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長時間労働に疲れ果てながら家事・育児も……父親の産後のうつに関する研究から見えた日本のパパたちの孤独

産後に父親がうつになるのには、日本社会の様々な問題が関わっています。 親子保健を専門とする 専門家に原因を分析してもらいました。

4月1日から本格的に導入に向かい始める男性の育休制度。しかし、その裏で「育児と仕事の両立」に苦しみ、うつ状態に陥る父親がいる。

前回は、実際に産後のうつになった父親の声を取り上げた。

第2回は、親子保健を専門とする国立成育医療研究センター研究所政策科学研究部部長の竹原健二氏にお話を聞いた。

その研究結果からは、長時間労働に疲れ果てながら、家事・育児も頑張ろうと無理をする父親たちの孤立した奮闘ぶりが透けて見えてくる。

※この連載は、メディカルジャーナリズム勉強会の「ヘルスケア発信塾2021『伝え手』育成集中プログラム」で最優秀賞を受賞した作品に編集を加えたものです。

働く時間が長過ぎて、家事・育児に時間を割けない日本の問題

まず、近年言われるようになった「父親の産後のうつ」の実態を整理していこう。

2005年にイギリスから父親の産後うつの研究が世界的医学誌のランセットに掲載され、「父親の産後うつが重要な健康課題になり得る」というコメントが発表された。

ここから様々な国で父親の産後のうつについての研究が始まり、その原因や、子どもの発育・発達に対する影響などが調べられてきている。

しかし労働時間や形態、文化にも大きく影響される問題でもあり、海外での研究をそのまま日本に当てはめるのは難しい。日本でも独自の研究が必要な分野だ。

日本では、「父親が家族・家事に参画する時間が少ない」と言われる。

2016年の社会生活基本調査によると、1日あたり83分であり、欧米の2分の1程度という実態がある。政府は父親が家事・育児を行う時間を2020年までに150分に増やそうという目標値を掲げたが、2020年の企業による調査では96分と、遠く及ばない。

これに対し、竹原氏は別の見方を提案している。

「睡眠など生活に必要な時間を除いた時間の中で、どれくらいを仕事と家事と家族のケアに使っているか」という観点で見ると、日本の父親は欧米と同程度か、より多くの時間を仕事と家族に割いているという。

つまり、仕事時間が長いことにより、少ない自由時間の中で家事や育児をしなければならないのが日本の現状ということだ。

竹原氏らは「父親が家事・育児に150分の時間を確保するには、仕事関連時間(仕事+通勤)を9.5時間以内に収める必要がある」という研究成果(3)を2021年12月に論文発表した。

2016年の社会生活基本調査を基に、

  1. 末子が未就学児
  2. 夫婦と子どもの世帯
  3. 就業している


という3条件を満たした父親を調査対象とした。

結果、調査対象者の69%で仕事関連時間が10時間を超えており、12時間を超える割合は36%であった。睡眠や食事などの健康維持に必要な時間を考えると、150分を達成するには長時間労働の是正が必要になる。

支援が少ないまま「両立」に奮闘する父親たち

日本の父親は家事・育児時間だけを見れば少ないが、その原因には長時間労働などの問題が存在する。

「イクメン」という言葉を厚生労働大臣が取り上げ、話題になったのは2010年。当時「育児を楽しむ男性」であった「イクメン」という言葉が、いつしか「育児も家事も頑張り、仕事も頑張る」といった風に変化し、現代の父親は様々な両立を求められているのではないだろうかと竹原氏は指摘する。

しかし、父親に対する支援や学習機会などは十分に提供されておらず、「仕事もやりながら、分からない育児も両立する」という状態に陥っている。前回取り上げた阪脇さん含め、多くの父親が「両立」で苦しんでいるのが実情だ。

「支援者を支援する」必要性

「『頑張りすぎると父親も危ない』ということを、もっと知って頂きたいと思っています」

竹原氏は父親も産後にうつ状態に陥る可能性があることが知識として知られるのみならず、対処方法を知ることや、支援する専門職の教育も必要だと訴える。

父親は「産前・産後の母子の一番の支援者」であるのに、「支援者を支援する」という視点は未だ広まっていない。頑張っている中でも「お父さんは産後の身体ダメージもないのだから、もっとしっかりやるべきだ」と言われることも多いのではないだろうか。

研究結果からは、少ない可処分時間で、家事や育児に携わろうとする父親の姿が垣間見える。

男性育休の義務化の流れの中で、「育休を取ればどうにかなる、という問題ではなく、働き方を変える事も必要です。育休だけが先行すれば、より苦しむ父親が増えかねません」と竹原氏は語る。重要な問題ではないだろうか。

育児は、夫婦ともに長い時間をかけて向き合っていかなくてはならない。どちらが無理しても続かない。

「親」になるということは、男性も女性も同じだが、様々な背景の違いがある。母親に対する支援が重要なのは言うまでもないが、「男性も女性も、育児と仕事を両立できる社会」を実現する為には、片方のみの支援では上手く行かないのではないだろうか。

(続く)

【参考文献】

1. Ramchandani P, Stein A, Evans J, O’Connor TG. Paternal depression in the postnatal period and child development: a prospective population study. Lancet 2005 : 365(9478): 2201-2205.

2. 厚生労働省イクメンプロジェクトHP. イクメンライブラリー各種データ. http://ikumen-project.mhlw.go.jp/library/resource/ [2022. 1. 16]

3. 大塚美邪子, 越智真奈美, 竹原健二 他. 「末子が未就学児の子どもを持つ父親の労働日における生活時間」, 厚生の指標. 2021, 第68巻15号. P24-30.

【平野 翔大(ひらの・しょうだい)】産婦人科医、産業医、医療ライター

1993年生まれ、医学部卒業後、初期研修・産婦人科専門研修を経て、現在はフリーランス医師として産婦人科・睡眠医療・産業保健に従事しつつ、複数のヘルスケアベンチャーにメンバーやアドバイザーとして参画。資格:健康経営アドバイザー・AFP(日本FP協会認定)・医療経営士3級(登録アドバイザー)。