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無痛分娩、過度に恐れる必要はありません 麻酔科医の視点から

安全な施設を見分けるコツも

私は麻酔科医をしています。産科の麻酔に興味があり、約10年前から無痛分娩を勉強してきました。自分自身も第2子を無痛分娩で出産し、痛みが和らぎ、落ち着いて出産できることの素晴らしさを実感しました。

現在、産科と協力して妊婦さんに無痛分娩を提供しています。最近、無痛分娩後に妊婦さんが急変し、死亡したり重い障害を残したり、というニュースが相次いで報道されました。無痛分娩後に脳に重い障害を受けた母と子の家族の会見には強い衝撃を受けました。

1日には、塩崎前厚生労働相が、無痛分娩の重大事故が相次いで起きたことを受けて、産科麻酔の専門家らによる厚労省研究班を今月中に始動させて対策を検討し、安全体制を強化する方針を表明しました。

日本産婦人科医会も5日、「麻酔による合併症などに適切に対応できる体制を整えて実施すべきだ」という見解をまとめたということです。

安全な無痛分娩とは何か、どうしたら広められるのか、無痛分娩を受ける側にも提供する側にもなったことのある麻酔科医として考えてみました。

無痛分娩は産婦の体の負担を軽減するが・・・
Nozomi Shiya / BuzzFeed

無痛分娩は産婦の体の負担を軽減するが・・・

無痛分娩についてどこで調べられる?

昨年私の病院で妊婦健診を受けている98人に無痛分娩についてのアンケートを取り、55人が回答しました。約9割の方が「無痛分娩に興味がある」と答えました。

その一方で、「無痛分娩について調べたことがあるか」という問いには25%が「調べたことがない」、約60%が「友人の話を聞いた、インターネットで調べた」と回答していました。医師の説明を受けたことがある人は5%に満たないことがわかりました。

医学的に正しい情報を得ることが安心につながります。信頼できる情報元としておすすめしたいのが産科医と麻酔科医で運営されている日本産科麻酔学会のHPです。その中に「無痛分娩Q&A」というページがあり、硬膜外麻酔(後で詳しく説明します)という方法を用いた無痛分娩について絵入りでわかりやすく説明されています。ぜひ、参考にしていただきたいと思います。

他に、『無痛分娩のすすめ』(毎日新聞出版)という勝間和代さんの本は日本産科麻酔学会が監修しており、マンガもあってわかりやすくおすすめです。

無痛分娩の方法 メリットとデメリット

無痛分娩の方法は、背中から針を刺し、「硬膜外腔」という場所に細い管(カテーテル)を入れ、そこから局所麻酔薬を投与する「硬膜外鎮痛法」が主流です。

日本産科麻酔学会の「無痛分娩Q&A」より

無痛分娩、というと痛みが全くないことを期待してしまいますが、手術の麻酔のように何も感じない、ということはありません。分娩の進行を妨げないようにするため、足が動かせる程度の薄い濃度の局所麻酔薬を使用するので、子宮が収縮するのはわかります。痛みは一番痛いときの約3分の1以下になり、がまんできないほどではない、という方がほとんどです。

無痛分娩のメリットは単に痛みが和らぐことだけでなく、血圧や心拍数が安定し、呼吸も楽にできるため、赤ちゃんへ酸素を十分届けられることもあります。お母さんの産後の疲労も軽減されます。

また、緊急帝王切開になる場合も、カテーテルをいれておくとすぐに対応できるので安心です。そのため、心臓や脳血管などに持病がある場合、お医者さんから硬膜外無痛分娩を勧められることもあります。

デメリットとしては、麻酔をすることで発生する合併症があること、麻酔によっていきむ力が弱くなりお産にかかる時間が長くなること、それにともなって陣痛を強める薬(陣痛促進薬、子宮収縮薬といわれます)が必要になったり、吸引や鉗子といった器械で赤ちゃんを引っ張り出したりする頻度が増えることがあります。費用も余計にかかります。

また、日本で行われている無痛分娩の多くは人手を確実に確保するために、計画的に入院し分娩誘発を行うことが多いです。それに伴う副作用や合併症もあります。

無痛分娩ができない場合もあります。血液を固まりにくくする薬を使っている方、検査で血液が固まりにくい傾向にある方、出血している方、脱水状態の方、背骨や脊髄の病気のある方、針をさすところが感染している方、局所麻酔薬のアレルギーのある方では硬膜外無痛分娩はできません。

無痛分娩の事故ってどんなもの?

次に、無痛分娩の事故について考えてみます。一連の事故の中で「麻酔の直後に急変した」症例は、おそらく無痛分娩が直接的な原因と考えられます。

局所麻酔薬が「血管内に入ったことによる局所麻酔薬中毒」や「くも膜下腔に入ったことによる全脊髄くも膜下麻酔」という合併症が発生したと思われます。産科麻酔科学会の「無痛分娩Q&A」の中に書かれている「まれに起こる不具合」の中にいずれも記載されています。まれに起こるはずの不具合でどうして何人もの妊婦さんが死亡したり重い障害が残ったりしてしまったのでしょうか。

無痛分娩のカテーテルは「硬膜外腔」に入れますが、硬膜外腔のまわりには血管がありますし、少し針が深く入ってしまうと硬膜を破り「くも膜下腔」に到達してしまいます。血管やくも膜下腔にカテーテルが入ってしまうこと自体は一定の確率で発生します。

しかし、通常、薬液を投与するたびにカテーテルを吸引し、血液や髄液が逆流しないことを確認します。薬液の投与も少量ずつ行い、意識状態、血圧、心拍数、酸素飽和度、心電図などを観察します。もし、血管内やくも膜下腔に局所麻酔薬が入ってしまったとしても、少量の投与で異変に気づいて対応すれば大事には至りません。

万が一、呼吸が止まってしまったり、血圧が著しく下がってしまったり、心停止に至ったりした場合には、人を集め、直ちに心臓マッサージや人工呼吸をすることが肝心です。

急変時は人手があること、救急のための物品(人工呼吸のためのバッグバルブマスクや命に関わる不整脈を治療するAEDなど)や薬剤(エピネフリンなど)がすぐ手に入ること、急変時の対応を定期的に訓練しておくことが結果を左右します。

また、妊婦さんの急変では母体と胎児の両方の生命を助けるため、速やかに帝王切開を行うことが求められる場合もあります。そうなると人手が少ないことがますます不利になります。

事故が起きたのはいずれも診療所であり、産科医が麻酔を行って麻酔後に注意深く監視する体制はとられていませんでした。

事故が起きた原因は?

事故が起きた原因として、1、麻酔を行った医師が無痛分娩の合併症とその予防や対策について習熟していなかったこと、2、無痛分娩中の監視体制が不十分だったこと(人手が少なかったこと)、3、急変時の対応に対し、訓練や準備をしていなかったことが考えられます。

無痛分娩が広く普及している欧米では分娩施設の集約化が進んでいます。一つの施設が扱う分娩数は何千という数ですが、医師の数も桁違いに多く、産科の病棟に産科専門の麻酔科医が常駐しています。24時間365日、いつ陣痛が来ても、無痛分娩に対応できます。分娩の途中で無痛分娩にすることも可能です。帝王切開になる場合も麻酔科医がすぐに対応できるので安心です。

一方、日本の分娩の約半数が診療所で行われています。産科医が一人しかいない診療所もあります。麻酔科医は全国的に不足しており、病院でも全身麻酔を必要とする手術の管理で手一杯で、とても診療所の無痛分娩まで手が回らないのが実情です。

人手の足りない日本で無痛分娩を行う場合、陣痛が来る前に入院して計画的に陣痛を誘発する「計画分娩」が行われます。自然に陣痛が来るのと違い、子宮の入り口を開く処置やオキシトシンなどの子宮収縮薬(陣痛促進薬)の使用が必要になり、子宮収縮薬の副作用のリスクも加わることになります。

高齢出産が増え、産後の疲労を軽減したいと考える妊婦さんが多くなり、無痛分娩の希望者は増えています。妊婦さんのニーズに応えたいのは山々ですが、体制が整わないままなし崩し的に広まっていることが今回のような重大な事故の多発につながったと考えられるのです。

対策は? 麻酔科医に頼めば万全か?

では、単純に麻酔科医に頼めば問題は解決するのでしょうか?

私は麻酔科医ですが無痛分娩を始めるにあたって、わからないことがたくさんありました。多くの麻酔科医は無痛分娩のことは知っていても経験はないという人が多いと思います。

私は産科麻酔科がある埼玉医科大学総合医療センター、北里大学病院などで短期間ではありますが研修をさせてもらいました。分娩の進み方は人によって様々で、腰から入れたカテーテル1本で腹部から会陰部にまで強さも性質も変化していく痛みに対応するというのは、手術の麻酔とは全く異なります。コツをつかむのに苦労しました。

また、自分の施設で無痛分娩を始めるにあたっては、様々な体制づくりが必要でした。とくに分娩室という麻酔科医にとってアウェイの場所で安全に無痛分娩をするためには、助産師さんに十分な理解を得ることが必要不可欠です。

そのために事前に何度も勉強会を開き、無痛分娩の際は妊婦さんの様子を一緒にこまめに観察するように心がけて信頼関係を築きました。また先に述べたように少ない麻酔科医で対応するには計画分娩が必要になります。

とくに初産婦さんでは分娩誘発がうまくいかないこともあり、産科医、助産師とともに試行錯誤を重ねています。無痛分娩を安全に行うには、チームできちんと無痛分娩を学ぶことが大切だと思います。

今後日本で安全に無痛分娩を広めていくにはまず基準を設けなくてはならないでしょう。冒頭で述べたように政府主導で厚生労働省研究班も始動するようです。政府主導ということもあり、現場に強い制約が課せられるのではという懸念もありますが、ぜひ、産科麻酔の専門家の視点を入れて、現実的で安全性を高める指針が打ち出されることを希望します。

さらに、私の個人的な意見ですが、無痛分娩を行う医師は指導者のもとで麻酔や無痛分娩の研修をすること、施設基準として、急変時の薬剤、物品の準備と点検や、成人蘇生の講習(BLSなど)および妊産婦の急変時対応の講習(J-MELSなど)の受講を義務付けること、などが必要ではないかと思います。

こうなると、そこまでして無痛分娩をしなくてもいいじゃないか、といったんは無痛分娩から撤退する施設が増えるかもしれません。しかし、一方で拠点となる大学病院や周産期センターなど産科医、麻酔科医がたくさんいる病院で無痛分娩を進めていくようにすれば、拠点病院が無痛分娩の教育機関となり、他の施設へも安全な無痛分娩が広がっていくことが期待できるのではないでしょうか。

安全な無痛分娩はどこで受けられるのか?

そうはいっても、すぐに理想的な体制になれるわけではありません。では今、無痛分娩を受けたい妊婦さんはどうしたらよいでしょうか。

無痛分娩を実施している施設は、日本産科麻酔学会のHPに掲載されています。参考にしていただきたいのですが、この中には、事故のあった産院も含まれていました。

学会HPに書いてあるから大丈夫というのではなく、現在その施設がどのような体制で無痛分娩を行っているのか問い合わせてみましょう。医師が複数名所属していて、可能であれば麻酔科医が麻酔を担当しているところがよいでしょう。

どれぐらい実績があるのかも尋ねてみましょう。単に件数だけでなく、どれくらい帝王切開になっているのか、器械を使った分娩がどれくらいあったか、などを教えてくれる病院がよいでしょう。

計画分娩かどうか、自然の陣痛にも対応してくれるのか確認しましょう。同意書の内容もきちんと読み、疑問があれば質問しましょう。リスクについて医師がきちんと説明してくれる施設は信頼がおけると思います。

無痛分娩を受けるにあたって妊婦さん自身のリスクも確認しましょう。体格のよい人や脊髄が湾曲している人ではカテーテルを挿入するのが難しいことがあります。飲んでいる薬やサプリメント、持病やアレルギーについても正しく申告しましょう。初産の人はそもそもお産に時間がかかるため、計画分娩がうまくいかず数日かかることもあります。

無痛分娩に限らず、医療行為にはすべてリスクがつきものです。医療行為によって得られる利益と、合併症の起きるリスクをよく考えて選択しましょう。

最後に

私は第1子を出産するときも無痛分娩を考えましたが、母親に「普通に産みなさい」と言われ、自分も陣痛がどれくらい痛いのか経験してみたいというのもあり、無痛分娩なしで出産しました。陣痛が来てから、出産まで「ああ、無痛分娩にすればよかった、いっそのこと、帝王切開だったら麻酔がかけてもらえるのに」と大変後悔しました。翌日も全身が筋肉痛でとてもつらかったです。

第2子のときはちょうど無痛分娩の勉強中だったこともあり、同僚の麻酔科医に協力してもらって無痛分娩で出産しました。薬が効いてきたとき「助かったー」と思ったのを今も忘れられません。産後の回復も早く、「これは絶対にもっと広めたい」と思いました。

無痛分娩を提供する立場になってから、妊婦さんの「助かったー」という表情を見ると、ああよかったな、と心から思います。考えてみれば、手術はもちろん、歯を抜くのにも麻酔をするのに、どうしてお産だけ麻酔をしないのでしょうか。

自然分娩で全然つらくない、むしろそれがいい、という人には勧めませんが、無痛分娩は痛みが怖い妊婦さんにとっては大いなる救いです。無痛分娩の事故のニュースで無痛分娩へのバッシングが強まっているのを見て、ますます無痛分娩を希望しにくくなるなあと残念に思います。

自然分娩でも帝王切開でも無痛分娩でも、一番素晴らしいお産は「母児ともに安全である出産」だと私は思います。安全な無痛分娩が普及し、妊婦さんの選択肢が増えるよう、一麻酔科医として努力していきたいと思います。


田辺 瀬良美(たなべ・せらび) 都立多摩総合医療センター麻酔科医長

1997年、千葉大医学部卒業。2000年より2年半、米国Johns Hopkins University School of Public Healthに留学。帰国後、千葉大医学部附属病院麻酔科勤務、同大博士号取得を経て、07年より都立多摩総合医療センター麻酔科に勤務。現在に至る。