7割の被験者が架空の犯罪を自白…有名な実験結果に科学者が「待った」

    ある調査結果が2015年、メディアで大々的に報じられ話題になった。自分が実際は犯していない犯罪を、犯したと確信してしまう人の割合が70%に上る、というものだった。現在、この実験結果を批判する人たちが現れ始め、実験は正式に訂正されることになった。

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    1989年4月19日の夜、白人女性のトリシャ・メイリ(28歳)さんは米ニューヨークのセントラル・パークでジョギングしていた。そこで激しく殴打され、レイプされ、12日間の昏睡に陥った。ハーレム在住の黒人およびヒスパニック系の少年5人が、自白をもとに有罪判決を受け服役した。しかし後に、自白は警察に強要されたもので偽りだったと、5人が明らかにした。

    この「セントラル・パーク・ファイブ」と呼ばれるケースのように、人は実際に犯していない犯罪を覚えているかのように操られる可能性がある。しかしこれがどれほど起こり得るかについて、心理学の分野で議論が生まれつつある。

    2015年、「サイコロジカル・サイエンス」に掲載されたある実験が、多くの注目を集めた。誤情報を盛り込んだ3回のインタビューを経て、参加者の70%という圧倒的な割合の人が、自分が犯罪を犯したと確信したのだ。

    しかし今、この結果を批判する新たな研究論文が出され、70%という数字があまりにも高すぎると異論を唱えている。2015年の実験が、「過誤記憶」をきちんと定義しておらず、また、でっち上げられた犯罪を実験参加者が実際は覚えていなかったことがうかがえる様子が実験では見落とされていた、と新しい研究論文は主張している。他で行われた調査では、この割合は約20%だとされているという。

    これとは別の話の流れで、BuzzFeed Newsはまた、2015年の論文が、統計誤差について正式に訂正されることを知った。しかしながら、今回なされる訂正により、2015年の実験で出されていた結論が大きく変更されることはない。そしてこの実験の主要研究者であり犯罪心理学者のジュリア・ショウ氏は、実験結果の正しさは変わらないと話している。

    過誤記憶を定義する方法は多くあるとショウ氏は言い、自身が採用した方法が必ずしも間違っているわけではない、と話す。「過去の経験を思い出すという主観的体験をしているか否かは、実際に実験に参加者している本人たちにしか分からない」と、英国の大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの名誉研究員であるショウ氏は、自身の研究に対する批判への回答として近々発表する記事の中で述べている。

    英ウォーリック大学の心理学者であり、最近出た前述の批判論文の共著者でもあるキンバリー・ウェイド氏は、犯罪を犯したとの過誤記憶ができてしまう可能性に異論はない。しかしショウ氏の論文が示唆するほど簡単だとは思わないと話す。

    「不正確で誇張した結果を報じる問題点として、まず、記憶に関する研究への懐疑的な見方を促進してしまうことがある。また、人はなぜ過誤記憶を持ち始めるのかに関する私たちの理解を損ないかねない」と、ウェイド氏はBuzzFeed Newsに対してメールで回答した。「科学を遅らせかねないし、現実の世界における行動について、誤った結論を導き出すよう科学者を促しかねない」。

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    ジュリア・ショウ氏

    ショウ氏が2015年、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学の法廷心理学者スティーブン・ポーター氏と共にこの調査論文を発表した際、論文は米公共ラジオ放送のNPRや雑誌Wired UK、英紙デイリーメールなどで取り上げられた。ショウ氏は書籍『The Memory Illusion』(和訳書『脳はなぜ都合よく記憶するのか 記憶科学が教える脳と人間の不思議』講談社)を書くに至り、この書籍は人気を博した(ショウ氏はBuzzFeedにも寄稿していた)。

    「過誤記憶をうまく植え付けられた人の割合に、とてつもなく驚いた」とショウ氏は米公共ネットワークPBSのドキュメンタリー番組「メモリー・ハッカーズ」で語った。「それでも、実験中に、そんな人がどんどん増え続けた」。

    実験には、60人の大学生が参加した。まず、調査員らは実験参加者が10代だった時の本物の情報を集めた。例えば住んでいた都市や友人の名前で、こうした情報は、両親や保護者にアンケート用紙を送って得たものだった。

    実験参加者はその後、40分の聞き取り調査を3回、3週間にわたって受けた。調査員は、実験参加者が思春期のころに実際にあった出来事(両親から提供してもらった情報)について尋ね、その後、虚偽の出来事について尋ねた。中には、窃盗から武器を用いての暴行に至る何らかの犯罪を犯して警察が呼ばれた、と言われた人もいた。

    聞き取りを行った人が、実験参加者に対して何が起こったか説明してくれるよう求めたが、その際に、でっち上げた犯罪が実際に起こったと確信させるために、ところどころに手がかり(当時の年齢や起こった季節など)を入れた。実験参加者が思い出すのに苦労した場合は、聞き取り調査を行った人物が、頑張れば思い出せる、と嘘を伝えた。最終的には、犯罪を犯したという過誤記憶を描写した人が70%に上ったことが分かった。

    調査員らは、例えば、最初は犯罪を思い出せなかったが後に思い出すなど、複数の基準が合致した場合のみ、実験参加者の説明を「過誤記憶」と分類した。また、聞き取り調査員が提供した以上の詳細など、少なくとも10以上の詳細なポイントを実験参加者が挙げた場合に、過誤記憶とされた。そして最後に、犯罪が実は存在しないと言われ、「忘れていただけで実際に起こった出来事だと思いましたか?」と尋ねられた時に、実験参加者が「はい」と答えた場合のみ、過誤記憶に分類された。

    過誤記憶のこうした定義は、「非常に保守的」だとショウ氏とポーター氏は書いている。そしてこの実験結果は、「記憶に関する誤審を防ぐ手助けとして不可欠」だという。

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    PBSのドキュメンタリー番組「記憶のハッカー」に出演したジュリア・ショウ氏

    しかし他の人たちは、ショウ氏とポーター氏の定義は、あまりにも緩すぎると考えている。1月に発表された、ウェイド氏が他の研究員2人と書いた前述の批評論文は、割合が70%ではなく22%だと示す別の調査を挙げている。

    ショウ氏は、実験の生データをウェイド氏のチームと共有した。ウェイド氏はその後、聞き取り調査時の会話のやり取りを書き起こしたものを、2組の基準(ショウ氏のものではない)を元に、独立した審査員2人に採点してもらい、さらにこの基準を使って過誤記憶を分類した。審査員は、実験参加者が例えば「絶対起きた」と言って自分の記憶に自信を持って話したか、またはその出来事に関する感情を描写したか、などについて評価した。

    今回使った2組の新しい基準では、過誤記憶の割合は、26%と30%にそれぞれ低下した。前に行われていた調査と同じ水準だ。実験参加者が詳しく詳細を述べたとされた過誤記憶は、過誤記憶というより「過誤の信念」のように思える、とウェイド氏は話した。

    「実験参加者の中には、『たぶんこの少年だと思う。少年は赤のシャツを着ていて近所に住んでいた子だったと思うけど、実際には覚えていない。思い出そうとして推測している』と言った参加者もいた」とウェイド氏は話した。「ある出来事について話をするのと、純粋に覚えていてそれを思い出しているのとは違う」。


    ショウ氏に電話でのインタビューを依頼したが、スケジュールが合わないため控えるとの回答だった。ショウ氏が立ち上げた新規事業パレスが今週、人工知能と記憶科学をベースにしたチャットボットのサービスを開始した。これは、従業員が匿名でハラスメントや差別を報告できるものだ(一方でポーター氏は、偶然にも現在セクシャル・ハラスメントで非難されており、コメントを求めたが返事はなかった)。

    しかし学術誌「サイコロジカル・サイエンス」に掲載される予定の発表前の原稿を、ショウ氏がBuzzFeed Newsに共有してくれた。原稿によるとショウ氏は、過誤記憶と過誤の信念を意図的に区別しなかった、という。「これを確実に分けるのは、不可能ではないにせよ困難だ」と書いてあった。

    過誤記憶を分類する方法はいくつもある、とショウ氏は言い、自身の分類法は間違いではなく、意図的に違うようにしてあるものだ、と述べた。ショウ氏はさらに、ウェイド氏のチームが別の基準に従って出した過誤記憶と過誤の信念の割合を足すと、70%近くになる、と指摘した。

    しかしながらどちらとも無関係の立場にいるある2人の心理学者は、ウェイド氏が論文に書いたショウ氏への批判に同意している。

    「チームが測定していると主張しているものは間違っている」というのは、米ニューヨーク市立大学ジョン・ジェイ刑事司法校で心理学を教えるデリン・ストレンジ准教授だ(ストレンジ准教授は、ウェイド氏が調査結果を再分析した際に使用した基準の1つを開発する手助けをしたが、分析そのものには関わっていない)。

    「この実験結果は、著名な専門誌に掲載され、メディアの注目を多く集めた。しかし数値は、過誤記憶を植えつけることに関する他の研究で我々が知っているものとは合致しなかった」とストレンジ准教授は加えた。「最初から何かが間違っていたように思われた」。

    カリフォルニア大学サンディエゴ校で心理学を教えるジョン・ウィックステッド教授は、もっと大きな違いをもとに過誤記憶と信念を分類するべきだ、と話した。

    「人は記憶について、ある、ないの2進法で考えがちだ。このような2進法の考えは、記憶の捉え方として正しくない。そこにはさまざまな濃淡があり、記憶のグラデーションがある」と述べた。

    さらに、ショウ氏は自身の論文に統計誤差があることを認めた。ショウ氏がBuzzFeed Newsに見せてくれた草案によると、一番大きかった間違いは、過誤記憶で思い出された詳細の平均数は72ではなくて約65だったものだ。

    「サイコロジカル・サイエンス」のスティーブン・リンジー編集長によると、数週間以内に訂正が発表される予定だ。「そのほとんどは小さな誤差で、今回の実験結果が質的に変わるようなものはない(ただし非常に多くの誤差があるというのは、著者や当誌にとって褒められたものではない)」と、BuzzFeed Newsに電子メールで述べた。

    今回の間違いを気づかせてくれたのは、心理学調査での誤りを見つけ出している、組織に所属していない研究者のニック・ブラウン氏とジェイムズ・ヘザース氏だった、とショウ氏は話している。ショウ氏によると誤りの原因は、「エクセルで一連の計算をした際に2つ、3つほどのセルを入れ損ねたことに起因する小さな計算違い」としている。



    この記事は英語から翻訳されました。
    翻訳:松丸さとみ / 編集:BuzzFeed Japan

    Stephanie M. Lee is a science reporter for BuzzFeed News and is based in San Francisco.

    Contact Stephanie M. Lee at stephanie.lee@buzzfeed.com.

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