シングルマザーの "民泊" 育児。「足りないものはすべて、泊まるみんながくれた」

    家に帰ると知らない外国人。「民泊」家庭で育つと子供はどうなる?

    学校から家に帰ってきて、階段を上がると、リビングには知らない外国人がいる。でも、小学5年生のはるちゃんは驚かない。小さな頃から、それが我が家の当たり前だった。

    はるちゃんの家は、民泊サービスAirbnb(エアビーアンドビー)のホストとして、5年ほど前から、主に海外からの旅行客に部屋を提供している。

    「民泊」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、キラキラした国際交流か、もしくはインバウンド需要で稼げる副業か、はたまた一時期話題になった非認可民泊のご近所トラブルかも知れない。

    子育て家庭で民泊をするなんて、イメージしにくいかもしれないが、はるちゃんはこの家で育った。一体何を見て、どんな体験をしてきたのだろう?

    広い家にポツンとふたり。どん底のときに始めた「民泊」

    母のかなこさんがAirbnbのホストを始めたのは、離婚後にシングルマザーとなって落ち込んでいたときだった。幼い娘・はるちゃんと広い一軒家にぽつんとふたりきりになり、寂しさがこみ上げてきた。

    当時、日本であまりメジャーでなかった民泊だが、かなこさんは興味を持ち、ネットでリサーチをしながら始めてみることにした。

    はじめは家の改装も特別なおもてなしの用意もしなかったが、とりあえず空いた部屋を貸してみようと登録。するとすぐに予約が入り、手探りの民泊ホストが始まった。

    印象に残っているのは、初めて迎えたオランダ人の兄妹。ふたりには他にも中国出身の養子の兄弟がいるという。これはかなこさんには新鮮な驚きだった。

    オーストラリアからやって来た50代の再婚カップルも思い出に残っている。ハネムーンの予算は限られていたので特別な贅沢はしなかったが、自炊をして一緒に食事をしたり、東京の日常を楽しんで帰っていった。

    様々な人を迎えることで、かなこさんが持っていた「家族」の固定観念が、少しずつ揺さぶられていく。

    「そのころはまだシングルマザーになったばかりでショックだったけど、世の中にはいろんな家族のかたちがあるんだなって思えて、勇気づけられました。

    お金をもらっているわけですが、むしろこっちがいろんなことを教えてもらっているんですよね」

    一方はるちゃんは、突然やってきた旅行客を自然に受け入れていたと、かなこさんは振り返る。

    「この子はまだ小さくて、よその家と比べる前に、外国人がいることが『普通』になってました。むしろ私のほうがびびっていましたね(笑)」

    民泊の面白さを知ったかなこさんは、空き部屋を少しずつ改造し、客室にシャワールームをつくるなど、快適な部屋づくりに精を出すようになった。

    シングルマザーに足りないものは、泊まるみんながくれる

    かなこさんはフリーランスでイラストレーターをしている。自宅で仕事をすることも多く、あまりアクティブなほうではないと言うが、ゲストと一緒に出かけることも増えた。

    「子供が小さい頃は一緒に遊びにでかけたいんですが、母子家庭というのもあり、子供をどこかに連れて行く元気もあまりなかったんですよね。

    でも、ゲストがいれば観光案内をするという目的もあるし、子供も連れて行ってあげたいから、よく遠くまででかけたりしました。ゲストと一緒だと楽しいし、彼らも助かるのでウィンウィンな関係でした」

    一緒に観光をするほか、力仕事を手伝ってくれたり、子供と遊んでくれたりするゲストも多くいたという。

    「シングルマザーの足りないところを、自然とすべて補ってもらっていた気がします」

    逆に、ゲストの育児をサポートすることもある。あるときは、1歳足らずの赤ちゃんと2人で、イギリスから旅行に来たお母さんがいたが、かなこさん達が赤ちゃんをあやしている間にシャワーを浴びるなど、小さな子供がいても安心して滞在できる家になっていた。

    お礼に彼女は、帰国する際に大量の離乳食を置いていった。当時、かなこさんは現在のパートナーとの間に、第二子を妊娠していたからだ。

    「予期せぬ妊娠でショックだったんですが、ちょうど不妊治療のために来日した中国人の夫婦を迎えた時に、『私達は子供が欲しくてたまらなくて、妊娠できるあなたはとてもラッキーなんだよ』って諭されてしまって(笑)。背中を押されましたね」

    ゲストをサポートし、サポートされることで、かなこさんは明るさを取り戻していった。

    「はじめは本当にどん底だったので、多くの人に必要とされて、感謝されて、すごく幸せなことです」

    言葉が通じなくても、距離感は家族

    取材中はシャイだったはるちゃんだが、ゲストとの交流は好きなようだ。幼い頃から折り紙を教えてあげたり、家族連れのゲストの子供と遊んだりした。大きくなった現在は一緒に遊ぶことはあまりないが、ゲストがいることに違和感はない。

    幼い頃からゲストが話すのを聞いていたので、英語のリスニングは得意。英語で質問されると日本語で答えるが、不思議とコミュニケーションが成立するという。

    数年前、ドイツ人の若い女性が来たときは、はるちゃんとふたりだけで一緒にお蕎麦を食べに行ったこともある。帰りには仲良くお買い物もして帰ってきたというからすごい。

    彼女が帰国してすぐ、ベルリンでテロが起こった。ニュースを見ると、彼女のことが心配になる。仲良くなったゲストのことを考えることは、世界に目を向けるきっかけにもなった。

    現在はるちゃんの家に滞在しているのは、アメリカ人のマイクさん。日本語を勉強中で、いつもはるちゃんとダイニングテーブルに並んで勉強している。2人は静かであまり会話はしないけれど、距離感は本当の家族のようだ。

    マイクさんは、日本語の練習がしたくてこの部屋を選んだという。だから、はるちゃん達と夕食も一緒に囲む。この日の献立は鍋だ。

    世界には色んな人がいて、好きなことをやっていい

    かなこさんは、子どもたちは語学だけでなく、色んなことを学んでくれていると話す。

    「ポジティブな人に会ったり、そういう人のエネルギーに触れるのって、子供にとっては必要不可欠なことだと思うんです。

    私がイラストレーターというのもあり、クリエイティブな仕事をしているゲストも多いんですが、みんな目がキラキラしているんですよね。いろんな生き方があって、好きなことをしていいんだって、この子も学んでくれるんじゃないでしょうか」

    マイクさんのように外国からリモートワークをする姿も、この家では珍しくない。いろんな価値観やライフスタイルを、はるちゃんはいつも傍で見てきた。

    「ダイバーシティ(多様性)を子供に教えたいというのはよく聞きますが、口で説明するだけでは難しいんですよね。

    この国の人はこうとか、セクシュアルマイノリティの人だからどうとかじゃなく、偏見を知る前にいろんな人に出会えるのは、とても良い環境だと思っています」

    絵やものづくりが好きなはるちゃんは将来、模型を作る仕事をしたいと話していた。そのころにはきっと、今よりもっと多様な生き方や働き方が当たり前になっているだろう。

    「自分がこんなに国際的になると思わなかった」と話すかなこさんと、民泊ネイティブで育ったはるちゃん。新しい子育てのかたちを見た気がして、少し羨ましくなった。