LGBTのお客さんがヘアサロンでの接客中に嫌な思いをしないように。そして、LGBTの美容師が、働きやすい職場環境を作れるようにーー。
ヘアサロン側が学び、業界の内側から変えていくためのプロジェクトが立ち上がっている。
自身もレズビアンであることを公表し、このプロジェクトに賛同する、美容師のKAHOさんに話を聞いた。
KAHOさんは、今はレズビアンであることを公表して美容師として活動しSNSでも発信をしているが、働き始めてしばらくは職場でカミングアウトができなかった。
「好きな仕事なのに偽りの自分でいなければいけない」という心苦しさで美容師をやめようと考えたこともあったという。
しかし意を決して勤めるサロンの代表にカミングアウトすると「悩んでいたことは、KAHOの強みになる」と受け入れてくれた。
その後は美容師としても接客・設備面で、LGBTのお客さんが来店しても嫌な思いをしたり、居心地が悪くなったりしないようにと、改善を重ねてきた。
「伝えていかなければ」とSNSでの発信もしていたが、活動はあくまで小さな範囲でしていた。
そんな時に昨年末、出会ったのが、P&Gのヘアケアブランド「パンテーン」が始めた「#PrideHairサロン」プロジェクトだった。
「#PrideHairサロン」プロジェクトは、ヘアサロン側がLGBTについて学び、業界の内側から変えていこうという企画だ。
LGBTの来店客にとって居心地の良いサロンになるよう、接客の心得や店内設備についてまとめた「LGBTQ+フレンドリーマニュアル」を公開。日本各地で賛同サロンを募っている。
KAHOさんが勤めるHairsalon BREEN Tokyo(東京都渋谷区)もプロジェクトに参加。「(美容師に)アライの人たちを増やすことで、LGBTQ+の人たちも来やすいサロンになる」とKAHOさんは話す。
マニュアルを作成するにあたっては、LGBTの団体代表や美容師などによるワークショップが開かれ、KAHOさんも参加した。
「女性用・男性用」の雑誌やヘアカタログ…性別の壁を感じる空間
ヘアサロンは「男女二択の『性別の壁』を感じる空間」とKAHOさんは話す。
最近では、タブレット端末で客自身が雑誌を選べるサロンも増えているが、雑誌やヘアカタログが「メンズ」「レディース」と分かれているケースも多い。
美容師の判断で来店客に雑誌などを用意する際、例えばトランスジェンダー女性やトランスジェンダー男性に、本人が希望する雑誌を渡すことができているかなど、気をつけるべき点がある。
「前提としてお客様がありたい姿を叶えるのが美容師の使命です。しかし美容師がお客様の性別や外見で判断することによって、髪型の選択肢の幅を狭めてしまうこともあるかもしれません」
「いわゆるゆるふわなシルエット、丸みの強い曲線などが『女らしい』髪型とされ、刈り上げや短髪が『男らしい』など、昔からある固定概念から生まれる『男女二択の性別』は美容室には必要ないのでは?と思います」(KAHOさん)
「性はグラデーション」とも言われ、様々な人がいて、髪型を含む様々なファッションがある。
だからこそ「ありたい自分の姿」を叶える美容室が、男女二択に限定して接客することには違和感を抱いてきたという。
「女の子っぽくするね」「刈り上げはやめとくね」
KAHOさん自身が美容師になる前、子どもの頃にヘアサロンで「もやもやする経験」をしたことがある。
「小さな頃はLGBTQ+とかの言葉や概念も知らなかったんですけど、何か違和感はありました」と話すKAHOさん。希望するヘアスタイルを伝えても、聞き入れてもらえなかったことがある。
KAHOさんは小学生からサッカーをしていて、女子チームがなかったために、男子チームに女子数人が混ざってプレーしていた。
「試合前に気合を入れに髪を切りに行くんです。美容師さんに、刈り上げの写真を見せて、刈り上げにしてもらったり」
「刈り上げのかっこいい髪型になると、内面からも強くなれる気がして、負けないという気持ちになったんです」
しかし、いつもと違うサロンに行った時に、刈り上げにしてもらえなかったことがあったという。
「『女の子っぽくするね』『刈り上げはやめとくね』と言われました。髪型が嫌で、帰り道にトイレに行ってなおしました。その経験の後は、自分で髪の毛を切ったこともあります」
現在はKAHOさん自身が美容師として、自分のような経験をする来店客がいないようにと、見た目や性別で髪型を決めつけたりしないよう心がけている。
ヘアサロンのウェブサイトにある自身の美容師プロフィール欄にも「男女という概念にとらわれないヘアスタイルを提案」と掲げる。
「#PrideHair salon」プロジェクトのマニュアルでも、「この人は"見た目的に"女性 / 男性だはNG」「その人が『本当にしたいヘアスタイル』を丁寧にヒアリングする」などが、接客の心得として指摘されている。
「彼女・彼氏」ではなく「パートナー」に。少しの心がけで変わること
このプロジェクトは、来店客にカミングアウトを推奨するものではない。もしカミングアウトした際にどう対応するべきかを示し、来店客を傷つけず、不快にさせない接客を目指している。
KAHOさんも当事者の目線から、こう語る。
「『LGBTQ+フレンドリー』と一言に言っても、人によっては『髪を切るためにカミングアウトをしたりしたくない』『話さない方が心地良い』という人もいれば、『本当になりたい姿がこうだ』と言いたい人もいます。人それぞれだと思います」
また、ヘアサロンでの困りごとは、決してトランスジェンダーの人たちだけの問題ではないとも指摘する。
現在、KAHOさんから施術を受けたいと指名をして美容院に来店する客の8割が、ゲイやレズビアンだという。
そのような経験からも、施術中の会話などで、同性のパートナーがいる人たちに対しても、気をつけることが多くあると話す。
「施術中の会話で、『彼女・彼氏』や『結婚』という言葉がでてきて、それだけで美容院に行くことが嫌だと感じでしまう人もいます。例えば『彼女・彼氏』という言葉を『パートナー』に変えるという気遣いもできますよね」
「美容師でも詳しくない人が多く、配慮をしたいとは思っていても、施術中の会話の中で何を気をつければいいのかわからない人も多くいます」
一貫して全ての来店客に「パートナー」という言葉を使うことで、来店客がカミングアウトをしていなくても、知らずに傷つけることはなくなる。
最近では、様々なパートナーシップの形があるため、異性間カップルでも「パートナー」という言葉はよく使われるようにもなっている。
LGBTの美容師にとっても働きやすいヘアサロンに
プロジェクトのマニュアルは、主にLGBTの来店客への接客という観点で書かれているが、社内研修でこれらを学ぶことで、LGBTの美容師が働きやすくもなるとKAHOさんは話す。
KAHOさん自身、美容学生や駆け出しの美容師から、SNSのメッセージで頻繁に相談を受けるという。
「アシスタントや美容師1年目の子から『上司や先輩にも言えず、自分らしく働けなくて悩んでいます』『変えていけない自分ももどかしい』と相談されます」
プロジェクトを通し、美容師たちがLGBTの人々について学ぶことでアライになり、LGBTの人々への差別や偏見の言動がない、働きやすいヘアサロンになることが理想だ。
「新人の美容師がLGBTQ+の当事者だった時、後輩ものびのびと安心して美容師として仕事ができる職場をつくっていけたらと思っています」