子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。前回の記事では、HPVワクチンとは何か、子宮頸がんとウイルスはどう関わっているのかなどを初歩の部分から簡単に説明してみました。

今回の記事では、いよいよ本題に入ります。
HPVワクチンにまつわる様々なうわさ・言説が巷に出回っていますが、その多くは作り話(英語では myth といいます)です。
不安を感じている方が多いようですから、最新の論文や報告に基づいて、一つずつ検証していきたいと思います。
12の作り話のうち、今回は前半6つを見ていきましょう。
作り話1:HPVワクチンは効果がない
HPVワクチンは効果的です。
数多くの研究がおこなわれており、HPVワクチンのHPV感染予防効果はカバーするタイプのHPVについて、90%台後半、100%近い効果があることが報告されています。
▶ N Engl J Med 2007; 356: 1915– 27.
そして、子宮頸がんの前がん病変を大きく減らすことも数多くの研究結果から分かっています。
▶ レビュー Expert Review of Vaccines Volume 17, 2018 - Issue 12 Pages 1085-1091

こういった研究を受けて、アメリカの公的機関であるCDC(疾病管理予防センター)は、HPVで起こされるがんの92%は(9価の)HPVワクチンを用いることで防ぐことができると広報しています。
さらに効果を集団でみていくと、アメリカにおいては、ワクチン接種者で16・18型陽性の前がん病変がすでに大きく減っており、接種していない女性にも集団免疫効果がみられることが報告されています。
オーストラリアでも、ワクチンプログラム導入後にはHPV感染率が大きく下がっていることも報告されています。
▶ Cancer Epidemiol Biomarkers Prev March 1 2019 (28) (3) 602-609
▶ Lancet Infect Dis, 2014; 14 (10), 958-66.
▶ 海外がん医療情報リファレンス「米国でワクチンが標的とする型のHPV感染有病率が低下」
日本においてもHPVワクチンを高い割合で接種した世代で、子宮頸がん検診の細胞診(細胞の状態を顕微鏡で見て調べる検査)や組織診(組織の状態を顕微鏡でみて調べる検査)での異常が大きく減ったことが明らかになっています。
さらに、前がん病変であるCIN3の発症数がワクチン接種率が上がるほど減っていることが明らかになっています。
▶ Scientific Reports volume 8, Article number: 5612 (2018)
▶ J Obstet Gynaecol Res, 43 (10), 1597-1601
▶ Tohoku J Exp Med, 243 (4), 329-334
また、多くの研究を集めて解析した研究(システマティックレビュー)においてもそれらの効果と安全性は明らかであると報告されています。HPVワクチンの効果は明らかなものです。
HPVワクチンは費用対効果でも優れている
さらに、費用対効果(コストパフォーマンス)からの評価も十分にされています。

専門的な話になりますが、何回ワクチンを接種すると1症例の前がん病変(CIN2)以上の病変を防げるかという解析の結果(Number needed to vaccinate ; NNV)では、NNVが22、浸潤がんに絞ると202 というCDC(米国疾病管理予防センター)の推計などもあります。
これは、B型肝炎ウイルスワクチンでNNVが261、インフルエンザワクチンが16-70程度ですので、他のワクチンと比較しても遜色がないという評価になります。このようなNNVや、他の解析によって、費用対効果はよいことが分かっています。
このように、HPVワクチンは、HPVの感染予防効果と、(前がん病変を指標としたときの)がん予防効果があり、はっきりと効果があると言えます。
作り話2:がんを防ぐことは証明されていない
「効果がない」といううわさ話に似たものとして、「前がん病変は防げると証明されているが、(浸潤)がんを防げると直接証明はされていないのだから、がんを防ぐとは言えない」というものがあります。

しかし、「HPV感染 → 前がん病変 → 浸潤がん」が非常に確実な流れであるということははっきりと分かっています。よって、子宮頸がんに対する効果を見る場合には、前がん病変が減ることを「代替指標」としてみてよいのです。
つまり、前がん病変を防げれば、浸潤がんも防げるとほぼ確実に言っていいものなのです。
繰り返しになりますが、前がん病変を経ない(浸潤する扁上皮)がんはほぼないことがよくわかっています。
さらに、HPVに感染してから浸潤がんになるには10年以上かかることが一般的です。HPVワクチンが使えるようになってからまだ十分な観察期間が経っておらず、前がん病変が見つかれば、状況によっては当然のことながら手術などの治療介入が行われることも多くあります。
その結果、倫理的に、浸潤がんになるまで観察するわけにはいかない研究もあることに注意する必要があります。
そのうえで、期間的にはそろそろ浸潤がんを防いだという報告が出始めてもよいと考えられます。
HPVワクチンが浸潤がんまで防いだということまでは、大規模で信用にたるレベルではまだ直接的には証明されていないものの(小規模には報告がすでにあります)、まずほぼ確実に防ぐであろうと考えられます。
よって、この作り話は嘘といってよいと考えます。
▶HPVワクチンで子宮頸がん撲滅も視野に 国内外で明らかになる効果
作り話3:HPVワクチンは危険なワクチンである/危険な成分が含まれている
HPVワクチンの安全性については、WHOのGACVS(ワクチン安全性に関する国際諮問委員会)の報告でも3回(2014年、2015年、2017年)、非常に安全なワクチンであると声明を出しています。

安全声明はアメリカのCDC、イギリスのNHS(国民保健サービス)、EMA(欧州医薬品庁)などからも出ています。
この言説にもバリエーションが何種類かあります。
「HPVワクチンの副反応がひどい」というものが最も多いものです。
そのほかにも、「HPVワクチンを打つと子宮頸がんになる」、「HPVワクチンに含まれるアジュバント(免疫作用を高めるための補助剤)が体に悪さをする」「HPVワクチンで不妊症になる」などのバラエティがあります(接種年齢が高いためか、麻疹・風疹ワクチンでよく言われる「自閉症になる」などはあまり多くはみられません)。
HPVワクチンの成分については、連載1回目で述べたように、原理的にも子宮頸がんを起こすことはありません。
また、前回の記事でも述べた通り、アジュバントは他のワクチンでも用いられているものであり、様々な研究によって健康に大きな被害がでることはほぼないと言えます。不妊と副反応については次の項目で述べます。
作り話4:HPVワクチンで不妊症になる/流産が増える
「HPVワクチンによって不妊症になる」というデマは海外でも多く見られます。

この言説の一つには、家畜用の避妊注射製剤にも使われているアジュバントや保存剤が、HPVワクチンと共通していた、というものがあるようです。
しかし、それらは主成分が全く異なり、これ自体は真に受ける必要の全くないものです。
さて、HPVワクチンと不妊との関連を書いた論文も発表されていましたが、内容に問題があり撤回されていたりもします。
またこういった声をうけて、HPVワクチンでは流産のリスクは上昇しないことも長期観察研究で示されています。
▶ 海外がん医療情報リファレンス「HPVワクチン接種後の流産リスクは上昇しないことが長期観察研究で示される」
むしろ、昨今の調査では受精率があがる可能性も報告されています。
▶︎Scientific Reports volume 8, Article number: 912 (2018)
結論としては、HPVワクチンによって不妊になるだとか流産がふえるだとかいう証拠は全くなく、関連はないであろうという研究が多数あり、これも作り話と言えます。
作り話5:HPVワクチンを接種すると若い人で性的に乱れが生じる
HPVの感染経路が主に性交渉であることから、性教育の観点や、性活動の「乱れ」と合わせてワクチンに反対する人が日本でも世界でもいます。

世界的には宗教的観点から、日本においては伝統的家族観などから、「HPVワクチンをうつと性的に奔放になることが危惧される」などと非難されることが多くなっています。
しかし、これらの言説についても実証的に反論がなされ、HPVワクチンを接種しても性的な活動が増加したり、性的な行動に「乱れ」が増加したりはしないことが示されています。
▶ BMC Public Health. 2019 Jun 25;19(1):821. など
また、HPVワクチンとは関係ありませんが、貞操教育をしても危険な性的活動を止められないことも行動科学の研究として示されています。
HPVワクチンと性的活動についての危惧は、科学的にも否定でき、無用の心配であろうと言えるでしょう。
作り話6:HPVワクチンは副反応が多く、重篤なものも多い
ワクチン接種後の「有害事象」(副反応疑い)の報告は、厚生労働省に資料があります。
▶ HPVワクチン(サーバリックス)の副反応疑い報告状況について
(ガーダシルについては一時公開されていたが現在リンク切れとなっています)
これらの資料をみてみると、有害事象の報告割合などは、確かにインフルエンザワクチンや幼児期に接種される他のワクチンに比べてやや多い数字となっています。
しかし、「だからHPVワクチンはより副反応が多い/副反応が重症である」とは断言できません。
なぜならば、まず、この「有害事象報告」というのはワクチンとの「因果関係は関係なく」、接種後に起きた全ての医学的に望ましくない事象が報告されるものであるからです。
そのため報告数と「真の」副反応の数は一致していないという前提があることに注意が必要です。
さらに、新しいワクチンであるほど報告が多くなる傾向があること、HPVワクチンは小学校6年生から高校1年生までの女性に限ってうたれていることからこの年齢・性別層に現れやすい有害事象があることなどを、報告数を見るときには考えないといけません。
さらに、報告内容、とくに「重篤(重症)」の基準や重篤な有害事象の報告をみてみると、他のワクチンでも起こり得るものの、他のワクチンでは経過をみるだけにされて報告されていないものが多いこと、などがあるからです。
HPVワクチン接種後にどんな症状が報告されているのか?
HPVワクチンの副反応に関する研究はいくつもありますが、基本的には短期的で局所的な、比較的かるい副反応が多く、全身的なものや重篤なものは少ないと報告されています。
▶ 総説 Expert Rev Vaccines, 17 (12), 1085-1091.
厚労省に報告された症状を具体的にみてみると、HPVワクチン接種後に多く報告されている有害事象としては、頭痛、倦怠感、疼痛、発熱、めまい、悪心、失神、疲労などがあります。
これらはワクチンとの因果関係もかなり明白といってよいものが多いことにまずは注意が必要です。確かにワクチンによって副反応が生じているということはわかりますし、報告もしっかりなされていることも明らかなのです。
しかし、これらの症状は「重篤(重症)」として報告されているものの、多くは障害が残ったり、命にかかわったりするものではないこともたしかです。
報告基準は厚労省が定めているものの、「重篤」の報告の運用はそれぞれの医師の裁量に委ねられている部分があり、ややブレがあるように思われます。
そして、いくつかの有害事象については、乳幼児・小児はあまり訴えない事象です(頭痛や疲労、脱力感など)。
また、インフルエンザワクチンのように全世代が受けた場合にも、他の年齢・性別層では訴えが比較的多くはならないであろう症状がHPVワクチンの訴えでは多くなっています(失神などは典型的なものです)。
ワクチンで起こるものとして有名で、因果関係を推定しやすく、重い副反応としてはアナフィラキシー(・ショック)、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、小脳失調症、ギラン・バレー症候群などがあります。
これらは他のワクチンでも起こりうる重い副反応です。報告をみてみると、HPVワクチンについて、これらは実数としては他のワクチンより多いと言えるほどではないこともわかります(約7件/10万接種、52.5人/10万人)。
さらにHPVワクチン接種後の死亡は3人が報告されていますが、いずれもワクチンとは関係のない死亡であったとされています。
このように見てみると、HPVワクチンの副反応疑い報告数はやや多いものの、「重篤(重症)」の中身は、この世代に接種した場合には多くなる可能性があるものが多いこと、非常に深刻で治りにくいものは少ないこと、ワクチンとの因果関係が明らかな重い副反応は少数であることなどがわかります。
つまり、他のワクチンと比べて異常に副反応が多い/重篤である、とは考えられないことがわかります。
接種していない女子にも同様の症状が出ていることがわかっている
さて、日本では、HPVワクチンによって、体が動かなくなる、記憶に障害がでる、引きこもりになってしまうなどの「副反応が疑われる」「神経系」の問題とされる症状が多く訴えられていると報道されてきました。
今まで検討してきた有害事象の報告にも、たしかにそのような症状は入っています。
実際、主にそのような症状について検討するために、厚労省は「積極的な勧奨」を中止しました。
その後の検討や研究で、これらの症状にはワクチンと関連のないものも含まれている可能性が指摘され、大きな集団で接種と症状との関係をみる疫学調査がなされました。
これが、名古屋市で実施された「名古屋スタディ」です。
これは「被害者」の連絡会などの意見もひろく取り入れた上で、名古屋市が大規模に実施をした信頼のおける疫学調査(集団を調べて、原因とみられる要素と病気との因果関係を探る調査)です。
この調査は、名古屋市立大学公衆衛生学の鈴木貞夫教授によって解析され、論文が公刊されています(No association between HPV vaccine and reported post-vaccination symptoms in Japanese young women: Results of the Nagoya study )

バズフィードでも鈴木教授にインタビューした記事があります。
この研究ではHPVワクチン接種者と非接種者の間で、24の症状の発症リスク(オッズ比といいます)に差がなかったことが示されています。
つまり、HPVワクチン接種と症状との間に関連性があるといえる結果ではなかったのです。簡単に言えば、関連性がほぼないであろうと推測される結果でした。
そしてこの調査はもう一つ重大なことを示しています。それは、HPVワクチンを接種していない同世代の女子にも、これらの症状が一定程度現れることが確認された、ということです。
同様の結果は以前にも厚生労働省の研究班による全国疫学調査でも発表されていました(祖父江班 H27-新興行政-指定-004)。
研究班の結論は「HPVワクチン接種歴のない者においても、HPVワクチン接種後に報告されている症状と同様の『多様な症状』を有する者が、一定数存在した」というものでした(厚労省資料)。
名古屋スタディの結果は、ワクチンとは関係なく大きなインパクトがある結果です。同世代の女子に体が動かなくなるなどのなんらかの疾患が発症しているという事実を示しているからです。
このような症状がみられた場合にワクチンのせいであると決めつけず、適切な医療につなげ、しっかりと診断・治療をうけることが大切であることも示していると言えるでしょう。
世界中の研究でも接種後に訴えられている症状との関連は否定
日本だけではなく、世界的にも慢性的に続く痛みや慢性的な疲労、様々な神経症状、CRPS(complex regional pain syndrome)、POTS(Postural orthostatic tachycardia syndrome)などと言われる痛みや疲労に関連する症候群とHPVワクチンとの関連を疑う提起もあったことから、様々な国で数多くの研究がなされました。
厚労省の会議資料にその概要もあります。
▶ ノルウェーからの報告 Vaccine Volume 35, Issue 33, 24 July 2017
▶ オランダからの報告 Vaccine. 2018 Oct 29;36(45):6796-6802.
▶ デンマークからの報告 Am J Epidemiol 2020 Jan 3
▶ フィンランドからの報告Vaccine. 2018 Sep 18;36(39):5926-5933.
▶ 日本からの報告 J Infect Chemother. 2019 Jul;25(7):520-525
▶ 総説など Drug Saf. 2018 Apr;41(4):329-346. J Pharm Health Care Sci. 2017 Jul 11;3:18.
これらの研究結果はいずれもHPVワクチンの接種とこれらの症状や症候群には明らかな関連はみられないというものでした。
そして、こういった「神経系」などの症状についてアメリカの Autonomic society という学会や欧州医薬品庁も関係性は明確ではない、因果関係はないと声明をだしています
▶Clinical Autonomic Research (2019)
▶海外がん医療情報リファレンス「HPVワクチンとCRPS、POTSの因果関係はないと結論(欧州医薬品庁レビュー)」
また、自己免疫疾患がHPVワクチンでは増えないという報告も出ています。
▶︎Vaccine Volume 37, Issue 23, 21 May 2019,
別の危険性の訴えとしてHPVワクチンによって血栓症が増えるという言説もあります。これはHPVワクチンの治験段階で血栓症になった方が少し多かったという報告から来たようです。
しかしながら、デンマークとスウェーデンで行われた大規模調査などにより、血栓症のリスクも高くないことが分かっており(BMJ. 2013 Oct 9;347:f5906. )、その後の研究でも血栓症の増加は報告されていません。
HPVワクチン特有の副反応の明確な証拠はない 一方で訴えられている症状には治療が必要
疫学的に、すなわち集団でみるとこのように、HPVワクチンは他のワクチンと比べても特に大きな危険性が示唆される報告はありません。他のワクチンでは知られていない新たな副反応というものも明確な報告はないのです。
一方で、様々な症状を訴えている人は確かにいるわけです。ワクチンとの因果関係とは関係なく、個別の症状についてはしっかりと診療を受け、診断されることが重要です。今後も診療と研究が続けられる体制もさらに充実させることが重要でしょう。
時に、HPVワクチンに限らずワクチンに関連する副反応がアメリカではこんなに多く報告されている、としてVaccine Adverse Event Reporting System (VAERS)というところの数字を出してくる典型的なデマがあります。
しかしこのVAERSというシステムは、ワクチン接種後に起こった有害事象については「誰でも、何でも」報告できるシステムであり「ワクチンとの因果関係は全く不明」なものです。つまり、日本でいう「有害事象」の報告と同様の考えによるものです(日本の場合は医師などが行い、基準もある)。
よって、このVAERSの数字だけを出して「ワクチンの副反応が…」、といって数や重症度を強調しているものは明確な誤りになります。
さて、日本において、有効性と安全性を費用対効果も合わせて評価した研究もあります。
▶︎ Infect Chemother 2019 Oct 10
これによると、ワクチンによるメリットと有害事象をコストとして天秤にかけたとしても、HPVワクチンは、メリットがはるかに上回ることが明確に示されています。
以上の検討から、「HPVワクチンは副反応が多く、重篤なものも多い」というのも作り話と言っていいでしょう。
(続く)
【峰 宗太郎(みね・そうたろう)】米国国立研究機関博士研究員
医師(病理専門医)、薬剤師、博士(医学)。京都大学薬学部、名古屋大学医学部、東京大学医学系研究科卒。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、米国国立研究機関博士研究員。専門は病理学・ウイルス学・免疫学。ワクチンの情報、医療リテラシー、トンデモ医学等の問題をまとめている。ツイッター@minesoh で情報発信中。