JASRAC、音楽教室から著作権料徴収 10年間、埋まらなかった両者の「溝」

    教室の演奏は「公衆の前」なのか?

    日本音楽著作権協会(以下、JASRAC)は6月7日、都内で記者会見を開き、音楽教室での演奏について、来年1月から著作権料の徴収を始めることを正式に発表。同日、文化庁に使用料規程を届け出た。

    この議論をめぐっては、JASRACと、音楽教室を運営するヤマハや河合楽器製作所など音楽教育事業者で結成された「音楽教育を守る会」(以下、守る会)が真っ向から対立している。

    両者の埋まらなかった「溝」とは。BuzzFeed Newsは守る会、JASRACにそれぞれの主張を聞いた。

    これまでの経緯と争点。

    きっかけは、音楽教室の年間受講料収入の2.5%相当を著作権使用料として運営会社から徴収する方針を、JASRACが明らかにしたことだった。

    JASRACが音楽教室から著作権使用料を徴収する法的根拠は、著作権法22条に定められた「演奏権」だ。

    著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として上演し、又は演奏する権利を専有する。

    この法律を根拠にして、JASRACはコンサートやカラオケ、BGMで音楽を使う店舗などから著作権料を徴収している。

    13日もBGMを利用していながら、著作権の手続きをしていない美容室など178事業者、352店舗に対し、法的措置をとった。

    今回、JASRACは音楽教室での指導者や生徒の演奏も「公衆の前での演奏」と解釈。「演奏権」が及び、使用料が発生すると判断した。

    徴収対象は、ヤマハ系列や河合楽器製作所など大手事業者で、個人の教室は当面、除外するとしている。

    先述のとおり、この方針にヤマハや河合楽器などは反発。音楽教育事業者で「守る会」を結成した。

    両者が食い違っている「溝」は大きく分けると以下の2点になる。

    • 音楽教室での演奏に演奏権がおよぶか、否か
    • 音楽教育発展への影響

    これについて両者に主張を聞いた。

    教室での演奏は「技術を伝えるための演奏」

    守る会の事務局の功刀渉さんと、斉藤誠さんがBuzzFeed Newsの取材に答える。

    守る会は、「演奏権」が及ぶのは公衆に聞かせる目的のための演奏であり、 音楽教室での練習や指導のための演奏は該当しないと主張している。JASRACの方針は、文化の発展に寄与するという著作権法の目的にも合致しない考えだ。

    現行の著作権法は1970年に制定された。音楽教室はその前から続いており、1970年には、ヤマハの教室だけでも30万人の生徒が在籍していたとのこと。

    功刀さんは話す。

    「立法当時、演奏権がレッスンでの指導にまでおよぶと想定されていたのだとしたら、そのような調整がなされたはずです。また、JASRACが本件で協議を持ちかけてきたのは2003年頃で、著作権法が制定されてから30年も経過してからのことです」

    続けて斉藤さんも述べる。

    「過去の判例もあるので、一定の理解はあるつもりです。それでも、音楽教室での演奏は演奏権に及びません」

    それは「教室での演奏は、その曲の持つ芸術性などを伝えるものでもなく、技術を伝えるための演奏」だからだという。

    今回のような事例は初めてではない。

    2002年、JASRACは愛知県にある社交ダンス教室に対し、JASRACが管理する音楽著作物の演奏差止めと損害賠償を求める訴訟を起こした。

    最高裁は、ダンス教室側の上告を受理せず、総額3646万円あまりの支払いを命じた。

    音楽文化発展への“兆し”が感じられない。

    もう一つの争点である「音楽教育発展への影響」。

    もし今回の方針が通ったら、教室事業者側には年間数億円の影響が出ることが予想され、月謝を引き上げたり、レッスンで使う曲を著作権が切れたものにしたりなどの影響が考えられるという。

    「作家さんに対し、インセンティブが回る仕組みは必要だと思っています。そのためにJASRACさんの存在意義、社会的意義は我々も理解しているし、必要な機関だと認識しています」(功刀さん)

    「JASRACさんは権利を守ることで音楽文化の振興に貢献している団体。それは我々も目的は同じです。それこそ音楽教室は将来の作曲家、作詞家などを輩出する場なので、本来このようなことで対立している場合ではない。音楽のマーケットを広げるためにどうすればいいか。音楽文化の発展をどうすればいいかの議論であれば、いくらでも話し合いたい」(斉藤さん)

    権利者の権利を侵害するつもりはなく、JASRAC批判をしたいわけでもない。それでも、今回のJASRACの方針には、音楽文化発展への“兆し”が感じられないという。

    功刀さんは続ける。

    「支払いに応じる、応じないではなく、いまは『払うべき対象ではない』というところで議論は止まっています。規定ありきの条件交渉には応じるつもりはありませんし、規定が何%だろうと応じるつもりはありません」

    「また、ヤマハや河合楽器さんなどいわゆる大手がこの規定を認めてしまうと、個人の教室や音楽大学などにも影響が及ぶ恐れがある。『ヤマハが払っているから、しょうがないか』と。そのようなことも含め、我々としては認めるわけにはいかないのです」

    「5月30日に守る会の総会ではJASRACに対し、債務不存在確認訴訟の提起が決議されました。総会の中で会の代表も申しましたが、今回の訴訟は単なる法解釈ではなく、日本人の良識を問う争いであり、音楽教育の根本に関わる大きな問題として団結して立ち向かっていきたいと思っています」

    7日、JASRACが文化庁に使用料規定を届け出たことをうけて、同日、公式ホームページに声明を発表。これまでの方針に変更はないとした。

    JASRACが文化庁に使用料規程を届け出ましたが、これによって音楽教室における演奏について、著作権法上 演奏権を行使できる利用に該当すると、文化庁に判断されたものではないと認識しています。現在、債務不存在確認訴訟について準備を進めており、その方針に変更はありません。

    また、同会ではJASRACの方針に反対する署名活動もしており、15日現在で45万筆を超える署名が集まっているという。

    JASRACの主張を聞く。

    守る会はこのように述べているが、JASRACの主張はどうか。大橋健三常務理事が取材に答える。

    「ヤマハさんなどが中心に展開する楽器店、楽器メーカーの音楽教室における著作権使用料については、2003年に協議の申し入れをさせてもらっています。まもなく14年になりますが、結果的に話し合いがつきませんでした」

    JASRAC内部では、昨年9月の理事会で音楽教室からの徴収の方向性が明確に決まり、2017年度には管理を始めることが決定されていた。

    管理を始めるには当然、使用料規定を設けなければならない。具体的な料率を骨格し、来年1月から徴収を開始することを考えた上でのタイミングだった。

    なぜ大手事業者だけなのか。

    今回、JASRACは大手楽器メーカーが運営する教室のみを対象とし、個人教室からの徴収は“将来的に”としている。

    なぜ大手事業者だけが対象なのか。これには3つ観点があるという。

    1. 営利性
    2. 事業規模の大きさ
    3. JASRAC管理著作物の使用量

    大橋さんは、個人の教室についても見解を述べた。

    「個人の教室でもいろいろな利用形態、規模感があります。町内など限られたコミニュティでやっていても、なにかしらの月謝が発生しているのであれば、著作権法上、対象になるという見方もあります」

    「ただそこまでやることが『音楽文化の普及』につながるかと考えると、いかがなものかと。まずは、楽器メーカー、楽器店の音楽教室を優先して管理。それがほぼ済んだところで次のステップです」

    音楽教室での演奏は、公衆の前か?

    最大の争点になっている、音楽教室の演奏は公衆の前か、否かという点。

    守る会は、「演奏権が及ぶのは公衆に聞かせるための演奏であり教室での演奏は、その曲の持つ芸術性などを伝えるものでもなく、技術を伝えるための演奏」と主張している。

    JASRACの解釈はどうか。

    「著作権法22条には『著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として上演し、又は演奏する権利を専有する』とあります。この条文は、まず誰が利用主体かを考えないといけません」

    大橋さんいわく、音楽教室における著作物(曲)の利用主体は講師でもなく、生徒でもない。著作権法の規範として、その事業を行なっている事業者が利用主体だという。

    これはカラオケの利用主体が客ではなく、その店の経営者にあるのと近いだろう。我々がカラオケで歌っても曲の使用料は払わない。カラオケ事業者が支払っている構造に似ている。

    また、教室での演奏が鑑賞目的ではないことも主張。「その場の雰囲気作りで演奏していない。演奏権に及ぶのは明らか」とした。

    著作権の徴収は、音楽教育の発展につながるか。

    守る会は、BuzzFeed Newsに「JASRACを必要機関と認識しつつも、今回の方針は音楽文化発展への兆しが感じられない」と話した。

    音楽教室からの著作権料徴収と、音楽教育の発展。JASRACはどう考えているのか。

    「音楽教室は学校とは違ったレベルを学べ、演奏のテクニックだけでなく、楽曲の理解や音楽を通じた豊かな人間性を持つための情操教育の場だと認識しています」

    「であるならば、(楽曲の)権利者に利用の対価を支払い、還元することが創造のサイクル。音楽教育の発展につながるのではないでしょうか」

    守る会は、もし著作権料が発生した場合、著作権切れした楽曲でしか練習ができない可能性もあると話している。これに大橋さんは強く反発する。

    「負担をクリアするために著作権の切れたものを使うとは、作家に非常に失礼な話。『あなたに払わない』とは、よく作家団体に向かってそんなこと言えるなと思います」

    これには作家からも反発の声が上がっているそうだ。しかし、なかには、著作権徴収に反発している作家、権利者はいるのではないか。

    「及川眠子さんはTwitterでおっしゃっていましたね。あとは円広志さんでしょうか。あ、あの方はヤマハ出身ですね。中島みゆきさんは、ヤマハ音楽振興会理事ですが、特段ないです」

    最後に「あえて申し上げると」と大橋さんは話す。

    「ヤマハさんも、河合楽器さんもなぜ『子どもの教育』の話ばかりをしたがるのでしょうか。子どもの音楽教室事業はピークになり、『ヤマハ大人の音楽レッスン』など大人を対象にした事業展開をしている」

    「JASRACが規定の徴収をしても、一回あたりのレッスン料は50円ほど。そこにヤマハさんは企業努力をしないのでしょうか。随分と月謝に跳ね返ると言っていますが、本当にそれでいいのでしょうか」


    守る会は5月30日の総会で、JASRACを訴訟する方針を固めたことを発表している。7月ころを目処に、東京地方裁判所に訴訟提起をするための準備を進めるとのことだ。

    サムネイル写真=時事通信,Paylessimages / Getty Images