【高校野球】東北勢103年越しの悲願、「白河の関越え」挑戦の歴史を振り返る

    ダルも雄星も成し遂げられなかった「白河の関越え」

    第100回全国高校野球選手権大会の準決勝が8月20日、阪神甲子園球場で行われ、金足農(秋田)が日大三(西東京)を2-1で破り、秋田県勢としては1915年の第1回大会以来となる、103年ぶりの決勝進出を決めた。

    秋田県はもともと甲子園人気が高い県。金足農の快進撃に、秋田朝日放送など地元のメディア、企業が勝利の瞬間にTwitter上で大はしゃぎする様子もネット上で大きな注目を浴びている。

    20日の勝利の瞬間には「秋田県庁」「アニメイト秋田」、秋田出身の歌手・高橋優などが喜びの声を上げた。

    #甲子園 #秋田県代表 #金足農業高校 #県勢として第1回大会以来の決勝進出 #おめでとう #秋田県が揺れている ㊗決勝進出!やったああああああああああああ🎉🎉

    うわああああああああ!!!!!!!勝ったああああああああああ!!!!!!!決勝進出おめでとおおおおおおおお!!!!!!!!!アキッタアアアアアアアアア!!!!!!! #金足農業 #甲子園

    盛り上がりは秋田だけには止まらない。

    東北6県は春、夏合わせて甲子園での優勝経験がなく、深紅の大優勝旗の「白河の関越え」は東北地方にとって悲願となっているからだ。

    このため岩手県の広報課も金足農業の決勝進出を祝福。

    #金足農業 祝!決勝進出!!! 第1回大会で秋田中が進出して以来、秋田県勢103年ぶりの決勝とのこと。 同じ東北の人間として、東北勢初の優勝を心から願っています。 #深紅の大優勝旗 を東北へ! 頑張れ!金足農業! #甲子園 #すんげな金足

    NHK福島放送局は「白河の関でお待ちしております」と優勝を期待した。

    金足農業高校、 決勝進出おめでとう!! 白河の関でお待ちしております。 #金足農業 #金農 #甲子園 #日大三高

    深紅の優勝旗を巡る東北の物語。改めて103年をかけて挑んでいる東北の挑戦を振り返る。

    秋田勢は103年前はサヨナラ負け

    今大会は100回を記念した大会だが、東北の戦いの歴史は第1回から始まる。

    1915年(大正4年)、朝日新聞社が主催した全国中等学校優勝野球大会(のちの全国高校野球選手権大会)には全10校が出場した。当時はまだ甲子園球場はなく、大阪・豊中球場で開催された。

    大会の決勝に進出したのは、優勝候補の京都二中(京都)と秋田中学(秋田)の2校。

    試合は延長戦となり、13回裏、秋田中の守備陣がもたつく間に京都二の走者が本塁に走り、サヨナラで決着した。

    大会史上初の決勝引き分け再試合

    第1回大会の敗退から、東北勢が決勝に進出するまで半世紀を要する。

    1969年の第51回大会、青森の三沢が決勝に進出し、愛媛の松山商と対戦した。

    この大会人気となったのが三沢のエース太田幸司。青森の県立校だった三沢を3回甲子園に導いた実力もさることながら、美青年ぶりで女性ファンも虜にした元祖「甲子園のアイドル」だ。

    決勝は、松山商のエース井上明との球史に残る投げ合いとなり、延長18回を終えて0-0で決着つかず、翌日再試合に。

    翌日も一人で投げ抜いた太田だったが、最後は力つき2-4で敗れた。

    「小さな大投手」も涙のむ

    東北勢で次に深紅の優勝旗に挑んだのは1971年、第53回大会の磐城(福島)だった。

    磐城は165cm、62kgの小柄な体格から「小さな大投手」と呼ばれた田村隆寿が初戦から3試合連続で完封し、無失点のまま決勝に進出した。

    決勝の対戦相手は桐蔭学園(神奈川)。田村は6回まで相手打線を封じたが、7回裏に1点を奪われ、これが決勝点に。磐城はわずか1失点ながら、準優勝に終わった。

    3度決勝進出の仙台育英も優勝旗には届かず

    宮城の名門・仙台育英は1989年夏、2001年春、2015年夏と3度決勝の舞台に立っている。

    平成最初の夏の甲子園となった1989年の第71回大会。仙台育英はのちにプロとなるエース大越基が快投を見せ、準々決勝では元木大介擁する優勝候補の上宮(大阪)に勝利した。

    決勝の帝京(東東京)との一戦ではこちらもプロに行く吉岡雄二との投げ合いに。ともに9回まで0点に抑えるも、10回表に大越が2点を奪われ破れた。

    2001年には東北勢として初めてセンバツ決勝に進出するも、常総学院に6-7で破れ、またも悲願はならず。

    2015年夏は佐藤世那、平沢大河とのちにプロにいく投打の柱の活躍で決勝に進出。しかし左の小笠原慎之介、右の吉田凌を擁した東海大相模に6ー10で敗退した。

    東北の前に立ちはだかった大阪桐蔭

    2011年夏、2012年の春、夏と3度連続で決勝進出し、優勝まであと一歩に迫ったのが青森の光星学院(現・八戸学院光星)だ。

    初の決勝となった2011年夏の大会では日大三(西東京)に0-11と完敗した。

    翌年、光星学院の前に立ちはだかったのは大型投手・藤浪晋太郎を擁する大阪桐蔭だった。

    光星学院は田村龍弘(現ロッテ)、北條史也(現阪神)の2人のスラッガーが中軸となり、県内では史上最強の呼び声も高かった。

    春のセンバツでは田村、北條のコンビで5安打2打点と結果を残すも、大阪桐蔭が打ち勝ち3-7で破れる。

    雪辱を期した第94回大会の選手権決勝は藤浪が圧巻のピッチング。光星学院は2安打14奪三振と抑え込まれ、優勝には届かなかった。

    プロで活躍する大エースでも届かなかった

    のちにプロの世界で活躍する東北のエースたちも、優勝までは届かなかった。

    2003年夏の甲子園、東北(宮城)は2年生エースのダルビッシュ有、そして「メガネッシュ」と呼ばれたサイドスロー投手の真壁賢守を擁して、決勝に進出する。

    しかし名将・木内幸男監督率いる常総学院の前に2-4で涙を呑んだ。

    2009年の春のセンバツ、花巻東を決勝まで導いたのは現在、西武ライオンズで活躍する左腕・菊池雄星。決勝までの失点はわずか2点という圧巻のピッチングだった。

    決勝の相手は現・広島の今村猛を擁する清峰(長崎)。今村は菊池を超える1失点で決勝まで勝ち進んでいた。

    注目を浴びた投手戦は期待通り、両チームのエースが好投。清峰は7回2死から先制。一方、花巻東は今村から得点を奪えず、0-1で惜敗した。

    11度目の正直はなるのか

    東北の決勝進出チームを振り返ると、中心となるエースの活躍により勝ち上がったパターンが多い。

    今大会の金足農も、5試合連続で完投しているエース吉田輝星の活躍に注目が集まっている。

    この103年で東北勢が決勝に挑戦した回数は11回。12度目となる金足農の挑戦で、悲願達成となるか。

    決勝は21日。相手はかつて東北勢の前に立ちはだかった大阪桐蔭だ。