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今さら聞けない! 1からわかるHPVワクチン

ウイルス学・免疫学の専門家でアメリカ国立機関の研究者の医師が、HPVワクチンについて、最新情報に基づいてどこよりもわかりやすくお伝えします。

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン(Human papilloma virus vaccine, HPVV)。

いわゆる「子宮頸がんワクチン」についての様々な情報を、2020年1月現在の最新の情報をもとに4回連載で検証します。

まずは、HPVワクチンとはどういうものなのか、1からお伝えしましょう。

子宮頸がんの原因はほぼHPV

HPVワクチンは世界でひろくうたれているワクチンです。日本では2013年4月より小学校6年生から高校1年生までの女子を対象に、公費で接種できる「定期接種」となっています。

ところが、2013年6月、厚生労働省によって「積極的な勧奨」が中止されたまま現在にいたっています。

積極的な勧奨」を中止するとは、市区町村が対象者にはがきや封書などで個別にお知らせを送ることを控えるように指示したということです。これによって、接種率は1%未満という状況が続いています。

このあたりの問題については連載の4回目で詳しく書きます。

そもそも子宮頸がんは、日本では毎年新たに1万人あまりが診断され、2800人あまりの方が亡くなっている悪性腫瘍です。

発症や死亡者の年齢層が他のがんに比べて比較的若いのも特徴的で、子育て中の世代での死亡者も多いことから、「マザーキラー(mother killer、母親殺し)」と呼ばれることもあります。

子宮頸がんというがんは、ヒトパピローマウイルス(human papilloma virus, HPV)というウイルスによって引き起こされるものが全体の95%以上を占めています。

Nature Reviews Disease Primers vol.2, 16086 (2016)

HPVが子宮頸がんなどのがんを引き起こすという発見に対しては、ハラルド・ツア・ハウゼン氏に対し、2008年のノーベル医学・生理学賞が贈られています。

200種類以上あるヒトパピローマウイルス

HPVは200種類以上あることが知られていますが、そのうちの特に15種類(16, 18, 31, 33, 35, 39, 45, 51, 52, 56, 58, 59, 68, 73, 82型)には高い発がん性があると考えられています。これらを「ハイリスクタイプのHPV」と呼んでいます。

がんではなく良性のイボである尖圭コンジローマなどを起こすものを「ローリスクタイプ」と呼びます。

このようにたくさんあるHPVの中でも特に16型・18型による発がんが多く、この2つの型は感染後、速くがんになりやすいことも知られています。

HPVについての情報は HPV information centre も詳しい

▶ 海外がん医療情報リファレンスにも米国国立がん研究所(NCI)ファクトシートの記事があります。「ヒトパピローマウイルス(HPV)とがん

主に性交渉でうつり、ワクチンは特定の型の感染を防ぐ

このHPVの感染は主に性交渉によっておこり、予防法としてはHPVワクチンを接種することが最も確実です。コンドームなどでは完全に防ぐことはできません

またHPVワクチンによって防ぐことのできるHPVの種類は限られており、2価ワクチン(サーバリックス)では16型と18型の2タイプのみがカバーされます。

4価ワクチンであるガーダシルではサーバリックスでカバーされた16・18型に加え、尖圭コンジローマなどを起こす6・11型もカバーされます。

また、世界で普及が進みつつある9価ワクチンのガーダシル9では、これらの型にさらに加えて 31・33・45・52・58型もカバーされるようになっています。

それでも、ワクチンですべてのタイプのHPV感染を防ぐことができるわけではありません。

よって、HPVワクチンをうっただけで100%子宮頸がんを防ぐことはできず、「子宮頸がん検診」も受けることが重要です。ワクチンによる感染予防と、検診による早期発見を組み合わせて子宮頸がんの対策を行うことが重要なのです。

子宮頸がんとHPVの関係は?

次に、ここまで簡単に述べたHPVと子宮頸がんの関係について触れたいと思います。

日本において子宮頸がんは年間約1万人が発症し、約2800人が死亡しています。 

▶ 参考になるサイト:国立がん研究センターがん情報サービス「子宮頸がん」最新がん統計 、日本産科婦人科学会「子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために」 

子宮頸がんとは、子宮頸部にできる上皮性の悪性腫瘍のことです。

がんはできる場所によって、

  1. 血液をつくる骨髄やリンパ節などの造血器からできるもの(白血病や悪性リンパ腫など)
  2. 上皮細胞からできるもの(子宮頸がんや肺がん、乳がん、胃がん、大腸がんなど…本来は漢字で癌と書きます)
  3. 骨や筋肉などの非上皮性細胞から発生する肉腫など


の3種類に大きく分けられます。

子宮頸がんの主なタイプは、「扁平上皮がん」というものです。

扁平上皮がんというのは口腔内(口の中)、食道、肺、子宮頸部や肛門がんなどに多いタイプです。子宮頸部の扁平上皮がんの95%以上(ほぼすべて)はHPVによって引き起こされるとみられています。

約1割が持続感染、前がん病変を経てがんに

HPVというウイルスは、感染すると粘膜などの細胞内に入り込みますが、そのうち90%程度はからだの免疫などによって自然に排除されると考えられています。

つまり10%程度が長い間、感染することになるわけです。

そのように持続的に感染した細胞の中で、主にウイルスのタンパク質である「E6」や「E7」というものの働きにより、細胞が少しずつおかしくなっていくことが知られています。

ウイルスによっておかしくなった細胞は、前がん病変という状態を経て、徐々に細胞に異常が蓄積されていきます。この前がん病変は、「異形成」と言い、「軽度異形成」「中等度異形成」「高度異形成」という段階を経て進行していきます。

そして、最終的に浸潤がん、すなわち子宮頸がんとなるわけです(実際にはこのほかに腺がんというがんもあり、これもかなりの割合がHPVに関係しています)。

治療としては前がん病変の段階や状況により円錐切除手術やレーザーによる蒸散などが、浸潤がんでは子宮全摘手術などがおこなわれます。

手術で治ることももちろん多くありますが、円錐切除手術では子宮は残るものの流産や早産のリスクが高まることがあります。子宮全摘出手術でも、リンパ液がうまく流れなくなって脚がむくむ「リンパ浮腫」や「排尿障害」などの後遺症がのこることもあります。

感染から発がんまでは時間がかかるが、16・18型は速い

感染から発がんまでには時間がかかり、10〜20年程度がかかることが普通です。感染してすぐにがんになるわけではないことは重要です。

子宮頸がんの65%程度は、HPVの16型または18型で引き起こされます。そして、20~30代の人で感染がみつかるHPVのうち8~9割はこの2つの型なのです。

さらに、この2つのタイプのHPVは他のタイプのHPVよりはやくがんを起こしてしまいます。そのため、日本の20~30代の子宮頸がんの約6割程度はこの2つのタイプにより引き起こされていると考えられています。

▶ 子宮頸癌についてのレビュー The Lancet2019: 393, ISSUE 10167, P169-182.

▶ 日本人における報告 Onuki M et al. Cancer Sci; 2009: 100(7): 1312-1316.Miura S et
al. Int J Cancer, 119 (11), 2713-5
.

子宮頸がんだけじゃない、男性にも起こるがんにも関わるHPV

さて、子宮頸がんのほかにもHPVで引き起こされるがんはあります。

中咽頭がん、外陰がん、膣がん、肛門がん、陰茎がんなどが知られています。

男性に起こるがんもあるわけです。

▶ HPV関連の疾患のレビュー Virology Volume 445, Issues 1–2, October 2013, Pages 21-34

▶頭頸部がんについてのレビュー J Clin Med, 7 (9) 2018 Aug 27N Engl J Med 2020; 382:60-72.

何を狙って開発されたワクチンなのか?

上記のように子宮頸がんを含む、少なくとも6種類のがんがHPVによって引き起こされることから、そもそものHPV感染を予防することで、関連するがんを予防できると考えられました。これがHPVワクチンの狙いになります。

つまり、「HPVの感染を防ぐことで、将来発症しうるがんを防ぐ」ことが目的なのです。

これが第一の目的ですが、同時に、このワクチンを打つことでHPVの感染者数自体を減らすことができるわけです。それによって、将来的にはワクチンの対象となるHPVを排除することも期待されています。

ワクチンによって、集団の中に特定のウイルスに免疫がある人が増えると、ワクチンをうっていない人も感染のリスクが下がります。これを「集団免疫効果」と言います。

HPVに関しても、この集団免疫効果についても研究が多数出ています。

▶ 海外がん医療情報リファレンス:HPVワクチンが男性の口腔HPV感染に対する「集団免疫」をもたらす

ワクチンは体にどのように作用するか

このようにHPVは人にがんを起こすウイルスですが、この200種類以上もあるHPVというウイルスのうち「特にリスクの高いタイプ」(繰り返しになりますが、ハイリスクタイプといいます)数種類のHPV感染を防ぐことを意図して作られたのが、HPVワクチンです。

▶HPVワクチンについてはThe National HPV Vaccination Roundtable にも多くの情報があります。

ワクチンというのは、ターゲットとなるウイルスなどの「成分」を身体に取り入れさせて反応させ、それと戦う「抗体」を身体に作らせて、ウイルスの害から身体を防御できるようにするのが主たる目的の「薬」になります。

ワクチンの分類としては、

  1. ウイルスが生きてはいるが、病気を引き起こさないようにした弱毒化したワクチン(生ワクチン)
  2. ウイルスを感染しないように処理して作る不活化ワクチン
  3. ウイルスの成分を人工的に合成してつくった成分ワクチン(コンポーネントワクチンや組換えワクチン、VLP(virus like particle)ワクチン、ナノパーティクルワクチンなど)


があります。

HPVワクチンはこのうち、3にあたる組換えワクチン(VLPワクチン)と言われる種類のものです。

日本で承認されている2種類のHPVワクチンのうち、2価ワクチンである「サーバリックス」はどのように作られているのでしょうか?

HPV16型と18型の表面にあるタンパク質である「L1タンパク質」というものを人工的に(昆虫由来の培養細胞を用いて)作ります。これを精製したのち、これが自動的に集まってウイルスに似た形の粒子になった(これを自己会合といい、できた粒子をVLPと言います)構造にしたものです。

4価ワクチンの「ガーダシル」は、HPV16・18型に加え、良性のイボといえる尖圭コンジローマの原因となる6・11型のL1タンパク質も酵母に作らせ、自己会合によってVLPを作らせたものになります。

サーバリックス医薬品インタビューフォーム(製薬会社による情報提供書)

ガーダシル 医薬品インタビューフォーム

危険な物質はワクチンに入っていない

成分としては、「ウイルスの1種類の表面のタンパクのみ」からなるワクチンであり、「感染性」や「発がん性」は「原理的に」ありません(発がん性はHPVのE6やE7といったワクチンには含まれない別のタンパク質にあります)。

また成分は繰り返し精製されており、目的のタンパク質以外の成分はまず含まれていない状況になっています。

また、ワクチンには免疫反応を高める目的で「アジュバント(補助剤)」というものが加えられています。

成分名はサーバリックスでは「水酸化アルミニウム」と「3-脱アシル化-4’-モノホスホリルリピッド A(MPL)」、ガーダシルでは「アルミニウムヒドロキシホスフェイト硫酸塩」となります。

これらのアジュバントにはアルミニウムが含まれていて、ワクチンに反対する人の中には、これを危険だという人もいます。

しかし、これはいずれもこれまでに用いられているワクチンでも使われているものであり、ごく微量であることから人体に大きな悪影響を与えるものではないことがわかっています。

▶ ワクチンのアジュバントに関する総説 Drug Safety volume 38, pages1059–1074(2015)

がんの原因となるウイルスを防ぐことでがんも防ぐ

さて、このHPVワクチンはいずれも3回接種することでHPVに対する十分な免疫が得られることが確認されています。よって、通常3回接種が行われるワクチンになります(のちの連載で述べますが、1回の接種でもかなり効果があることもわかっています)。

このようにHPVワクチンはHPVの感染を防ぐことができるワクチンです。

感染を防いだタイプのHPVが起こすかもしれないがんを防ぐことができるわけですから、「がん予防ワクチン」であるともいえるわけです。

この他のワクチンとしてはB型肝炎ウイルスワクチンも「がん予防ワクチン」ということができます。

ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン – 海外がん医療情報リファレンスより

HPVワクチンは世界で高く評価されている

HPVワクチンは世界中で数億回打たれているワクチンで(2価、4価、9価を合わせた場合)、先進国のみならず途上国も含む90か国以上で定期接種プログラムが実施されています。

WHO(世界保健機関)も当然のことながら推奨しています。

Human papillomavirus (HPV)

世界的な公衆衛生上の問題「子宮頸がんの排除」に向けたWHOスライドの日本語翻訳版 日本産科婦人科学会より)

ワクチンの効果は非常に高く、子宮頸がんを激減させることが現実的になっている、と評価する研究・見解が大勢です。

The Lancet Oncology, 20(3), 394-407, 2019.

▶ 海外がん医療情報リファレンス「HPVが引き起こすがんの推計92%はワクチンにより予防可能

安全性については、これも十分に検討されています。さまざまな問題提起はされましたが、現在のところ他のワクチンと比較しても問題に差のないワクチンであるといえる状況となっています。

(続く)

【峰 宗太郎(みね・そうたろう)】米国国立研究機関博士研究員

医師(病理専門医)、薬剤師、博士(医学)。京都大学薬学部、名古屋大学医学部、東京大学医学系研究科卒。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、米国国立研究機関博士研究員。専門は病理学・ウイルス学・免疫学。ワクチンの情報、医療リテラシー、トンデモ医学等の問題をまとめている。ツイッター@minesoh で情報発信中。