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外国人男性急死で問われる日本の「身体拘束」 世界と大きく隔たる現状とは?

杏林大学の長谷川教授は「おそらくサベジさんの死は氷山の一角」と危惧する。

日本で英語教師として働いていたニュージーランド人のケリー・サベジさん(27)が神奈川県の精神科病院で入院中に急変し、死亡した。死亡と入院中の「身体拘束」の関連性が疑われている。

サベジさんは2010年頃から精神病の治療をしていた。2015年に来日し、英語教師になったが、副作用の問題があり服薬が不規則になる。2017年3月頃から服薬を止め、再度、精神病の症状が出始めた。4月29日から30日にかけて、横浜にある兄の自宅で断続的に「大声で叫ぶ」「外に走り出る」など躁状態になった。

一度サベジさんは警察署に連れて行かれ、横浜市職員に神奈川県大和市の精神科病院「大和病院」を紹介された。その後、強制的に入院する「措置入院」をすることになった大和病院で「躁うつ病」と診断される。遺族によれば、サベジさんは同院の閉鎖病棟の施錠可能な個室に入室し、足・腰・手首を拘束された。

サベジさんの兄によれば、同院看護師に「拘束の必要はないのではないか」と聞くと、「とりあえずしばらく拘束される」と言われ、そのためにオムツ付きのパジャマセットを購入することになったという。心肺停止状態で発見されるまで、足と腰の拘束は体を拭くなどの時以外では解かれなかったそうだ。

BuzzFeed Newsの取材で、大和病院に入院した4月30日から死亡した5月10日までに10日間の身体拘束を受けていたこと、容態が悪化して搬送された大和市立病院で「抑制により深部静脈血栓ができて肺梗塞に至り、心肺停止となった可能性」を推定されたことがわかっている。

しかし、大和病院は死亡と身体拘束の関連を否定。死亡は不可抗力であり、「適時拘束は中断されていた」と主張している。遺族側がそのことを確認できる看護記録の閲覧を求めたところ、同院は「プライバシーの問題」を理由に、7月19日現在、それに応じていない。

「ニュージーランドの医師は、弟の身体拘束について“残念”“ニュージーランドだったら身体拘束はされなかったのに”と言っていた」サベジさんの兄はBuzzFeed Newsの取材にそう打ち明けた。

そもそも、日本における身体拘束とは、精神保健福祉法に基づき、止むを得ない場合に認められる処置。人権侵害の可能性が指摘されており、同法についての厚生労働省の告示でも「できるだけ早期に他の方法に切り替えるように努めなければならないものとする」と明記されている。

患者が対象となるのは、主に1. 自殺企図または自傷行為が著しく切迫している場合、2. 多動または不穏が顕著である場合、3. 精神障害のためにそのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合。また、その間は身体的拘束が漫然となされることがないように、医師は頻回に診察を行うものとされる。

では、その実態はどうなっているのか。サベジさんの遺族による記者会見に同席した杏林大学保健学部教授の長谷川利夫氏は、日本の精神科医療における身体拘束を“ブラックボックス”と表現した。2017年の厚労省による調査結果(2014年6月30日時点)によれば、身体拘束中の患者は1万682人と過去最高になっている。

長谷川氏によれば、諸外国の身体拘束の平均継続時間は数時間〜数十時間ほど。例えば、アメリカのカリフォルニア州は4時間、ペンシルベニア州は1.9時間、ドイツは9.6時間、フィンランドは9.6時間、スイスは48.7時間。遺族によれば、サベジさんもニュージーランドで入院した際には、身体拘束を受けていなかった。

一方、長谷川氏が2015年に日本の11の医療施設について実施した「身体拘束の平均継続期間の調査」によれば、その平均は約96日(約2300時間)に及んでいたという。その一因として「精神科医療の現場に“とりあえず身体拘束をしておこう”という発想があるのではないか」と同氏は指摘する。

「おそらくサベジさんの死は氷山の一角」と長谷川氏は危惧する。サベジさんの遺族と長谷川氏は19日に「精神科医療の身体拘束を考える会」を設立した。

長谷川氏は長らくこの問題を訴え続けてきたが、「改善されるどころか悪化している」という。そして「おそらくサベジさんの死は氷山の一角」とした。19日の会見では、サベジさんの死をきっかけにした「精神科医療の身体拘束を考える会」の発足が発表された。

同会は、日本の身体拘束についての情報を限りなく多く集めること、それを広く知らせていくことを目的に活動する。今後は国内外で署名活動を行い、その結果とあわせて、総理大臣と厚生労働大臣に「人権侵害の調査」や「実施状況の検証」などを求める申し入れをするという。

「日本の身体拘束は世界的に見ても異常な状況です。サベジさんのご家族のような遺族の方、今も苦しんでいる患者の方、関心を向けてくれる方など、ぜひみなさんと一緒に、身体拘束の是非について考えていきたい」(長谷川氏)

サベジさんの兄は会見で、「唯一の兄弟であり、一番の友人だった」というサベジさんについて、声を詰まらせながら、次のように語った。

「身体拘束は非人道的で、そもそも弟には不要だと考えていましたが、まして心肺停止の原因になり得るとは思ってもみませんでした。弟の死は例外的な事件ではありません。弟の身に起きた悲劇を、もう二度と繰り返してはいけません」