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死亡したゾウのはな子、なぜ壁を見ていたのか

漫画家・大島弓子さんも描いた背中

1949年に戦後始めて来日した国内最高齢のアジアゾウ「はな子」(69歳)が26日に死んだ。

(公財)東京動物園協会

「はな子」がいた東京都武蔵野市の井の頭自然文化園では27日にゾウ舎前に献花台が設置された。

あいにくの雨にもかかわらず親子連れや年配の女性までさまざまな世代の人たちが訪れ、花束や好物のりんごなど果物、養命酒を供え、手を合わせた。

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壁をずっと見ていることも多かった「はな子」

「はな子」は近年体調を崩していることが多く、ゾウ舎を訪れてもその姿を見せないこともあった。

また、現れても自身を見つめる人には顔を向けず、壁ばかりを見ていることもしばしばだった。

井の頭自然文化園を訪れることは近隣の幼稚園・保育園の遠足の定番となっており、ゾウの顔をひと目見たい子供たちは「はな子さん、こっち向いて~」と声を上げていた。

1947年にタイから来日して以来、ずっと一頭で過ごした「はな子」。壁を向く姿に、大人たちは孤独や寂しさを感じていた。

「はな子」が死んだあとには「いつも一人ぼっちで壁をみてた象のはな子」「壁の方をずっと向いてて、とても切ない後ろ姿だった」とSNS上に同情の声も寄せられた。

漫画家・大島弓子さんも描いた壁を見る「はな子」

井の頭自然文化園近くに住んでいた漫画家の大島弓子さんのエッセー漫画「サバの秋の夜長」にはセーラー服、おさげ姿の擬人化した「はな子」

(作中での呼び名はハナコさん)が何度も登場するが、その姿は寂しいものとして描かれている。

作品が描かれたのは1990年前半。そのころから「はな子」は壁を見ており、見るものに寂しさを感じさせていたようだ。「はな子」が死んだ26日、大島さんが描いた「はな子」を思い浮かべる人も多かった。

漫画家の大島弓子さんが、井之頭公園の辺りに住んでらして、実話マンガの中に何度か はな子さんが出てきました。擬人化され人の姿ですが、こんな風に描かれた当時から高齢で心を病んでたようです。せめて安らかに😢 #ゾウのはな子さん #大島弓子

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「はな子は人間が嫌いで壁を向いていたわけじゃないですよ」

はな子が壁を向いていた理由について、井の頭自然文化公園の職員はBuzzFeedの取材に「ゾウ舎の構造のためですよ」と明かした。

はな子がいたゾウ舎(TatsunoriTokushige/BuzzFeed)

はな子のいたゾウ舎は水はけのため、観覧側に向かって緩やかに傾斜している。

「構造的に、はな子が観覧客側を向くと前傾になってしまう。重心を取るために壁側を向く必要があるので、どうしてもお客さんにお尻を向けちゃう形になっちゃっていたんです」

はな子にとって、壁側を向くことは自然なことで、人に背を向けていたわけではなかったという。

愛されていた「はな子」

「殺人ゾウ」として鎖につながれた時期もあった。1956年にはゾウ舎に酔って侵入した男性を、1960年には飼育員の男性を踏んで死亡させる事故を起こしたからだ。

ストレスでやせ細り、人間不信に陥った「はな子」の鎖を解き、世話をしたのが飼育員の山川清蔵さん(故人)で、その様子や書籍やドラマ化もされている。

「はな子」が本当は何を考えていたのか。人間には推し量ることはできない。

ただ過去の写真、この日献花に訪れた人たちの表情を見れば、「はな子」が人間に愛されていたことだけは確かといえる。

吉祥寺駅の中央線の時刻掲示板にぞうのはな子さんの追悼のメッセージ流れてた🐘 #はな子 #天国でも幸せにね

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