注文が伝わらなくて…。1年前にミュージックビデオで描かれた夢。「手話のカフェ」が実現するまで

    東京都国立市にできた「手話が共通言語」のスターバックス店舗。それは、実現する1年前に歌手HANDSIGNの曲「声手」のMVで描かれていたある女性の夢でした。

    「手話が共通言語」のスターバックス店舗が6月末、東京都国立市にオープンした。

    聴覚に障害のあるスタッフを中心に、主なコミュニケーション手段として「手話」を使用し、運営する店舗だ。

    日本にこの店舗をオープンさせることを夢見て、開店まで奔走してきたスタッフの一人は、聴覚障害を持った女性。実は彼女の夢は、2019年夏に公開されたあるミュージックビデオの中で描かれていた。

    動画では、聴覚障害を持つ女性が試行錯誤しながらカフェで働き、「手話が共通言語のカフェ店舗をオープンさせたい」と夢を抱く姿が描かれている。

    聴覚に障害がある女性が、カフェの面接を受け、店長や同僚の理解や協力も得ながら、エプロンに「耳が不自由です」というバッジを着けたり、「耳が聞こえません。指さしでの注文にご協力ください」と書かれたメニュー表を使ったりして、注文を聞き、来店客とも交流を深めていくストーリーだ。

    店内に手話を説明する手書きの絵も貼り、常連客もあいさつなどの手話を覚え、スタッフに手話で思いを伝えるようになっていく。

    これは、2019年6月にボーカル&手話パフォーマー「HANDSIGN」がリリースした楽曲「声手」のミュージックビデオ。

    ストーリーのモデルとなったのは、手話が取り入れられたスターバックス「nonowa国立店」の立ち上げに携わり、実際に同店舗で働く、大塚絵梨さんだ。

    ミュージックビデオで描かれた大塚さんの夢が実現した今、HANDSIGNのTATSUさんやSHINGOさん、大塚さんは、どのようなことを思うのか。話を聞いた。

    ミュージックビデオで描かれた、大塚さんの思い

    2005年に結成し、2018年にメジャーデビューしたHANDSIGNは、手話を取り入れたダンスや音楽を届ける中で、聴覚障害者らの実際の経験談をもとにミュージックビデオを作っている。

    大塚さんは以前からHANDSIGNのライブを何度も訪れていて、TATSUさんとSHINGOさんも大塚さんがスターバックスで働いていることなどを知っていた。

    「声手」のミュージックビデオのモデルを探している際、大塚さんの経験に興味を持った2人は、実際に大塚さんにインタビューをした。大塚さんが自身の経験や思いを語る中で、2人は大塚さんの話に惹き込まれたという。

    そこで「声手」のミュージックビデオでは、大塚さんが聴覚障害者であることを伝えずに履歴書を送り、それでも面接に受かったシーン、他のスタッフが聴者の中で、工夫を重ねながら働く姿などを、実話をもとに描いた。

    大塚さんはBuzzFeed Newsに対し、ミュージックビデオ作成時を振り返り「まさか自分一人のエピソードが歌になるとは思わず、びっくりしました」と話した。

    ビデオの中で大塚さん役は、女優の早見あかりさんが務めた。

    TATSUさんは、大塚さんをモデルにしたストーリーについてこう語る。

    「聴覚に障害を持った方でも、聞こえる人の中に入って頑張っていくという『熱量』がすごいと思いました。大塚さんの姿をミュージックビデオや音楽で描き、挫折しそうな人に、『これを見て頑張れる』と思ってもらえたらと思いました」

    「また、聞こえる人でも、『こんなに頑張っている人がいるんだ』『こんなカフェがあるんだ』と、いろんな発見になると感じました」

    聴覚障害がありながらも、カフェで働く苦労、葛藤、楽しさ

    スターバックス広報部によると、実際に日本のスターバックスには、障害のあるスタッフが360人以上所属しており、65人の聴覚に障害があるスタッフが働いている。大塚さんもその一人だ。

    大塚さんが、聴覚障害がある人を採用しているスターバックスで働きたいと思った背景には、それまで何度も経験してきた「店員に注文が伝わらない」というもどかしさと葛藤があった。

    「カフェだけでなく、どの飲食店に行ってもよくあることですが、サイズが違っていたり、アイスで頼んだのにホットが出てきたりなどはしょっちゅう経験しています。店員の方が言っていることがわからず、簡単な注文で済ませるときもあります」(大塚さん)

    ミュージックビデオでは、カフェで自分が思うように注文が伝えられず、注文したかったものと違ったドリンクが出されるシーンも描かれている。

    「声手」リリースから1年、叶った夢

    スターバックスはこれまでに、手話を取り入れたスターバックス店舗「サイニング・ストア」をマレーシアやアメリカ、中国にオープンしていて、日本のサイニング・ストアは世界で5店舗目だ。

    2016年にマレーシアに初めてサイニング・ストアができたというニュースを聞いた時から、大塚さんは「日本にもオープンしたい」と願い続けてきた。

    実際、日本でのオープンに向けて、大塚さんはスターバックス社内の会議でも、サイニング・ストアを日本で開店することについてプレゼンテーションをするなど働きかけてきた。そのシーンは、声手のミュージックビデオでもエンディングの部分で描かれている。

    ミュージックビデオがリリースされてから1年が経ち、大塚さんの夢は叶った。

    開店に際し開かれた会見で、大塚さんは、「聞こえない私たちの働いている姿を見て、知って頂きたい」と笑顔で語った。

    また、会見では、大塚さんと共に店舗立ち上げに携わった聴覚障害があるスタッフが「お店を通して『障害』のイメージを一変したい」と話した。

    その言葉に対しSHINGOさんは、手話を取り入れたダンスなどを通して、手話や障害に関して伝えているHANDSIGNの音楽と「共通するところがある」と話す。

    「僕らも手話というものに携わったおかげで、色々なことを学んだ。作品を通じて、手話や聴覚障害がある方について、角度を変えて見てほしいという思いがあります」

    「多様性が必要な世の中で、スタイリッシュに福祉に興味を持ってもらうというのは、自分たちも共通していると思いました」

    TATSUさんは「声手」のミュージックビデオが公開されてから、実際に国立の店舗がオープンするまで、たったの1年間だったことに対し「こんなに早く実現できたことが、すごいと思いました」と語る。

    SHINGOさんは「記事で店舗の写真も見ました。指差しでオーダーできるメニュー表もとても見やすかった。でもあえてそこは手話でオーダーしたいです。手話でちょっと小話もしたい」とも話した。

    「やりたいことがあれば、諦めずに前に進んで」

    ミュージックビデオでは、大塚さんが働くカフェがスターバックスであることは明らかにされていないが、ビデオの中で大塚さんの名前などは出ているために、大塚さんが店舗で働いていると「声手、見ました」と声をかけられることもあったという。

    手話が通じるサイニング・ストアがオープンした今、大塚さんは「サイニング・ストアなら共通言語が手話なので、聾(ろう)のお客様でもスムーズに注文できるというのが一番のポイントです」 と話す。

    「私にとって『夢』とは、『不可能を夢にする』だと思っています。耳がきこえないからといって最初からあきらめるのではなく、やってみないと分からない」

    「やってみてダメだったらそれは成長するヒントへつながる。自分のやりたいことがあれば必ず、諦めずに前に進んでほしいと伝えたいです」

    スターバックスは2018年から、聴覚に障害があるスタッフが中心となって店舗運営をするプログラムも実施している。

    「声手」のミュージックビデオを見たことをきっかけに、そのプログラムに参加した人もいた、とSHINGOさん。

    大塚さんの経験談やストーリーが、新たな「一歩」を生んでいる。

    HANDSIGN「声手」(ドラマ字幕Version)

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