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中高年のトランスジェンダーとノンバイナリージェンダーが、あなたに知ってほしいこと

「一時的な流行でもトレンドでもない。ありのままのあなただ」

自分はノンバイナリージェンダーやトランスジェンダーであるとオープンにする若者が増えている。その一方で、そういう自認は若者の遊びのようなもので、10代前半の子どもたちを魅了する、新たな一時的流行だと考える人もいる。

だがもちろん、そうした思いこみが間違っていることを証明するものがある。高齢のトランスジェンダーとノンバイナリージェンダーの存在、それも歴史を通じた存在だ。 BuzzFeedは、40歳を超えるトランスジェンダーとノンバイナリージェンダーの人々にアンケートを送り、彼らがカミングアウトに至ったまでの道のりを語ってもらった。特に、YouTubeやソーシャルメディア、様々なハッシュタグが普及する前の時代についてだ。

I would rather my kid change their sense of their gender 200 times before puberty than die before they could live. Your anxiety over young kids claiming a truth of who they are is about you, not them, not medicine, not some grave threat. Deal with your shit and let others live.

私としては、わが子が早死にするくらいなら、わが子のジェンダー意識が、思春期前に200回変わるほうがいい。年若い子どもたちがありのままの自分について主張する現象に不安を抱くのは、あなたの問題であって、子どもの問題ではない。ましてや、薬が必要な症状でもないし、深刻な脅威でもない。自分の問題には自分で対処し、他の者の生を全うさせよう。

以下、アンケートに答えてくれた人たちの意見を紹介しよう。

1. 「私はいつも同じだったが、社会が、私に合わない役割、男性か女性かの二択に収まるように強いていた」

2. 「人生で初めて幸せを感じている」

自分はトランスジェンダーかノンバイナリージェンダーだと、何歳の時に気づきましたか?

1958年、5歳の時。幼稚園に、姉の服を着ていこうとした。両親は私を思いとどまらせようとして、できることは何でもした。精神科やアウトワード・バウンド(アウトドア活動のための短期スクール)、体罰など。

私は、本当の自分を閉ざし、薬物を乱用し、次々と人間関係を破綻させた。61歳になってようやくカミングアウトした。今は結婚している。もう薬物やアルコールは乱用せず、仕事に出かけている。そして幸せだ。人生で初めて幸せを感じている。何と奇妙で長い道のりだったことだろう。

「トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーについてカミングアウトするのは一時的な流行やトレンドだ」と言う人たちもいます。そういう人たちに対して言いたいことは?

一時的な流行でもトレンドでもない。ありのままの存在だ。バイナリーなジェンダーは社会的概念だ。

―リー・アン(66歳)、ジェンダー不適合のトランスジェンダー女性

3. 「若者たちは、新たな方向でジェンダーについて話し合い、自分のジェンダーを確認しようとし、それについて話すようになってきた。重要なことをしていると思う」

自分はトランスジェンダーかノンバイナリージェンダーだと、何歳の時に気づきましたか?

年齢によって違う表現をしていたが、いずれにしろ、頭の中だけだった。20歳頃からはレズビアンだと思っていた。たしかに、それは「どういうジェンダーとしてセックスしたいかではなく、誰とセックスしたいか」ということだが、私にとって、その2つはたいして違わなかった。

レズビアンのコミュニティと文化は、ジェンダー不適合が、例外というより、ルールであるような場「だった」。およそ10年前、ソーシャルメディアのおかげで、トランスジェンダーの子どもに関する番組のビデオを見始めた。ジャズ・ジェニングスについてのバーバラ・ウォルターズの番組がきっかけだった。そういうビデオを何度も視聴した。

ある親が、わが子が性転換して後悔したらどうなるのか心配だ、と話していたのを覚えている。私は、実際に書きはしなかったが、頭の中で手紙の文案を練った。私が子どもだった時に話を聞いてくれる人がいたら、トランスジェンダーの少年だと思われたかもしれない、そして、それがありのままの自分の完全像ではないと後で気づいたとしても、そんなふうに性転換していた自分の判断を後悔はしていなかっただろう、という手紙だ。

ある集会のことを覚えている。出席した私たちは、自分の名前や代名詞を言い合い、誰かがこう言った。「私はすべての代名詞を使っているよ」。その響きが気に入ったので、私も同じことを言った。あとになって、そう言えたことについて、驚くほどの満足感や解放感を覚えた。

私は「ノンバイナリー」や「ジェンダークィア」という言葉や、あらゆる種類の新しい用語を学び、自分みたいな人たちを見つけ、Facebookグループへの投稿を延々と読み、トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーのYouTube動画を一気見し、圧倒され、驚いた。ウサギの穴に落ちるアリスのような気分だった。

「トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーについてカミングアウトするのは一時的な流行やトレンドだ」と言う人たちもいます。そういう人たちに対して言いたいことは?

若者たちは、新たな方向でジェンダーについて話し合い、自分のジェンダーを確認しようとし、それについて話すようになってきた。重要なことをしていると思う。

私たちはこれまでいつもここにいたけれど、「生物学的性別に結びつけて期待されていたジェンダー・アイデンティティ」を超えるようなジェンダー・アイデンティティを客観化する状況は、最近までこの社会に存在しなかった。

子どもたちが「今の流行り」と思える言動をしたら、シスジェンダーの若者の話も聞いてみてほしい。子どもはそういう行動を取ったり、話し方をするものだ。しかしそのことで、彼らが話す考えが否定されるわけではない。

他の人に「認めてもらえる」かどうかについては、あまり心配しないようにしよう。トランスジェンダー/ノンバイナリージェンダーでいることで、苦しまないようにしてほしい。あなたたちは皆、すばらしいことをしている。トランスジェンダー/ノンバイナリージェンダーでいるのはいいことだ。人生でそれをどう行動に表すかを選ぶことができる。大変なことは大変だが、自分自身について学ぶこうしたプロセスを楽しみ、感謝できるよう、トライしてほしい。

―リン(59歳)、ノンバイナリージェンダーのトランスジェンダー男性

4. 「正しい身体で目覚めたいと望んだ最初の記憶は、たぶん5~6歳の時まで遡る」

5. 「トランスジェンダーの人に会っても、バイナリージェンダーの男性や女性だと自認しているように見えたので、自分がトランスジェンダーの可能性があるとはまったく考えなかった」

自分はトランスジェンダーかノンバイナリージェンダーだと、何歳の時に気づきましたか?

自分のジェンダーに満足したことはなかった。思春期の頃から自傷行為をしていたのを覚えているし、他にもそうした兆候だったと思われることがあった。

トランスジェンダーの人に会っても、バイナリージェンダーの男性や女性だと自認しているように見えたので、自分がトランスジェンダーの可能性があるとはまったく考えなかった(彼らがそう見えていたのは、「十分に」トランスジェンダーだと考えてもらうためにそうせざるを得なかったのか、あるいは、自然なあり方でそうであったのかはわからない)。

人生の大半にわたって、私のジェンダーは私独自のものだというのが、家族や友人の間での「ジョーク」だった。徐々にノンバイナリージェンダーのアイデンティティを自覚するようになり、今は自分がノンバイナリー(具体的には、性自認がないアジェンダー)だと気づいている。初めてそうした名前で認識したのは48歳の時だったと思う。

「トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーについてカミングアウトするのは一時的な流行やトレンドだ」と言う人たちもいます。そういう人たちに対して言いたいことは?

自分が何の話をしているのかわかっていない人の話には、私は耳を傾けない。そうしなければならない場合には、私は彼らに、「たいして重要でないことなら、なぜそんなに気にするのか、他の人のアイデンティティを管理する必要性をなぜ感じるのか」と尋ねるだろう。

トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーの若者にどんなアドバイスがありますか?

ジェンダーに疑いを抱いているなら、シスジェンダーではない可能性が高い。しっくりくる場がわからなくても、気に病まないでほしい。数回気が変わっても心配しないように。

―ドリュー(52歳)、ノンバイナリージェンダー

6. 「私の存在はトレンドではない。私には今の自分でいる権利があるし、自己表現する権利がある」

自分はトランスジェンダーかノンバイナリージェンダーだと、何歳の時に気づきましたか?

10代の時にはノンバイナリージェンダーだと自覚していたと思うけれど、80年代当時の母国では、自分の本質を説明する言葉がなかった。どこかに馴染むいちばん簡単な方法は、ゲイの男性だと自称することだった。

その後、30代になって、欧州に移ってから、何らかのレッテルやグループに合わせる必要はないと気づき始めた。そして、「もっと自分自身であること」を始めた。その時に、自分のジェンダーアイデンティティはノンバイナリージェンダーであると決めることも始めた。

「トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーについてカミングアウトするのは一時的な流行やトレンドだ」と言う人たちもいます。そういう人たちに対して言いたいことは?

私の存在はトレンドではない。私には今の自分でいる権利があるし、自己表現する権利がある。多数派に従わず、自分の心や精神に誠実でいる権利がある。

トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーの若者にどんなアドバイスがありますか?

ありのままの自分でいてほしい。我慢強く、精神的に強い人間でいてほしい。たやすいことではないけれど、自分の道は自分で決められる。数少ない良好な人間関係を育んでほしい。まだ若いなら特に、ヤケにならないようにしてほしい。自分に正直なままでいれば、もっと強くなれるだろう。他の人があなたについて抱えている問題は、その人の問題であって、あなたの問題ではない。その人の無知と恐れの結果なのだ。

―ディオニュソス(40歳)、ノンバイナリージェンダー

7. 「私がこの道のりを歩み始めた頃は、カミングアウトはトレンドどころではなく、きわめて危険な行為だった。それでも私は意思を曲げなかった。そうしていまは元気に生きている」

8. 「乳歯が抜けた時、魔法の力を貸してほしいと書いた手紙を、歯と一緒に枕の下に置いた。両親はそれを面白がりはしなかった」

自分はトランスジェンダーかノンバイナリージェンダーだと、何歳の時に気づきましたか?

3歳か4歳の時。なぜか周囲に溶け込めないと感じたからだ。6歳になる頃には、自分は女の子だと自覚していた。乳歯が抜けた時、魔法の力を貸してほしいと書いた手紙を、歯と一緒に枕の下に置いた。両親はそれを面白がりはしなかった。

カミングアウトした時、どこでコミュニティを見つけましたか?

90年代には、Usenet(最も古いコンピューターネットワーク)のニュースグループに参加していた。最近になって、FacebookやTwitterでトランスジェンダーに関する問題について再び積極的に活動するようになったのは、2018年10月にアメリカ保健福祉省が、法的な性の定義を生まれつきの性別に限定しようとしていることが明らかになったからだ。

というわけで、私が「トランスジェンダー」コミュニティに再び参加するようになったのは、ごく最近のことだ。それまでは、ごく普通で、それなりに充実した生活を送ってきた。性別適合手術を受けてから16年半、性別を移行してから20年間、違和感を覚えることなく過ごしてきた。私を取り囲む人間関係は昔もいまも変わっていない。これまでずっと友人に恵まれてきた。みんなは私を信じ、友人であり続けてくれた。誠実さが信頼を生むことを学んだ。

「トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーについてカミングアウトするのは一時的な流行やトレンドだ」と言う人たちもいます。そういう人たちに対して言いたいことは?

そんなことを言う人は、自分たちが何を言っているのか全然わかっていない。性別違和は実在するし、治療できる。性別を移行したことで、私は命を救われた。唯一残念なのは、1959年当時はさまざまな理由から、私のような女の子は取り合ってもらえなかったことだ。

トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーの若者にどんなアドバイスがありますか?

あなたはあなただ。最初はつらいかもしれないけれど、どんどん楽になっていく。

―ステファニー・キャサリン・ヘルムス(65歳)

9. 「70年代に性別移行を経験した私にとって、人知れず暮らすことが慰めだった」

10. 「いつも笑い者になっていたけれど、理由がわからなかった」

11. 「トランスジェンダーという人たちがいることを知り、自分もそのひとりに違いないとわかったのは、Youtubeを使い始めてからだった」

自分はトランスジェンダーかノンバイナリージェンダーだと、何歳の時に気づきましたか?

私は昔からずっと女性的だったし、女の子になりたいと心底思ってきた。でも、アイスランドで生まれ育った私には、それが可能かどうかわからなかった。

ゲイに違いないとみんなが言うので、何度かボーイフレンドとつきあってみたけれど、結局、20歳の時にひとりの女性と出会い、結婚して娘を授かった。私たちはいまでも夫婦だし、娘はもう24歳だ。妻は、私が女性的な人間であり、一種のクイアであることを承知していた。つきあい始めた頃、私はドラァグ・クイーンとして働いていたからだ。

トランスジェンダーという人たちがいることを知り、自分もそのひとりに違いないとわかったのはYoutubeを使い始めてからだった。はじめはノンバイナリ―かもしれないと考えていたけれど、すぐに、自分はトランスジェンダー女性だと気がついた。46歳のときには、ついに性別移行に踏み切った。あれほど幸せだったことはない。

「トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーについてカミングアウトするのは一時的な流行やトレンドだ」と言う人たちもいます。そういう人たちに対して言いたいことは?

彼らの周りにはおそらく、性別移行はしていないかもしれないが、トランスジェンダーの知り合いがいる。ただ気がついていないだけだ。私たちトランスジェンダーは存在するし、これからもいなくなることはない。

トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーの若者にどんなアドバイスがありますか?

自分を信じて、大切にしてほしい。

―フレイヤ・スヴァンスドッティール(50歳)、トランスジェンダー女性

12. 「人類が誕生して以来ずっと存在していたものは、一時的な流行とは言えない」

13. 「自分が何者なのかは自分でよくわかっている。私たちの声に耳を傾けることは、ごく当たり前の尊重だ」

自分はトランスジェンダーかノンバイナリージェンダーだと、何歳の時に気づきましたか?

まだ幼い頃、7歳か8歳の頃だったと思う。当時は今とは違って、トランスジェンダーというものが認知されていなかった。48歳になってようやく性別移行を始めた。

「トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーについてカミングアウトするのは一時的な流行やトレンドだ」と言う人たちもいます。そういう人たちに対して言いたいことは?

青い目を持つことは流行だろうか? 背が高いことは流行なのだろうか? 自分が何者なのかは自分でよくわかっている。私たちの声に耳を傾けることは、私たちに対するごく当たり前の尊重だ。

トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーの若者にどんなアドバイスがありますか?

困難な道だが、状況は良くなってきている。悪口を言う奴には言わせておけばいい。人生は一度きりなのだから、自分の人生を生きよう。

―リーゼル(50歳)

14. 「ありのままのあなたを社会に変えさせてはいけない。自分を光とし、自分をよりどころにしよう」

15. 「he/himを使うのは、それがこの42年間自分を表してきた代名詞だからだ。意味は関係ない」

自分はトランスジェンダーかノンバイナリージェンダーだと、何歳の時に気づきましたか?

おそろしく長い間、うすうす気づいてはいたけれど、他人に自分のことを説明するための言葉は、ここ数年でようやく得た。今もまだ学んでいる途中だ。

自分を表す代名詞としてhe/himを使うのは、それがこの42年間自分を表してきた言葉だからだ。意味は関係ない。

「トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーについてカミングアウトするのは一時的な流行やトレンドだ」と言う人たちもいます。そういう人たちに対して言いたいことは?

まずはため息をつくよ。聞こえよがしに、馬鹿にした思いを込めてね。それから、エビデンスに基づく査読論文をたくさんぶつける。

コミュニティや自分たちの代弁者はどこで見つけましたか?

まだ見つかっていない気がする。難しいなと感じる。偏見の強い業界で働いていて、そこでは毎日、人と向き合うことができなければならない。同じような偏見を持つ人たちたちに囲まれていると、なかなかそうした場所は見つかりにくい。

トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーの若者にどんなアドバイスがありますか?

自分はこういう人間だという理解は、自分だけのものだ。他の人が口をはさむことはできない。

―ピート(42歳)、ノンバイナリージェンダー

16. 「長いあいだ隠してきていると、どうやって止めればいいのかわからなくなる」

17. 「ジェンダー規範というものが理解できず、ずっと苦しんできた」

自分はトランスジェンダーかノンバイナリージェンダーだと、何歳の時に気づきましたか?

53歳で自覚したが、大人になってからその時までずっと、男っぽいレズビアンとして生きてきた。ジェンダー規範というものが理解できず、いつも苦しんでいた。知り合いにMtF(身体的には男性であるが性自認が女性)のトランスジェンダーがいて興味を惹かれてはいたが、自分が逆に女性から男性に性別移行できるとは思ってもいなかった。

「トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーについてカミングアウトするのは一時的な流行やトレンドだ」と言う人たちもいます。そういう人たちに対して言いたいことは?

人によると思う。一部の人、特にノンバイナリージェンダーだと言っている人たちの中には、流行に乗っているだけの人もいるのではないだろうか。でも、それ以外の人たちにとっては、それが本当の自分だ。

トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーの若者にどんなアドバイスがありますか?

突き進め。

―JJ(50代)

18. 「『自分は間違った体に生まれてきたのだとずっと思っていた』なんて決まり文句は出てこない。私の場合は突然気がついた」

19. 「70年代には、あざけったり憐れんだりする以外に、そうした議論がなされることはなかった」

自分はトランスジェンダーかノンバイナリージェンダーだと、何歳の時に気づきましたか?

最初に感じたのは、4歳の頃だった。テレビで見た女の子のキャラクターを真似て、ごっこ遊びをしていたのだ。いつも自分のことを女性のロールモデルと重ね合わせていたが、まだ幼かったので、「自分は女の子なのか?」と考えるには至らなかった。70年代には、あざけったり憐れんだりする以外に、そうした議論がなされることはなかった。

ソーシャルメディアが登場するまでは、フォーラム(掲示板)を使っていたし、ポッドキャストも初期の頃から今まで活用している。オンラインのサポートグループもある。

「トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーについてカミングアウトするのは一時的な流行やトレンドだ」と言う人たちもいます。そういう人たちに対して言いたいことは?

流行なんかじゃない。人それぞれ違うところのひとつだ。トランスジェンダーの人たちは、ずっと存在していた。

トランスジェンダーやノンバイナリージェンダーの若者にどんなアドバイスがありますか?

デジタルプラットフォーム上だけでなく、オフラインでも人と話をしよう。プライドパレードに参加しよう!

―ローラ(45歳)、トランスジェンダー女性

アンケートの回答は、長さや読みやすさを考慮して編集しています。

この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:矢倉美登里、遠藤康子、半井明里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

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BuzzFeed Japanは東京レインボープライドの公式メディアパートナーとして、2019年4月22日から、セクシュアルマイノリティに焦点をあてたコンテンツを集中的に発信する特集「レインボー・ウィーク」を実施します。

記事や動画コンテンツのほか、オリジナル番組「もくもくニュース」は「もっと日本をカラフルに」をテーマに4月25日(木)午後8時からTwitter上で配信します(配信後はこちらからご視聴いただけます)。また、性のあり方や多様性を取り上げるメディア「Palette」とコラボし、漫画コンテンツも配信します。

4月28日(日)、29日(月・祝)に開催されるプライドフェスティバルでは、プライドパレードのライブ中継なども実施します。