試す。でも認知症は治りません。それどころか、時間が経てば徐々に進みます。

この「治る」、「進む」も、「なにが」をきちんと説明することが必要ですが、いまはカットします。


少しでも、いまの玲子さんの姿を変えたくない。しかし変わっていく。ご主人の葛藤が伝わってきます。しかし当の本人は、疲れ切っている。

テレビでは、安易な認知症予防の話。認知症とともに暮らす、生きるという感触は遠ざかります。

玲子さんに、この認知症予防話は役に立つのでしょうか。玲子さんはまじめに脳トレをやったり、まめにサプリを飲んだりしないから、進んでしまうのでしょうか。答えはNoですね。そもそもそんな効果がある、と証明されていません。

変化を受け入れ、健やかな関係性を結び直すこと

年を取れば、だれでも体は変化します。髪は抜け、歯もよわくなり、しわも増える。体力も気力も。そして脳も。認知症になれば、脳の変化は加速化します。

たしかに、抗認知症薬は、(認知機能に対する効果を調べないとわからないのですが)飲んでいない人に比べて効く人も大勢います。しかしそれでも認知機能の低下は防げません。抗認知症薬の効果は、認知機能低下を緩やかにするブレーキです。

たしかに玲子さんはご自身の認知機能低下によって、生活に不自由さを抱えています。友達との約束をカレンダーにしっかりと書かないとすっぽかすし、料理も下手になったといっていました。

でもそれ以上の苦悩は、ご自身の認知機能の低下そのものではなさそうです。予防話で培われた「そういう目」です。

変化をどうしても受け入れたくないご主人。ご主人の「そういう目」に疲れとあきらめを玲子さんは感じているのでしょう。

上述した「そういう目」という恐怖の循環が、信二さん、玲子さんの苦悩の源にあるようです。

ただひたすら願い、伝えたことはこういうことです。

玲子さんの変化につきあう。そして信二さん自身の変化にもつきあう。相手と自分。それぞれが、いつまでも同じ姿であるわけはないのです。

それでも良い関係性を結び続けるのは、不可能ではありません。

健やかな関係性によって、認知症があろうとも、そのせいで不自由さが増そうとも、世間の「そういう目」に惑わされることなく、生きる価値を感じ、前向きに暮らすことはできる。

「そういう目」からの脱却は、いまよりも健やかな生き方に役立つことだと思います。まずは、自分の中に潜む「そういう目」とはどんなものなのか。それを知る必要があります。

当クリニックでも、認知症になった人どうしの寄り合い(くらしの研究会)を月1回開催しています。認知症になったときの不自由さや工夫についても考える企画(くらしの教室)もあります。

いま認知症専門外来に「連れられてくる認知症の人」のみならず、「自ら決断して一人で来院する認知症の人」が増えてきています。

軽度認知障害を含めて認知症の人数が日本で1千万人を超える、という推計があります。認知症診療も「一人で来院する認知症の人」が主流になる時代が到来することでしょう。

「くらしの教室」「くらしの研究会」においでになる認知症の人々の話を伺えば、認知症の人自身に宿る「そういう目」の気づきを、それを話した本人そして我々も得ることができます。

「認知症になっても」ではなく、「認知症になってよい生活」とはなにか、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

そして、認知症予防話に振り回されている時期には、そう確信することが難しいでしょう。変化を受け入れ、関係性を健やかにすること。認知症予防話よりも大切な気がします。


【木之下徹(きのした・とおる)】 のぞみメモリークリニック院長

東大医学部保健学科卒業。同大学院博士課程中退。山梨医科大卒業。2001年、医療法人社団こだま会「こだまクリニック」(東京都品川区)を開院し認知症の人の在宅医療に15年間携わる。2014年、認知症の人たちがしたいことを手助けし実現させたいと、認知症外来「のぞみメモリ―クリニック」を開院。日本老年精神医学会、日本老年医学会、日本認知症ケア学会、日本糖尿病学会に所属。