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「私、脳梗塞になっちゃった。でも元気」 30歳女性が突然、病気になって思うこと

「病気になったからって、私は私だし、もっと飲みに誘ってほしい」とマイさん。

思わず「えっ」という言葉が漏れた。スマホの画面から目に飛び込んできたのは「脳梗塞」の文字。

それは、記者(朽木)が何の気なしにFacebookを開いたときのこと。ある友人の意外な投稿だった。

正直、最初の感想は「(背景と顔文字が)ポップだな」だった。しかし、次第に「脳梗塞」という病名の重みが、じわじわと心にのしかかった。

一方で「けど元気」ともある。とりあえず、命に別状はなかったのだろう。ホッとしつつ、それでも驚きを拭えないのは、この友人の人柄が理由だった。

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友人ーーマイさんは見てのとおり「元気」を絵に描いたようなキャラクターの、30歳女性。コメントのやりとりを確認すると、すでに回復しているようだった。

今は大変かもしれないから、落ち着いた頃に、話を聞きに行こう。そう考えて、その日はただ「いいね!」を押し、アプリを閉じた。

後日、記者はあらためて取材を申し込み、マイさんの身に起きたことを説明してもらった。

誰でも「病気とは無縁に思える家族や友人、知り合い」というのが、一人くらいはいるのではないか。でも、そんなわけはなかったのだ。

30歳の誕生日に発症した、生まれて初めての大きな病気。きっかけはいつもの「行ってくるね」。

そもそも、脳梗塞とはどのような病気なのか。東海大学医学部神経内科学教授の瀧澤俊也医師は、こう説明する。

「脳梗塞は脳の血管が狭まるか、詰まる病気。脳に血液が届かなくなると、脳の神経細胞が傷つき、後遺症が残ること、死に至ることもあります」

実際、脳の血管が破れる病気「脳出血」などと脳梗塞をあわせた「脳卒中」は、日本人の四大死因のひとつだ。

しかし「脳梗塞の発症は中高年がほとんどで、若年者では珍しい」という。40〜50歳以下で発症するケースを「若年性脳梗塞」とする中、マイさんは30歳だ。

瀧澤医師によれば、50歳未満の脳卒中は全体の4.3%、40歳以下になると1.3%という調査結果もある。

ただし、年間350〜400人の患者を診る瀧澤医師の場合、月に1〜2例は若年の脳卒中患者を診ることがあるそうだ。

マイさんが発症したのは、まさに30歳になったばかりの日、つまり誕生日だったという。

誕生日は休日で、起床したのは午前9時30分ごろ。「10時に歯医者の予約をしていた」ため、急いで出かけようとしたとき、異変が起きた。

「“行ってくるね”が上手く言えなかったらしいんです。旦那に“もごもごしゃべってる”と言われて。でも私自身は、そんなわけないでしょ、って感じで」

「伝わらないな、とは思っていたんですが、それはまあ、寝起きだし、って。“とりあえず歯医者に行かせてくれ”って、旦那と押し問答になって」

しかし、その「歯医者に行かせてくれ」という言葉も、相手には伝わらず、焦りが募った。

結局、「ただごとではない」と察した旦那さんが救急車を呼び、マイさんは近所の総合病院に搬送されることになった。

「新宿」が勝手に「品川」に。脳の変化で、何が起きるのか。どうすれば気づけるのか。

振り返ると、この判断は正しかったといえる。国際医療福祉大学三田病院救急部部長の志賀隆医師によれば「脳卒中の治療は時間との勝負」だ。

「脳卒中が疑われる人のために、米国脳卒中協会が提唱する“FAST”という標語があります。まずはこれを実践することをおすすめします」(志賀医師)

FASTのうち“FAS”は脳卒中の兆候を表す。“F”は顔(Face)の麻痺、“A”は腕(Arm)の麻痺、“S”は言葉(Speech)の障害だ。

それぞれ、以下のような症状がひとつでもあれば、脳卒中の可能性があるため、迷わず救急車を呼んでいいという。

「顔の片側が下がったり、歪みがあったりする」「片腕に力が入らない」「言葉が出てこない、ろれつが回らない」

マイさんの「もごもごしゃべっている」という症状は、まさに“S”、言葉の障害にあたる。

志賀医師は、脳卒中の症状が出た場合は「とにかく、早く病院に来てほしい」と強調した。

“FAST”の“T”は時間(Time)を意味する。発症から4.5時間以内であれば「t-PA」という血栓を溶かす薬が使える。

発症から8時間以内なら、血管に特殊なカテーテル(管)を通して血栓を摘出する治療も可能。合併症も少なく、これが「時間との勝負」のゆえんだ。

当初、おおごとではないと感じていたマイさんだったが、救急車で到着した病院には、両親や兄弟が集められた。

「みんな、なにも教えてくれないから、点滴の名前をスマホでググったりして。でも、さすがにこの頃には、自分が危ない目に遭っていることはわかりました」

検査や点滴などの治療をした後、病室で体験したのは、この病気ならではの症状だった。専門用語で「失語」と呼ばれるものだ。

「不思議でした。“新宿”って言いたいのに、何度も“品川”って言っちゃうんです。言いたいことが出てこない」

「逆に、思ったことがどんどん出てしまって、困ったこともあります。“仕事仕事仕事”とか“ゴミ捨てゴミ捨てゴミ捨て”とか。私は違うことを喋りたいのに」

マイさんの母親を前にして、「お母さん」という言葉が出てこなかったこともある。「母も悲しい顔をしていて……思い返しても、泣けますね」(マイさん)

診断は「軽い脳梗塞」。幸い、症状は1週間ほどで治まり、後遺症も残らなかったという。全部で3週間ほどの入院で、マイさんは自宅に帰ることができた。

身近な人が重い病気になったとき、どう関わるべきか。マイさんはこう思う。

自分に起きたことを、どのように受け止めているのだろうか。マイさんは「どうしてあんなことになったのか、腑に落ちない気持ちが強い」という。

中高年の脳梗塞では、高血圧や糖尿病、コレステロールなどの脂質異常など、動脈硬化につながる生活習慣病が引き金になることが多い。

一方、前出の瀧澤医師によれば、若年者では生まれつきの血管の形状や外傷、血管の炎症を引き起こしやすくなる病気、血液が固まりやすくなる病気などの要因が、脳梗塞の背景にある場合もある。

マイさんの場合、健康診断などでも問題を指摘されたことはなかった。生活習慣上のリスクは、喫煙(現在は禁煙)くらい。

医師からは「脳の血管の一部が狭くなっていた」と説明されたが、詳しいことはわからないという。

「一般的に、若年性の脳梗塞は予後が良い」と瀧澤医師。50歳未満の場合は37〜38%が後遺症を残さず、7割が日常生活可能だという。

もともと、マイさんは体を動かすことやサウナが好きというアクティブなタイプで、「まさか自分が脳梗塞になるとは思わなかった」。

しかし、「汗をかきすぎると血液が流れにくくなる」と医師に指導されたため、運動や入浴時は水分をこまめに摂取している。また、現在も血管を拡げる薬を内服中だ。

今後、病気が仕事に影響するかもしれない。また、瀧澤医師は、妊娠・出産時には「設備の整った病院を選ぶ必要がある」と指摘する。

そもそも妊娠により、脳卒中のリスクは高くなる。過去に脳梗塞の発症があれば、より注意が必要であるためだ。「脳卒中は再発が怖い病気なので、できるだけリスクを下げながら生活していただきたい」(瀧澤医師)

病気がすっかり回復したとしても、健康への不安がなくなったわけではない。それは今後も、心のどこかにずっと残り続ける。

それでも、マイさんはポジティブだ。「なっちゃったからには、付き合っていくしかない」ーーそうあっけらかんと、言う。

「だって、なかったことにはできないし、したくないんです」とマイさん。Facebookに病気のことを書き込んだのも、そんな気分の表れだった。

そんなマイさんにも、悩みがひとつある。それは「みんなが気を使って、飲み会の誘いが減っちゃったこと」だ。

「どうしても、心配されちゃって。お医者さんも飲み過ぎなければお酒は飲んでいいって言ってたのに、みんな“帰りに倒れられたりしたら困る”って」

「そう言われると、いやいや、ちゃんとお医者さんに言われたとおり気をつけているし、大丈夫だよ、って。失礼しちゃうわ!って感じですね(笑)」

記者自身、「脳梗塞」と聞いて、たしかに「落ち着くまで連絡を控えよう」と思ったことに、ハッとした。もちろん、配慮が必要な病気や状態もある。

しかし、身近な人が病を患ったとき、本人がそれを望んでいないのに、周囲の人が本人を遠巻きにしてしまうことも、あるのではないだろうか。

「病気になったからって私は私だし、何も変わってない。だから、今までどおり、飲みに誘って!って思います」


Seiichiro Kuchikiに連絡する メールアドレス:seiichiro.kuchiki@buzzfeed.com.

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