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なぜ、テレビはネットのデマに踊らされるのか 番組制作者らが語る5つの危機

業界になにが起こっているのか。

自ら取材や確認をせず、ネットのネタに安易に飛びつき、あげくデマに踊らされる。そんなテレビの失態が続く。これは個別の担当者の問題ではなく、業界の危機ではないか。

BuzzFeed Newsは複数の番組制作者に取材した。

宮崎駿引退宣言集、ガリガリ君新味…

最近あったミスを列挙すると以下のようなものがある。

  • フジテレビ「ワイドナショー」(5月28日)。「宮崎駿さん引退宣言集」のコーナーで実際の発言ではないものを紹介
  • フジテレビ「ノンストップ!」(6月6日)。人気アイス「ガリガリ君」で存在しない味を紹介
  • TBS「世界の怖い夜」(7月19日)。一般人の写真に何者かが修正を加えたものを本人に無断で心霊写真として紹介


ワイドナショーとノンストップ!に関しては、宮崎さんの発言やガリガリ君の新味を勝手に創作した「ネタツイート」が存在する。番組制作者はそれを「本物」と勘違いし、事実関係を確認せずに放送したようだ。

宮崎駿さんの引退宣言は、過去の報道など信頼できる情報源を調べれば確認できる。ガリガリ君も製造、販売元の赤城乳業に問い合わせればわかることだ。

2つの番組はそれらの基本的な確認作業をしていなかったのではないか。

「心霊写真」については、番組放送後、その写真を撮影した本人がネット上で名乗りを上げ、心霊写真ではなく、あとから何者かが修正を加えたものであり、番組側からの問い合わせなどもなかったことをBuzzFeed Newsに語っている。

BuzzFeed Newsはこれらの事例について、各テレビ局に問い合わせてきたが、正面から広報に取材しても「回答を控える」とされ、本当のところはわからない。

複数のテレビ番組制作者に、匿名を条件にミスが頻発する舞台裏を聞いた。

1.ネットリテラシーの低さ

取材に答えた番組制作者たちは「確認作業は複数人でやっている」という。

例えば、キー局でバラエティ番組のプロデューサーをしている男性は、そのプロセスについてこう説明する。

放送前に素材をプロデューサー、本編担当ディレクター、アシスタントプロデューサー、本編担当AD(アシスタントディレクター)など複数人で指差し確認。バラエティであっても、これだけの確認プロセスがある。

では、なぜミスが起こるのか。この男性は「ネットに詳しくない」ことを理由にあげる。

「ネットリテラシーが低い人がテレビ制作には多くいますね。ネットユーザーを下に見たような発言がサクッと出してしまったり、誰でも知っているような話題のサービスを知らなかったり。基本的にネットに詳しくないです」

旬のネタはネットにある。だからネットで情報を検索するが、そもそものリテラシーは高くないので、情報の利用方法や確認手法が甘くなるのではないか、ということだ。

キー局で働く別の男性スタッフはこう話す。

「ガリガリ君の件でいったら、まず赤城乳業さんに許諾は絶対に取りますよね。その際『過去のおもしろい味を教えてください』と取材します。Twitterの情報は参考にして、裏を取るのが通常ですね。心霊写真の件もありえないミスかな、と」

複数のテレビ局で仕事をした経験のある彼によると、チェック体制はプロデューサーによって異なる。番組で使われるテロップの場合だと、まず校閲2人がチェックをし、そのあとにチーフディレクターがチェック。最後にプロデューサーチェックの三段階チェックがある。

ADがVTRをディレクションをするケースもあるが、チェック体制は同じである。

過去には、ディレクターがADに番組で使う画像を用意するよう指示したところ、ネットで拾ってきた出典不明のものを出してきたことがあったという。そのときは、プロデューサーが放送前に気づいてストップがかかった。

誰かが気づいて未然に防げればいいが、細かく確認されず、チェックをすり抜けることがある。ネット上には事実不明確なものが溢れている。ウソをウソと見抜ける人材が、テレビ制作関係者に足りていないという。

2.バラエティと報道、垣根の消滅

二つ目に挙げられるのが「バラエティと報道の垣根の消滅」である。

朝の情報番組や昼のワイドショーは報道か、バラエティーか。また、夜のバラエティでもニュース仕立てで世の中の話題を紹介するものが増えた。

視聴者の側から見たら、すでにバラエティと報道の間に区別はない。テレビで流れている情報が事実か事実ではないかの区別の方が重要だ。バラエティだからと嘘を本当のように報じられたら視聴者は困惑する。

だが、報道であれば二重三重チェックが入るのに、バラエティではそこまでの体制がなく、誤字脱字レベルのチェックにとどまりがちだという。

これと全体的なネットリテラシーの低さが重なると、ミスの元となる。

3. 予算の削減

では、自分で取材をすればいいのではないか。ネットに頼らずに。それに対しては、あるフリーの男性ディレクターがこう証言する。

「昔はほとんどありませんでしたが、ニュース番組、情報番組を観るとパネルめくりが増えていますよね。あれは安いんですよ。取材に行かなくていいですから。VTRを撮るとなると、例えばカメラマンで10万、出張費用で5万。その他諸々で単純計算で約20万」

「二次情報を使う習慣は増えています。いまでは、なにか起きたら『もらえばいいんじゃない?』『○○新聞のこれ、買えばいいんじゃない』とか、引用してきた情報で作るということは増えていますから」

BuzzFeedではネットで興味を惹かれる情報を見つけたときは、まずは発信者と連絡をとることを試みる。直接自分がそこに行けなくても、違う方法で情報を確認できないか、様々な手法を用いる。

だが、複数のテレビ関係者の証言からは、ネット発のネタへの対応に不慣れな現場の実態が浮かび上がる。

「ちゃんと裏を取って取材しよう」となるときもあれば、確認をすっとばして「このまま、まとめればいいだろう」となるときもあるそうだ。

その判断基準は、担当者次第だという。

4.慢性的な人手不足

テレビ関係者が口を揃えるのは、「慢性的な人手不足」だ。キー局の職員たちは残酷な言葉を口にする

「いま本当に人が足りないですからね。やりたいと言ったらすぐになれますよ。業界的に著しくハードルが下がっています」

「簡単に飛びます。失踪して、音信不通。番組に責任感を持たずにやっている感は否めませんね」

人手不足のうえに、世間から嘲笑を買うミスを出せば、イメージは下がる。結果、いい人材はさらに入ってこなくなる。

「悪いサイクルができあがっている」と、あるキー局の男性職員いう。

制作会社のADであれば、21〜22歳で業界に入ったとして、ディレクターにあがるまで早くて数年。中には10年かかる人もいる。それまでにあらゆる雑務を四六時中こなさなければならない。

この男性職員は、こう言った。

「私が見ていても『なにをモチベーションにしているのかな』と思います。夢も希望もないのにって」

さらにフリーの男性ディレクターからは、こんな証言も出てきた。

「正直、ADがバカすぎて。いまは人が少ないし、誰でも入れる状況です。プレビュー(※ナレーションを入れる前のVTRチェック。通常はディレクターがVTRを流しながらナレーションを音読する)でナレーション原稿の漢字が音読できない子とかいますし」

このような現状になると、キャリアを積んでいない人が入ったり、過去に問題があった人が戻ってきたりする。居酒屋でハキハキしているアルバイト店員を見つけたら「テレビのADどう?」と勧誘することもあるという。

この状態を生んでいる理由には、局員と制作会社の待遇格差がある。都内の制作会社のベテランは打ち明ける。

「テレビ局の正社員よりも圧倒的に安い給料で、将来が保証されているわけでもないのに働き続ける。制作費は削られ、将来を悲観した人は次々と辞める。やりがいはあるけれど、典型的な『やりがい搾取』ですよ」

5. 売れっ子ディレクターの争奪戦

人手不足はADだけではない。フリーのディレクターにも起こっている。優秀な作家や演出家、ディレクターは人手不足の業界で重宝されている。

それが最近のミスの要因にもなっているのではないか、という指摘もある。どういうことか。

テレビ局の番組制作は、制作会社から派遣されるディレクターやフリーのディレクターなど外部スタッフに依存している。

人手不足だから外部スタッフに頼る。でも、予算が不足しているし、相手は売れっ子だから、常駐というわけにもいかない。

結果、テレビ局は、外部スタッフのディレクターに番組放送前日と当日の週2日の出勤で、月30万円などと提示する。

いくつか番組を掛け持ちすれば月100万ほどの収入になる。効率よく仕事をこなす優秀なディレクターは一つの番組に常駐するよりも、掛け持ちをした方が多くの収入を得られるのだ。

フリーのディレクターはこう証言する。

「それでなにが起こるかというと、一つひとつの仕事に責任を持たず、淡白にやる。かけていられる時間が少ないからね。だから、ワイドナショーみたいなことは十分起こり得ます。ADに『それやっといて』『確認しといて』『おもしろいの見つけておいて。見つかったら連絡ちょうだい』みたいな丸投げ仕事です」

この過程でネットリテラシーが低く、危機管理ができないスタッフが関わると、曖昧で危険な情報が混じり、そのまま世に出てしまう。ディレクターは番組を掛け持ちしているため、限られた時間でチェックするしかない。

「朝も昼も情報番組をやっているご時世で、どこからディレクターをかき集めてくるのかな、と。そこまで世の中にディレクターはいないですからね」


「改善しないんじゃないですか」

ミスをした番組は謝罪し、再発防止を誓う。だが、ことはそう簡単ではない。ここまで見てきたように、テレビ局、制作会社全体の構造的な問題だからだ。

今から急いで人材を増やし、育てていこうにも時間がかかる。しかも、そういった人材育成を強化しようという動きは見えない。

前出のフリーのディレクターはBuzzFeed Newsの取材にこう言い切った。

「改善しないんじゃないですか。最近起こっているような事例は今後も出続けると思いますよ」

過去にテレビ制作会社に勤務していた女性はこう言う。

「テレビ番組制作の現場は働きやすい職場環境とは程遠いものでした。優秀な女性スタッフも、将来の出産や子育てを考えた時に現場を退く人がほとんどです。業界の改善には、制作会社やフリーランスのスタッフも含め、長時間労働を強いられる職場環境の改善が必須だと思います」

しかし、こうも述べる。

「ただ、私は制作の現場を離れた今でもテレビが好きです。インターネットがこれだけ発達しても、やはりテレビでしかできないことがあります。テレビ番組の制作は大変ではありましたが、大勢のチームで一つの番組を作り上げる達成感は、ほかでは経験できないものでした。劣悪な職場環境というイメージばかりが先行していますが、再びテレビ業界が若い世代にとっても憧れの職業になる日が来ることを願っています」