ネットに踊らされるテレビ「10年経ってもそのレベル」 BPO倫理検証委員長の嘆き

    川端委員長がBuzzFeed Newsのインタビューに答えた。

    フジテレビの2番組でネット情報を鵜呑みにしたミスが続いた。テレビがネットに踊らされる状況を「放送倫理・番組向上委員会(以下、BPO)」はどう捉えているのか。

    BuzzFeed NewsはBPO放送倫理検証委員会の川端和治委員長にインタビューした。

    テレビ業界で何が起こっているのか

    テレビがネット情報に踊らされた事例は、最近の話題になったものだけでも以下のようなものが挙げられる。

    • フジテレビ「ワイドナショー」(5月28日放送)。「宮崎駿さん引退宣言集」のコーナーで実際の発言ではないものを紹介
    • フジテレビ「ノンストップ!」(6月6日放送)。人気アイス「ガリガリ君」で存在しない「火星ヤシ」味を紹介
    • TBS「世界の怖い夜」(7月19日放送)。一般人の写真に何者かが修正を加えたものを本人に無断で心霊写真として紹介


    いずれも、少し調べればわかることだ。BuzzFeed Newsや複数のネットメディアが、これらのテレビ番組の放送後に、すぐに間違いを指摘してきた。

    BuzzFeed Newsは、テレビ局や番組制作関係者らへの取材を通じて、以下のような業界の構造的な問題を指摘した

    • ネットリテラシーの低さ
    • バラエティと報道の垣根の消滅
    • 予算の削減
    • 慢性的な人手不足
    • 売れっ子ディレクターの争奪戦


    いずれも簡単には解決できない。

    そんな中、BPO・放送倫理検証委員会の川端委員長は9月、フジテレビの2つの事案に対し、「インターネット上の情報にたよった番組制作について」と題した談話を出した。

    その談話にはこうある。厳しい言葉だ。

    放送倫理検証委員会は、その発足直後に公表した最初の見解で「番組は、もっとちゃんと作るべきだ」という委員の発言を、委員会の総意として記載している。この見解が出された10年後に、また同じ事をコメントしなければならないというのはまことに残念である。もっと制作現場の一人ひとりが、番組制作者としての誇りと矜恃をもって仕事をして欲しいと思う。

    BuzzFeed Newsはこの談話の意図、そして、BPOが果たすべき役割を聞いた。

    「10年経ってもそのレベル」フジテレビの2番組に思うこと

    フジテレビの事案は、番組制作者がTwitterユーザーが冗談で作った宮崎駿氏の偽物の「引退宣言集」や、実在しない「ガリガリ君火星ヤシ味」の画像を番組で本物として紹介したものだ。

    ちゃんと調べさえすれば、偽物であることはわかるはずだった。川端委員長はこの事案について次のように話す。

    「出どころや裏取りをしたか以前に、宮崎駿氏がこのような引退宣言を重ねることや、ガリガリ君にこのような味が本当に存在するのかと疑問に持たなかったのか。なぜネットに載っているからと信じてしまうのだろう」

    そして、呆れた様子でこう語った。

    「10年経ってもまだそのレベルなのかと」

    繰り返されるミス

    談話にもある10年前という言葉。放送倫理検証委員会のきっかけとなった事案があった年のことだ。

    2007年1月、フジテレビ系の大人気番組「発掘!あるある大事典2」(関西テレビ制作)で、特集「納豆を食べるとダイエットができる」が放送された。

    翌日には納豆が品薄になる社会現象を起こした。しかし、番組内のデータやコメントは捏造されたものだった。番組は打ち切り、関西テレビ社長は辞任に追い込まれた。

    あれから10年。今度は捏造ではなく、ネットにあった情報を検証なしに信じ込むというメディアのプロとは思えないミスが起きた。

    それが川端委員長の指摘する「10年経ってもまだそのレベル」の意味だ。

    改善されていないネットリテラシー

    川端委員長は談話を出す上で、これらの事案に関するフジテレビの調査報告書を読んでいる。その上で、例えば、ガリガリくんの問題について、こう断じる。

    「ガリガリ君はまとめサイトから画像を転載していた。まとめサイトがどういうものか認識が足りていない」

    まとめサイトは、ネット上にある真偽不明の情報が大量に集められている。ネットを使い慣れていれば、そこにあるものは信頼性が低いことがわかる。

    「ネットリテラシーの低さが明るみになりました。しかし、真偽を見極めるのを現場の若い人に要求するのは無理とも思える」

    情報を見極めるには「知識と教養」が必要だとの指摘だ。その上で、こう述べる。

    「情報の中身そのものに疑いを持つレベルにはなってほしい。ネットリテラシーの不足があったとしても、常識的に考えて『火星味』というものが本当にあるのかと疑わなかったのかと」

    放送局に求めた対策は

    9月8日に発表した談話では、対策を以下のように述べた。

    制作する番組について、どんなに時間に追われていても、真実でないことが紛れ込まないよう手抜きをせずに注意し考えるという習慣を身につけることであり、疑問が生じたときは疑いが解消するまで放送するべきではないという声をあげる強さを一人ひとりが持つことだろう。放送局が行うべきなのは、それを身につけさせるための実践的な研修と、疑問を提起できる制作体制と職場環境の構築であろう。

    各局とも研修はすでに実施している。しかし、最近はすぐに人が辞めてしまうため、研修が無意味になっている現状もあるという。

    BuzzFeed Newsが取材を通じて指摘した「慢性的な人手不足」が影を落としている。人が少ないから激務になり、研修をしても、すぐやめる。

    「怪しいお米 セシウムさん」騒動と予算削減問題

    もう一つ、BuzzFeed Newsで指摘した「予算の削減」については、2011年の例をあげた。「怪しいお米 セシウムさん」騒動だ。

    2011年8月4日。東海テレビの番組「ぴーかんテレビ」の国産米プレゼントコーナーで「怪しいお米 セシウムさん」というテロップが流れた。リハーサル用に悪ふざけで作ったものだった。

    「あの問題のとき、東海テレビから、経営上の数値をよくするために、予算を切り詰めた結果が影響しているとの報告書が提出されました。その際、全キー局に『その放送をできるだけの人員と予算を確保しているのかもう一度チェックしてほしい』と述べたことはあります」

    BPOによる注意喚起は実を結ばなかった。むしろ、番組制作の現場は年を追うごとに疲弊し、状況は悪化しているように見える。

    明るい未来が見えない。制作会社で働く人々

    予算削減のしわ寄せは制作会社にふりかかっている。若手を鍛え、次世代の担い手を鍛える場としての役割を失いつつある。

    川端委員長は、委員長代行を務める映画監督の是枝裕和氏を例に出す。

    「是枝さんは制作会社のADからスタートして、いまは世界的な大監督になっています。是枝さんの時代は下積みの仕事で苦労して技術を覚えていき、徐々に地位を獲得できました。しかし、いまはそのようなルートが見えない」

    「制作会社が人を育てる余裕がなくなって、ADはADとして使い捨てる感覚になっている。広い世界で活躍できる希望を持っていれば、いまやっている仕事も志を持ってできる。それが現実は安い給料で使い捨てられる」

    「実際、問題になった番組のヒアリングしてみても、自分が集めた情報がどう放送されているのか把握していない。そのような状況で志を持って自分にはなにができるのかを考え続けるのは難しいのではないか」

    「もちろん自分は表現者として活躍していくのだと思って働いている人はいる。しかし、昔ほど制作現場で働くことが光り輝いた時代でないだろうと。そうでない人がどんどん増えているのではないかと危惧を感じます」

    解決難しい構造的な問題 BPOも「期待する以外ない」

    状況が悪化する中で、BPOはどういう役割を果たせるのか。

    「我々はなぜそのような問題が起こったのかを調査して、意見を述べる役割。その都度、起きた事案に応じた意見を述べていくだけ。その積み重ねで少しは改善されるかもしれない。期待すること以外、こちらとしてはないわけで」

    しかし、現実にその期待は裏切られてきた。

    「放送倫理検証委員会の意見に関しては、各放送局のトップも含めて、非常にシリアスに受け取ってくれる。委員会の存在は認知されていると考えます」

    この言葉は嘘ではない。テレビ局関係者はBPOに存在を常に気にしている。BPOが番組制作のあり方に大きな影響を与えていることは確かだ。

    それでも、ミスが繰り返される。そこにテレビ業界の構造的な問題がある。

    テレビにしかできないこととは

    テレビを観ると、「ネットで話題」「〜が報じた」などネットからの情報で構成される番組が明らかに増えている。

    削減されたとはいえ、ネットメディアよりも圧倒的に多い予算と人員と番組制作の知見を持つテレビの果たすべき役割は何か。

    川端委員長は「言える立場ではないですが」と前置きした上で、こう話した。

    「ネットの方がはるかに早く、情報量がまるで違う。それと差異化を図ることは難しい。しかし、テレビ的な料理の仕方でもっとおもしろく、もっとわかりやすく見せることはできると思う」

    「ネットでも動画が見られるようになりましたが、大画面でみる影響力というのはスマホで見るより圧倒的に大きい。それをどこまで使いこなしていけるのかが、これからのテレビに期待されることではないかと考えます」

    BuzzFeed JapanNews