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できるだけ回り道をしようとしたら、同じところに戻っていた話

医師国家試験の受験票が届きました。

医学部を卒業しても、医師免許がないと、とにかく宙ぶらりんな感覚がある。6年(私の場合は留年しているので7年)という時間、自分がやってきたことを証明するものがない。

生活は一変した。どこに行くにも乗っていた10年モノのぼろいパジェロミニは、息の詰まる満員電車に。ずっと病棟にいると昼夜がわからなくなることがあったけれど、大きなビルに入っているオフィスの窓からはいつでも空が見える。白衣は捨ててしまったし、引っ越しのときに出てきた聴診器はぐちゃぐちゃに絡まっていて、それにはちょっと笑った。リットマンのオールブラックのやつ、高かったのに。

医学部にいたころの記憶は、どんどん遠くなる。同期の結婚ラッシュもひと段落して、LINEグループに報告が来ることもほとんどなくなった。一度も返事をしていないから、メンバーから削除されたのかもしれない。

ひょっとして、夢だったんじゃないか。最近、観に行った映画では、頭を銃で撃ち抜かれたスパイが「科学」の力で回復したものの、副作用で自分のことをチョウチョの研究者だと思い込む、というシーンがあった。ああいうの。

だから、医師国家試験の受験票が届いたときは、単純にうれしかった。いや、受からないと意味がないのはもちろんわかっていて、それでも。「ああ自分は、医学部を卒業することはできたんだな」と証明してもらったようで。

Seiichiro Kuchiki / BuzzFeed

そういえば、その映画を観たのは、家から歩いて10分くらいのところにある、大きなホテルに併設された映画館だった。レイトショーの帰り道、ホテルの敷地内の暗闇にぼんやりと浮かび上がるコンビニに、何かが引っかかった。

なんでだろう、すごく気になる。そしてハッとした。ここはそうだ、4年前に自分が初めて国試を受けた時に、泊まったホテルだ、と。国試前日、このコンビニでお金、下ろした。たしか、2万円くらい?

国試の会場がある都道府県は、全国で13。私の母校のある県にはなく、大型バスに受験生全員が乗り込み、上京するのが恒例行事だった。もちろん、宿泊するホテルも一緒。ひと学年下の国試対策委員が数名、同行し、解答速報や直前情報を共有したり、何かと世話を焼いてくれたりする。文字どおり、寝食を共にし、試験を乗り切るのだ。どうしてこれまで、思い出さなかったのだろう。多分、思い出したくなかったのだろう。

そうとも知らず、私はそのホテルの近くに住んでいた。この間、国試に落ちて、ライターになって、医療記者になって、また国試を受けようとしている。回り道に回り道を重ねて、結局、元の場所に戻ってきてしまった。

「この数年はムダではなかった」と証明しなければならない、と思う。医療記者として、国試に合格すればいずれは医師として、世の中に少しでも貢献することで。一方で、なんとか生き延びて、元気にしているのだから、そんなに肩肘を張らなくていいんじゃないか、とも思う。「自分が本当に医師になりたいのか」と悩んでいた頃は、死にたいくらい追い込まれていたから。今、私は心から望んで、医療に関わる仕事ができている。

Seiichiro Kuchiki / BuzzFeed

今回(第112回)の国試は2月10日(土)・11日(日)。仕事を休まなくても受けられる、既卒者にも優しい日程だ。再受験を決めて、初めての国試。そろそろ、まっすぐ歩けるだろうか。


Seiichiro Kuchikiに連絡する メールアドレス:seiichiro.kuchiki@buzzfeed.com.

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