台東区、台風時に路上生活者向けの避難場所を設置へ。避難所利用拒否から約1年。議論が重ねられる避難案の行方は

    昨年の台風19号で台東区役所が路上生活者の自主避難所利用を断ってから約1年。支援団体は、区と避難案について話し合いを続けています。

    東京など関東にも被害をもたらした2019年10月の台風19号襲来時、東京都台東区が路上生活者の自主避難所利用を断り、強い批判が巻き起こった。

    路上生活者を支援する一般社団法人「あじいる」(東京都荒川区)はそれから1年間、路上生活者の台風襲来時の避難について、区の担当者と話し合いを続けてきた。

    今年も台風の季節が到来している。

    台東区危機・災害対策課は「風雨が激しい時などには全ての避難所で住所の有無に関係なく、全避難者を受け入れる」としたうえで、路上生活者向けの避難場所を区内に2カ所、新たに設置する。

    台風が来た際に路上生活者の命を守れるよう、避難や案内の方法について協議が進められている。

    約1年前の台風の日、何が

    首都圏でも台風19号の暴風雨が強かった10月12日午後、路上生活者が台東区の自主避難所を利用しようとしたが、台東区の災害対策本部は「住所がない」という理由で風雨の中、路上生活者の男性を追い返した。

    台風から一夜明けた13日にBuzzFeed Newが台東区に電話取材したところ、広報担当者は「事実として、住所不定者の方が来るという観点がなく、援助の対象から漏れてしまいました」と説明していた。

    避難所受付の避難者カードに住所が書けなかった路上生活者に対し、「避難所は区民の方への施設」として、利用できないと断ったという。その判断は、「区の決定」で「災害対策本部の事務局が判断した」と担当者は話していた。

    台風の3日後には区長が謝罪。対応策の検討を約束した。批判は広がり、安倍晋三前首相も同日の参議院予算委員会で「避難所は全員受け入れることが望ましい」と答弁し、状況を調査する考えを示していた。

    台風の翌日、BuzzFeed Newsの取材に答えた路上生活者の男性(当時79)は、台風の夜を屋外で過ごした。男性は、こう話していた

    「風をしのぐために避難場所の外にいただけでも、ここは入り口だから移動してくれと言われた。お前らは人間じゃない、と言われてるようだったね。私たちも人間ですよ」

    設置される、路上生活者向けの避難場所

    あじいるは昨年10月の台風19号以降、区の危機・災害対策課と何度もやり取りや話し合いを重ねてきた。12月には他の路上生活者支援団体なども含め、風水害時の対策についての意見交換会も行った。

    新型コロナウイルスの影響で、具体的な避難案などについての話し合いなどは延期となっていたが、今年7月、あじいるは区の担当者から、路上生活者の台風時の避難案と、避難所について知らせるチラシの案を受け取った。

    避難案には、区の危機・災害対策課や保護課の担当者や支援団体が台風通過96時間前から、どのように連携して避難に向けて動くかなどの詳細なタイムラインも記載されている。

    そこに書かれていたのは、台東区役所庁舎と台東区民会館の2カ所を、台風時の路上生活者の避難場所として定め、風雨が強くなる前である台風通過の72時間前から、チラシを配布するなどして避難案内をするというものだった。

    路上生活者には、インターネットが使えるスマートフォンや携帯電話を持っていない人も少なくないため、台風などの情報を得ることが困難だ。

    これまでも、避難を促す台風前の声かけは、支援団体のメンバーらがそれぞれ路上生活者を訪ねて行ってきた。

    台東区では、この路上生活者向けの避難場所についてのチラシを、山谷地域にある城北労働・福祉センターに掲示して周知。台風前には、危機災害対策課と保護課の職員がチラシを配って避難を促すことを予定しているという。

    台風では建物内で命守ることが最優先。いかに安心して行ける避難場所を作るか

    あじいるは、昨年の台風19号以降、路上生活者に避難についての聞き取りも行ってきた。

    路上生活者からは「行ってもいい場所があるなら」という声から、これまでにも避難所利用を断られた人たちが複数人いることからも、「断られたり、嫌がられたりするなら行きたくないし、行きにくい」という声まで、様々な意見が聞かれたという。

    しかし風雨が激しい台風では、まず建物の中に避難し、命を守ることが最優先される。

    区は昨年の反省を踏まえ、「路上生活者も全ての避難所に入れる」としているが、あじいるの聞き取りによると、設置されている避難所に行きにくいと感じる人もいる。

    そのため、路上生活者向けの避難場所を設置することは、避難する確率をあげるという点では理にかなった対策ではあるという。

    一方で、その避難場所のあり方やお知らせのチラシには、課題が残っているとあじいるは指摘する。

    荷物問題、「区内で路上生活をする人対象」…課題も

    あじいるのメンバーは10月6日、台東区役所を訪れ、危機・災害対策課の担当者に、路上生活者向けの避難場所のあり方やチラシについての問題点を伝えた。

    指摘された主な問題点は以下の通りだ。

    ・住所がない人でも、路上生活者向けの避難場所2カ所以外に、区内全ての避難場所が使えるということがチラシに分かりやすく明記されていない

    ・路上生活者にとっては「全財産」である、荷物の持ち込みができない

    ・避難場所の利用が「台東区内で路上生活をする人」だという文言が入っている

    ・避難場所では生活保護などの相談を行うとされている

    あじいるは、区から渡されたチラシの案を、実際に上野駅や上野公園で寝ている14人の路上生活者に見せ、意見を聞いたという。

    結果、そのチラシを見て「安心して避難所へ行ける」と思った人は一人もいなかった。

    チラシの文言などを読み、路上生活者は「来るなって言われているようなもの」との印象を受け、また「荷物は自分たちの財産なんだから、捨てていくなんでできない」といった声もあったという。

    あじいるは、そういった路上生活者の声を区に伝えた。

    区に向けた要望書には、題字下に「全ての避難者の命を守ってください。同じ住民として、命を尊重することを望みます」と書かれた。

    指摘受け、区は避難案内チラシの改訂版を作成

    あじいるの指摘などを受け、区は、7月までに作られた避難案内チラシの改訂版を作った。

    改訂前のチラシでは、2カ所についての記載のみで、他に開かれる区内の避難場所についての案内はなかったが、改定後では、区各地の「自主避難場所」と「緊急避難場所」が記された地図も掲載された。

    荷物についても、改定前は「避難場所にいる間は、荷物をお預かりすることはできません。ご自分の責任で避難をする前に荷物等の管理、処分等をご検討ください」とあったところが、「処分」という文言が消され「ただしボストンバッグ程度であれば、避難スペース内に持ち込み自己管理してください」と加えられた。

    あじいるのメンバーは荷物に関して、「路上生活者にとっては、財産の全て」と説明。財産全てが入った荷物を置いて避難することに躊躇する人もいるとして、荷物の持ち込みを許可するよう求めた。

    また、路上生活者は、必ずしも一定の場所に留まっておらず、他地域の宿泊所などを利用する場合もあるため、避難を躊躇しないよう「台東区内で路上生活者されている方が対象」という文言をなくすようにも求めた。

    「少しでも逃げるためのハードルを下げてほしい。命守ることを最優先に」

    避難所で生活相談を行うことについて区の担当者は「行政と繋がる機会にしていきたいから」と説明した。

    他の区民と分けて、路上生活者向けに2つの避難場所を設けた理由も、トラブル回避などではなく「生活支援につなげるため」と話している。

    また、話し合いの中で判明したのは、区役所庁舎での路上生活者の避難場所が、玄関部分であることだ。

    区役所庁舎は他の区民も避難してくる可能性があり、路上生活者が避難してきた場合「避難スペースが異なることはある」と話した。

    危機・災害対策課の担当者は、「区役所の玄関のロビーの箇所に、パーテーションを設置してマットレスを敷いた上で避難スペースを作る」と説明。

    その説明を聞いたあじいるメンバーは、「路上生活者は60、70代が多く80代の人もいます。雨の中ずぶ濡れになって避難してきて、台風の中、玄関での避難だと、どう感じるでしょうか」と意見を述べた。

    他の区民と避難場所を分ける理由については、担当者は、連絡先などがないと新型コロナウイルスの感染が出た場合、「後追いができなくなるため」とした。

    区は、今年の台風対策では、新型コロナへの対応も迫られている。

    今週末にかけても関東には台風14号が接近する可能性があるという。あじいるのメンバーは、区担当者にこう伝えた。

    「少しでも逃げるためのハードルを下げてほしい。災害時には、命、人権を守ることを最優先してもらいたい」