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Posted on 2018年4月29日

平成30年の「おんな夫婦」「おとこ夫婦」

そういえば、ずっと昔から当たり前に存在していたんです。

福岡市の同性パートナー公認第1号とは?

いま、各地に広がる自治体による「同性パートナーシップ公認制度」。この4月1日、また一つ福岡市で始まりました。昨年6月開始の札幌市に続き、政令指定都市では2例目、人口153万人のエリアへ広がりました。先日のニュースでは、その第1号登録者のかたが紹介されていました。

この報道を見て、とても興味深い点がありました。

今回、認定第1号となったのは、生活上は男性として暮らすトランスジェンダーのかた(33)と、そのパートナーのかた(27)。どちらも戸籍上は女性のため、この制度の対象となりました。おひとりは男性自認、もう一方のかたは身体性別が女性であることに違和感は感じていないシスジェンダーと思われる女性で、つまりお二人は性的指向では「異性愛」のカップルといえるようです。

福岡市役所提供

中央のおふたりが1号カップル

同性パートナーシップの公認制度というと、ゲイカップルやレズビアンカップルを思い浮かべ、女性二人が白いドレスを着た華やかな結婚式の画像などとともに報じられることが多いものです。しかし、福岡ではトランスジェンダーとシスジェンダーの「異性愛」カップルが第一号だったのですね。

報道には「LGBTカップル」という言葉も見られます。昨今、当事者から「LGBTのカップルってなに? きちんとゲイ/レズビアンカップルと呼んで!」「なんでもLGBTって言うのやめてほしい」「検索でのヒットを狙った釣りタームか?」といった声も聞かれます。私もそう思ってきました。

しかし、この福岡の一号カップルは、実際なんとお呼びすればいいのでしょう? トランス男性(戸籍は未変更)とシスジェンダー女性の異性愛カップルは、アライ(ストレート・アライとも。性的マイノリティに連帯する異性愛の人びとを指す言葉)も含んだ「LGBTのカップル」(ここでのLGBTは広く連帯の概念で使っています)としか言いようがないのかもしれません。私も認識を改めました(笑)。

それと同時に、このニュースやお二人の映像を見て思ったことは、こうした関係は、私が子どものころ(40年ぐらいまえ?)までは、「おんな夫婦」として意外に街の風景のなかに存在し、人びとも特段それを奇異とは感じていなかったのではないか、ということです。

2015年の渋谷区・世田谷区での動き以後、ゲイやレズビアンのカップルが急に注目を集めるようになりましたが、ゲイとかレズビアンとかパートナーとか、そんな「舶来」の言葉がなかった時代でも、「おんな夫婦」といえば誰でも納得していたのではなかったか……。

そして、「おんな夫婦」があれば、当然、「おとこ夫婦」もいたのではなかったか。

福岡のニュースに、私はそんな古い記憶がよみがえったような気がしたのです。

きょうは、どこか記憶の古層に忘れかかっていた「おんな夫婦」「おとこ夫婦」の原風景を、思い出してみたいと思うのです。

「あいまいな性」のなかの女性カップル

女性同士ならつい簡単に「レズビアンカップル」といってしまいそうですが、その「内面」をうかがうと、さまざまな関係性があるようです。

私は2014年ごろから行政書士として、婚姻制度の外にある、主として同性カップルのかたの公正証書の作成を手がけるようになりましたが、女性カップルの多彩さにすぐ気づくこととなりました。

学生時代以来、なぜかずっと一緒に暮らしている女性カップルもいました。自分をレズビアンとは思っていないし、女性としての性別違和感もない。ただこの相手と一緒にいることが快い、そして親族もみな認めてくれている。

そんな関係が10年以上続いて「結婚式」をあげることにし(社会の影響でしょうか)、同時に入院や死別時のことを考え公正証書をつくることにしたとのこと。お二人はアセクシュアルというのかもしれませんし、実際に恋愛感情や性的関係があるのかどうかはわかりませんが(もちろんそんなことは聞きません)、意外と異性愛とも同性愛ともつかぬあいまいな性を抱えたままのカップルはいらっしゃいました。

女性カップルの一方がどちらかというとトランスジェンダー的傾向がある場合もあります。パートナーとその連れ子さんとの3人暮らしで、「子どもからはウルサイおっちゃんみたいに思われてますわぁ」と、「男っぽく」言うかたもいました。どこか男女夫婦をなぞったようなその関係は、それこそ私の記憶の古層に浮かんでは消える「おんな夫婦」のようです。

記憶の古層に明滅する「おんな夫婦」の姿

そんな「おんな夫婦」に意外なところで出会ったと思ったのは、佐野眞一著『阿片王 満州の夜と霧』(新潮社、2005年)というノンフィクションを読んでいたときです。

戦前に「満州国」で電報通信社(電通)と新聞聯合社を統合して満州国通信社(国通)を設立して満州メディア界に君臨し、のちに上海へ移って軍の特務資金調達のために阿片売買を仕切り、戦後はA級戦犯容疑者として逮捕された里見甫(はじめ)の生涯とその周辺の人物を洗い上げたノンフィクションです。

満州、上海、そして阿片……濃ゆい舞台に佐野さんお得意の怪物・異形の人物誌が展開し、読むものを飽きさせない一巻ですが、満州で里見の片腕だったという「梅村淳」という女性が私の目を引きました。戦後、満州から鎌倉に引き上げた梅村に会った人びとの証言では、彼女はつねに「男装の麗人」として記憶されているのです。

「いつも男物の背広で、履物も黒い男物の革靴、髪の毛はオールバックで、一見すると本当に男性のよう。性格も男勝りというか、さっぱり」

「兒島さんという女性と同居していた」

佐野さんの取材に、そんな証言が続きます。現存するその家を訪ねると、出てきた現在の住人は佐野さんに、「梅村? あっ、レズのババアのことだろ」と声をあげます。家を辞去したあと、周辺を聞き込みしてみると、

「ああ、男装の麗人ですね。髪の毛を七三に分け、同居人の兒島さんといつも仲良く歩いてました」

「梅村と兒島は女同士で完全にデキていたな。二人でいるときは、周囲のことなんてまったく目に入らなかったんじゃないかな。熱いカップルだった。ここいらで二人の関係を知らないやつはいないよ」

鎌倉で松竹の大部屋女優と同棲していたことを証言する人もいます。

「その女優は本当にかいがいしく世話をしていました。上着を脱ぐとさっと手に取り衣紋掛けにかける。淳さんは旦那然として和服に着替え、兵児帯など締めるのです」

証言者は梅村の死後、家を整理したら、男物の背広やシャツがいっぱい出てきたとも。そして、のちに尋ね当てた梅村の親族は、一族のあいだでは「男おばちゃん」で通っていたと語っています。

筆致は佐野さんお得意のおどろおどろしい身元調べと魑魅魍魎の人間模様で塗られ、「レズ相手の」などの連発は多少辟易はします。本当にレズビアン関係だったのかも、今となってはわかりません。でも、こういう男装した「男おばちゃん」ともう一人の女性との「おんな夫婦」は、佐野さんの露悪的な筆致とは裏腹に、私には走馬灯の淡い影のように、「こんな人、いたよな」という懐かしささえ抱かせてくれるのです。

Shibun Nagayasu

佐野眞一著『阿片王』の口絵に掲げられた「男装の麗人」梅村淳の写真

女性装した男性を愛した男性たち

「おんな夫婦」がいれば「おとこ夫婦」もいます。ここにいう「おとこ夫婦」とは、ゲイカップルというよりも、一方がより女性らしい形態をして(ありていにいえばフルタイムで女性装をし)、男女夫婦をなぞるようなかたちで生活しているパターンをイメージしています。女性装をしているほうのかたは、むしろトランスウーマン(MTF)といえばいいのかもしれません。

日本人は女装が好きであり、それは日本人の性別認識の特性や日本文化の特質のひとつに通じている、と書くのは、ジェンダー史研究者で自身もトランス女性として生活する三橋順子さん(明治大学ほか非常勤講師)。その広汎な研究を一般書としてまとめた『女装と日本人』(講談社新書、2008年)には、ヤマトタケル以来のさまざまな日本の女装の記録が収められています。

近世では嘉永三年(1850年)といいますから、そろそろ浦賀に黒船も来ようかというころ、現在の香川県に生まれた乙吉は、お乙という女性名で、女児の格好をして育てられます。両親はそれまで男の子に死なれ続け、子の性別を変えることで加護を得ようとする風習に従ったのでした。

乙吉あらためお乙はおかげで無事育ったのですが、その後も服装、髪型、化粧、さらに縫い物など娘として育てられ、武家奉公にも上がります。そして、早蔵という塗師(ぬし)をしている男に、本当は男であることを承知で求婚され、婚礼をあげ夫婦になったというのです。

三橋さんは、「お乙のように『とりかえ育児』で育てられた結果、男性ジェンダーへの再移行がうまくいかなかったケースはそこそこあったのでは」と指摘します。また、そうした「女性」だからこそ好きになる男性もいたようです。

「おとこ夫婦」は江戸時代の話かといえば、これまた現代の私たちの記憶世界にも、ほのかに存在していた気がします。

おなじく三橋さんのご研究から引用させていただくなら、聞き取りをした「美島弥生」さんという女装者は、1960年代後半に大塚にあった「角萬」と思われる結婚式場(当時の有名式場)で、男性と挙式をしています。男性がモーニング、美島さんが文金高島田でとった写真が残っています。

これ以外にも、三橋さんは自身が招かれた「おとこ夫婦」の挙式写真をブログで紹介しています。

男性と挙式した男性たち。右写真中央は三橋さん(いずれも三橋さん提供)

「おとこ夫婦」をめぐる私の不思議な経験

この「おとこ夫婦」について、じつは私にも不思議な経験があります。

私は新宿のある老舗ゲイバーに週一度、担当スタッフとしてかれこれ10年余、入店していますが、数年前の深夜、不思議な男性客が来店したことがあります。

仕立てのいいスーツ、ネクタイに身を包んだそのかたは、社名こそ明かしませんでしたがどこかの経営者で、運転手と車を近所に待たせて来店したようです。途中、なにかのはずみに年収は10億と飛び出し、「このかた、何者?」と思ったものでした。そして、私の同性パートナーシップの法的保証に関する本をどこかで見て、どんな筆者か会ってみたい、と来店したというのです。

それからの話が不思議で、その彼にも「男性パートナー」がいたが、最近亡くなった。いまわの病床で来世も一緒になろうと言ってくれた。その彼がずっと女性の格好をして、結婚式も文金高島田で、それはきれいだった。神主も見惚れていた(神前で挙式?)……そう語ってはホロホロと泣き、そのかたはやがて立ち去ってゆきました。

あまりに不思議な話で輪郭もあいまいな記憶ですが、私とそれほど年も違わないかたが、女性装した男性と夫婦生活をしていたことに、なにか絵草紙の物語を聞くような幻覚に襲われたものでした。

おとこ夫婦の「夫」側を理解する一助として、さきの『女装と日本人』には現代の女装系店舗の男性客の3タイプが紹介されています。私なりに要約すれば、一つは、もともと「ペニスのある女の子(シーメール She-male)」に明確な性的嗜好・指向を有する型。

もう一つは、身体的な性別よりも、外見や役割、その心根がより女性らしければそれを女性として認識する型。最後は、女装系の店の気楽な雰囲気や安価な値段を好むお客……。

挙式写真のなかの人やあの夜、私を訪れたお客、さらに幕末明治にお乙と一緒になった塗師・早蔵が、なぜ女装の男を愛し、連れ添ったのかはわかりません。しかし、こうしたあいまいな性の「おんな」を好む男たちは常に存在し、おとこ夫婦も連綿と続いてきたのです。

平成30年と「あいまいな性」との交差

ところで、「おんな夫婦」「おとこ夫婦」の現在は、どうなのでしょう。

男性カップルで、一方がつねに女装し、かつプロ系の仕事についているわけでもない「おとこ夫婦」は、絶えたわけではないでしょうが、現代ではかなり稀有なのではないかと思われます。

そもそも異性装、とくに男性の女装が近代化のなかで、政府によって禁止・排斥されてきたことがあるでしょう。お乙と平蔵夫婦は、明治に入って近代戸籍(壬申戸籍、明治4年)に登録されるさいに男性であることが露見し、お乙の丸髷の髪は切られ、結婚は無効とされたといいます。

お乙のような「あいまいな性」の存在にとって、戸籍制度に象徴される近代は苦難の歴史であり、同時にそれにもめげなかった女装者たちのその後の日本女装史を、おなじトランスウーマンとして三橋さんはリスペクトとともに綴っています。

高橋克彦『新聞錦絵の世界』(角川文庫、1992年。絵は落合芳幾)より

平蔵と髪を切られた乙吉の「夫婦」を伝える明治初期の絵入り新聞(東京日日新聞錦絵、明治7年10月3日)

さらに現代に下り、一般社会から「おとこ夫婦」が目につきにくくなった理由を問う私に、三橋さんは、「現在は女装妻がさっさと性別変更してしまい、法律婚してしまうパターンだと思います(数例、知ってます)。妊娠しない以外はなにも困らないから、社会の表面に出てこないので、目立たないのだと思います」との見解も示してくださいました。

その一方、おんな夫婦は、上記の「梅村淳」のように、過去の日本社会でわりと目につき、(奇異には見られつつも)受け入れられてもいたと思います。経済力の弱いおんな同士で生活を支え合うとか、とくに戦後は戦争による男性の大量死で独身女性が多い時期があり(女の共同生活も自然に思われて)、目になじみやすかったのでしょうか。

さらに現代でも、私の事務所へのご相談者の例をあげたように、一方がトランス男性的な人から親友の組み合わせまで「おんな夫婦」の幅は多彩であり、女性カップルの結婚式で一方が男装することが意外に多いのも、その現れなのかもしれません。もちろん、こちらもFTMとして性別変更し、法律婚するカップルもいます。

永易至文さん提供

昨年、私が公正証書の作成を担当し、挙式した女性カップルからの年賀状(掲載了承済み)。双方がドレスのほかに、一方が男装した写真もあります。ご本人にFTMの自覚はなく、「和装男装する機会なんて滅多に無いし興味本位で」とのことだそうですが、ゲイカップルでの結婚式で一方が女装というスタイルがほぼ無いのと好対照です。

こうして「夫婦」といえども、かなりあいまいな性の組み合わせをも許容してきた日本社会が、夫婦や家族といえば、「ジェンダーに迷いがない男女の夫婦に子が二人」といった異性愛の単婚小家族に整序され、規範化したのは、昭和34年の皇太子(現天皇)夫妻の結婚と、宮中の慣例を破った家庭での子育てが契機となったと説くのが、家族社会学の定番です。

時事通信

戦前までの多世代・大家族(ときに妻妾同居もあり)にかわり、若い夫婦と子どもからなる戦後マイホーム(単婚小家族)のモデルを国民に示した皇太子(現天皇)一家

「軽井沢の恋愛結婚」とともに、戦後マイホームのモデルケースも提示した現天皇一家。その天皇の退位を控えた平成30年の現在に、歴史の古層に押しやられていた「おんな夫婦」「あいまいな性の組み合わせ」とでもいう姿が、現代的な同性パートナーシップ認定の1号として社会の表面に(再)浮上することに、私はどこか悠久の歴史の流れが交差した瞬間を見る思いを抱いたのでした。

【参照記事:三橋順子さんブログ】

 http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2015-03-05-5

 http://junko-mitsuhashi.blog.so-net.ne.jp/2013-10-28-1

 *なお、「おんな夫婦」については、三橋さんからこちらのブログ記事もご紹介いただきました。記して感謝申し上げます。

【永易 至文(ながやす・しぶん)】NPO法人事務局長、ライター、行政書士

1966年、愛媛県生まれ。1980年代後半よりゲイコミュニティーの活動に参加。ライター/編集者。行政書士NPO法人パープル・ハンズ事務局長。当事者の生活実感に即したゲイ/性的マイノリティーの暮らしや老後の法的・実践的サポートをライフワークとする。


BuzzFeed Japanは東京レインボープライドのメディアパートナーとして2018年4月28日から、セクシュアルマイノリティに焦点をあてたコンテンツを集中的に発信する特集「LGBTウィーク」を実施中です。

記事や動画コンテンツのほか、5月1日午後8時からはTwitterライブ「#普通ってなんだっけ LGBTウィークLIVE」を配信します。

また、5〜6日に代々木公園で開催される東京レインボープライドでは今年もブースを出展。人気デザイナーのステレオテニスさんのオリジナルフォトブースなどをご用意しています!

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