人気オーディション番組の舞台裏。K-POPアイドルを目指した元練習生が明かす

    オーディション番組「PRODUCE 101」のシーズン1に出演していた、キャサリン・リー(通称キャシー)が当時を振り返る。


    Dozens of K-pop girls wear skirts, ties, and blazers and pose for the camera while holding microphones
    Mnet

    振付を練習する「PRODUCE 101」の練習生

    韓国からスーパーアイドルグループが誕生するようになったのはなぜなのかと、欧米の人間は首をかしげるかもしれない。しかしアジアでは、有名スターたちが「練習生だったころ」を振り返るのはおなじみだ。

    K-POPスターが誕生するまでの道のりは、芸能事務所が新たなグループ結成を発表し、メンバー選考のために国内外でオーディションを開催するところから始まる。

    芸能事務所の秘蔵っ子(彼らは文字どおり10代の「子どもたち」だ)が招集されて「練習生」となり、過酷なトレーニングに挑む。

    彼らが、厳しいことで有名なトレーニング(歌にダンス、英語の集中レッスンに加え、ある種のダイエット)に明け暮れることは知られているとおりだが、実際にどういうことが行われているのかは謎に包まれたまま。

    選考期間は数カ月から数年までまちまちだが、最後には三拍子そろった粒ぞろいの面々が生き残り、巧みなマーケティング戦略で売り出されるのがお決まりのコースだ。

    K-POPが世界的な人気を獲得すると、練習生になりたいと希望する若者たちがオーディションに殺到し、芸能事務所には大きな成長のチャンスが転がり込んだ。

    リアリティ番組とオーディション番組が次々と制作されるなか、視聴者は自分のお気に入りの出場者、つまり「推し」に投票をする。

    ボーイズグループやガールズグループの結成を目的としたオーディション番組は数あれど、韓国メディアの定番となった番組はごく一部にすぎない。

    音楽専門チャンネル「Mnet」で公開オーディション番組「PRODUCE 101」が始まったのは2016年のこと。101人の練習生たちをふるいにかけて11人に絞り込むという、巨額の予算をかけたオーディション形式がたちまち話題を集めた。

    そうして多くの人を引きつけた結果、ガールズグループの「I.O.I.」(期間限定グループですでに解散)や「IZ*ONE」(2021年4月に活動終了)などが誕生し、世界中に熱狂的ファン層を獲得した。

    ところが、この番組は2019年に終了した。プロデューサー2名が芸能事務所から賄賂を受け取り、投票を不正に操作していたことが発覚したからだった。結局、この2人には2020年に有罪判決が下された

    キャサリン・リー(通称キャシー)は、シーズン1に出場した練習生101人の1人で、厳密には89番と呼ばれていた。

    米ミシガン州南東部生まれのキャシーは、芸能事務所「ミダスエンターテイメント」(現:メディアライン・エンターテイメント)所属の練習生としてトレーニングを受けたが、グループとしてデビューには至らなかった。そして「PRODUCE 101」で脱落すると、自ら芸能界を離れ、学業に専念するためアメリカに戻った。

    筆者は、テネシー州ナッシュビルの大学寮で暮らすキャシーにZoomでインタビューを行った。ちょうど1年生の年度末を迎える頃だ。

    会話は、キャシーの現在の生活(新型コロナウイルスが感染しているさなかの残念なキャンパスライフ)から、K-POPの練習生として、また韓国で暮らす中国系アメリカ人として「PRODUCE 101」に出場した体験へとおよんだ。

    注意:摂食障害についての記述があります。


    ーーBuzzFeed Newsの読者に自己紹介をしてくれますか?

    キャサリン・リー:キャシーと言います。ヴァンダービルト大学の1年生で、経済を勉強中です──たぶん(笑)。

    中学2年を終えたときに、自分では「ギャップイヤー」と言っているんですが、韓国に行ってK-POP界に入りました。10カ月くらいレッスンを受けたあと、音楽専門チャンネルMnetで放送していたオーディション番組「PRODUCE101」のシーズン1に出場しました。

    でも、オーディションが半分くらい進んだときに、学校に戻ろうと決めてアメリカに帰国しました。

    ーーK-POP界に入ったきっかけは?

    中学2年の冬休みに、家族と韓国に行ったとき、どうせ韓国にいるんだからオーディションを受けてみようかなと思ったんです。

    あのころは、K-POPの男性アイドルグループ「Exo」に夢中でした。歌やダンスは全然習ったことがなかったけれど、おもしろ半分で受けてみました。

    そうしたらある日、芸能事務所からいきなり電話がかかってきて、「歌やダンスの経験がないのはわかっているけど、君は国際派だし有望そうだから、レッスンを受けてみませんか?」と誘われました。K-POPがまだ世界的人気が出る前で、中国やアメリカの人を集めようとしていたみたいです。

    私も戸惑ったし、両親もちょっと心配していました。でも、サマーキャンプのようなものだと思えばいいと言われて。それで参加したのですが、期間を何度も延長し、最後には事務所と契約しました。

    Mnet

    PRODUCE 101」のキャサリン・リー。

    ーーレッスンを受け始めた、最初の数カ月の様子を教えてください。中学3年生になったばかりの年齢なのに、ひとりで韓国にいたんですよね。

    韓国に到着したばかりのころは、カルチャーショックを受けました。

    初顔合わせのとき、地下室にある事務所の練習所に下りて行って、「ハーイ! キャシーよ」とあいさつしたんです。そうしたら、全員が一斉に息をのみました。

    「『ハーイ!』だって。お辞儀もしないの? なんて失礼な子! アメリカ人っぽい」と言われました。それがみんなとの初対面です。

    私は自分を好感の持てる人間だと思っていたんですが、とても失礼な人間だと思われたようです。あとで、アメリカ人だから仕方がないとわかってもらえたけれど。

    韓国は上下関係が厳しい社会なので、はじめはその文化に慣れるのにとても苦労しました。何度もマナー違反をして、他の人を怒らせたこともあります。

    ほかの女の子たちは1年前からレッスンを受けていたので、もうグループができあがっていました。誰が好きで誰が嫌いかも、互いの長所と短所も、すべてわかっているような感じです。

    実を言うと、私は最初、男の子と一緒にレッスンを受けていたんです。最初の数カ月間は、(ソウル市内の)江南区で1日に5時間、韓国語も勉強していましたが、事務所の練習生たちに合流したときにやめました。

    けっこう話せるようになっていたし、みんなに追いつくためには、練習所で長時間のレッスンを受けなくてはならなかったんです。

    事務所では月に1回、テストがありました。最近では有名な話になっていますよね。毎月、練習生を減らしていくんです。最初は20人の女子がいましたが、トレーニングが終わるころには7人に減っていました。

    毎月、1人か2人が削られます。最初の2カ月は、私はテストを受けずに済みました。あまりにも初心者で、フェアじゃないと思ってくれたみたいです。3カ月目からはガールズグループの一員になって、初仕事として「少女時代」のバックで踊りました。

    Katherine Lee

    PRODUCE 101」に出場したほかの練習生と。

    ーーレッスンを受けていたころの、1日の様子を教えてください。

    いちばん大変だったのは、「PRODUCE 101」が始まる2カ月くらい前だったかもしれません。他の出場者はみんな経験が豊富で、すでに有名な人もいました。

    だから、うちの事務所はそういう子たちを目にしたあとに私たちを振り返り、「だめだな」と思っていたようです(笑)。

    トレーニングでは、事務所が決めたルールがあり、私たちは午前4時まで練習所に缶詰めにされていました。事務所のグループチャットに「到着しました!」とか「終わりました!」とメッセージを送る決まりがありました。

    私はまだ夏休み中だったので、日中も通わなくてはなりませんでした。学校がある子はみんな、授業中に寝ていたようです。レッスンは一晩中続きましたから。

    あのころは、お昼ごろに練習所に入って、まずは縄跳びをしながら歌いました。スタミナをつけるためです。

    体重も落としたかったので、厚手のフード付きスウェットを着ていました。夏のあいだもです。

    忙しい時期は、歌やラップなどほかのレッスンも受けていました。

    ピラティスもやりましたが、あれは、体重を減らすためでしょうね。途中からは、専門の先生に、演技や、カメラ前での動き方の指導を受けました。

    効率よく練習しようという雰囲気はなく、ひたすら練習することが大事でした。早朝4時まで残って練習すれば、頑張っていると思われますが、それではへとへとになります。

    練習所には防犯カメラが設置してあるので、事務所は私たちの様子をチェックできるんです。ときどき更衣室で昼寝をしていました。唯一カメラがない場所だったので(笑)

    とにかく考えることは「練習、練習、練習」。それだけです。

    韓国語を勉強していたはじめのころはまだ、本格的なダイエットもしておらず、睡眠時間は1日8時間で、お寿司も食べていました。

    Katherine Lee

    他の練習生と。

    ーー「体重管理」や「ボディ・イメージ」についてぜひ話を聞かせてください。K-POPではそうした点が大きな問題となっていますが、あなたも何か影響を受けましたか?

    もちろんです。数日おきに体重測定がありました。ひとつの部屋に集められて、男女両方の練習生や先生たちがいるところで体重計に乗らなくてはならないんです。

    それがもう恥ずかしくて。わかりますよね?

    できるだけ軽くしようと、着ているものをほとんど脱いで、タンクトップとショーツ姿になっていました。

    初めて体重を測ったときは、当然「太りすぎ」でした。だって、まだ中学2年生だし、そもそも太めでしたから。

    初めてだったので何も言われませんでしたが、トレーニングが始まると、本格的にダイエットを始めました。最初はとても不健康な生活でした。とにかく体重を落とそうと必死で、ほんの少ししか食べていなかったんです。

    でも、チョコレートだけは別。それじゃあ正しい減量法とは言えませんよね?

    あるとき事務所から、ダイエット専門の治療院に行ったほうがいいと言われました。韓国にはそういう治療院があるんです。

    私と同じような、学校に行く必要のない別の練習生と一緒に通いました。バスで1時間くらいかかるところにある治療院です。そこでは基本的に「漢方薬」とやらが処方されました。食事の前に飲むと食欲が落ちて代謝が増すとされる薬で、心拍数がとても上がるんです。

    あれはきっとやせ薬だったと思う。たぶん。漢方薬だと言われていましたが、アメリカに戻ってから健康についての授業を受けたときに、ちょっと待って、怪しいぞって思ったんです(笑)

    だって、食欲が落ちて、空腹を感じなくなるんですよ! 食べたいという気持ちが全然ないので、胃に食べ物を入れる感じで食べていました。

    そうしたダイエットで、かなり体重が落ちました。いちばん軽かったときで46kgか47kgくらいだったと思います。体がとてもだるかったですね。

    「アンニョンハセヨ」と挨拶しながらお辞儀をするたびに、ふらついていました。クラクラとひどいめまいがして。

    あのときが、いちばん体重が落ちたときです。それも、ダイエットの次の段階に行くまでのことでしたが。

    ダイエット専門治療院での「コース」の一環として、ある治療を受けました。英語ではたしか「カーボキシー・ショット」と呼ばれているはずです(高濃度炭酸ガスを体内に注入して血行を上げ、新陳代謝を活発化させる治療法)。要するに、体のある部分に針を刺し、「脂肪を分解する」というガスを注入するんです。

    あとは、電気療法も。体中に刺した鍼から電気を流すんです。コースに含まれていたので、いろいろな治療を少しずつ受けました。

    ーー当時はまだかなり若かったですよね。

    はい、14歳でした。心のどこかでは、「私は何をやっているんだろう?」と思っていました。

    でも、絶対にK-POPのアイドルになると決めていたんです。若かったし、きれいになりたかった。やせ薬を飲まされているなんて思いもしませんでした。

    「漢方薬だよ」と言われて、「それなら健康にいいから大丈夫」と安心していました。

    それから数カ月間は、治療院に行かずに済みました。十分に痩せたら、あとはその体重を維持すればいいだけですから。

    朝ご飯はヨーグルト、お昼ご飯はキュウリとミニトマトに、ときどきゆで卵、夜ご飯はゆで卵とサツマイモという食生活でした。

    ーーつまり、ほとんど何も食べていないということ?

    そうですね! 自分の摂取カロリーを徹底的にチェックしていました。私の記憶が正しければ、ゆで卵1個は62キロカロリー、ミニトマト1個は12キロカロリーです。

    Katherine Lee

    ーーそれがデビューに向けた準備で、「PRODUCE 101」への出場にもつながったわけですね。

    はい。トレーニングをしていたときに、Mnetが大型番組を制作するために出場者を探していることを知りました。いろいろな事務所に所属している練習生を100人集めると言われ、私たちも挑戦しました。

    「オーディション」は一応受けましたが、私たちはいずれにせよ、合格することになっていたはずです。確信は持てませんけど! 

    PRODUCE 101」のテーマソング『Pick Me』を作詞作曲したのは、私の事務所のCEO(キム・チャンワン)だったので、「うちの練習生もオーディションしてくれ」と頼んだのだと思います。

    7人がオーディションを受け、5人が合格しました。

    ーーぜひひとつ聞きたいんですが、あなたは番組で金髪でしたね。

    そうなんです! 契約上、事務所は私を好きに売り込めることになっていました。

    PRODUCE 101」の開始直前に美容院に連れて行かれ、事務所と美容師が「キャシーはどうしたら見栄えが良くなるか」と相談していました。

    「キャシーはアメリカ人だから、人形のようにして、もっとアメリカ人っぽさを出そう」と決めたのは事務所です。私は寝落ちしてしまって、目が覚めたらブリーチされていました。自分で頼んだわけではないんです! でも、やれと言われたらやるしかないでしょう?

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    ーーあなたは、仲良くなったほかの練習生4人と一緒にシーズン1に出場したわけですが、100人の女の子たちを前にするのはどんな感じでしたか?

    韓国に行って初めて、年下の女の子たちと話をしました。それが実は大変だったんですよ。だって、どうやって話せばいいのかがわからなかったから。年上の人に対して使う敬語しか知らなかったんです。

    PRODUCE 101」では、たまたまトイレで出会った、中国と広東出身の女の子と親しくなりました。バックグラウンドが似た子たちと話ができて、嬉しかったです。

    けれども、せっかく気の合う子たちに会えたのに、私のグループのオンニ(韓国語で「姉さん」)が頑固で、同じ事務所に所属する姉妹同士は団結して、ふさわしいイメージをまわりに与えなくてはならないと言い張ったんです。

    ほかに友だちを作ったら、姉妹同士の折り合いが悪いように見えるかもしれないと。

    「あなたはマンネ(韓国語で「末っ子」)だから言うことを聞きなさい」と言われて、かなり影響を受けました。韓国を離れたときに、そういう考えはきっぱり捨てましたけど。

    結局、同じ事務所の子たちと、ほぼ常に一緒でした。イメージを維持するためだけに。

    一緒にいるのが嫌だったわけではありません。ほかの人とも、もう少し話がしたかっただけなんです。

    ーー「PRODUCE 101」ほどの超人気番組に出演した感想は?

    以前はK-POPに夢中でしたが、練習生になってみて、何もかもが作り物であることを知りました。どういうことか、わかりますよね?

    韓国からアメリカに帰国してからしばらくは、韓国ドラマとK-POPから遠ざかっていました。

    今はちょっとだけ観たり聴いたりしていますが、特定のグループのファンではありません。芸能事務所がグループを演出して作り込み、独特の方法で売り込んでいると知ってしまいましたから。

    ファンは本当に夢中になっていると思います。私がまさにそうでした。でも、舞台裏を見てしまった今は、気が変わりました。

    PRODUCE 101」に出場して初めて、K-POPには表と裏があって、すべて作り込まれていることが見えてきました。練習生はハードなトレーニングを受け、懸命にレッスンをこなして頑張っています。

    ご存知の人もいると思いますが、番組は不正に仕組まれていて、勝ち残る人が事前にほぼ決まっていたことが報道されて大騒ぎになりました。

    出場者は、できるだけ画面に映ろうとしてカメラの前で泣いたりします。誰だってシンデレラになりたいじゃないですか? 意地悪な女の子のふりをして悪者になるとか、いろいろなやらせが行われているんです。

    私はそういうところを見て、「ウソでしょう?」とショックを受けました。リアリティ番組は本当にリアルだと思っていたので。

    ーー「PRODUCE 101」や所属事務所の人たちと、今も連絡を取っていますか?

    ちょうど昨日、1人から「会えなくて寂しい」という連絡があったんですよ!

    メッセージはときどき交換しています。あのころはとても仲が良かったですから。

    でも、今はみんな別々の道を歩んでいます。芸能界に残っている人もいるし、私はアメリカで学生をしているし、いろいろです。

    当時の体験は、二度と口に出すことのない、幼いころの思い出のようになっていますが、変なときにフラッシュバックのように蘇ってきて、「自分があんな世界にいたなんて」とびっくりしています。

    ーー「PRODUCE 101」では、エピソード5で脱落しましたね。アメリカへの帰国を決めたのはそのあとですか?

    PRODUCE 101」が始まる前に、アメリカにいる母と電話で話をしたんですが、「韓国に行ってもう1年になるし、せめて高校くらいは卒業したほうがいい」と言われました。

    そこで、韓国のアメリカンスクールを探したんですが、練習生を受け入れてくれるところはありませんでした。授業中に居眠りしたり、しょっちゅう休んだりするような生徒はいりませんよね。仕方がありません。

    韓国からアメリカの友だちに電話をして、思ったほど楽しくないと打ち明けたこともあります。

    友だちは、アドバンスト・プレイスメント(高校生に大学水準のカリキュラムを提供するプログラム)でアメリカ史を取っているとか、ダンスパーティーに行くといった、いかにもハイスクールという話をしていて、取り残されているような気持ちになりました。

    まさにFOMO(Fear Of Missing Outの略。情報を見逃し、取り残される恐怖)ですよね?

    ひとつの気がかりは、芸能事務所との契約でした。7年契約を結んでいたので、どうすれば辞められるのか、心配でした。

    契約については母が解決してくれました。韓国までやって来て、通訳を介して交渉してくれて。基本的には、辞めたければ辞められるという話でした。

    ほかの事務所に所属しないという条件がありましたが、違約金などを払う必要はありませんでした。

    ーー番組から降りて芸能事務所を辞め、高校生に戻ったわけですが、慣れるまで苦労したことはありますか?

    ちょっと大変だったのは、別の意味でカルチャーショックを受けたこと。アメリカでは、年齢は関係なく、上下関係も厳しくありませんからね。

    あとは、心から自由だと感じました。それが本当に嬉しかった。

    学校から長いあいだ離れていたので、勉強できることの素晴らしさを痛感しました。本もずっと読んでいなかったし。化学の授業中は楽しくてワクワクしました。

    帰国した直後の1年はたくさん勉強して、とにかく楽しかったです。それに、好きなものを好きなだけ食べても、誰にも怒られませんでしたしね。

    高校に戻ったあとに、おもしろいことがありました。韓国人のボーカルの先生から、大手芸能事務所のYMCエンターテイメント事務所がガールズグループを立ち上げるために国際的な人材を探しているから、戻らないかと声をかけられたんです。

    そのときに、すべての記憶が一気に蘇って、「絶対に嫌です」と断りました。

    ーー最後に教えてください。あなたにとってK-POPとは?

    以前は、K-POPが私の人生であり、すべてでした。Exoなどのグループが大好きでしたし。でも今は、K-POPを単にひとつの音楽ジャンルだととらえています。「Mamamoo」のファンですが、彼女たちの音楽が好きだから聴いているだけです。

    以前は、K-POP全体をひとつのパッケージとして見ていた気がします。個性や見た目、リアリティ番組も含めて、きっと素晴らしいはずだと思っていたんです。

    今は、好きにせよ嫌いにせよ、それぞれの話です。K-POPという分野全体が好きな人もいますが、私にとってはひとつの音楽ジャンルにすぎません。

    K-POP界は、自ら辞めたところだし、有害な世界だったけれど、そこでの体験を全体的に振り返ってみると、やってみて良かったと思います。

    もっと自分で考えて行動すること、もっと自分らしく振る舞うことを学べたわけですから。

    あの世界では、自分自身を隠しているように感じていた。離れたときに、やっとそう気がついたのです。


    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:遠藤康子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan