back to top

もう一つの震災「3.12」から6年 忘れられた被災地のいま 住民が語る

過疎化と高齢化が進む長野県栄村。あの年、ここでも震災があった。

東日本大震災の翌日、2011年3月12日。長野県北部を震度6強の強い揺れが襲った。大震災の陰となり、「忘れられた被災地」とも呼ばれた現地は6年がたった今、どうなっているのか。

忘れられた被災地

2011年3月12日午前3時59分。長野県北部の栄村を震度6強の強い揺れが襲った。5時42分までの2時間ほどで、震度6弱を観測する2回の余震にも見舞われた。

道路や橋などが大きく破損。村の避難所には、最大で村民の8割にあたる1787人が避難した。

災害関連死3人、軽傷10人。全壊33棟、半壊169棟、一部損壊は486棟。村の建物の8割が被害を受けた。

東日本大震災の翌日。報道は津波・原発事故に集中し、栄村は「忘れられた被災地」「報道されない被災地」と呼ばれた。2012年10月に震災復興計画が策定され、復興への道のりが始まった。

震災から6年、住民の思い

震災から6年経った2017年3月12日。村では、午後6時から復興を願う灯明祭が開かれた。

住民のいまの胸中とは。栄村出身のでか丸さん(@dekamaru_no2)は、BuzzFeed Newsの取材にこう語る。

「正直、もう6年も経つのかという思いと、まだ6年前のことかという思いの両方です」

「地震の翌年1月に、仮設住宅で暮らしていた親友が屋根の雪降ろし中の転落事故で亡くなりました。そのとき、私は東京から村へのUターンを決めました」

「6年前の地震を自分は栄村で体験をしていなくて、一種の申し訳なさみたいな気持ちがいまもくすぶっています。だから、少しでも栄村のことを発信し、忘れて欲しくない、現状を知って欲しいという気持ちです」

「栄村は『忘れられた被災地』とも言われますが、東北やほかの災害を受けた地域で、もっと大変な苦労をされている方々はたくさんいると考えています。村はインフラ整備もほぼ終了していますし、過疎化問題も辿る運命でした」

過疎化と高齢化の現状は厳しい。人口は6年間で300人以上減少。2000人を割り込んだ。最新の国勢調査(2015年)によると、人口の半分以上が65歳だ。

「長野県内では度々ニュースや新聞で取り上げてもらっていますし、絵手紙などで全国から交流してくださる方々がいるので『報道されていない』という思いはそれほどありません。東日本大震災の翌日というタイミングこそあれ、あのとき東北に注目が集まるのは当然のことですから」

「今後は震災の事は記憶に留めつつ、栄村の魅力を広める協力が少しでも出来るならと見守るつもりです」


Takumi Harimayaに連絡する メールアドレス:Takumi.Harimaya@buzzfeed.com.

Got a confidential tip? Submit it here.