東京女子流「アイドルとアーティスト」の呪縛の先に

    アイドルか、アーティストか。本質が変わらないのに、肩書で苦しんだ東京女子流。2月28日発売の新曲「ラストロマンス」で再スタートを切る。

    「お姫様になれなかった私達の、続きの話。」

    2月28日にリリースされる、東京女子流のシングル『ラストロマンス』のキャッチコピーだ。

    現在の女子流を表した言葉は、決してポジティブだけではない。けれど今の立ち位置を見つめ、その上で先に進もうという意思がある。

    デビュー8年目にして、リスタートを切る女子流の4人。その物語にはアイドルとアーティストの間に揺れた苦悩があった。

    2010年、東京女子流は結成された。当初のメンバーは5人。

    10代前半の子たちによる高いパフォーマンスと、専門家にも評価の高いディスコ、ファンクを取り入れたサウンド。ジャクソン5や、三浦大知が所属したFolderのような、未完成と完成が入り混じった独特の魅力があった。

    ピチカート・ファイブの小西康陽は2011年のインタビューで女子流の代表曲『ヒマワリと星屑』について「『I Belive in Miracle』を超えた曲ですよ!(笑)」とジャクソン・シスターズの名曲と並べ絶賛している。

    YouTubeでこの動画を見る

    youtube.com

    2012年、武道館ライブでの「ヒマワリと星屑」

    デビューから約3年後の2012年12月22日には初の日本武道館公演。平均年齢は15歳で「BABYMETAL」に抜かれるまで、女性グループの最年少記録だった。

    「与えられたことをやるので精一杯。衣装を着て、覚えて、歌って、ライブしてという毎日でした」(山邊未夢)

    2013年には2年連続となる日本武道館でのライブを開催。傍目には順調に見えた。

    女子流にとって呪縛となったのが、2015年1月に行った「アーティスト宣言」だった。

    もともとダンス&ボーカルユニットとして活動していたが、年齢やルックスからアイドルとして応援するファンも多かった。

    そんな中、可愛いからの卒業をうたい、アイドル雑誌への出演、そしてアイドルライブへの参加を辞めると発表した。

    「アーティスト宣言は、スタッフさんから最初に提案されました。私たちもまだあまり自分の意思を伝えない時でしたけど、最終的に自分たちもそれでいいとなりました。だから、誰がいいとか悪いとかではないです」(山邊)

    メンバーにとって大きかったのが曲の封印。アイドル色の強かった人気曲『おんなじキモチ』や『頑張って いつだって 信じてる』を宣言後、ライブで披露することはなくなった。

    「曲の封印が一番メンバーをざわつかせましたね。別に可愛らしい曲でも私たちの曲には変わりはない。その曲も含めて自分たちの歴史なので、歌っていきたいという気持ちは強かったです」(中江友梨)

    アーティスト宣言は、アイドルとして応援していたファンにとっては衝撃を与えた。Twitterには「俺たちにはライブに来るなって言ってるのか」との声も寄せられた。

    "音楽の良さを歌と踊りで伝えたい"という女子流の本質が変わったわけではない。理解してもらえず、イラ立ちはなかったのだろうか。

    「イラ立ちはなかったです。自分が同じことされても悲しいだろうなって思いました。女子流のスタイルは変えてないけど、ただ人って肩書でバンッと出されちゃうと壁を作られた気がして、応援してくれた方も寂しくなったのだと思う」(中江)

    アーティストとアイドルの肩書の違いはファンにとって想像以上に大きかった。

    「いろんな人が離れていくのはライブを見ていてもわかりました。最初宣言したころはみんな離れていってるとすごく感じて。やっていて苦しくて切ない気持ちになったんですけど、でも伝えたいものがあるから、そこは変わらずにやろうと思ってました」(山邊)

    アーティスト宣言には良い面もあった。

    例えば客層の変化。今まで女子流を知らなかった人たちが自分たちの音楽に触れ、他のアイドルにも興味を持った。女子流を通して、その人の音楽が広がっていくのが嬉しかった。

    スタッフに任せていたライブの構成やセットリスト、作詞など制作面にも関わるようになった。宣言後の2年は、自立したアーティストに成長するための時間ともいえる。

    ただ、アイドルイベントに出演しなかった2年間、多くの人の前でパフォーマンスする機会は確実に減った。

    「それは悲しかったです。より多くの人の目に触れる所にパフォーマンスをしにいきたいという気持ちがすごくあったし、メンバーも感じていました」(中江)

    転換点となったのは2017年4月。担当するスタッフの入れ替えがあり、改めて女子流を今後どうするかが話し合われた。4人はその際に自分たちの考えを伝えた。

    もっと自分たちの曲を大切にしたい。もっとライブがしたい。もっと女子流を見てもらいたい。

    2017年8月、女子流は3年ぶりにアイドルフェス『TOKYO IDOL FESTIVAL』(TIF)のステージに立っていた。

    事実上のアーティスト宣言撤回。TIFの参加は、メンバー4人で話した結論だった。

    「今後どうするかと話し合った時、TIFは初期から出させていただいていて、自分たちにとって大切な場所だったので。メンバー一致で出演したい、ライブに来てくれた人を楽しませたいとなりました」(庄司芽生)

    出演は2日間。1日目のステージでは封印していた『おんなじキモチ』『頑張って いつだって 信じてる』を披露。観客からは大きなどよめきが起こり、女子流がアイドルフェスに戻って来たことを印象づけた。

    そして2日目。野外のステージには前日の評判を聞きつけてか、多くのアイドルファンが集まる中「見てもらえるなら、ここだな」(中江)とアーティスト宣言後に出されたEDMナンバー『深海』を披露した。

    アイドル時代しか知らないファンにとっては耳慣れぬ曲。

    庄司によれば「自分たち的にはブーイングされちゃうんじゃないかというくらいの気持ちでした。でも、そこまでやってきた2年間もみんなに見て欲しかった」と覚悟を持っての選曲だったという。

    中江は曲を紹介する庄司の声が震えていたのをよく覚えているという。その不安、怖さは他のメンバーも同じだった。

    曲名を紹介した後に待っていたのはブーイングではなく、びっくりするくらいの歓声。

    「皆さんが温かく受け止めてくれて。私たち自身もその瞬間に緊張していたものが解けました」(新井ひとみ)

    ライブが終わると、4人の目からは涙があふれた。外では出待ちのファンから「お疲れ様」と声が飛び「ありがとうございます」と涙目で感謝を伝えた。

    「女子流を続けられてきてることって当たり前じゃない。だから、その可能性を、自分たち自身を信じて、もっと音楽を届けていきたいなとすごく思いました」(庄司)

    TIF2017 SMILE GARDEN ありがとう、 本当にありがとう。 来てくれた皆様にも、スタッフの皆様にも、感謝の気持ちでいっぱいです。 私たちはこの先も自分たちの音楽を届け続けます!これからもよろしくお願いします! #TIF #TGSJP #東京女子流 https://t.co/WbFmMxOpdh

    今、苦しんだアイドルとアーティストという肩書については、こう考える。

    「3年ぶりにTIFに戻ったら、アイドル界もガラッと変わっていて。以前は明るくて元気というのがアイドルの曲だと認識していたんですけど、今はロックとかも歌っている方もいる。今ってアイドルとアーティストの区切りはないんだろうなって思います」(新井)

    TIFのステージ後、女子流のライブにアイドルファンがまた戻ってきている。知人のアイドルイベント主催者からの話を聞いたのが、今回の取材のきっかけだった。

    「TIFの後、もう一度女子流の曲を聴いてみようかな。もう一度ライブに行ってみようかなと言ってくれる人も多くなったなと思います」(庄司)

    観客の数などすべてが以前のままとはいかない。けれど、戻って来たファンには、以前よりもレベルアップした女子流を見せたい。そして新曲『ラストロマンス』を通して、まだ知らない人に女子流を知ってほしいと思っている。

    新曲は新たなクリエイターを迎えての最初の曲で、女子流にとってリスタートとなる大事な作品だ。

    ポエトリーラッパーである春ねむりによる詞は、直に気持ちを伝えながらも毒っ気ある世界を描く。再スタートを切る曲が『ラストロマンス』というのもちょっと皮肉が効いている。

    山邊によれば『ラストロマンス』のPVにも変化があるという

    「今回は破壊と再生がテーマ。女子流って今まで廃墟とか暗闇とかで撮影することが多かったんですけど、再生はそこで止まってしまってはダメ。終盤は青い空と海をバックに歌っていて、新しく生まれ変わる意味も込められています」

    YouTubeでこの動画を見る

    youtube.com

    『ラストロマンス』のPV

    リスタートを切った女子流にとっての続きの物語。それは、もう一度日本武道館に立つことだ。

    「女子流の歴史でも記念となったあの場所で、もう一度、進化した女子流としてのパフォーマンスを見てもらいたい。今はそこに向かって、確実に一歩一歩頑張っているところです」(庄司)

    お姫様にはなれなかったし、ならなかった。その場所には、自分たちの意思でたどり着きたいから。