「妊娠中の方への接種は行っておりません」ーー。
職域接種で新型コロナウイルスワクチンを接種しようとした妊娠中の女性(30)が言われた言葉だ。
厚生労働省が妊娠中でも「ワクチンを接種することができる」という方針を示す中、なぜ職域接種で接種を断られる妊婦が出てきているのか。
厚生労働省や実際に接種を断られた女性、産婦人科医に話を聞いた。

女性が接種を試みたのは、勤務先の職域接種。BuzzFeed Newsの取材にこう語る。
「職域接種の案内の注意書きの部分に『妊娠中の方は接種できません』と記載されていたため、会社の窓口に尋ねました。すると、医師の了解を得ていれば接種は可能という回答があったので、予約を取りました」
「しかし当日、会場へ向かい医師の問診を受けた際、『妊娠中の方への接種は行っておりません』と言われました。なぜかと聞くと『接種を委託されている病院の方針で、妊娠中の方への接種は見送ることになっているため』と言われました」
さらに理由を尋ねると「何かあった時に責任がとれないから」と言われたという。
女性は妊婦健診でも相談し、主治医は「妊娠後期にかかり重症化するリスクを考えれば接種はすべき」との判断だったため、家族とも話し合って接種を決めた。
周りの妊娠中の友人らは「赤ちゃんに何かあったら怖い」と接種をしない人も多かったが、女性は熟考して判断しようと、日本政府が出している情報のほか、海外での妊婦への接種状況のデータなども調べた。
その上で、感染拡大の勢いが増す中、「命を守りたい」と接種を決めたという。
「打つかどうかは私自身が判断すること。責任が取れないからという理由で、自分の判断を覆されたことが屈辱でした」
「妊娠しているという前に、私もフルタイムで働く一人の人間なので、妊娠を理由に接種から疎外されたことに納得がいきませんでした」
女性は「ワクチン確保・接種に大変な労力を割いてくれた勤務先には感謝している」としつつ、国の方針などと相容れない、妊娠女性を接種対象外にする姿勢には疑問を呈する。

厚生労働省はウェブサイトでのQ&Aで「妊娠中の女性も接種は受けられます」とした上で、「器官形成期である妊娠12週までは、偶発的な胎児異常の発生との識別に混乱を招く恐れがあるため、接種を避けていただくこととしています」と説明している。(※厚労省は8月8日までに、「妊娠12週」に関するこの文章をサイトから削除し、現在は「妊娠中のいつの時期でも接種可能」と記載している)
女性はその説明も読んでいたため、妊娠13週まで待って職域接種に申し込んでいた。
会社の委託先の病院の方針は変わらなかったため、女性はその後、居住地域の集団接種に申し込み、接種を受けることができた。その際には「(妊娠中でも)打ってもいいと公表されているので、希望される方には接種しています」と言われた。
女性は言う。
「政府は、医療機関が妊婦に対し接種を断っている現状を認識していないのではないでしょうか。ワクチン接種に力を入れているのであれば、そういった部分についても焦点を当て、医療機関等に働きかけてほしいです」
職域接種で妊婦が断られるケース、厚労省は把握か

職域接種で断られた妊婦は女性だけではない。Twitterでは同様の経験をした人の声があがっている。
《夫の会社の職域接種は家族も対象ですが、妊婦は除外されており、理解に苦しんでいます…》
《私も職域接種、妊婦だからと断れました》
《職域接種では妊婦は対象外で受けられませんでした。市の接種では30代はまだ予約もできず困っています。優先接種の対象にして欲しいです…》
もちろん職域接種でワクチンが受けられている妊婦もいる。
一方で、感染が急拡大する中、できるだけ早い接種機会を求めるも、職域で対象外だったり、断られたりした妊婦も一定数いるようだ。現在は、ワクチンの供給量の問題などで、自治体での接種予約が一時停止となっている地域も多い。
厚生労働省はこの問題を把握しているのか。また、どのような見解なのか。
BuzzFeed Newsの電話取材に、厚労省の担当者は「そのようなケースの連絡は上がってきておらず、事実関係としてどれくらいあるのか承知していません」と回答。妊娠中の女性の接種については、以下のように説明した。
「妊娠中の女性の接種に関しては、厚労省ウェブサイトのQ&Aにある通りで、そのように広く国民に呼びかけているところです。それは職域接種に関しても変わりはありません」
職域接種で妊婦が対象外になっている企業があることに感しては、「職域接種に向けた企業向けの手引きでは、企業において事務局を設置し、事務局において接種対象者などを決めるようお願いしています」とした。
また、職域接種で対象外になった妊婦に関しては「自治体にもよりますが、住民接種では基本的に(妊婦も)接種が受けられる状況にあるはずです。職域で対象外だとしても、住民接種で接種機会を確保していると思います」と話した。
厚労省が「職域接種に役立つ資料」としてサイト上で公開する「臨時接種実施要領」では、予防接種不適当者・予防接種要注意者に妊娠中の女性は入っていない。
一方で、「女性に対する接種の注意事項」として「妊娠中又は妊娠している可能性がある場合には本予防接種の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種すること」との記載がある。
ワクチンを担当する河野大臣は、自身のブログの記事「ワクチンデマについて」で「アメリカで行われた3958人の妊婦を対象とした研究で、流産や早産、先天奇形が起こりやすいということがないことも確認されています」と綴っている。
学会「希望する妊婦さんは接種できる」

日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会、日本産婦人科感染症学会は合同で6月17日、妊産婦に向けたコロナワクチン接種についてのお知らせを発表した。
お知らせでは、妊婦の接種について以下のように説明している。
「すでに多くの接種経験のある海外の妊婦に対するワクチン接種に関する情報では、妊娠初期を含め妊婦さんとおなかの赤ちゃん双方を守るとされています。また、お母さんや赤ちゃんに何らかの重篤な合併症が発生したとする報告もありません。したがって日本においても、希望する妊婦さんはワクチンを接種することができます」
加えて「一般に、このワクチンを接種することのメリットが、デメリットを上回ると考えられています」「特に後期の感染ではわずかですが重症化しやすいとされています」としている。
日本産婦人科感染症学会はウェブサイトで、妊娠中や妊娠を希望する人たちの新型コロナワクチン接種についての「Q&A」も公開。
そこでは、接種の時期について「いつの時期でも接種可能です。⼼配な⽅は器官形成期(妊娠12 週まで)を避けることをお勧めしていますが、現時点で明らかなワクチンによる催奇形性(胎児に奇形が起きること)の報告はありません」と説明している。
患者にも職域で断られた人が…「優先してワクチンを打つべき」

都内でレディースクリニックを運営する、産婦人科医の宋美玄さんに話を聞いた。
宋さんの患者にも、職域接種で妊婦であるということで断られ、在住区では予約が取れない人がいた。
宋さんは言う。
「妊婦さんは多少の重症化リスクもありますし、妊婦がコロナに感染したり発熱したりした時、受診や入院は優先されません。むしろ妊娠しているということで受診を断られることも少なくないです。受け皿がない状態です」
「日本産科婦人科学会など3学会が合同で妊婦の接種に関する声明も出しています。(職域接種でも)アカデミアの声明も遵守してほしいですし、断る場合は代わりにどこか案内をしているのかなと疑問に思います」
宋さんは、妊婦は「赤ちゃんとお母さん、2人分の命です」とし、「リスクがある人には優先してワクチンを打つべきです」と指摘した。
職域接種で対象外になり「門前払い」になっている人などもいることから、「妊婦の集団接種もあればよいのでは」と提案する。
UPDATE
厚労省が「妊娠12週までは接種を避けていただく」とする文章をウェブサイトのQ&Aから削除したことを追記しました。現在は「妊娠中のいつの時期でも接種可能」と記載しています。
UPDATE
妊婦を職域接種の対象外としている企業があるという情報を受け、政府は8月5日、ワクチンの職域接種を実施中・希望している企業などに対しメールを送信し「妊娠中の方などについて一律に対象外とすることなく、接種を希望する方への適切な対応を」と呼びかけました。