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「健康になりたい人」と、それを「騙す人」の構造を変えるために 【健康を食い物にするメディアたち「はじめに」特別公開】

医療デマから身を守り、誰も騙されない世の中をつくるために今できること

BuzzFeed Japanの本『健康を食い物にするメディアたち』発売にあたり、「はじめに」を特別公開。

3月25日、ディスカヴァー・トゥエンティワンよりBuzzFeed Japanの本『健康を食い物にするメディアたち』が出版されます。

ネット時代の今、私たちの「健康になりたい」という切実な想いが狙われています。ウソや不正確な健康情報を粗製乱造するメディアたち、量産される健康本、健康食品ビジネスの闇。さらには、高度に発達したテクノロジーにより手口が複雑化し、見分けるのがますます難しくなってきている医療デマ。

なぜ、私たちは医療デマに「騙され」てしまうのか、医療デマに「騙されない」ためにはどうすればいいのか――。

本書は「ネット時代の医療情報との付き合い方」というテーマで取材を重ねている記者が、取材内容をまとめ、なぜ健康・医療に関してウソや不正確な情報、デマが発生しやすいのか、それらから身を守るために今私たちにできることを紹介するものです。

この記事では、このような現状を広く知っていただくことを目的に、『健康を食い物にするメディアたち』の「はじめに」を特別に、全文公開します。

私たちは、騙されている

騙されている人というのは、多くの場合、自分が騙されていることに気づいていないものです。健康や医療といったテーマの周りには、ウソや不正確な情報、そして「医療デマ」が蔓延しています。

私は、医療についての報道を仕事とする、医療記者です。この仕事を始めてびっくりしたのは、世の中にはたくさんの「健康になりたい人」がいること。そして、それにも増して、健康になりたい人を「騙す人」がいることです。

ただの水を、「病気を治す水」などと謳って高値で売りつけるといった類の詐欺があることは、私も知っているつもりでした。しかし、今や、その手口は複雑になり、その数が驚くほど増えているのです。誰もが知るような企業が、書店やアマゾンに並ぶ本が、信頼できるはずの新聞やテレビが、ツイッターで爆発的にシェアされたツイートが、健康や医療についてのウソや不正確な情報を発信しています。今の世の中、「医療デマだらけ」といってもいいほどです。

騙す人の手口が多様化したことで、情報の真偽が非常にわかりにくくなっています。その背景にあるのが、「ネット時代」の到来です。これほどまでにネットが発展、普及したことにより、産業構造は大きく変化し、テクノロジーはますます進歩していきました。その結果、古くからある医療デマはさまざまに形を変え、勢いを増し、新たな医療デマとなって世の中に広がっているのです。

このような状況に対抗するには、「ネット時代の医療情報との付き合い方」を今一度、考え直す必要があります。そうしないと、いつの間にかどんどん騙されてしまう、ということになりかねません。私は、そうなることを防ぐために、日々取材を重ねています。

テレビや新聞、書籍や雑誌、ネットの情報にあらためて目を向けてみましょう。すると、健康や医療についての情報を、やたらと取り上げていることがわかります。どうすればダイエットできるか、よく眠れるか、がんや認知症を防げるか......。扱い方に差はあれど、このようなテーマが、手を替え品を替え、繰り返されています。

どうしてなのでしょうか。理由はシンプルで、「健康」が万人の関心事だから。政治や経済、スポーツ、エンタメなどのジャンルとは異なり、人を選びません。

みんなが知りたいテーマだから、それに関する情報が生み出される。これも当然のことです。ところが、健康や医療というのは、さまざまな原因で、ウソや不正確な情報が発生しやすい分野。しかも、「健康になりたい」という想いは、人間にとって本来的で、とても切実なものなので、人はどんな情報でも信じ込みやすくなっています。いつもは慎重な人でも、この分野に関しては、コロッと騙されてしまうことがあります。

健康になりたいあまり医療情報を強く求め、それゆえかえって騙されやすくなる。医療デマの蔓延には、そんな背景もあります。

医療デマは命に関わる

医療情報の真偽を見分けられるようにならなければ、私たちは自分や自分の大事な人を守れません。しかも、健康や医療についてのウソや不正確な情報、特に、深刻な医療デマは、命に関わる危険なものとなり得ます。

もっとも深刻な例の一つは「がん放置理論」です。この理論は、現在、医療の主流である手術・抗がん剤・放射線を基本とした「標準治療」を否定するものになっています。時期や状態によって千差万別のがんをひとくくりにして「手術は命を縮めるだけ」「抗がん剤は毒」などと主張するがん放置理論は、これまでたくさんの専門家から批判されています。

それにもかかわらず、この主張を信じてしまう患者さんは後を絶ちません。早期に発見・治療ができたはずのがんが、放置することで、やがて進行がんになることもあります。そうなってしまうと、標準治療を望んだところでもはや手の施しようがなく、命を落としてしまうことになりかねません。

ワクチンの全否定、いわゆる「反ワクチン」も、深刻な例の一つです。ワクチンは麻疹や風疹、B型肝炎、季節性インフルエンザなどの病気について、予防や症状を軽減する効果があることは確実です。しかし、これを接種しようとしない人、さらには、他の人の接種を妨げようとする人がいます。

ワクチンは感染症、つまり、人から人にうつる病気に対して効果的です。国がワクチンを打つことを努力義務にすることがあるのは、個人の病気の予防や症状の軽減という目的もありますが、多くの人がワクチンを打つことによって、社会全体として、その病気にかかる人をなるべく少なくするためでもあります。逆にいえば、接種が推奨されているワクチンを打たないという選択や、打たせないという行為は、誰かの命を危険に晒すことにつながるのです。

本書を手に取った方の多くは、「自分は医療デマに騙されない」と思っているかもしれません。仮にそうだとしても、あなたの両親はどうでしょうか。あなたの子どもは、友人は、会社の同僚は、隣人はどうでしょうか。

あなたが騙されていないとしても、健康や医療についてのウソや不正確な情報が生活に入り込み、あなたの周りの人が騙されてしまうと、あなたの生活にも影響が出てきます。 また、自分自身がいつまでも騙されない人であるという保証もありません。自分ががんになり「もう治らない」とわかったとき、それを受け止めきれず、「がん放置理論」に傾倒することがあるかもしれません。自分の子どもがワクチンを打った後、何か悪い反応が出てしまったら、「反ワクチン」運動に救いを求めるかもしれません。

騙されない人と騙される人との境界線は、限りなく曖昧で、グラデーションのようになっています。

かくいう私も最近、趣味のスポーツの最中に、自分が騙されていることに気がついてしまいました。学生時代から10年以上、運動するときになんとなく選んで飲んでいる「体脂肪を燃焼させる」と謳うスポーツドリンク。「これって根拠があるのだろうか?」とふと疑問に思ったのがきっかけです。調べてみると、なんとそれは、マウスに対して効果があったというデータしかなく、人に対しての効果が証明されたものではありませんでした。ショックではありましたが、同時に反省もしました。正直なところ、私は「自分は騙されにくいほうだ」と思っていました。しかし、お気に入りの商品については、そもそも疑うことすらせずに信じ込んでいたのです。

こうした、特段有害とはいえないような、根拠のない広告も含めるのであれば、健康や医療についてのウソや不正確な情報に騙されていない人なんて、いないのではないでしょうか。

だからこそ、明らかに有害な、いわば正真正銘の医療デマに騙されている人をバカにすることは、誰にもできません。ふとした瞬間に境界線を越え、自分が騙される人になる可能性は常にあります。

つけ込まれる情報の格差構造

医療記者になって以来、私は少なくない数の医療デマを検証してきました。その中で気づいたのですが、医療デマが発生する背景には、ある共通した構造があります。それは、情報に詳しい人と詳しくない人がいるという「格差」の構造(「非対称性」ということもあります)です。

そもそも、医療についての情報には、医師に代表される専門家とそれ以外の人との間に、大きな格差があります。悪意のある騙す人は、この格差につけ込んでデマを流します。そればかりか、悪意のない、知識不足に起因するウソや不正確な情報も、この格差によって生まれます。

医療という専門性の高い分野は、デマが発生しやすい構造を持っているのです。騙されにくくなるためには、この格差に注目することが必要です。格差があるところには、必ずといっていいほど、医療デマが発生します。

ただし、いくらそのことを知っていても、この格差自体が見つけにくい状況では、騙されることを防げません。今や、医療自体のテクノロジーが日進月歩で発展しているだけでなく、ネットに代表される情報通信のテクノロジーも急速に発展しています。テクノロジーは便利である一方で、大きなデメリットがあります。それがどうやって機能しているのか、専門家以外にはよくわからないこと、つまり、「格差」が存在するのです。

ネット時代は、この格差の構造が飛躍的に拡大する状況を招いています。

この構造の中では、健康になりたい人はあまりに劣勢です。騙す人の手口が巧妙になることで、騙されていることにさえ気づけないままでしょう。

この構造がはっきりと現れたのが、2016年末から2017年にかけて、世の中を騒がした「WELQ問題」だと、私は考えています。詳細は本編で紹介しますが、この問題は、一部上場企業のディー・エヌ・エーが、グーグルなどの検索エンジンを攻略し、ウソや不正確な情報を、検索結果の上位に大量に表示させていたことが発覚したものです。

同社の南場智子会長と守安功社長が謝罪会見で報道陣に向かって頭を下げる姿がマスメディアで大きく取り上げられたため、覚えている方もいるでしょう。実は、この問題を最初に指摘したのは、他ならぬ私でした。

どのメディアも、あるいは専門家も、「WELQ問題」を「ネット時代の医療情報の問題」としては指摘できなかったのです。

というのも、WELQ問題を指摘するためには、「健康についての情報がウソや不正確なものであること」と「その情報を上位に表示させるテクニックに問題があること」の両方を理解している必要がありました。つまり、医療の知識と、ネットの知識の両方が必要だったのです。そのような人材は、当時、ほとんどいませんでした。

医学部卒のネットメディア編集長

そこで、私の出番です。

私は国立大学の医学部(医学科)を卒業しながら、医師ではなくライターになりました。 大学時代にはもちろん、医療の知識を学びましたが、社会人になってからは、ネットメデ ィアの運営企業に入社しました。そしてそこで、グーグルなどの検索サービスの上位に表示されやすくする方法など、ネットの知識を身につけました。こうして、医学部卒のネッ トメディア編集長が生まれました。

さて、WELQ問題では、ネット上の健康・医療情報は、厳しい批判を浴びることになります。しかし、ネットだけではなく、書籍や雑誌、テレビ、新聞にも同じような問題があります。それにもかかわらず、この問題は「ディー・エヌ・エー叩き」や、「だからネットは信用できない」という「ネット叩き」に終止してしまったように、私は感じています。 その結果、情報格差は依然として広がったまま。騙される人は増え続けています。

私は、それが悔しくてなりませんでした。そこで、WELQ問題の追及に重要な役割を果たした、テクノロジーを駆使するネットの報道機関であるバズフィード・ジャパンに移り、医療記者になったのでした。

医療記者として、私は、この構造を巡るさまざまな問題を取材してきました。WELQと同じ手法で急拡大したいくつかの医療系ネットメディアや、深刻な出版不況で過激な「健康本」を作らざるを得ない出版業界......。このような事例を基に、「私たちはなぜ騙されるのか」、「どうすれば騙されにくくなるのか」を、本書を通じて考えていきたいと思います。

目的は、「誰も医療デマに騙されることのない世の中」を作ることです。

健康になりたい人が、健康になる。このことを当たり前にするために、少しだけ、みなさんの時間と力をお借りできれば幸いです。

つづきは本編でご確認ください。amazonページはこちら(Kindle版はこちら)・全国の書店でも発売中です。