8月31日に公開される大根仁監督の最新作『SUNNY 強い気持ち・強い愛』は日本でもヒットした韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』のリメイク作だ。
女性たちの過去と現在の友情を描く今作。韓国版では1980年代後半が舞台だった主人公たちの青春時代を、日本版では1995年半ばに移し、コギャルブーム全盛期を描いている。

広瀬すず演じる「奈美」とともに過ごす女子高生グループ「サニー」のメンバーを演じた池田エライザ、山本舞香、富田望生の若手女優3人は20年前の文化をどう感じたのか。
『egg』創刊にも携わり、映画の監修を務めた米原康正さんとともに話を聞くと、ファッションにとどまらぬ、若者の現在の若者像が語られる思わぬ展開となった。


――映画では1995年ごろ、コギャル全盛期のファッションに身を包みました。コギャルの格好をしてみてどうでしたか。
山本:ちょっとルーズソックスには興味があったので、履けて良かったです。
ファッションはみんな個性的。個人個人が自分の似合う着こなしだったりをわかっているなと思いました。
池田:制服の着こなしとか、自分が何を好きかというプロフィールみたいなものですよね。
カーディガンを腰に巻くときはボタンを締めるとか、シャツを大きめにするとか、あの時代ならではのこだわりを感じるんですけど。なんでしょうね、エゴ丸出しな感じがすごくカワイらしかった。
富田:シャツの色もピンクが好きな子もいれば、真っ白な人、黄色で遊んでみる人、黒のかっこいいカーディガンの人やベストの人もいる。
それぞれ個性があるんだけど、でもグループである意味まとまっているというのが、面白いと思いました。
今の時代、一人の子が持ったら「あたしも持ちたい」となると思うんですけど、そうなるよりも「私はこれが好き」と自分が好きなものがあって。衣装合わせの段階から、みんなで話しながらやってました。

山本:アクセサリーも可愛かったです。ジャイロ、シャネル、グッチ。
池田:ちょっと小さいハイブランドのバックを持っているところが可愛いですね。
米原:最初、映画でどの段階の女子高生を扱うか大根くん(仁、今作の監督)と話し合って、そこはコギャルが生まれたばかりの時期、1995~1997年にしようとなった。
その頃のギャルは自分たちで好きなことをいろいろ創作していた夢のような時代で。
でもその後の子はルーズソックスを履くならこのブランドとか、前の世代の目立った人の恰好を真似するようになっちゃうんですよ。
――映画では学校の上履きにもブランド名の落書きしてました。

池田:それは中学生の時にやってたなあ(笑)。ポスカで書いちゃって、上靴洗ったら…。
山本:うわっ、最悪。
池田:上履きは洗いたい。でもポスカだから、葛藤して。洗ったら薄水色みたいになって、めっちゃ怒られて。
山本:逆にオシャレじゃない。
池田:まあね。でも薄水色のマーブル履いてさ。結局、自分で買い直しましたね。


――ギャルの代表的な格好といえばルーズソックスですが、履いた感触はどうでしたか。
エライザ:ソックタッチを持ち歩くとか、愛がないとできないなと思いますね。撮影が冬だったからあったかかったですね。中にカイロを入れたり。
山本:ただミニスカートで足が出てるから、どの道寒いんですよ。なんかね、途中から麻痺してました。逆に寒いとか感じなくなって。
池田:アドレナリンみたいなのが出てた。
山本:そうそう(笑)。
米原:もともとコギャルって言葉だったり、『egg』も知らないでしょ?
山本:『ranzuki』『egg』とかは一応知ってました。黒い人というイメージ。
池田:『Popteen』がJKみたいなイメージ。コギャルって言葉自体使ってない。アムラーの方が逆に耳馴染みがありました。
――撮影現場にも過去の『egg』がたくさん置いてあって、出演者の方も休憩中に読んでいたそうですが、面白かった部分はどのへんですか?

山本:この人が出れるんだと思った。
池田:パンツを見せている写真が多いですよね。あと変顔。チルしている状態ですよね、しゃがみ込むっていう。全部禁じられたことなんで、私たちの世代は。
米原:95〜97年はみんなにミニスカートをはいて、パンツを当たり前に見せてた。それをおじさんが見てると「何見てんだ」って怒ってたけど、97年以降はみんな隠し出すんだよね。
「だったら、はかなきゃいいじゃん」って、逆に突っ込まれる風になって。
第一世代がせっかく「パンツを見る方が悪い」という価値観を与えたのに、その恰好をして見ちゃいやーんとなると、それを見た下の世代やメディアが意味を変えていっちゃう。
池田:メディアがそうなんですよね。勝手にあれこれ訂正しようとする。
米原:外国の女の子たちが普通にミニスカートをはいて、パンツを見せるじゃん。それと同じだったんですよ、最初は。
でもおっさんの「見苦しい」という価値観に合わせて、階段を上っても、だんだんミニスカートを隠すようになる。そこが悲しくてね。


――当時のコギャルの自由度って、羨ましかったりしますか。
山本:なんだろう。この環境で育ってきてるから。その時代に生まれてたら、私だって全然パンツは見せられるし、見たきゃ見ればいいじゃんと思うかもしれないけど。今の環境だと…。
その時代に生まれてみたかったなってちょっと思うけど。大人の環境を変える力ってすごいなって思いますね。
池田:どうしても私たちの世代って飛び方を知らない。けど陸地は安全。飛んだ先は怖いみたいな考えがあると思う。
羨望。羨ましいなとは飛ばない、飛べないから思うこと。自分がそれになる気がないから言えることだなって思います。

米原:95年のギャルたちってメディアはどうでもよくって、逆にメディア側が近づいていかないとこの子たちの価値観が分からない、取材できないというすごい逆転現象が起きてた。今でいうSNSの子たちみたいに。
――あの頃のギャルたちは自分たちで自分たちの時代を作っている、世界の中心という感覚はあったと思うのですが、逆にいうと今の時代はないですか?
池田:どうだろう...。
山本:芸能界って純粋なイメージあります。表に出る人はちゃんとしなきゃっていう。だから、ちょっとやだ(笑)。
池田:昔、安室ちゃんの『うたばん』や『HEY!HEY!HEY!』でのやり取りとかすごく楽しそうじゃないですか。自由というか。
――学校でのアレンジの楽しみ方とかはどう思いました。他校のカバンとかを持ったりする。

池田:楽しいだろうし、そのために一生懸命お金を集めるんだろうなと思います。
米原:最初はカスタム。お金をかけなくても工夫でできてたけど、いつの間にか書き換えられて、お金を出した人がいい気分ができるように変わっていく。
コギャルが発明したものを、おじさんたちがちゃんとしてお金を取る。お金がなくてできたことが、お金がないとできないようにする。そういう作業で97年以降、女子高生たちの羽根がもがれていく。
あの頃ってガールズブラボーだから、男がいないの。全部女の子。女の子が集まって、女の子だけで交際して、女の子だけで笑ってるって感じがすごくする。

――そうした女の子だけの空気感って演じていて感じましたか?
池田・山本・富田:男子いらない!
富田:撮影のときは、一切恋愛のこと考えなかったです。かっこいい男子よりもって感じで。
池田:恋愛してもネタになっちゃう感じ。それこそ、奈美の顔が赤くなったら総いじられする。
――今はそういう空気感ではないんですか?
池田:受け継がれてはいるけど「恋バナ」という言葉はものすごく馴染んでいる世代だと思うので。やたら「恋バナ」する世代だと思う。


――映画で演じた20年前に生まれていたら、何をしたいですか。
山本:遊び回りたいかな。
米原:今、遊んでないの?
山本:遊んでないですよ。引きこもりですよ。
池田:みんなで写真を撮って『egg』に投稿したいよね。
山本:したい! もはやこういうインスタントカメラで撮る写真がオシャレだからね。

米原:このコーナーは俺が担当してたんだけど、『変顔』って最初にタイトルつけたのは僕で。
山本:そうなんですか。
米原:もともとヒップホップは小沢(健二)くんとかスチャダラパーとか文化系の子達で、『egg』に出るような子、体育会系と呼んでたけど、そういう109に来る子と渋谷系は全く別物だった。
109でスナップ撮影する時に、ポーズとかわからないじゃん。「米ちゃん、どうしたらいい」って聞かれて、じゃあヒップホップのイエーってポーズやってみればと言ったのが、eggポーズの始まり。そこから顔を小さく見えるようにするために、今の形になった。

富田:実際に撮影中はみんなでインスタントカメラで撮っていて、アルバムにして楽しかったです。
山本:現像するまで見えないじゃないですか。それがいいんですよね。
――当時の方が大変そうなことってありますか?
山本:大変なことなんてなかったんじゃない。
池田:携帯もガラケーで事足りているからね。ある程度連絡がついて、会っちゃえば楽しい。大変なこと、なんだろう。
山本:全てを楽しいに変えてたんじゃない。辛いんじゃなくて。

――今は逆ですか。
山本:辛いこといっぱいあるもん。大人は厳しすぎるから。
池田:コギャルは家出とかしたりするけど、親はどんな感じだったんですか。
米原:ヤンキーか全共闘の世代だったりする。先生とか頭のいい家庭のコギャルはすっげえ悪かったりする。
逆に不良に見えるコギャルは親と会話があるんだけど、一方頭の良いほうは断絶がある。
池田:今の子の親世代は、自分がやれなかったことを娘たちにやってほしいという教育を受けている子がもしかしたら多いのかも。
家庭にもよると思うんですけど、いろいろ環境が整えられてきて、すごく守られて育っているからこそ世間の目が厳しい気がする。

――今でも楽しいことはあるわけですよね。
池田:まあ。でも「さとり世代」って言われてますからね。
米原:SNSで言いたいこと言えるようで、言えない感じなの?
山本:言いますよ、私は。思うことを。
富田:私、撮影中SNSやりたくなくなりました。何をつぶやいても、何を求められてるんだろうと思って。顔の見えない文字の中で。
面と向かって話す時間を皆さんと過ごしていたので、自然とSNSを更新するのを戸惑っていた時期がありました。直接みんなと過ごす時間をすごく大切に感じてました。

――現場は楽しかったですか?
池田:楽しかったと言うほど単純じゃなくて。それぞれ一女優として集まっているわけですし。自分はこうしたい、こうでありたいという正義をもってやっている。
それぞれに課題はある中で、それぞれがそこを超えていこうとする。その入り混じっていく感じ、整理されていく感じはすごく楽しかった。
素晴らしいものが見れた現場だなと私は思いました。

山本:楽しかったですね。でもつらかった、苦しかったその時期。思い出すだけでも苦しくなる。
自分の役的にもメンタル的にも苦しかったけど「サニー」のメンバーに助けられたのはあるし、あのテンションの高さ。何でもできると思いましたよ。
――苦しかったのは、原因はあるんですか?
山本:わかんないです。仕事が単純に嫌になる時期が定期的にくるんです。でも、みんなといるとなくなっていく。話したり、お芝居していると忘れられる。
池田:私、超聞いた。
山本:お互いにね。話してたもんね。

――「サニー」の6人の中で、米原さんから見て一番当時のコギャルっぽかったのは誰でしたか?
米原:どうだろう。女の子の質は当時から全然変わっていないと思っていて。時代背景が女の子たちの性格を変えていく。あの状況になったから6人みんなギャル的なものになったんだろうなと感じていて、見ていて面白かったです。だから誰と言うのはないです。
実は映画を観た時、最初の場面から泣いていて(笑)。
池田・山本・富田:えーっ。
米原:なんか思い出しちゃって。声出して泣かないようにして、やばかった。最初の学校のシーンから。嗚咽しそうだったもん(笑)。

池田:ぶっちゃけ、うちらが宣伝しなくてもみんな見るんじゃないかというくらい、いい映画な気がする(笑)。
ギャルはカッコいいですよね。ぐんぐん前に進んでいく感じが。
米原:大根くんと話したのは、韓国版は1980年代、政治闘争の中で女の人のあり方が変わった。日本で当てはめたとき、1970〜80年代の学生闘争では変わらなかったけど、コギャルっていうので日本の女の子の形が完全に変わったよね、というところから始まってる。
大人に寄せるのではなく、自分たちのありのままでいいという女の子の在り方があそこで原型ができたという話をしていて、みんなの演技はその通りだなと思わせる演技をしていたと思います。
池田・山本・富田:イエーイ!