現在公開中の映画「パンク侍、斬られて候」。町田康の原作小説を、「狂い咲きサンダーロード」「爆裂都市 BURST CITY」などで知られる石井岳龍監督が映画化したぶっ飛んだ作品だ。

主流の製作委員会方式ではなくdTVの一社提供。売れ線とは一線を隠す、個性的な制作陣、キャストの裏にある熱量とは。本作のプロデューサーであるエイベックス通信放送・伊藤和宏さんに話を聞いた。
製作委員会方式では「お金が集まらなかった」

――『パンク侍、斬られて候』ですが、もともと映画化ありきではなく、dTVのオリジナルコンテンツとして製作したと聞きました。
3年前にNetflixやAmazonプライムがやってきて、今までと同じことをやっていたのでは黒船に駆逐されるんじゃないかという思いがありました。
その黒船に負けないコンテンツを自前で作りたいと立ち上げた企画が『パンク侍、斬られて候』です。
当初はdTVで配信するコンテンツだったんですが、キャストがあらかた決まった段階で「これって映画としてやったらどうなるんだろうか?」と思ったんです。
dTVで一番観られているのは二次コンテンツであるヒットした映画。自分たちで作れば独占配信権を得るのに他社と競わなくてもいい。
配信のコンテンツだと自分たちで広告を打たないとなかなか広がっていかないが、映画だとメディアにも取り上げられやすいということもありました。

――今作はdTV一社での製作です。通常のように製作委員会を通したら、今回の映画はできなかったのでしょうか。
映画化となったとき、製作委員会を作った方がいいと話も出ました。
でも製作委員会ではお金が集まらなかったし、成立しなかったと思います。
まず今のトレンドにハマるものがない(笑)。100万部に届くようなヒット原作でもないですし。
キャストも若手のイケメン揃いというわけでもないし、分かりやすい恋愛要素や感動があるわけでもない。
今回の映画は、変にトレンドを追わず、新しいエンターテインメントを提案したいという思いでやってます。
普通だったら迷うけれど、アイディアをどんどん出して、どんどん進んで行く。それが熱になって見えてくる。
普通に「殺すぞ」「明日、現場行かない」とか脅された

――豪華なキャストが集まり、活気があった現場と聞いていますが、役者陣からはどんな反応がありましたか。
役者さんからは自分たちが今まで培ったものが出せる、と声が上がりました。
監督は現場で初めから「これはしないでください」とは言わないんですよ。役者の意見を汲んで、なおかつ提案する。
作品自体どうなるか予想しにくいけれど、現場は凄く熱がありました。
今回でいうと監督と初めて仕事する一人に北川景子さんがいます。

あまり作家性の強い作品には出ないイメージですけど、今までそうしたオファーがなかっただけで、石井組に呼ばれて凄く楽しかったそうで「今まで自分のやってきた演技が評価されたのかな」と言っていました。
振り切ってやった演技が気持ち良かったみたいで「こういうのがやりたかった。この現場に呼ばれたのは凄く嬉しいです」と話していました。
――プロデューサーとして苦労したことはありますか?
参加してくれた全員が一流のアーティストであり職人の集まりなので、例えばですが、ある物を左に1センチだけ動かしてくださいというと「何で動かさなくっちゃいけないの。俺はこれが最高だと思ってる」となる。
当たり前のことではあるのですが、メチャクチャ怒るんです。

俳優の方に「すいません、10分待ってもらえませんか」と伝えると「何で10分待つの。俺、今できるんだけど。段取りって言うけど、そもそも役者のテンションが一番いい時に撮るのが段取りじゃないの」と返されて、全くおっしゃる通りと(笑)。
こうしたやり取りがずっとだったので、大変は大変ですけど、こういう部分を適当に流すと何も生まれない。こだわりがないものを作ってもしょうがない。
映画以外にもこれだけいろんな娯楽がある中、一生懸命やってないものからは何も生まれない。逆に一生懸命やっていると心を打つ。
YouTuberだって技術は拙いかもしれないけど、一生懸命やっているから凄く心を打つし、逆に芸能人のYouTubeって必死さがないから、心を打たない。
結局、技術だけじゃない。熱があること。とにかく熱をいっぱい入れて、形にしたら、賛否両論あるけど面白いものが生まれるんじゃないかと思う。
だから、大変でしたけど、プロデューサーとしては一生懸命やったつもりです。
普通に「殺すぞ」「明日、現場行かない」とか脅されたりしてたんですけど(笑)。
忘れていた「愚直」にやることのカッコよさ

――熱量、愚直というキーワードが出ましたが「パンク侍、斬られて候」製作のきっかけにもそうした思いはあったんですか?
僕は9年間、dTVでひたすらオリジナルコンテンツを作っていて、バラエティー番組を観るのも好きで、バラエティーばかり作っている時期があったんです。
映画と違って、バラエティーは見る人が100%理解できるものじゃなきゃだめ。
徹底的に分かりやすく、ベタでもいいから琴線に触れる。そういうテクニックで視聴者の反応を引き出すのはうまくなりました。
テクニックが身につくと手が抜けるようになって、現場に行かなくても会議に出なくても結果が出る。すると、すごくいっぱい色々やってるのに暇に、楽になるんです。

そんな時に、監督の『ソレダケ/ that’s it』を見ました。
60歳を迎える監督が、最初に会った20年前と全く同じ、自主映画に近い熱量の作品を撮ってる。
自分がダサいことをやっていたので、愚直にやるのってカッコイイと思った。
忘れていた気持ち、もともと一緒にやりたいと思った監督と映画を作りたいと思ったんです。
――石井監督とは以前からのお知り合いなんですね。
僕が映画の仕事をするきっかけです。
20年前、サラリーマンをしている頃に映画祭で監督と知り合って。
25歳の映画の業界にもいない人間の「いつかプロデューサーになったら、監督やってくれますか」と冗談みたいな問いに「全然やるよ」と返してくれて、嬉しくなって会社を辞めて映画の世界に入った。
だから、あの時の約束を守ろうじゃないですけど、原点回帰。
この仕事なら監督にとって普段以上の予算でできるし、そこに僕が今まで培ったエンタメ性を足したら面白いものができる。そう思って作った作品です。

――仕事が終わった時、監督から何か言葉とかはあったんでしょうか。
クランクインまでに、映画がこのままだとできないということが4、5回はあったし、監督自身にも3回くらい「やらない」と言われた(苦笑)。
だからクランクインの際にはがっちり握手しました。でも、そのあとはないですね(笑)。
お互いどのタイミングで肩を抱き合って、泣き合えばいいのかわからないというか。映画の公開初日も舞台挨拶が終わってご飯を一緒に食べて雰囲気を作ったけど、全然なかったですね(笑)。

――今回は熱量が込めたものができたと思いますが、今後のものづくりについてはどうしていきたいですか。
応援したいサービスってあると思うんです。例えば、テレビ東京ってお金がなくても、面白さに本気になって試行錯誤して、その積み重ねで愛すべきテレビ局になっている。
dTVは配信サービスなので、月500円払ってもらえば、サービスは長く続くし、また違った面白いものに投資できる。
だから、今回の映画は嫌いになっても、dTVは嫌いにならないでください(笑)。
配信サービスで提供するコンテンツが各社、どうしても似てくる。その中で「同じものをやっているならdTVがいいよね」という存在になれたら、ありがたいです。