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Updated on 2019年1月23日. Posted on 2019年1月18日

医者の家族がインフルエンザにかかったら エビデンスと情の戦い

我が家のインフルエンザ騒動をご紹介します

末っ子の発熱から始まった騒動

仕事中に普段見慣れない電話番号から着信がありました。電話に出てみると末っ子の通う小学校の先生からでした。

「息子さんが午前中に発熱し、体温が38度を超えています。今、保健室で休んでいます。お母さんかお父さんが迎えに来て下さい」

Takuya Shinjo

ソファで寝ている息子と我が家の娘、あん

ああ、この冬もとうとうインフルエンザウイルスが、我が家に襲来するのかとがっかりしてしまいました。穏やかな天気が続いた正月が過ぎ、1月2週目に入り、僕が住む神戸でもインフルエンザの流行が本格的になりました。

僕は、自分のクリニックだけでなく、週に3回神戸の総合病院でも勤務しています。インフルエンザが流行し始めると、病院の雰囲気が忙しくなるのでよく分かります。

また、地元の医師会からは、今どのような感染症が流行しているのかニュースが毎週届きます。流行の時期を自分なりに占い、そして、毎年子供に嫌がられながらも、インフルエンザのワクチンを本格的な流行の1ヶ月前くらいに注射しました。備えは万全のはずでした。

インフルエンザ予防法のエビデンスは?

普通の人からは、「医者は病気にならない」とか、「医者の家族は病気になっても直ぐに治してもらえる」と思われている節がありますが、全くそのようなことはありません。どんな病気であっても、全て公平に容赦なく襲ってきます。

「風邪をひかないように」とか、「体調に気を付けて」とか、僕もよく皆さんに声をかけます。でも、どう考えても、科学とエビデンス(研究の結果で確かなこと)を駆使しても、風邪を予防する方法なんて余りないのです。その中で唯一効果が確かめられているのは、インフルエンザワクチンです。

きちんと手洗いすれば予防効果はありそうですが、マスクはほぼ無力です

Kieferpix / Getty Images

手洗いはきちんとすればインフルエンザ予防に役立つかもしれないが......

また、乳酸菌の販売に意欲的なキリンが自ら研究した結果を論文として発表した、乳酸菌(JCM5805)には、実際にヒトでインフルエンザの予防効果があると報告されています。

本当に効果があるのか利害関係のない人が、公平に調べた研究ではありません。

「効いてくれるはず」いや「効いてくれないと困る(だって自社製品が売れなくなるから)」と思っている人の研究の結果は、内心(なるほどこういう研究もあるのだ)という見方をしなくてはなりません。

つまり、実際にインフルエンザの予防になっているかはまだ十分に確証がありません。ましてや、コンビニやスーパーに売っている、あれやこれやは検証もされていません。

確かに副作用がないなら、何をしたって良いではないか、自分と自分の家族には何をしたって自分の責任で勝手ではないかという声が聞こえてきそうです。

しかし、自分の経験から、医学的な知識がきちんとある人に相談できない人ほど、根拠のないサプリメントや治療法に絡め取られてしまう、その結果、下手すれば病気を悪化させてしまう患者の悲劇を何度も目撃してきました。

確実な予防法は「引きこもり誰とも接触しないこと」だが......

でも、どうやって医学的な知識がきちんとある人に相談したら良いのか。実はそのために診察があるのです。診察の基本は症状を聞くことと、患者の考えを聞くことです。薬を処方することではありません。

ところで、昔から「体を冷やすと風邪をひく」と言いますが、体を冷やした人が、なぜウイルス感染の機会が高まるのか科学的には分かりません。

気温が下がり空気が乾燥するとインフルエンザを含めた風邪の患者は増えますが、実際はいくつかの仮説はありますが、どうして流行する季節があるのかよく分かっていません。当たり前の事でも、意外と科学では分からないことだらけなのです。

もう一つの確実なインフルエンザの予防法があります。家で引きこもり誰とも接触しないことです。

子供を感染の機会が多い場所、学校に行かせないことが一番有効なインフルエンザの予防方法なのです(もちろんそんなことはできませんが)。

冬の病院、特に小児科はインフルエンザの子供達であふれかえっています。あの中が一番感染の機会が多いのではと思います。また診察する医者も自分が感染するのを防ぐのに必死です。というより、病院で勤務する限り半ば無理と諦めていました。

僕が診察のためいつも往診する高齢者の方は、インフルエンザの患者があふれる病院通いもせず、人の集まるスーパーにも滅多に買い物に行かないため、インフルエンザに罹りにくい生活をしています。

そして、僕も病院勤めを辞めて、開業してからはインフルエンザに罹ることなく6年が過ぎました。でも本当は、不顕性感染といって症状もなく、自分の知らない間にインフルエンザ罹っていたこともあるのかもしれません。

我が家の場合、現代医学の力で万全に備えたつもりでも今年のインフルエンザウイルスには全く無力でした。子供は、クラスで流行しているインフルエンザをあっさりともらってしまいました。

妻の要求と医者としての受け答え

そして、いつものように妻から連絡がありました。僕は電話で話すと不機嫌になる悪い癖があるので、いつも大切な用事はメッセージで届きます。

「薬持って帰って」

「あと、インフルエンザの検査してやってな」

さて、最近の報道やネット情報で、抗インフルエンザ薬(タミフル、リレンザ、イナビル、ゾフルーザ)が、日本で突出して多く処方されていることが示されています。

この抗インフルエンザ薬を服用しても、せいぜい1日(成人0.6〜0.7日、小児1日)発熱する日を減らせるくらいの効果しかなく、値段が高い上に、今後抗インフルエンザ薬の耐性、つまり今は効いても今後薬が効かなくなる強力なインフルエンザウイルスになってしまう危険があるのではとも言われています

医者としての僕は、こういう記事や研究を読むと、目の前の患者だけではなく、もっとこの地域の市民全体のことを考えなくては、国の医療費の増大を防がなくてはと、簡単に感化されてしまいます。「そうだ、元々元気な人は家でおとなしく寝ていればいいんだ」と。

元々は、健康な人で高熱で喉の痛みがあり、関節痛があると言って診療に来られる人には、型通りの診療を繰り返していました。

「ではまず、インフルエンザの検査をしましょう。鼻からこの検査の棒をいれます。痛いですけど直ぐ終わりますから頑張って」「さて、検査の結果インフルエンザAと分かりました。このインフルエンザの薬を5日間続けて服用して下さい。それではお大事に」

Kerkez / Getty Images

インフルエンザの検査もするべきか、しなくてもよいか?

しかし、薬の使いすぎがよく言われるようになった最近では、次のように診療して、帰宅させてしまうこともあります。

「あなたは、多分インフルエンザでしょう。でも元々元気な人だから、インフルエンザの薬は要りません。早く家に帰って休んで下さい。解熱薬は処方しましょう」

でも医者としては、薬を処方しないことの方が、薬を処方するよりもずっと大変です。まず、患者は納得して帰ってくれるとは限りません。

時には、「インフルエンザの薬をもらいにここに来たんだ」と、露骨に不愉快な口調になる人もいます。その気持ちも分かる気がします。発熱し、つらい体で長い時間待たされて、わずかな時間で診察が終わってしまって満足できるとは思えません。医者と話せただけで満足、直接助言をもらえただけで納得なんて人はいません。

今はネットでも親同士でも情報のやりとりがかなり高度で、医者の話なんて最初から期待していませんし、僕もそれほど有り難い話はできません。僕が診察しただけで、パワーとか波動が患者に伝わり、驚くほどインフルエンザが治るというほど、特別な力は残念ながらありません。

エビデンスと親心に引き裂かれて......

妻のメッセージには、続きがありました。

「最近飲み薬でいいのができたんやろ」

恐るべし、母親情報。確かにゾフルーザという、1回だけ服用するだけでよいという新薬が2018年3月から使えるようになりました。「新しいものはよく効く」と思うのも当然でしょう。

「今までの抗インフルエンザ薬と比べて、特に効果が良いということもない」などと専門家のしたり顔をしようものなら、家族中の反感を買うでしょう。

「日本では抗インフルエンザ薬を使いすぎだ。これでは近い将来薬が効かなくなり、日本国民が深刻な不利益を被る」などと家庭内で公衆衛生の説教を始めようものなら、日本国民以前に、我が夫婦仲に深刻な不利益を被るでしょう。

「元々元気な人には抗インフルエンザ薬は必要ない。せいぜい発熱を1日早く治せる程度、1日余分に寝ていたら良い」などと声高に宣言しようものなら、高熱に苦しむ我が子と元気なときの姿との余りの違いに、自分自身が自己嫌悪に陥ってしまうでしょう。

帰宅までの間、僕の中では、医者としてエビデンスを重視する理性と、父親として子供を案ずるプライベートな本能の葛藤で引き裂かれてしまいました。

Artisteer / Getty Images

エビデンスと親としての情と、どちらが勝つか

理性と本能が戦ったときは、必ず本能が勝利するのです。医者である僕よりも、父親である僕がやはり前に立つのです。

そして、結局抗インフルエンザ薬を自費で購入して持ち帰りました。補足すると、僕の健康保険は医者国保なので、自分も自分の家族も保険診療することはできず、処方箋を書くこともできないのです。というわけで、健康保険を使わず、10割負担でイナビル吸入薬を持ち帰ることにしたのでした。

エビデンスを重視する僕の理性は、まだ研究が不足している新薬のゾフルーザではなく、今まで使い慣れたイナビル吸入薬を選ぶことを主張しました。いや、ちょっとだけ妻に反抗したかったという夫の本能なのかもしれませんが。

さらには、「インフルエンザに罹っている暇は(開業医である)僕にはない。僕がインフルエンザになると誰も代わりに働いてはくれない」と、毎日運動して至って健康な自分もちゃっかり予防投与することにしました。こうなると、エビデンスも何もあったものではありません。

結局、家族全員分の抗インフルエンザ薬を持ち帰ることに

抗インフルエンザ薬の予防投与は、副作用もありますが、一定の効果があることが報告されています。しかし、濃厚接触する家族内なら7人に1人、一般的には33人から50人に1人くらいは予防できる程度の効果しかありません。

ただし僕のように病弱な方と接する機会が多い医療者は予防投与をしてもよいと言われています。でも、毎日のようにインフルエンザの患者と接する医者は一体いつまで予防投与を続けたら良いのでしょうか。本来は、妻や他の子供達には予防投与の必要はありません。

しかし、自分だけ予防服用することにしては、妻にも他の息子達からも「いや、自分たちも十分インフルエンザに罹っている暇もないほど忙しいっす」と言われることは間違いない。つまらない諍いをするよりも、「5人分持って帰ろう。使わなければ使わないで、置いておけば良いのだから」と変に自分を納得させて家に帰りました。

真っ赤な顔をして、高熱でぐったりし、全く食事もできない子供をみて、相当胸が痛みました。「たかがインフルエンザ、毎年のこと」と言ったところで、何の慰めにもならない。

そして、こんなつらそうなのに、「痛い痛いインフルエンザの検査なんてしなくてよい。検査が陽性でも陰性でも結局治療は変わらないんだから」と豪語し子供を喜ばせたのです。

インフルエンザの検査は、流行時期にあり、感染の機会があり、臨床症状(発熱、咽頭痛、関節痛などなど)が揃っていれば、必要ありません。

しかもインフルエンザにかかっていても最初の24時間は陰性になることもある(偽陰性)ことは、母親情報でもよく知られていますが、実は、いつ検査しても感度は50〜60%で、サイコロの丁半と同じといったところ。陰性でも陽性でも結果がどちらでも、結局治療は変わりません。インフルエンザだろうと分かっている病弱ではない人に検査は必要ないとされています。

インフルエンザの検査をするにあたって、「まだ今は早い。明日また病院に来て検査するから」とか、「検査したら良かったお母さん。インフルエンザではないので安心して」という巷の医者の説明は、もう突っ込みどころ満載で、痛々しい程に間違っています。

「検査してインフルエンザでなければ、早く学校へ行ける。そうすれば、早く自分も仕事に行ける」と思ってしまうのも当然かと思います。しかし、インフルエンザであると症状と周りの状況から診断すれば、やはり、検査の結果によらず登校できる日取りをインフルエンザとして決めるべきです。

さて、その日の夜は、僕の号令で家族5人皆仲良く並んでみんなで吸入薬を服用したのでした。このお値段、5人でずばり21,000円也(自費、10割負担)。

Takuya Shinjo

結局、家族分のイナビルを用意しました。しめて2万1000円なり

しばらく、子供は療養のため、家で静かにしておく必要があります。もちろん、親も付き添いテレビ鑑賞、読書と原稿書きです。たまたま、休みが重なったので、交代で親も用事を済ませましたが、なかなか仕事が休めない親は大変です。休日をみんなでテーマパークへ行ったと思うことにし、納得したのでした。

医者として正しく判断したのだろうか?

僕は、子供の診断と治療を医者として正しく判断したといえるのでしょうか。本当のところは自分でも分かりません。

結局、医者は自分の家族には公平な判断はできません。しかも家族を病気から守ることもできません。

インフルエンザなら休養していれば治っていく病気なのでまだ良いのですが、ずっと治らない病気を家族が抱えたときには、間違った判断をすることも度々です。

僕が診療する患者さんの中には、医者自身、また家族内に医者がいる方もありました。

治療がうまくいくときはよいのですが、「自分の考えた治療で、自分の大切な家族の病状が悪化した」とき、患者、家族のどちらも苦悩は、相当強くなります。僕は自分自身の経験から、医者には自分の家族を診察させてはいけないと確信しています。

こうして、我が家のインフルエンザ騒動は、数多くの科学的なエビデンスを公平に判断できないまま、今シーズンも終わっていくのです。

父親の面目は保てたことは、この冬最大の収穫だったと心を慰めつつも、本当はどうすれば良かったのかを考えるにあたり皆様に、我が家のインフルエンザ騒動の話にお付き合い頂きました。

早く自分ではない、我が家のかかりつけ医が現れて欲しいと願うばかりです。

その後、どうなったか?

後日談です。

子供はわずか2日で解熱し、3日目からはすっかり体調が良くなり、家で退屈し始めました。そして、同じく家で療養しているクラスメートとネットゲーム三昧の休日でした。幸い家族は誰も発熱せず今日に至ります。結局インフルエンザだったかも今となっては分かりません。

え? それなら最初から検査をすれば良かったって? いやいや、もう一度最初に戻ってここまで読み直して下さい。

今回の我が家の騒動からも、普段健康な人は、病院にもいかず、検査もせず、抗インフルエンザ薬も使用せず、家で安静にしていたらよかったのだと、医者としては思うのです。

3日くらい経っても高熱が続く、ほとんど食べられない、動けない、呼びかけても返事がない、痙攣(ひきつけ)がある、ぐったりしているといった症状があって初めて病院にかかったらよいと思います。

この病院に殺到する多くの人たちと、応対に奮闘する医療者の皆さんが、無事この冬を乗り切ることを心から願っています。

まとめ

  1. インフルエンザワクチンの予防効果は確かめられている。
  2. 手洗いの予防効果は確かめられているが、マスク、うがいの予防効果はほとんどないことが確かめられている。
  3. 乳酸菌の予防効果が報告されているが、研究が一つしかなくしかも、企業が独自に行っているため結果に偏りがある可能性がある。
  4. インフルエンザの検査は、本当に感染した人の50〜60%しか正確に診断できない。インフルエンザだろうと分かっているときには検査は必要ない。
  5. 抗インフルエンザ薬を使っても、半日から一日症状を軽くするまでの時間を短縮する程度の効きめ。
  6. 家族の誰かがインフルエンザを発症したとき、抗インフルエンザ薬の予防効果は、確かにあるがそれほどの効果ではない。
  7. 抗インフルエンザ薬は高価である。
  8. 医者は自分と自分の家族を公平に診察することはできない。


【新城拓也(しんじょう・たくや)】 しんじょう医院院長

1971年、広島市生まれ。名古屋市育ち。1996年、名古屋市大医学部卒。社会保険神戸中央病院(現・JCHO神戸中央病院)緩和ケア病棟(ホスピス)で10年間勤務した後、2012年8月、緩和ケア専門の在宅診療クリニック「しんじょう医院」を開業。著書 『「がんと命の道しるべ」 余命宣告の向こう側 』(日本評論社)『超・開業力』(金原出版)など多数。

訂正

抗インフルエンザ薬は7日間服用するものはなく、5日間か1回の服用です。一部表現を訂正しました。