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病を得ても大切な「役割」を守り続ける 「こどもとの時間を奪われるなら治療なんて受けません」(後編)

幼い息子とできるだけ一緒に過ごすために抗がん剤治療を始めたタムラさん。しかし、病状の悪化と共に、また治療の希望は変わっていきます。人は「役割」を失っては自分らしく生きられない。新刊『がんを抱えて、自分らしく生きたい』から、印象深いエピソードをご紹介します。

前回の記事では、医療者と患者さんの対話の不足から、医療の本質が見失われたり、結果的に患者さんが民間療法へ流れる原因となったりしているのではないかという話をしました。

今回は、家族と少しでも長く過ごすために通院による抗がん剤治療を選んだタムラさんのその後の話を追いながら、なぜ彼女がそれほど「母親として」息子さんとの時間を大切にしたがったのか、見ていきます。

※5月28日に『がんを抱えて、自分らしく生きたい』(PHP研究所)を出版しました。「がんを抱えて自分らしく生きるためには、医師に頼るべきではない」の一文から始まる本書から、特にお伝えしたいエピソードをご紹介します。

「役割」は生きがいや家族と同じくらい大切なもの

「喪失体験ゲーム」というのをご存じでしょうか?

私が講演などを行う前に、参加者の緊張をほぐすために行うミニゲームのひとつです。

具体的には、まず参加者に白紙のカードを5枚配り、そのカードに「家族」、「友達」、「健康」、「お金」、「生きがい」、そして「役割」という文字を思いを込めて書いてもらいます。

そして、私と参加者とで一斉にジャンケンをして、「あいこ」か「負け」の場合は、「あなたが失っても良いと思うもの」どれか1枚を選んで破り捨ててもらいます。そしてまたジャンケンを繰り返して、破り捨てる…...の繰り返し。

破り捨てるときに悲痛な叫びをあげる方もいます。今まさに、その方は喪失の苦痛を疑似体験しているのでしょう。

結果的に一度もジャンケンに勝てなかった人は残り1枚だけとなりますし、ジャンケンに全部勝って全てのカードを残す人もいます。

ここで面白いのは、年齢や背景によって何から破りはじめるかが異なるという点です。

子どもを対象にしてこのゲームをやると、「お金」から破りはじめる人が多い。子どもにとって、お金は親が持っているものであり、普段は使わないことが多いからでしょう。

それに対し、エグゼクティブクラスの方々に行うと、「生きがい」を最後まで残す人が多い。「生きがい」は趣味や仕事の全てを含んでおり、それがなくなるなら生きている価値がない、と感じる人が多いのかもしれません。

そして、このカードの中で多くの参加者が首をかしげるのが「役割」のカード。「役割って何ですか?」と質問されることも多い。そして何だかよくわからないまま、その「役割」のカードを早めに破り捨ててしまう人もいます。

でも、よく考えてみてほしい。どうしてこのカードの中に「役割」が、「お金」や「家族」と並ぶものとして入っているのかを。それは「役割」が、あなたが生きていく上でとても大きな価値を占めているからなのです。

がんになって生きる力が失われる 役割の喪失とは?

がんという病気を抱えた時、その生きる力を失わせる原因のひとつに「役割の喪失」があります。

人間は社会的な生物として「数多くのコミュニティに並行して所属し、それぞれのコミュニティにおける役割を演じ分けることができる」特徴をもちます。

例えば、会社員としての役割、飲み屋の客としての役割、父親としての役割、中学時代からの仲間と遊ぶ時の役割......などです。

しかし、何らかの原因でその「役割」が単一の色で塗り替えられてしまったとき、人間は精神的に不安定になるのではないでしょうか。

例えば、「産後の母親」はその典型で、これまでは職場や近所の人、夫との関係など、様々な自分をもっていたにも関わらず、子供が産まれた時から「○○ちゃんのママ」という「単一の役割」に塗り替えられます。その結果、産後うつのような精神的不安定さが生まれてしまうのです。

がんもそれと同様で、がんと診断されたその時から、病院では「○○がんの患者さん」になりますし、家族の中でも「がんのお母さん」、そして息子さんのママ友とでも「○○くんママ」から「○○くんのママ、がんなんですって」という扱いを受けることになります。

働いている方の場合は、職場での「がんになったと聞いたから、忙しいプロジェクトチームからは外して、部署変えておいたよ」とか、「そんなに無理して働かないで家で安静にしていれば」などの言葉でも「役割の塗り替え」が起こりえます。

がん以外では、加齢でもこれは起こり得ます。

これまでは母親として子供の世話をするのが当然と思って生きてきたけど、年をとることで自分ができることが減ってきて、成人した子供から、「お母さんは、もう何もしないで座ってていいのよ」、と母親としての役割を奪われるとします。

その時から、徐々にぼーっとする時間が増え、体も衰え、夜も眠れないなどの訴えが増えてくることがあります。子どもにしてみれば、よかれと思ってしていることでしょうが、そのことが親の生きる力を失わせているのです。

では、がんになった、タムラさんは自分の役割とどのように向き合ったのでしょうか?

「母親としての役割」を守り続けた

子どもとの時間を大切にするために、一時は民間療法を選択しようとしていたタムラさん。

私との話し合いの結果、入院をしないことを条件に、抗がん剤治療を行うことに同意されました。

抗がん剤はよく効きました。治療をはじめてから、すい臓がんの進行はピタリと止まりました。軽いだるさやしびれといった副作用は出ましたが、入院が必要になるほどではなく、彼女は母親としていつもと同じ生活を続けることができました。

髪の毛が抜けてしまったことに、息子さんは最初は首をかしげていたそうですが、「病気を治すために必要なんだよ」と話しているうちに、息子さんも気にしなくなったそうです。

周囲のママ友達も気を使ってくれ、幼稚園の行事もいつも通り参加できたそうです。家族で何度も旅行に出かけ、「次の予定を決めないと」とタムラさんは外来で生き生きと語っていました。

しかし、息子さんが6歳の誕生日を迎えたころ、病気は徐々に悪化します。それでも私は、抗がん剤を変更して継続することを提案しました。しかし、タムラさんの返答は「ノー」でした。

「先生、これ以上の抗がん剤はもう私はしません。抗がん剤をする方が、元気がなくなってしまうんです。これでは母親ではなく病人として過ごすことになってしまう」

「抗がん剤をするほうが体力を奪われてしまうのですね。もう、そのほうがあなたの生き方に合わなくなってきているということでしょうか。では、体力を温存する治療、つまり緩和ケアに専念する形で今後はやっていきましょうか」

「先生、私あの子が小学生になるのを見られますかね」

「そうですね......。それについて今の時点で予想するのは難しいですが、見られることを私は期待しています」

タムラさんは少し寂しそうな顔で笑い、診察室をあとにしたのでした。

「息子の入学準備をするために」 体調を押して退院

タムラさんは、入院はできる限り避けたい、と常々口にしていましたが、ある時急激な腹痛と発熱のため救急車で運ばれ、入院となってしまいました。

当直医の処置で、症状はすぐに緩和されましたが、病状の進行による体力低下は明らか。もう退院は難しく、緩和ケア病棟で過ごすのが良いのでは......と考えていたある日、タムラさんは回診にきた私に言いました。

「先生、明日には退院させてください。」

「明日ですか?」

「そう、明日」

「それは急ですね。明日、何かがあるんですか?」

「先生、いま何月かわかっていますか?」

そう問いかけたタムラさんは、窓の外を指したのです。そこには、風に舞う桜の花びらが。

「息子の入学準備をしたいんです。夫には任せられません。あれは、私にしかできないんです」

そして翌日、桜の降る中、タムラさんは息子さんに付き添われて退院したのでした。

「がん患者」以外の役割を保てるコミュニティ

タムラさんは、その治療期間、そして最後の時まで「母親としての役割」を保つことにこだわりました。抗がん剤治療を継続することよりも、「これでは母親ではなく病人として過ごすことになってしまう」と言って、役割を果たすことを優先しました。

本当は、息子さんの入学準備だって、夫や祖父母が代わりにやってあげることもできたと思います。現に、タムラさんの夫が、「わたしがやってあげてもいいんですけどね」と言っていたのですから。

でもタムラさんは「母親としての役割」を守ることが、自分の生きる力を生み出す、一番の源だとわかっていたのかもしれません。夫もあえて、その役割を奪うことをしませんでした。逆に言えば、その役割があったからこそ、タムラさんは家に帰ることができたともいえるでしょう。

あなたが大切にしている「役割」は何でしょうか? 失ってから初めて気づくことも多い「役割」。あなたの生きる力の源泉となるその大切なものを、じっくりと考えてみるのもいいのではないでしょうか。

そして、がんを抱えた人が「がん患者さん」という役割を被らなくてもいいコミュニティをどうやって持てるか、また社会の側もそういうコミュニティを作っていけるかが問われています。

がん患者さんという役割を被らないからといって、がんという病気を消したり忘れたりできるわけではありません(それは単にがんという病気をタブーにして見えないところに押し込めてしまうだけです)。

でも、人が人として生きる力を保っていくためには、がんという病気を抱える中でも多様な役割を演じることができるコミュニティの構築は重要な課題です。そしてそれはがんに限ったことではありません。

私たちひとりひとりが、多様な「役割」を演じることができ、それを守ることができる社会を作っていくことが、将来の自分を守ることにつながると考えています。

今回出版した『がんを抱えて、自分らしく生きたい』(PHP研究所)では、非標準治療への対応だけではなく、安楽死問題や希望とは何か、緩和ケアやがんとの共存などについて、患者さんの言葉と物語を中心に語っています。がんという病気を抱えた時、どのように医療を利用して、生きる力を奪われずに歩んでいけるか。よろしければご一読ください。

【西智弘(にし・ともひろ)】 川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター腫瘍内科医

2005年北海道大学卒。家庭医療を中心に初期研修後、緩和ケア・腫瘍内科の専門研修を受ける。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。一方で「暮らしの保健室」を運営する会社を起業し、院外に活動の場を広げている。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。著書に『緩和ケアの壁にぶつかったら読む本』(中外医学社)、『「残された時間」を告げるとき』(青海社)がある。