書店員を中心とした各界の漫画好き選考員が選ぶ「マンガ大賞2019」の大賞に選ばれた篠原健太さんの『彼方のアストラ』。
マンガアプリ「少年ジャンプ+」で連載された作品で、ウェブ漫画からの史上初の大賞作だ。
『彼方のアストラ』は、同賞以外にも「このマンガがすごい!2019」オトコ編で3位に入る評価の高い作品だが、実は売れたのは連載が終わったあとだった。
作品は連載中からジャンプ+のアプリ上で上位の人気を得ていたが、コミックスの売り上げにはなかなか反映されなかった。
多彩な魅力が見えなくしたアピールポイント
作品は宇宙旅行が当たり前となった時代。別の惑星にあるキャンプ地で謎の球体にのみ込まれ、生まれ故郷から5千光年離れた宇宙に飛ばされた9人の高校生たちが、助け合いながら故郷への帰還を目指す物語だ。
SFであり、サバイバルものであり、少年少女たちがそれぞれの人生の道を見つける成長譚であり、球体の正体など数々の謎を解くミステリー。キャラも可愛く、ギャグも入る。
優れたエンターテイメント作品がそうであるように、『彼方のアストラ』も多くの要素を見事に一つの作品に昇華している。しかも全5巻という短い巻数の中で、だ。
しかし多彩な魅力を持つことが、アピールポイントを見えづらくすることもある。
『彼方のアストラ』は当初から"SFサバイバルストーリー"と銘打つなど、SF色を全面に打ち出したが、連載中はSFファンへ広くリーチすることができなかった。
光が見えたのは連載開始から1年半が経った2017年7月。
公開された連載37話で、タイトルの真意が明らかになる展開がSNS上で大きな話題となり、Twitterトレンド入りを果たした。
口コミ効果は、翌8月に発売された4巻の売り上げに好影響を与えた。
「ネット上で大きな反響を得たことで、電子版の売り上げが大きく伸びました。その影響は紙のコミックスにも遅れて跳ね返り、4巻発売以降、既刊の売り上げも徐々に良くなっていきました」(集英社デジタル事業部担当者)
作品の伏線部分が話題となったことで、デジタル事業部では2018年2月に発売された最終5巻である策を取る。
SFなど他の要素を一旦捨て、ミステリーとして作品を推したのだ。
「4巻の反響もありましたし、部署内の人間から『アストラ』がミステリー好きの間で話題になっているとの話も聞きました。であれば、ミステリーを好きな層に作品の魅力が伝わるような取り組みをしようとなりました」
阿津川辰海、大森望、陳浩基などミステリー作家や評論家に推薦コメントをもらい、PRサイトにはミステリーに造詣が深い作家による座談会を掲載した。
「漫画としてはかなり珍しい売り方で、1〜4巻と5巻の帯ではテイストが違うと思います(笑)。座談会ではネタバレ含みで思いっきり語っていただき、ページを作成する際に"座談会の内容そのままバージョン"と"ネタバレ個所を墨で消したバージョン"の2パターンを用意してアップしました」(デジタル事業部担当者)
2パターン作ったことは、結果としてサイトの1つの仕掛けとなり、SNS上の話題作りにひと役買った。
"ミステリー推し"の効果は絶大で、5巻の売り上げは飛躍的に伸びた。
ミステリー推しのPRの効果に加え、4巻時点で作品の魅力に気づいた人が積極的にSNSで情報を拡散。そこを起点にさらに読者が広がった。
「おかげさまで5巻発売時の売り上げは4巻発売時と比べて2倍と飛躍的に伸びました。電子版だけでなく紙のコミックスの売り上げにもはね返り、コミックスは全巻重版がかかりました」(デジタル事業部担当者)
その後、大きな施策は打たなかったが、2018年8月に試し読みキャンペーンを行うと、これまで以上に電子版の売り上げにつながった。作品の認知ベースが上がったのだ。
2018年12月には『このマンガがすごい!』で3位となり、再び売り上げも伸びた。そして2月、マンガ大賞も受賞する。
「連載終了後も定期的に話題に恵まれたのも良かったです。『このマンガがすごい!』『マンガ大賞』と作品賞にも入賞し、2月にはアニメ化も発表されました。2017年末の完結のタイミングでは、アニメはそこまで具体的な話はなかったと記憶しています。完結時に高まった熱が、それら受賞やアニメ化の動きにつながっていったんだと思います」(デジタル事業部担当者)
毎年数多くのマンガが生み出されていく中、脚光を浴びる作品はほんの一握りだ。
『彼方のアストラ』の場合、読めば誰もが面白いとうなる優れた作品であるというベースの上に、ファンによる口コミ、ターゲットを絞ったPRが重なり、成功へと着地した。