子どもが、割り当てられた性別と性自認が異なると気づく時、保護者はどうすればよいのでしょうか。
「女の子がよかった…とボロボロ涙を流して泣いたんです。この子を女の子として受け入れなければと思いました」ーー。
東京都内に住む清水さん(仮名)は、こう語ります。
性別に違和感を感じる我が子に寄り添い、成長の過程をともに歩んできた母親の思いと経験を聞きました。

「2歳になる頃には、フリルの服やアニメの『プリキュア』が好きで、タオルをスカートにしたり、長い髪の毛のように頭につけたりして踊ったりしていました」
「スカートがいいと言うので、友人が、娘さんのおさがりのスカートを譲ってくれて、履いていました。好きだというものを与えていました」
幼稚園に入園してからは、性別で「色分け」がされていることもありました。
子どもの日に合わせて鯉のぼりをつくる時間では、女の子はピンク、男の子は水色の鯉のぼりを作ることになっていました。
清水さんはあらかじめ、幼稚園の先生に「好きなものを選ばせてください」と伝えていました。
その日、ピンク色の鯉のぼりを嬉しそうに抱きながら、幼稚園バスから降りてきたと振り返ります。
5歳の七五三の撮影の時には、夫婦で話し合い、男女の和装と洋装の計4種類の衣装で写真を撮りました。
4種類で撮影しましたが、ピンクの着物やドレスでの撮影では、「すごく楽しそうにしていた」といいます。

「うちの子だって人間です」放った言葉
小学校に入学してからは、幼稚園の時に増して、色や行動を性別で分けられることが増えます。
入学前には、父親と母親、本人で校長室に相談に行きました。
私服での登校だったため、スカートなど本人が望む服を着るということ、児童の名字を呼ぶ時は「君」と「さん」で呼び分けないでほしいことーー。
黒板に貼って使う、生徒の名前が印字されたマグネットも、男女で色が分かれており、性別での色分けをやめてほしいと話しました。
すると校長から返ってきた言葉は「何が悪いかわからない」「半年経っても無理」。
「不登校になってしまうんじゃないか」。そんな不安を胸に相談しているのにも関わらず、話は平行線に。
校長の理解のなさに、清水さんの夫は「うちの子だって人間です」と言い放ったといいます。
清水さんは「トランスジェンダーだからというのではなく、人として大切にしてほしいだけだった」「特別な存在ではなく、色んな子がいる中の一人として接してほしかった」と話します。
白紙の氏名欄。新しく自分で選んだ名前

小学校に入学してしばらくすると、テストの氏名欄に名前を書かなくなったり、英会話の授業で自己紹介で黙ってしまったりするようになりました。
「英語の自己紹介の練習では、名前が嫌だから言えなかったようです」
男性によくある名前を使い続けることが、つらくなっていました。
テストの氏名欄は、繰り返し空欄になっていたのに、教員は、赤ペンで線を引いて指摘しただけでした。「どうしたの?と一言聞いてほしかった」と清水さんは語ります。
休み時間に高学年の児童に、名前をからかわれ、「男の子なの?女の子なの?」といじめられることも。
家族で相談し、学校で通称名を使うことにしました。
その旨を教員に伝え、本人が自分で考えた「里菜」(仮名)という名前を使い始めました。
傷ついた心。必死に握った手

小学校では、すんなりと「里菜」と新しい名前を使い始めることができましたが、児童からのいじめは続きました。
心ない差別的な暴言を浴びせられたり、新しい名前を使っているのに、戸籍上の名前を叫ばれたりすることも。
学校に相談して、教員は「いじめとして、やった児童に注意します」と言いましたが、一方で、割り当てられた性別と性自認が異なるということは「子どもには理解できない」と言われました。
「子どもはその言葉に傷ついて『私が死んだらお母さんも死ぬ?』『私が死んだら、私はピンクが好きだから、ピンクのお花を入れて』と話し、『死にたい』と3階の自宅から飛び降りようとしました」
「私はとにかく、手首のところをずっと握ることしかできませんでした。翌朝、手首にはあざが残っていたほどでした」
「ひっついて離れなかった」親子の集い
清水さん自身も元々、トランスジェンダーについて知っていたり、周りに当事者に知り合いがいたりしたわけではありませんでした。
里菜さんが性別に違和感を抱いたことをきっかけに、情報を集め始めました。
「自分以外にも、性別に違和感がある人はいるんだよ、自分だけじゃないよ、と安心させてあげたいなと思い、LGBTQの子どもや家族が集まる会に参加し始めました」
LGBTQかもしれない15歳以下の子どもやその家族に向けた交流会を開催している、任意団体「にじっこ」や、NPO法人「LGBTの家族と友人をつなぐ会」などは、当事者や家族の支えとなっています。
清水さんが里菜さんと親子の集まりに参加した際は、「帰る時間になっても、子ども同士がひっついて離れなかった」といいます。
「みんなで歩いて、“道を広く”したい」

中学校に進学した里菜さんは、「学校が楽しい」と言うように。
清水さんは「学校が楽しかったって言うのは、初めてなんじゃないか」と笑顔を見せます。
中学校では、性別に関係なく制服が複数のパターンから選べ、髪の毛が長い女子生徒も、ネクタイにスラックスを着用することも少なくないといいます。
「中学校に入学した時には、校長先生から『うちの学校に来てくれてありがとう。何かあれば言ってください。意見を無視することは絶対ないから。卒業する時に、ここに来て良かったと思えるようにするね』と声をかけられました」
「学校でも『男女分け』をしない取り組みを進めているようです。性別を理由に、色んなことをあきらめないでほしいなと思います。本人にも、『全力で応援するから、好きなことをやりなさい』と伝えました」
里菜さんの経験を通して、教育現場では、教育者も無意識のうちに「不要な男女分け」がされていると感じた清水さんは、こう語ります。
「子どもたちはその地域で大きくなるので、学校は、10年後のその地域を作ります。割り当てられた性別では、そこに当てはめられない子もいる。性別で色、名簿、式典での順番などを決めるのでなく、ジェンダーが『溶けていく』ような感じになっていけばいいと思います」
「小学校でも、娘以外にも、性別に違和感を感じていた子がいたことを、少し後に本人たちから聞かされました。教員が知らぬ間に、傷ついている子がいるかもしれないんです」
「性別に違和感がある子どもたちは、周りから嫌なことを言われる中でも、自分らしく生きようと自分を貫いています。だから、みんなで歩いて、その道を広くしたいと、そう思います」
娘を送り出す世の中は…
今、日本を含む各国では、トランスジェンダー女性に対する誹謗中傷や差別が問題となっています。
清水さんも日々、SNSでの差別投稿や、ウェブ記事のコメント欄での攻撃的の言葉などを目にするといいます。
今後、娘が進学し、就職をして社会に出ていくにあたり、清水さんは不安な思いを口にしました。
「トランスジェンダー女性に対する差別やバッシングも多く、こんな世の中に送り出さないといけないのかという心配はあります」
それでも、「娘を通して、見えない景色が見えたから。やれることをやっていきたい」。当事者の親として、地域の一員として、様々な努力をしていくつもりです。
もし、この記事を読んだ人の中に、性別に違和感を抱く子どもの家族がいたらーー。
清水さんは、こう呼びかけます。
「子どものそのままの姿、そしてその子の気持ちを大切にしてあげてください。きっと大丈夫だから」
同性婚が制度として認められておらず、性的マイノリティに対する差別や偏見がまだ根強い日本。さまざまな葛藤や障害を乗り越えて、それぞれの「家族」と生きる人々の暮らしを取材しました。
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